ソードアート・オンライン —Raison d’être—   作:天狼レイン

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 四日間も投稿開けてマジですみませんでした。
 せーかっく投稿早めたのにこのザマとは申し訳ない。すぐサボろうとしたり、別のものに手を出したりする悪癖が出ましたよ、ええ。
 そんな訳でどうにか書きあがったので、投稿します。今回から朝露の少女ですね。一度やりたかったネタが使えるのでワクワクしてますとも。……ユウキが暴走しますけどね。この作品での彼女は、原作よりも依存しちゃってるので、ある意味予想はついてました。まぁ、基本的に好きな人に依存するのは不可抗力ですよね、はい。

 ※追記 評価してくださる際にですが文字数指定つけました。
     良い点や悪い点などを教えてくれると助かります。
    このような対策を取ったのも理由ありきなのでご理解の程よろしくお願いします。




24.記憶のない少女

 

 

 

 

 

 

 西暦2024年 10月31日

 

 

 

 その日は、二人の休日だった。最初は七十五層迷宮区攻略日の一つだったのだが、昨日の夜に届いたキリトとアスナからのメッセージを受けて、ユウキに伝えた上ですぐさま休日に切り替えたのだ。

 

 そうも行動が早いのは数日前———アーカーとユウキが誓いを立てた翌日、キリトは暗殺されかかった。その実行犯がクラディールだったという話を聞き、アーカーは激しい怒りと後悔に駆られそうになったのは言うまでもない。あの男を最後に煽り立てたのは彼でもあるし、同時に悪意を芽吹かせてしまったのも自分だという背負いこむ気持ちがあったからだ。そういう責任感のようなものがあったのだろう。当然彼らに直接殴られることを覚悟した上で、どういう訳か隣に引っ越してきた二人の元を訪れたのである。

 

 結果として、どうなったのか。一言で言ってしまえば、彼らはアーカーを憎んでもいなかったし怒ってもいなかった。むしろ、お前らに被害がなくて良かったというのだから、当人は嬉しさを通り越して呆れてしまった。危険な目に遭わせたというのに、人の心配をするとはどれだけお人好しなのだろうとすら思ったくらいだっただろう。ユウキに少しばかり慰めてもらう姿を晒しながら、何故二人がここに引っ越してきたのか。何故一緒に暮らしているのか。いくつか浮かんだ質問をぶつける日々を過ごしたのも、数日前のことだ。

 

 そうして、今日は彼らが助けてほしいことがあるとメッセージを送ってきたものだから、当然アーカーとユウキは、予定を変更して彼らの家に訪れることにしたのである。

 

 朝食を済ませ、ちょうど片付けが終わった辺りで、アーカーが昨日届いたメッセージのことを切り出す。

 

 

「キリトとアスナが助けてほしいことってなんだろうな、ユウキ。文面的にも大至急……って訳でも無さそうだったが」

 

 

「うーん……なんだろうね。()()()()だから、ボク達には予想できない悩みとかがあるのかな?」

 

 

 数日前、二人はキリトとアスナが恋人を通り越して結婚したことを知った。電撃婚とも言える速度に唖然としたが、想像してなかった訳ではなかった。実際彼らは互いが知らないだけで相思相愛であったし、何だかんだ言って彼らの付き合いは二年近くにも及ぶ。そう見てみると何ら不思議なことではなかったし、この世界では承諾一つで即結婚となるシステムが存在する。最大の生命線である互いの情報とストレージ拡大共通など、互いの命を差し出す行為とも取れるそれは、ロマンチックでありプラグマチック……だとか。ユウキが以前アスナから聞いた説明をのちにアーカーもユウキから聞いたが、どういう思惑で茅場 晶彦がつけたのかは不明でしかなかった。現実味を出すという意味合いなのだろうか……?

 

 

「やっとかお前ら……って感じはしたけどな。新婚の悩みなぁ………なんだろうな? 俺には全然想像できねぇんだけど……」

 

 

「………ねえ、ソラ」

 

 

「ん? どうしたユウキ」

 

 

 声をかけてきたユウキは、何かを言おうと口を動かすも何度も噤む。次第にその顔に朱が差していく。こういう時の彼女の様子に見慣れ始めてきたアーカーは、羞恥心が強まるようなことを言おうとしているのか?とある程度の予想を立てながら、言えるようになるのを待っていた。

 それから、いくらか深呼吸を繰り返し、落ち着きを少し取り戻したユウキは、恥ずかしさを感じながらも訊ねた。

 

 

「ぼ、ボクがソラと……その、結婚したいって言ったら……結婚してくれる?」

 

 

「……おう。別に今だっていいんだけどな」

 

 

「じゃ、じゃあ……!」

 

 

 顔がぱぁっと明るくなり、指先が雷光の如く瞬き、メインメニューを素早く操作。あっという間にアーカーの目の前にウィンドウが出現し、そこにはプロポーズメッセージや結婚を受諾しますか?という文字が書かれている。あとはOKボタンを押して、受諾するだけだ。行動が早いなと苦笑いしつつも、アーカーはそれを押そうとして———止まった。

 

 

「………………」

 

 

「………やっぱり、嫌だった?」

 

 

「……いや、そういう訳じゃなくてな」

 

 

 今度は、アーカーが恥ずかしそうに頰を人差し指で掻きながら答える。スッと言える辺りはユウキよりも緊張や羞恥で冷静さを失っていないのだろう。どうして受諾してくれないのかの理由が聞けると思った彼女は、不安を感じながらもしっかりと耳にしようと意識する。

 

 

 

 

 

「———指輪の準備が、まだだからな」

 

 

 

 

 

 それを聞いて、ユウキはぽかんと口を開けたまま固まった。受諾を押さない理由としては有り得なくはなかったが、まさかこんなタイミングでそれを体験することになるとは思わなかったのだろう。十数秒間たっぷりと固まってから、ゆっくりと〝指輪〟という言葉を繰り返して呟き、それから嬉しそうに頰を赤らめて微笑む。表情豊かな彼女の顔を眺めていたアーカーも、気恥ずかしい思いに駆られながら告げる。

 

 

「第一……プロポーズは男が先に言わなきゃダメだろ。よくよく考えりゃあ、〝あの時〟もお前に先に告られたんだ。せめて、これくらいは俺からやらせてくれよ。行動力が低いままなのは……嫌だからな」

 

 

「あははっ。うん、確かにそうだね。ボクがガンガン押していっちゃってるみたい。行動力がありすぎるのも考えものかな?」

 

 

「かもな。お前の場合は行動力ありすぎてデリケートな部分に土足で突っ込みかねないくらいだしな。俺がセーブしてやらねぇと暴走しそうだ」

 

 

「むぅー、酷いなー。ソラはボクをブレーキが壊れた戦車みたいに思ってない?」

 

 

「ま、たまにな?」

 

 

 クツクツと笑うソラに、頰を膨らませたユウキはその胸板をポカポカと拳で軽く殴る。数回ほど殴った後、優しく微笑む。指先が素早く結婚申請やメインメニューを全て閉じていき、そこにはもう何も浮かんでいない。ほんの少しばかり距離を取ると、両手を後ろにやり、小首を僅かに傾けて———

 

 

「ソラからのプロポーズ、楽しみに待ってるよ!

 ボクもソラのために指輪用意するからね! ソラこそ期待しててよ!」

 

 

「おう。期待してやるし、期待しててくれ。とびっきり良い指輪用意してやるからな」

 

 

 向日葵のような笑顔を浮かべた少女に少年は堂々と宣言する。その逆もまた然り。互いに約束を交わすと、二人の胸の奥に暖かいものが強く灯っていく。安らぐ心に安心を覚えながら、アーカーは思い出したように話を切り出した。

 

 

「流石にそろそろ行ってやらねぇとマズイな。すっかり忘れてた」

 

 

「あはは、そうだね。新婚さんはアスナ達なのに、ボク達が新婚さんになる話しちゃってたね」

 

 

 恥ずかしさそっちのけでユウキは嬉しそうな顔をする。そんな姿に苦笑しながら頷いてやると、彼女と共に玄関へと向かう。二人の自宅とここはそう離れていない。そのせいか、アスナ探しに躍起になった《血盟騎士団》団員や、過激なファン達が探しに来るついでで見つかったりしないかとヒヤヒヤしたことがあったが、ここ数日間でその線が薄いことに気付いた。

 結果としてそれは、今日こうして彼らに会いにいける理由でもあり、無警戒でも問題ないということでもあった。本来ならば、顔を殆ど隠せるフード———一層でアスナが被っていたようなものを被るくらいはしないといけないくらい問題が大きかったのだから。

 

 玄関のドアを開け、外へと出る。朝日が木々が多いこの場所にもしっかりと届いており、爽快感と快適さを与える。季節は秋の半ばを過ぎているが、肌寒さはそこまで感じない。豪快な野郎ならば、上半身を晒していることもありそうだ。最も流石にそんなことをするような輩はそういないだろう。朝から元気に外を駆け回るユウキに、アーカーはのんびりとその背中を追う。歩いているだけだが、高すぎるAGI値のせいか、早歩きをしているのとそう変わらなかった。

 

 キリトとアスナが住むログハウスは、二人の家から歩いて十数分の場所にあった。直線距離的にはそう遠くもなく、木々を避けながら進まなければもっと早く行けるのは明白だった。

 とはいえ、その木々のお蔭で見つかりにくいのだから、そうも言えない訳ではあったが。

 

 二人の家は、アーカー達の家よりも一回りほど小さいものだ。その家は以前彼らが購入するかどうかを考える際に保留したものであり、何処か懐かしいものがあった。数日前に訪れた際に訊いたが、どうやらキリトも視野に入れていたらしい。同様にも存在する購入可能なログハウスの中では機能性に優れていた。

 

 家の前に到着すると、二人は玄関の前に立つ。この世界において、宿でも自宅でもそうだが、中にいるプレイヤーに反応してもらいたい時は一つしか方法がない。ノックする、ただそれだけである。そうすれば、中にいるプレイヤー達に声も届くようになるし、向こうは誰かがドアの前にいることを知ることができる。

 来たことを伝えるために、アーカーがドアにノックする。ここで分かりやすいように声をかけておくかと口を開いたところで、思っていたよりも早くドアが開いた。中からは相も変わらず黒っぽい部屋着を着た少年が姿を現した。現在新婚生活中のアイツである。

 

 

「よぉ、キリト。数日振りだな」

 

 

「やっほー、キリト! 助けに来たよー!」

 

 

「アーカーとユウキか、来てくれて助かった。実は少し相談に乗ってもらいたいことがあってな。立ち話は何だから中に入ってくれ」

 

 

 そう言われて二人はキリトに連れられるまま、彼らの家にお邪魔する。家の中はかなり整っていた。恐らくこれはアスナの仕業だろう。ユウキ曰く「彼女の部屋は整っていて清潔感でいっぱいだった」とのこと。誘導されながら周りを見渡していると、少し進んだ先でアスナの声が聞こえてきた。手料理でも振る舞うために頑張っているのか?と思った矢先、妙に幼い声も聞こえてきた。聞き覚えのない声だ。アーカーとユウキは互いの顔を見合わせて首を傾げると、キリトの方を見るが、彼は苦笑いを返すばかりだ。新しい友人でも出来たのだろうかと思って、二人がいるであろう部屋に入ってみると———

 

 

 

「数日振りだね、アーカー君、ユウキ。……えーっと、これはね」

 

 

 

 可愛らしい部屋着に身を包み、柔らかい雰囲気の新妻ことアスナと———

 

 

 

「?」

 

 

 

 小首を傾げた、白いワンピースを着た小さな少女の姿があった。入ってすぐに目が合う。アーカーとユウキが、突然のことに目を丸くして固まる中、その子はキリトの方に駆け出していくと抱き着いた。嬉しそうにスリスリと顔を擦りつけた後、確かな口調でこう言った。

 

 

 

「パパ、このひとたちがおきゃくさん?」

 

 

 

「「ぱ、パパぁっ!?」」

 

 

 

 キリトをパパと呼ぶ少女の言葉に、《絶天》《絶剣》と並び称される歴戦の二人が、この世界に来て一番驚かされることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、まさかな。流石に驚いたぞ、キリト。奥手でコミュ症として知られるお前がそこまでヤったとは……」

 

 

「違ぇよ!? 誤解だ! 第一考えてみてくれ! 仮にそうだとしても早過ぎるだろ!?」

 

 

「いやお前ここ一応ゲームだぞ? もう一つの現実でもある以前に仕様はゲームだぞ? 倫理コード解除設定なんぞ言う謎オプションついてるんだから、有り得なくはないぞ……多分」

 

 

「いや、そう言われればそうだけど……」

 

 

「……だからといってお前、盛りすぎだろ。なるほど、助けてほしい理由はそういうことか。悪いが俺にはどうしようも出来ないぞ。この世界にそんな方法があるとか聞いたことがないからな。こういう時はアルゴに聞け………は返って危険だもんなぁ……」

 

 

「なあアーカー、今ここでお前をぶん殴ってもいいか……?」

 

 

 アーカー達が二人の元を訪れてから数十分後。白いワンピースの少女を寝かせたキリトとアスナに、それぞれが問い詰めていた。数十分の間に手に入った断片的な情報は、確実にこの事態を招く原因でもあり、同時に誤解を招くこととなった。比較的冷静なアーカーですら、このザマである。問い詰められたキリトは最初真面目に答えようとしていたが、結局は我慢の限界に達しそうになっている。ぷるぷると震える右の拳がいつ唸ってもおかしくない。

 

 当然、一方のユウキはと言えば———

 

 

「アスナ! 子供産む時ってやっぱり痛いの!?」

 

 

「ゆ、ユウキ!? ち、違うよ!? ユイちゃんはそういう訳じゃなくて———」

 

 

「はっ!? まさか……! やっぱりコウノトリさんが運んでくるの!? あれって本当だったの!?」

 

 

「こ、コウノトリ!? ち、違うよ!? 赤ちゃんは運ばれるものじゃなくて……」

 

 

「じゃ、じゃあ! やっぱり赤ちゃんが出てくるキャベツがあるんだね!? ぼ、ボク今から頑張って探してくるよ!」

 

 

「きゃ、キャベツ!? そ、そうじゃないの! お願いだから落ち着いてよユウキぃっ!」

 

 

 

 ———地獄絵図である。

 現在進行形で暴走したユウキは止まらない。恐らく、事前に結婚の話をしたことや、直前まで子供の無邪気な姿を見せられていたことが原因なのだろう。それは結果として、愛する少年との日々が脳裏に過らせたのか、彼女はブレーキの壊れた戦車と化していた。アスナが必死に落ち着かせようと頑張るが、当然ほとんど聞こえていない。脳の処理速度が別の意味で早くなったせいか、次から次へと変な思考に至っている。極大の羞恥で染め上げられた真っ赤な顔を晒しているが、理性というストッパーが壊れたせいか、猪突猛進の勢いで聞き手を押し切ろうとしているように見えた。

 

 その光景は、当然ながら二人にも見えていた。先程までぷるぷると右の拳を震わせて今にも殴りたさそうな顔をしていたキリトですら落ち着きを取り戻して、アーカーの肩をポンポンと叩き、何とも言えない顔で小さく「あれ、どうするんだ?」と聞いている。これには流石に彼も冷静さを取り戻さざるを得なかった。恋人が暴走することはよくあることだ。数ヶ月前にも肩をガシッと掴まれて前後に振られたことだってあった。あれは暫く止まらない。確信しているが故にどうやってアスナを助けようかと考えるしかなかった。無策で助けに行くと自分がどんな目に遭うかが分からないとしても大変なことになるのは予想できたから。

 

 

「………なあ、キリト」

 

 

「またさっきみたいなことを抜かしたら今度こそ殴るからな?」

 

 

「違ぇよ。……指輪って何処の層で買うのが一番か分かるか?」

 

 

「そうだな……———ってお前まさか……」

 

 

「まぁ、そういうことだ。資金は数ヶ月間でどうにかしたからな。ここに来る前にそういう話もしたから、真面目に考えてる」

 

 

「おいちょっと待てアーカー。その話したのが、今こうしてユウキが暴走した原因じゃないのか」

 

 

「……………否定はしないぞ、うん」

 

 

「教えてやるから、まずはアスナを助けるの手伝えよお前」

 

 

「………今のユウキに視認されたら、確実に襲われそうな気がしてきた」

 

 

 暴走している時のユウキが何を仕出かすのか。前回のよりも酷い目に遭うと仮定し切ったアーカーの目に、光は灯っていなかった。最早狩られる前の獲物のような目をしている。これにはさしもの《黒の剣士》も「強く生きろ……」とだけ言って、彼を容赦なく引き摺っていく。STR値で負けているため、抵抗も無意味と知っているアーカーは、自分の身が無事であることを祈るしかない。少しずつ二人の元に近づいていき、ついにアスナがキリト達を視認したところで———

 

 

「き、キリト君! アーカー君! 助けて! ユウキが止められないよぉっ!?」

 

 

「………ソ〜ラ〜?」

 

 

 暴走したユウキが、ゆっくりと鎌首を擡げて振り向いた。ギラつく目は、先程のアーカーと対比するかのように狩人のそれだ。それにはアスナを助けようと息巻いていたキリトですら後退った。冷や汗が伝い、本能が逃げろと叫んでいるような気すらした。当然狙われたアーカーはそれどころではない。

 

 獲物を見つけた狩人は、アスナに構う暇はないと言うかのように颯爽と駆け抜けた。その先には当然キリトもいるが、彼に目を向けてはいない。その先にあるアーカーにのみ焦点が当てられている。周りが見えていないのであれば、どうにか出来そうではあるが、鬼気迫る彼女にちょっかいをかけようなどという考えは、残念ながらキリトは覚悟共々挫かれていた。

 

 一方の彼は、当然逃げるか戦うか。そんな状況下に置かれている訳だが、諦めの色が浮かんでいた。逃げるという選択肢はなかったのだ。第一ここがログハウスである時点で、逃げ場などない。外に出ようにも助走をつけた今の彼女に追いかけられれば、助走なしの彼では追い付かれる。天井に逃げようとも、どうにかして撃墜させてくるのが数日前に分かった。戦うにしても、今では彼女の方が上だ。ユニークスキル《至天剣》のせいで、時間をかければかけるほど負けが必至となる。どう考えても勝ち目なんてなかった。

 

 抵抗することなく、アーカーはその場に立ち尽くす。そこにユウキが飛び掛かり、押し倒して———

 

 

「ソラ! ボク頑張るよ! 何人だって頑張れるからね! いつでもかもんだよ!」

 

 

 ———本当に暴走って怖い。

 アーカーは素直にそう思った。呼吸が荒く、目のハイライトが消えてる恋人の姿は本当に危険だった。今にも襲われてしまいかねない———と思ったところで、それからよくよく考えてみた彼は、ふと安心感を覚えた。襲われると言っても別に色んな危険性は排除されている。《圏内》であるためHPは問題無く、《倫理コード》も常に切っている訳ではない。押し倒されているが、特に問題ではなかったのだと思い至ると、冷静になった彼はユウキを優しく抱き締める。突然の行動に予想外だったのかジタバタと暴れる彼女だったが、数秒ほど経つと大人しくなっていった。視界の端でキリトとアスナが何やら話し込んでいるが、あとで問い詰めることにした彼は彼女にだけ聞こえる程度に呟いた。

 

 

「———その話はまた今度な」

 

 

「……うん」

 

 

 同意するか細い声が耳に届いた。それを聞いて安心して解放してやる。押し倒していた状態から立ち上がると、真っ赤に顔を染めたユウキが、今度は理性ある目でこちらを見ていた。それを見て安心して、優しく頭を撫でてやると、ふにゃりと表情が和らいだ。それから漸く理性が働いてきたのか、ユウキの口から変な声が洩れ始める。ぷしゅーと湯気が頭から出てるようにも見える。恥ずかしさに耐えられないと両手で顔を隠した。このままだと何処かに駆け出しそうな気がしたアーカーは、彼女の首根っこをガシッと掴まえた。

 

 

「———さて、流石にお巫山戯はこれで終わりにして。本題を聞こうか、お二人さん」

 

 

 至極真面目な顔と声音で訊ねるアーカーの姿に、キリトとアスナは口を揃えてこう言った。

 

 

 

 

 

 ———最初からそうしてくれ(ないかな?)と。

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

「なるほどな。カーソルが出ないが、NPCではない少女か。ンで起きたのは今日の朝で、お前らは呼びやすいように呼んでと言った結果、両親役を買って出た、と」

 

 

「その通りだ。俺達はこの子を親の元に戻してあげられないかと考えている」

 

 

「ま、それが妥当だろうな。下手に一人にして後々確認したら死んでましたは気分が悪い。とはいえ———」

 

 

 あまり考えたくない可能性だが、と言った上でアーカーは人生の経験上から物を語った。それは以前二人が聞いた彼の過去の断片でもあり、同時に考えられなくない可能性でもあった。

 

 

「デスゲームと化したこの世界で、子供の世話まで見ていられないって放り出した(ゴミ)も存在するのは忘れるな。お前らの目の前にその被害に遭った奴がいることのが証明だ」

 

 

「………ああ、そうだな」

 

 

「………うん」

 

 

 アーカーは———雨宮 蒼天は本人ですら偽りと断じていたが、両親に勘当された捨て子と変わらない。生みの親も知らず、拾った一族も彼を捨て去った。その経験からか、こうやって子供が一人放り出されている状況には虫酸が走るほどの思いをしている。親とはぐれたのなら、それは大変だとも。助けたいと思う。

 しかし、そうならなかった場合———両親がすでに死んでしまった可能性を除いて———それは子供にとっても最悪の結末だ。先にそれを覚悟させようと彼は自分を例として挙げたのだ。

 

 

「ま、そんな(ゴミ)から、あんな無邪気な子供が生まれるとは思いにくいしな。希望的観測は持っていいと思うぜ?」

 

 

「ったく、急な手のひら返しはヒヤッとするからやめろよ……」

 

 

「ははっ、悪い悪い。ンで? 何処の層回るんだ?」

 

 

「一層の《はじまりの街》。あそこで聞いて回ろうと思ってるんだ」

 

 

「なるほどな。こういう時、ユウキは率先して手伝うだろうし、休日をお前らのために使ってやるよ」

 

 

「助かるよ。………ところでなんだが、アーカー」

 

 

「ん?」

 

 

 キリトの視線が、アーカーの胴体へと向けられる。そこには、明らかに彼のものとは違うものがあった。それは間違いなく少女の身体であり、その身体は彼の両手が交差して出来た空間にすっぽりと収まっている。膝の上に乗せられ、両手で逃げられないように捕縛された少女は、譫言のようによくわからない言語を呟いている。ぷしゅーと湯気が頭から出ているようにすら幻視する程に、その顔は真っ赤に染まっており、最早限界とばかりに目がぐるぐると回ってしまっている。

 

 今の今までキリトとアスナも気付いていたが、話がひと段落する前には現在の状態に至っていたため、そろそろ気付かせた方が良いと考えたのだ。先程から一言もユウキが喋っていないのもそれが原因だった。元気が取り柄であり、お人好しの彼女が今の会話に参加していないのはハッキリ言っておかしい。別の場所にいるならともかく、彼女もまたこの場にいた。

 

 しかし、彼女がいた場所は、アーカーの膝の上だ。そこに座らせられ、逃げられないよう両手で捕獲され、所謂〝抱き枕〟のような状況に陥った彼女は、話が終わるまでの間をずっとそこにいることとなり、先の暴走から理性を取り戻したばかりでは、些か対応し切れなかったのだろう。思考回路がショートしている。譫言ばかり呟いていたのはそれが原因だった。

 

 

「ユウキは……大丈夫なのか?」

 

 

「ん? ユウキが大丈夫かってそれはどういう……———って、うぉっ!? だ、大丈夫かユウキ! 顔が真っ赤———暑っ!? 今日は体調が悪くなかったはず……って、ンなこと言ってる場合じゃねぇ! キリト、アスナ! 氷を持ってきてくれ! あと水!」

 

 

 漸く理解したアーカーがユウキを解放し、自分が座っていたソファーを空けて横にさせると、素早く的確に指示を出す。当然キリト達も手を貸すのだが、恐らく本人は原因が自分だとは思っていないだろう。彼女の家に引き取られてからも似たような状況があったし、その際はこんな風になっていなかったことが原因だった。よくある〝前はこれでも大丈夫だったから問題ないだろう〟という心理である。それは結果として、現在のこれを招いてしまったという訳だった。家の住人を扱き使う客人は、アインクラッドでも例を見ないだろう。

 

 

 

 数分後。

 氷嚢を額に置き、水分を補給したことでユウキは無事に回復。少しばかり顔はまだ赤いが、話し合いに参加できるほどにはなった。無自覚な元凶は、現在キリトの隣へと移動させられ、介抱することを禁じられていた。どうしてなのかという理由は言うまでもない。ユウキの隣にはアスナが座り、しっかりと面倒を見ながら、これからの動きについて再確認と、聞き回る地域分けをしていた。

 

 

「しっかしまぁ……ホント無駄に広いな、あの街。つーかキリト、お前《ミラージュスフィア》持ってたのか。俺も持ってたんだが、何処にやっちまってなぁ……」

 

 

「レアアイテムの扱い方が雑過ぎるだろお前……」

 

 

「当時のアーカー君の状況から考えたら無理もないけどね……」

 

 

「あの頃は正直マップデータ持ち帰るだけで充分だったからなぁ……トレジャーボックス全部放置してたのは、無茶して死ぬ馬鹿減らすためにそうしてやったんだから、レアアイテムの処遇はホントに雑だった。今思うとマジで勿体ねぇわ。ボス部屋見つかる前に七十五層で出来ること全部見つけて明かしてやろうか……」

 

 

「「それは本気でやめてください」」

 

 

「アッハイ」

 

 

「それに付き合わされた後、怒られるのソラだけじゃなくてボクもなんだよ?」

 

 

「あー、そうだった。ノリがあの頃と同じだったせいで盲点だった」

 

 

「なんだろう……。実はソラが一人だけで攻略してた時を少しでも楽しんでたんじゃないのかという疑惑が浮上してきてるんだが………」

 

 

「ンな訳あるか。こっちはこっちで精神的にきてたからな? 次ンなこと言ったら、いつぞや見たく脇腹に《水月》見舞ってやるから覚悟しろよキリト」

 

 

 それはマジで勘弁してくれと呟くキリトに周りが湧いた。笑いが起こり、具体的にどういうことがあったのかを知らないアスナとユウキは、彼が一撃叩き込まれて変な姿勢で飛んでいく様を想像したらしい。何故笑えたのかを不思議な顔で見るキリトだったが、こほんと咳払いした後、話を続けることにした。

 

 

「とにかく、俺とアスナは東側の地区を回ってみる。二人は西側の地区を頼んでもいいか?」

 

 

「了解。何かあったらメッセージで連絡飛ばしてこい。一層は《軍》の馬鹿どもの巣窟だからな。お前らが遅れを取るとは思わないが、いざとなったら《圏内戦闘》に持ち込めよ? どうせボールみたいに飛んでいくだろうしな」

 

 

「アーカー君の発言が過激過ぎる気がするの私だけかな?」

 

 

「ううん、アスナ。ボクもそう思うよ。ソラは見知らぬ他人にはホントに容赦しないからね」

 

 

「素直にこいつと知り合いで良かったと常々思う……」

 

 

「聞こえてるぞお前ら。誰が戦闘狂(バトルジャンキー)だ。どいつもこいつも同類だろうが」

 

 

「「「誠に遺憾だ(よ)(だね)」」」

 

 

 口を揃えて抗議する三人とアーカー。そこへ寝室のドアを開けて、件の少女が姿を見せた。目元をゴシゴシと手で擦りながら、寝惚けまなこでキリトとアスナを探している。

 

 

「パパ〜? ママ〜?」

 

 

「起こしちゃったか、ユイ」

 

 

「おはよう、ユイちゃん。よく眠れた?」

 

 

「うんっ。えっと……おきゃくさん……?」

 

 

 先程も見かけたアーカーとユウキがまだいることに気がついたのだろう。不思議そうな顔でこちらを見た後、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。本来なら知らない人に近づかないように、と教えられているはずが記憶喪失か何かで分かっていないようだ。キリト達が止めるべきなのだろうが、二人は彼らが危険な人ではないことをよく知っているため、止めはしなかった。

 少女———ユイは、ユウキの前に立つと、じーっと見つめた。興味深そうに見る子供のそれに、ユウキは自己紹介をすることにした。

 

 

「初めましてだね、ユイちゃん。ボクはユウキ。よろしくね」

 

 

「ゆき?」

 

 

「ユウキ、だよ? ゆ、う、 き」

 

 

「……ゆーき」

 

 

「ちょっとだけ難しかったかな? 呼びやすいように呼んでくれていいよ?」

 

 

 そうユウキが言うと、ユイは小首を傾げた後、少しばかり考え込んだ。どうやらその光景に見覚えがあったらしく、キリト達も懐かそうな顔を少しばかりしている。アーカーもユウキの後で自分もそういう風に考えられる時間が来るのだろうなと思った。この名前を使ってから二年近くが経過したが、実のところは呼びにくい気がしていたからだ。

 考え込んでいたユイがやっとこさ何か思いついたのか、そっと呟いた。

 

 

「ねぇね」

 

 

「………………」

 

 

 ぽかーんとユウキが硬直する。それからぷるぷると震え始めた。キリトとアスナはどうしたのだろうかと不安そうに見守るが、アーカーには大体予想がついていた。ユウキは姉こそいたが、妹はいなかった。自分が一番下であったために、お姉ちゃんぶったことがない。後々引き取られたアーカーも立場上は弟のポジションであったはずだが、弟らしい姿が全くと言ってなかったせいで、どちらかというと兄や友達の立ち位置に近かったのだ。それは結果として、今こうして姉ポジションに有り付けるタイミングで———

 

 

「ねえ、キリト、アスナ」

 

 

「ど、どうしたんだ、ユウキ?」

 

 

「ユウキ……?」

 

 

「ボク、ユイちゃんのお姉さんになるよ!

 だから、ボクは二人の子供だね!」

 

 

「はぁっ!?」

 

 

「ええっ!?」

 

 

「——————」

 

 

 ———前言撤回。アーカーですら予想だにしなかったことが起きた。予想を大きく上回ったことで、仏頂面となった彼は二重の衝撃で言葉を失い固まっていた。ゆっくりと後方に倒れ、後頭部を強打してもなお、虚ろな目をしていた。それに気付いたキリトが「大丈夫かアーカー!? 気を確かに持て! 戻ってこい!」なんて叫んでいるが、二重のショックを受けた当人の意識は回復していない。譫言のように天井を見上げて「キリトに恋人を自分の子供にされた。寝取りよりも酷ぇよ……」などと呟いている。かなり酷い言葉だが、そこに冷静さなんてものはなかった。ドヤ顔決め込んだユウキは、ユイにすりすりと頰をくっ付けて優しく抱き締めている。アーカーのことなど視界に入っていない。近くで起きていることに全くと言って気付いていなかった。いつぞやで彼はユウキに振り回されていると言ったが、正しくその通りだった。

 

 先程まで休んでいた少女の姿はそこにはなく、左手に持っていた氷嚢はぽーいと投げ捨てられ、自身を〝ねぇね〟と呼んだ少女を抱き締めていた。

 

 

「ユイちゃん! ボクがお姉ちゃんだよ! ぎゅ〜!」

 

 

「ねぇね、暖かい!」

 

 

 きゃっきゃっきゃっきゃっと喜ぶ二人に、大慌てのアスナ。思考停止して譫言を呟くアーカーと、戻ってこいと叫ぶキリト。

 

 数ヶ月前の誕生日パーティーと同レベルの混沌じみた光景が集結するまで十分近く時間を要したのだが、冷静さを失った彼らがそれを知る由はなかったのだった————

 

 

 

 

 

 記憶のない少女 —完—

 

 

 

 

 

 






 ユイの両親を探すため、

 四人はそれぞれ別れて聞き込みを始めた。

 アーカーとユウキは西側の地区へと足を運ぶ。

 そこで、二年経った現在の一層の状況を知ることとなる。

 次回 浅ましき者共

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