ソードアート・オンライン —Raison d’être— 作:天狼レイン
今回はタイトルがタイトルしてないかもしれません。
ぶっちゃけた話、《軍》の連中そんなに出ない(オイ
今回の話はネタ六割シリアス二割ほどだと考えてください。
あと前回追加しましたが、評価されても良い点や悪い点が分からずじまいであり、低評価爆弾だけを仕掛けるような輩が出たので防止策を取りました。ご了承ください。
感想や評価は遠慮なくどうぞ。悪い点があれば指摘していただけると今後の文章の出来にも繋がりますので。
一層《はじまりの街》。
それはこの世界、《ソードアート・オンライン》の記念すべき最初の街であり———未だ醒めない悪夢が始まった最初の街。
最初の一ヶ月で二千人が死に、二年の間に四千人ほどが死んだとされている。詳しい数は把握されていないが、流石にそこまでの数に至ると数えるのも億劫になるだろう。それも、自分自身がそうならないという可能性が万に一つもない世界での死者だ。数えている間に精神がやられてもおかしくはない。
絶望の象徴。
悪夢の始まり。
いくつか揶揄する言葉は存在するが、《トールバーナ》と比べて好印象は持たれていない。かの街が、希望の象徴であり、再起の切っ掛けであるのが理由なのだろう。それもあったが、現在《はじまりの街》には、とある組織が拠点としている。二十五層フロアボス攻略までは《アインクラッド解放隊》と呼ばれていた組織だ。現在その組織は、《アインクラッド解放軍》と名乗り、治安維持に勤めている———というのが
治安維持と言っても、オレンジカーソル———つまるところ、《犯罪者プレイヤー》を発見次第容赦なく襲って《牢獄》送りとしているだけであり、その中には仕方なくそうなるしかなかった者もいたという。本当の犯罪者達の中には、グリーンカーソルで獲物を釣る者達も存在するため、一概にオレンジカーソル=犯罪者ということにはならないのだ。そういう者達すら情報の照合を行う前に容赦なく送り監禁し続けることや、大人数のパーティーで狩場を独占する行為を度々起こすことから、最早好印象は持たれていない。治安維持という言葉はあくまでも都合のいい謳い文句でしかなかった。
それは結果として、一般プレイヤー達にある共通認識を持たせてしまい、更なる悪印象を招いた。〝極力《軍》に近づくな〟とは、まさにそれが生んだ共通認識である。
とはいえ、そんな彼らも五十層より上には上がってくることはなかった。理由は明白ではある。
まず第一にレベリング不足と言われている。五十層までを例え牛耳っていたとして、それより上に上がらないのは、まず彼らよりも純粋に強い者達が存在するからだ。攻略組然り、その後を追うプレイヤー達然り、敵モンスター然り。彼らは中層辺りに存在する犯罪者達と同様、格上には噛み付かないようにしているのだ。
続けて実践不足。彼らは大人数で狩場を独占しているが、残念なことにそのメリットは薄い。狩場を独占するというのは、自由にできるという意味ではあるが、その狩場は五十層より下に限られており、いずれレベリングに行き詰まる。挙句の果てには、大人数で狩るということは、そもそもの戦闘が混雑する可能性があった。基本的にレベリングを目指すパーティーは一つか二つのパーティーで共に行動し、スイッチやPOTを上手く回せるように工夫するが、彼らがそれを出来ているという保証もないのだ。七十四層フロアボス攻略で起きた一件が、それを証明してしまっていたのである。
他にもいくつかあると、ある男は推測していたが、その推測は当たっていたらしい。下層で格下ばかりを蹴り飛ばすだけの所業を楽しみ、胡座を掻き続けていた輩らしい実力だった。下層にいるプレイヤー全員が格下と見下し、相手の実力がいかなものかを察することも出来ず、驕り高ぶり、子供騙しのような挑発をする———そんな輩達を
「———肥大化し過ぎた結果がこれか。心底呆れたな。こんなモン、ただの癌じゃねぇか。悪性の腫瘍と何ら変わらねぇ」
二十六層から使い続けている魔剣———
「ンで? まだやるか? 〝諦めない〟奴は好きだが、無謀者が好きとは言ってねぇからな。今ここで失せるんなら、これ以上は何もしねぇよ。敗走中の兵隊蹴飛ばして遊ぶほど暇じゃねぇんだよ、俺は」
「き、貴様ぁっ! わ、我らを侮辱するか! 我々が《解放軍》だと知っての愚行か!」
「快挙だろうが愚行だろうが、俺には知ったことじゃねぇんだよ。何が解放だ。法螺を吹くのも大概にしろ。解放軍だ何だと謳いてぇなら、少しはこの街の奴らが喜ぶようなことしてからほざけよ。まずは現実を見て物を語ったらどうだ、三下風情が」
その言葉に
「ったく………餓鬼の煽り文句でキレるのもどうかと思うぞ」
自然な半身の構えで長剣を構え直す。いつものアーカーの戦闘開始体勢だ。完全な初見でない限り、この体勢の彼が行う行動は大方察しがついてもおかしくないのだが、頭に血が上った男は、一度同じ目に遭っているのに全くと言って気がついていなかった。迫るブロードソードの切っ先を、AGI値全開で横一線に振り払って弾き飛ばす。相手よりも重いはずの得物がいとも容易く弾き飛ばされたことに、目を白黒された奴の胴体に向けて、右手の拳がライトエフェクトを纏って放たれる。ソードスキル《閃打》。最早、何度放ったのか覚えていないくらい馴染みの技となった一撃は、ガラ空きの胴体に吸い込まれるように命中し、敵の巨体を軽々と吹き飛ばした。ちょうどその場所が通りであったこともあり、現在地からかなり離れた場所にまですっ飛んでいく。途中で同様に転がされていた部下達の真横を通過していく辺り、先程よりも力を込め過ぎたとアーカーは反省することにした。無様に吹き飛ばされた男は、辛うじて視認できる辺りで転がったまま、全くといって動かなくなった。気絶したのだろう。
「さて、と———最後通牒だ。あの馬鹿連れて、とっとと失せろ」
冷たく鋭い殺意が籠もった眼光でしかと連中を睨む。殺意に当てられた彼らは甲高い悲鳴をあげながら、蜘蛛の子を散らしてその場から逃げ出し始めた。しつこかった連中が消え失せると、アーカーは長剣を腰に差した鞘に納める。ちょうどそのタイミングで通り付近に存在する一件の宿の中から、一人の少女が姿を現した。元気よくこちらに近づいて来ると、小首を傾げて聞いてきた。
「少し表が騒がしかったけど、何かあったの?」
「羽虫が飛んでたから追い払っただけだ。大したことはない」
「ふーん、また戦ったんだ。ソラが目をつけられる必要なんてないのに」
「逆にこれでキリト達の方にいる連中が減ったら、アイツらの聞き込みが楽になるだろ? どうせここにいる《軍》の連中如きじゃ何人だろうが相手にならねぇしな。俺を捩じ伏せたいなら、ヒースクリフ連れてこいっての」
「ボクはそこに入ってないんだ?」
「味方をカウントに入れるつもりはないからな。そもそもお前は俺の敵になるつもりなんかないだろ?」
「うん、そうだね」
納得したようにユウキは頷くと、それから別行動してまで聞き込んだ結果をアーカーに伝えることにした。
「東七区の川べりに子供のプレイヤーが集まって住んでる教会があるんだって」
「東七区か……キリト達の担当区域だな。アイツらに伝えておいた方が良いだろうな。メッセージは送ったのか?」
「ううん、まだだね。先にソラが巻き込まれてないか確認しに来ちゃったから」
「心配性だな。この世界に来てからお前以外に一度だって負けたことないのを忘れたか?」
「気遣いだよ、気遣い! ボクだって女の子なんだもん。心配の一つぐらいしてもいいでしょ!」
ぷぅーと頰を膨らませて拗ねるユウキに、悪かった悪かったと謝りながら、アーカーは早いうちにその情報をキリトへとメッセージとして送る。通り過ぎていたりしなければいいが、と思いながらマップデータを開く。そこには《はじまりの街》の平面的な全体図が浮かんでおり、現在の位置情報も載っていた。ちょっとしたトラブルで出だしは遅れたものの、キリト達と別れてからそれなりに時間は経っていた。西地区もこの区域で終わりだ。メッセージに気付いた彼からの返答をのんびりと待っていいかもしれない。
「残り僅かを回ったら、一旦転移門前に移動した方が良さそうだな。変なとこで待つよりその方が効率良いだろうし」
「うん、りょーかい。あとちょっとだね、頑張ろー!」
元気よく拳を振り上げ、ユウキは全速前進と言わんばかりに歩き出す。一層に滞在するプレイヤーで、彼女ほど元気のある者はいないだろうとアーカーは素直にそう思う。前述の《徴税部隊》のせいで、この街には活気がなくなっている。とはいえ、デスゲームによる死の恐怖で身動き一つ取れなくなった者達が集まっていたのだから、元々そうだったと言っても間違ってはいないが。そんな彼らにとって、彼女の在り方は眩しく思えるだろう。事実、この世界に立ち向かう側であるアーカーどころか、キリトやアスナ達でさえも眩しく思えるくらいなのだ。惚気ることと変わらないが、少年にとっては彼女の存在は太陽と遜色なかった。見る者触れる者を焼き付けるだけの太陽ではなく———慈しみ育む、恵みの太陽として。
「足元に気をつけろよ? ただでさえ、ここは石畳なんだから油断すると躓くぞ?」
「躓かないよ! ボクだって足元くらいちゃんと気をつけてるんだよ。ソラってそういうとこが姉ちゃんっぽいよね!」
「だったら俺はお前ら姉妹に影響されっぱなしだな。特にお前の影響を受けてる気がするからな」
「ん? それって褒めてる?」
「激賛五割皮肉五割ってな」
「褒めてるのか馬鹿にしてるのか分かんないよ!」
絶妙なラインを弄られたせいで、照れればいいのか怒ればいいのか分からない様子のユウキに、揶揄ったアーカーは腹を抱えて笑う。それを見て揶揄われたことに気がついた彼女が、ぷぅーとまた頰を膨らませるが、拗ねるよりも先に一つだけ何かを思いついた。ニヤリと企み顔になると、すぐさま行動に移る。
「ねえ、ソラ」
「ん? どうし———」
「もらった! 隙あり!」
腹を抱えて笑っていたアーカーが、呼ばれたことでふと頭をあげたと同時に素早くユウキはストレージから〝ハリセン〟を取り出し、容赦なく隙だらけの後頭部めがけて振り下ろした。当然《圏内》であるため、ダメージ一つ入りはしないが、STR値とAGI値が加算された一撃はとても素早く、そして———痛い。
スパァン!と良い音を鳴らすと共に衝撃が伝う。完全な不意討ちと油断し切っていたアーカーは、みっともない声を口から吐き出した。作戦を成功させたユウキは、その場でぴょーんぴょーんと飛び跳ね、「やったー!」と歳相応の喜びっぷりを見せた。痛感が完全に遮断されている仮想世界で、咄嗟に痛いと言ってしまったり、そう感じるのは不思議なことだが、恨めしそうな顔をしながら少年は少女を一睨みするも、ドヤァッ!と後悔を全くしていない。むしろ、してやったり!という顔をするせいで怒る気は失せてしまっていた。
「……ったく。不意討ちとは汚ぇことしやがって」
「そうしないと〝ハリセン〟なんて当たらないんだもん」
「つーか何処でンなもん手に入れたんだお前。それ完全な娯楽アイテムだろ」
「ふっふ〜ん、ちょっとした簡単なクエストの報酬でゲットしたんだ〜♪ 実際に使ったの今回が初だよ。やったね、ソラ。第一号だよ!」
「全く嬉しくねぇ第一号をどうもありがとう」
大きく溜息を吐くと、アーカーは叩かれた後頭部を摩る。別に痛くはない。すでに不快感も消えている。けれど、どうしてだろうかそうしてしまうのだ。VRMMO七不思議の一つと考えても相応だ。いずれ、もしくはすでにそんなくだらないことを探して纏めている輩がいるかもしれない。恋人が取った反撃の仕方に呆れながらも、アーカーは〝らしさ〟を感じていた。
そんな中、聞き慣れた音と共に一通のメッセージが届いた。表情が変わった彼に反応したユウキもまた、そばに駆け寄る。素早く可視モードボタンを押して、メッセージが彼女に見えるようにすると、それを開いた。書かれている文章に目を通すと、そこには集合場所についてが載っていた。落ち合うことになった場所は、先程情報として挙がっていた東七区の川べりにある教会だった。
———*———*———
「……俺達が西側の地区を回ってる間にンなことが起きたのか。なるほど、伊達に肥大化しただけじゃねぇか。無駄に人員だけいても邪魔なだけだろ」
「俺からすれば、向こうでお前が《軍》相手に無双ゲーをしてるとは思ってないからな?」
「吠えるだけしか出来ない
「アーカー君、本当はガサツなんじゃ……」
「ンな訳あるか。俺は礼節を重んじる至極マトモな分類だぞ」
「いや、それはない」
「オーケーキリト。テメェはそこに直れ。今から礼節を重んじる良い人間に成れるように
「お前の言ってる教育からは不穏しか感じないんだが!?」
「も〜、そんな風に騒いじゃダメだよソラ! 子供達に悪影響だよ」
「…………それに関しては悪かった」
ユウキに〝子供達のためにならない〟という大義名分と共に怒られたアーカーはしゅんと大人しくなる。それを見て、ガッツポーズを取るキリトの頭を、隣に座っていたアスナが一撃お灸を据えるように叩いて反省させた。それを見た子供達が楽しそうに笑う。きっと面白おかしかったに違いない。決して人の不幸で笑うような大人には成長して欲しくないものだが、その辺りは今後の環境に託されるだろう。
「………にしても、予想よりも多いな。二十人超えとは恐れ入った」
「やっぱりゲームなだけあって、やりたいって子供達も多かったみたいだね。ボクも実際に剣を振れるって知って純粋にやりたかったもん」
「ベータテスターに受かった俺のことを散々妬ましそうな顔で見てたもんなぁお前。「ずっるーい、ソラばっかり楽しんでるのずるいよー!」だっけか?」
「わざわざ再現までしなくて良いよ!」
「お前、こんなのも一言一句覚えてるのか……?」
「前にも言っただろ? 記憶力には自信があるってな。何ならここで一つ懐かしの台詞言ってやろうか?」
「全力で遠慮させてもらいます」
即座に断ったアスナに、アーカーは大人しくそこで止める。下手に叩くと全身全霊の《リニアー》を叩き込まれる気がしたからだ。キリトも遅れて遠慮している。彼に関しては、色んなところで黒歴史を作っているのか、過去に自分が言った文言一つすらひっくり返されたくないようだ。第一《ビーター》なんて悪名も相当参っていただろう。こうやって普段から両者互いに軽口を叩き合えるくらいが、本当のキリトを露わにしている可能性すらあった。
「ところで、一度意識を失ったっていうユイの様子は?」
「今は借りている部屋で寝ているよ。そろそろ、もう一度様子を見に行こうとは思ってる」
「ねえ、キリト、アスナ。ユイちゃんが意識を失う前に何か起きたりした? 例えば、変な音とか。小さい子にしか聞こえない音ってあるみたいだけど、ボク達はまだ聞こえる年齢だと思うんだ」
そういうと、ユウキの推測に驚いた顔をするキリトとアスナは、敵わないなという顔をしてから、隠すことなくしっかりと伝えることにした。
「ノイズじみた音が聞こえたんだ」
「ノイズだと? この世界で、か?」
「ああ」
「それからユイちゃんの身体のあちこちが、崩壊するみたいに激しく振動して………」
「アバターを構成するポリゴンが崩れかけたの……?」
そんな話は聞いたことがない。二人はすぐさまそう思った。アバターを構成するポリゴンが崩壊する時、それが起きているのをしっかりと認識できる現象は、プレイヤーのHPがゼロになって死亡した時だ。それ以外でポリゴンが崩壊する現象は見たことがなかった。過去に装備の耐久値が切れる瞬間に転移結晶を使って死を偽装する方法が考案されたが、残念ながらあれは騙すことには使えど、厳密にはポリゴンの崩壊の仕方が違う。そのトリックを使った事件に対峙したことがある二人なら、その区別もつけられるはずだ。そう考えると〝ポリゴンが崩れかかる〟などという現象は奇怪でしかなかった。前例がないことが、その異質さに拍車をかけている。
そもそも有り得るのか? 茅場 晶彦が———あの叔父が作り上げた、作品としての質は最高峰たる《ソードアート・オンライン》にバグなど。今もヒースクリフとして行動している彼が、外部の協力者が限りなくいないであろう状況下で、ここまでバグ一つ起こさなかった世界に、今さらバグが起こるのか? ———第一彼はこの世界をどうやって調律し、安定させている……?
ここ暫く一度として悩み続けることがなかったアーカーが、黙り込んだまま思考を続ける。その異質さに、流石のユウキも何とも言えない顔になっているが、心配するような様子のキリトとアスナに、「たまにあるから気にしないでいいよ」とだけ伝えている。それから数分考え込んだが、大きな溜息を吐いたところで、彼の意識がこちらに戻ってきた。
「……ダメだ。情報が少なすぎる。バグ一つ起こさなかったこの世界が、今更バグを起こすとは思えない。だからといって、今の今までずっとバグが起きなかったのも異質すぎて、そこで思考が止まりやがる。大事な情報がまだ欠けてる気がするんだよなぁ……」
「今の話だけでそこまで考えてたお前が一番異質だろ」
「うるせぇキリト。自己犠牲の精神で《
「どっちもどっちでしょう」
「うんうん」
両者共に大切な人による判決で引き分けとなり、言い合いはそこで一度止める。分からないものはこれ以上考えても仕方がない。そう思い、アーカーは一度その話題を記憶の片隅へと追いやった。それから、ゆっくりと息を吐いて———気になっていた話題を挙げることにした。
「
右腕や背中、脇腹辺りから顔をひょっこり出したり、くっ付いたりして、ジーッと眺めてくる子供の群れを見ながら、アーカーは溜息交じりに告げた。その表情から既にめんどくさいという文字が読めるほどだが、それを察してくれるほど子供達が聡明であるはずもなく、むしろ好奇心に駆られている状態にあった。普通ならこんな奴と関わりたくないのが当たり前だろうにと自身の在り方を自虐しながら、果たして何がどうしたらこうなるのやらとそう思っていると———
「ふっふ〜ん、ボクが推薦したんだ〜♪ だってソラは、誰かの世話を焼くのは得意だからね!」
———主犯はお前か、ユウキ。
相変わらずのドヤ顔で〝自分がやりました〟と宣言する少女に、少年は半目で睨みながら呆れていた。
世話を焼くのは確かに慣れているとも。お節介と言われそうなくらいのことをした覚えがないとも思っていない。だからといってこの数はどうしろというのだ。
内心これでもかと愚痴りながらも、アーカーはどれだけ子供達が近くにいるのかを考える。まず伝う感触だけで大体五人は軽くそばにいる。触れてないだけで《索敵》スキルを使えば、もう少し近くに寄っているかもしれない。それだけの子供が近くにいることが確認できた。その上で、呆れながら一応訊ねることにした。
「ンで? 何か用か餓鬼共。悪いが、その人数を纏めて相手してやるほどの技量はねぇぞ。大人しく俺の目の前でドヤ顔晒してるボクっ娘に突進することをオススメしてやる」
「えっ……!? そ、それは待ってよソラ!? いくらボクでも纏めて突進されたら踏ん張れないよ!?」
ドヤ顔を向けていたユウキの顔から一気に余裕がなくなり、ぶんぶんと首を左右に振って〝無理無理〟と真剣に伝えようとしている。だが、構うものか。そのまま突進してやれ餓鬼共……などと悪役のような思考でそういう展開を望んでいたアーカーだったが、次に耳に届いた言葉には流石に硬直せざるを得なかった。
「だって、あんた物凄く強いんだろ! そこの二人が言ってたんだ!」
元気の良い、赤毛の短髪をつんつん逆立てた少年が、真っ直ぐその指先をキリトとアスナへとこれでもかと向けて言った。それを聞いた途端、少しばかりアーカーはソードスキルを使った後のように硬直した後、ゆっくりと二人の方へと振り向いた。すると、同じタイミングで彼らが都合の悪そうな顔をしながら誤魔化そうという気持ちが読み取れるほどにその顔を反らしている。あれは確信犯の動きだ。なるほど、裏切ったのはユウキだけではなかったらしい。〝お前もか、ブルータス〟———ではなく、今の彼からすれば、〝お前らもか、新婚夫婦〟としか言いようがなかった。
「お前ら三人とも後で、ゆっ〜〜〜〜〜くり話し合おうな?」
「なあ、アスナ。今すぐ俺達は逃げた方がいいんじゃないかって気がしてきたんだが」
「ゆ、ユイちゃんを置いてはいけないよ! ———あ、ユウキ。お願いがあるのだけど」
「そ、その手には乗らないよアスナ! ボクにソラを誘導させようなんてそうはいかないぞー! こういう時のソラは絶対逃がさないっていう顔をしてるんだよ! そもそもフレンド登録してるから何処に逃げても無駄なんだよ!」
「くそっ! あの時のフレンド再登録はこのための布石だったのか!」
「じゃ、じゃあ今だけ削除するっていうのは……」
「ダメだよアスナ! そんな手を使ったら、ソラが意地でも見つけに来るよ! 捕まった時が一番怖くなるからやめた方がいいよ!」
「第一聞こえてんだよ下手人共。あと変な勘繰りはやめろキリト。ちなみに逃げるために削除したら意地でも探すからなアスナ。あとさっきから実体験語ってんじゃねぇぞユウキ」
大人しくする奴はいないのかと呆れ果てたようにアーカーは溜息を吐くと、下手人共のせいで洩れた情報で群がってきた子供達をどうにかしようとそちらに意識を向けた。先程の三人の様子から、本当に強いのかと期待の目を向けてくる純粋無垢な子供達の姿に、彼は目が痛くなる。物理的にではなく、精神的にだ。つい少し前まで《軍》の《徴税部隊》というゴミ共を見ていた反動だろうか、本当に眩しい。本当に心から彼らが真っ当に育ってくれることを祈りたかった。
「……まぁ、確かに攻略組の所属なんだから実力はあるぞ。ンで、何がお望みだ?」
「あんたの武器見せてくれよ! この中で一番強いんだったら、武器も凄いんだろ!」
それを聞いて、その程度の興味だと理解すると、得物である古びた長剣をオブジェクト化させて、鞘から引き抜いたそれを目の前に出してやった。当然装備可能条件の問題もあるため、手から多少離れようとも所有権が移行することもなければ、装備など出来はしない。基本的に戦わない子供達は「重ーい」と言ったり、「ぼろっちい」などと見た目的にも仕方のない酷い言われ方をするが、戦えるらしい子供達がそれを持った途端に驚いた顔でこっちを見た。その中から一人の少年がアーカーの長剣を持ったまま近づいてきた。
「な、なあ剣士さん! あんたすごく強いんだよな!? お願いがあるんだ!」
ここにいる子供達の中で最も年長だろう、茶髪の少年が期待の眼差しを向けながら、何かを頼もうとしている。その姿に、何か面倒なことを言われそうだなと感じてしまうアーカーは、傷付かない程度に先に警告することにした。
「悪いが、〝強い武器をくれ〟なんて話は聞けねぇからな。俺はそれ一本で前線に潜り続けてる。それをくれてやる気はないぞ」
「そうじゃないんだ。俺に、俺に稽古をつけてくれないか!」
その一言に、周りが一度静まり返る。アーカーですら驚愕の色が浮かべており、そこには正気か?と疑うような表情すらあった。すぐさま気を取り直したシスター服の女性サーシャがその少年のそばに駆け寄ると、叱るような口振りで言った。
「な、何を言っているの! あの人は物凄く強い人なのよ!」
「そんなこと分かってるよ! でも、今日のことで分かったんだ……。アイツらも倒せないんじゃ、みんなを守れないんだって!」
恐らく、それはキリトとアスナが救援に向かったことでのことだろう。《軍》の《徴税部隊》に《ボックス》———所謂閉じ込め行為を受けた彼らは、みんなが助けに来るまで何もできなかったそうだ。二人のお蔭で無事事無きを得たが、もし閉じ込められたことを伝えられず、そのままだったら彼らは大切な武器や防具を失い、ここにいる彼らの生活を支えることはできなくなる可能性すらあったのだ。それが悔しくて仕方がなかったのだろう。手で押し退ける行為がハラスメント行為として触れる可能性があるため、《ボックス》を破るには方法が限られる。ステータスが高ければ、壁を蹴って跳躍するという方法があるが、それが出来るようになるのは中層以上のプレイヤーだ。彼らにはそう出来るものではない。他にあるとすれば、それは実力行使だ。《圏内戦闘》のシステムを利用した強力な一撃で弾き飛ばすしかない。当然それは相応のステータスが求められるが、せめて気持ちだけでは負けたくないのだろう。
そして、また奴らが同じことをしてきても戦えるよう、対人戦ができるようになりたいと願っているに違いなかった。
「……なるほどな」
心の底から納得は———無理だろう。立ち向かおうという気概は素晴らしいとも。だが、それは同時に、他者を傷付ける覚悟を持つということになる。純粋無垢な子供がその覚悟をするには早すぎる。子供は誰かを傷付けることはいけないことだと知るべきなのだ。そのはずなのに、この世界は———いや、奴らはそんな優しいことすら許してくれなくなった。
その結果がこれだ。子供にすら、あってはいけないはずの選択肢が浮上し、それを取るべきかと悩んでしまう。アーカーは———雨宮 蒼天は、
けれど———以前まで考えてしまっていたのだ。〝あの日〟が訪れなかったら、俺はあの頃のままでいられたのだろうかと。誰かを傷付けることを良しとする今の自分にはならなかったのだろうかと。そう思わざるを得ない頃が
「一つ、お前に質問するぞ。絶対に目を背けるなよ?」
そういうとアーカーは少年の正面にしゃがむ。それから、声音を一層昏く鋭く冷たくして、一切の容赦なく———まるで死神の取引のような口振りで訊ねた。
「お前は大切な奴らのために、誰かを傷付ける覚悟はあるのか?」
それは、少年よりも多少歳を食った人生の先輩からの警告でもあった。
俺はそうするしかなかった。
———お前はそうなっても平気なのか?
———自分らしく在り続けることができるか?
———俺みたいになってもいいのか?
その問いには、それだけでは収まらないほどの、たくさんの意味が込められていた。当然その意味の全てを少年が理解できるはずもない。けれど、目の前にいる剣士の姿が正しくそれを体現していることだけは分かっていた。果たして彼のように成るのは正しいことなのか。それをアーカーは、少年の判断に委ねたのだ。
少年は悩んだ。そりゃそうだという声だってあるだろう。いくらこの場の子供達の中では最年長とは言え、アーカーやユウキよりも年下であることは間違いない事実だ。齢に見合わない質問であり、同時に育つべき子供には早過ぎた。悩むのはこれから先のはずだった。
けれど、それを許さないのが、この世界であり、《軍》の連中だ。
少年は、時同じくして閉じ込められていた二人を見た。心配そうな顔をしている。自分よりも小さな子供達にも視線を向ける。同様の結果だ。それは当然だとも。いくらモンスターを狩れたとしても、その願いだけは無謀すぎる。
しかし———少年は見た。今にも泣き出しそうなくらい追い詰められた二人の姿を。心配そうに助けに来た子供達やみんなを守ってくれているサーシャの姿を。
だから、だからこそ、譲れなかった。
「あるよ……! 俺だけがそうするだけでみんなが幸せになれるなら……! あんな奴ら———俺がぶっ飛ばしてやる!」
その一言に、ほぼ全員が息を呑んだ。子供が反抗期のようなノリで言ったのではない。確かな覚悟を決めていた。アーカーに向けられた瞳が、それを証明していた。真っ直ぐ、屈することなく、ハッキリと。それが少年の覚悟であることが誰にだってわかるくらいに。
「そうか———なら、これだけは覚えておけ」
覚悟を決めた少年に、今更ダメだと言うつもりはアーカーにはなかった。きっとサーシャという女性には責められるだろう。それは甘んじて受け入れるつもりだった。ユウキやキリト、アスナにもきっと責められる。それでも、雨宮 蒼天という少年の在り方が、決意した者の覚悟を裏切れなかった。かつての自分がそうであったように。
だからこそ、告げる————
「どんな状況に陥ろうとも〝生きることを諦めるな〟〝足掻け〟〝諍え〟〝立ち止まるな〟————以上だ」
それはかつてのユウキに伝えたものと同じだった。正確には、そのうちのいくつかだけだったが、それでも彼女にだけはそれを伝えた意味を理解した。その顔は、何処か優しく、そして———悲しそうだった。
「表に出ろ。少しだけ稽古をつけてやる。全力でかかってこい」
そういうと、アーカーは自分の得物を鞘に収めて教会の外へと出ていった。その後を覚悟を決めた少年が追い掛ける。唯一理解したユウキは念のために彼らの後を追った。
残された彼らは、その場で立ち尽くすしかなかった。
追うことも、止めることもできず————その場には、沈黙だけが広がっていたのだった。
浅ましき者共 —完—
訪れる来客。
《軍》の中の確執。
起こされた陰謀。
それは四人を巻き込んでいく。
存在しなかったはずの地下。
その最奥にて巣食う死神が、
断頭の鎌を———振り上げる。
次回 死を示す者