ソードアート・オンライン —Raison d’être—   作:天狼レイン

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 今回はかなり長くなりました。下手に区切ると書きにくくなると思った結果ですね。二万文字は久しぶりに書きましたよ。
 さて、今回の話は、書いておきたかった話の一つです。ここから原作と展開が少しずつ離れ始めますが、ご了承ください。
 作者的には、あと十話以内にアインクラッドが終わると推測しています。外れる可能性がかなり高いですが。




26.死を示す者

 

 

 

 

 

 

 西暦2024年11月1日

 

 

 

 その日の朝は、とても騒がしかった。いつものようにユウキが元気よく自宅の中を駆け回っている訳ではない。だいたい朝起きたばかりの彼女は比較的大人しい。顔を洗うまでは静かだ。そのため、騒がしさの原因ではなかった。大方の検討がついているアーカーは、《強制起床アラーム》よりも少しばかり早いタイミングで目を覚ますと、寝惚け眼をゴシゴシと擦った後、騒がしいのにも関わらず、横ですぴーと眠っているユウキの姿を見て、溜息を吐く。放っておこうとも、あと数分でアラームが鳴るのだが、寝かせておくかそのままにするかを考えた。数秒思考して———決めた。

 

 

「起きろ、ユウキ。少しばっかり早いが、朝だ」

 

 

 一人だけ気持ち良く寝させてやる気持ちは、悪戯心のようなものに変わっていた。結果としてそれは、容赦なく起こしに入るということに繋がった。ここから少しずつ段階的に起こし方が雑になっていくのだ。まずは言葉と共に揺すって起こすことにした。

 

 

「……うぅん………そらぁ………?」

 

 

「少し早いが朝だ。ついでに起きとけ」

 

 

「……う〜ん………」

 

 

 もぞもぞと掛け布団を被った身体を動かし、亀のように引き篭もったユウキが空いている場所から両手を出す。グゥーっと身体を伸ばして大きな欠伸を掻いた。片手で寝惚け眼を擦り、腑抜けた声を洩らした後、アーカーの方に顔を向けた。

 

 

「……おはよ〜そらぁ………」

 

 

「今の一言で分かった。お前まだ寝てるだろ」

 

 

「起きてるよぉ〜………」

 

 

「オーケー分かった。だったら掛け布団をその両手から離せ。今すぐ引っ剥がしてやる」

 

 

 そう言うや否やアーカーは抵抗される前にユウキが被っていた掛け布団を引っ剥がす。不意討ちに加えて寝惚けていたのもあったのか抵抗はなく、掛け布団がバサァっと退けられ、それによって隠されていた彼女の身体が視認できるようになった。着ていたのは、寝る前と同じ紫色の寝間着だ。当然変わっているはずもない。仮に変わっているとするのなら、それは———

 

 

「システムがカバーしない程度に服がはだけてんじゃねぇかお前」

 

 

「……う〜ん………そらぁ、ちょっとさむいよぉ〜……」

 

 

「寝てる間に服がはだけるってどんな寝方してんだ。全く……世話が焼ける奴だな」

 

 

 ハラスメントコードが発動しないように行動に気をつけながら、ユウキの寝間着を整えてやる。胸元がはだける、なんて展開はシステムが許すはずもなく、むしろそれで助かったと思う。現実世界で何度もこの光景を経験したお蔭か、特別揺らぐことはない。以前〝狼さん〟と言われたことを実は気にしていたりするのだ。ちらりと覗かせたおへそが目に入ったが、溜息を吐いて服の下に隠すと、無事にコードが発動していないことを確認する。

 

 

「さっさと寝間着から着替えろ。あっち向いててやるから」

 

 

「ふぁ〜い……」

 

 

 もぞもぞと動いてから起き上がると、ユウキは寝惚けたままメインメニューを呼び出し、装備フィギュアの操作を始めた。その間アーカーは、彼女の着替えが視界に入らないように壁際を向いて着替える準備をする。ユウキが着替え終わったら、同じように壁際を向いてもらって着替えるつもりだからだ。借りた部屋にはアーカーとユウキの二人しかいない。もう一室別の場所でキリトとアスナが寝泊まりしているはずだ。恐らく彼らはもう起きている可能性がある。彼らの朝は早いと聞いているからだ。そんなことを考えながら、着替えが終わるのを待っていると、寝惚けた状態だとハッキリ分かるほどの声が返ってきた。「……も〜いいよ〜……」と言いながら、どういう訳か彼女は背後から抱き締めてきた。

 

 

「……おいコラ、ユウキ。ンなことされたら着替えにくいだろうが。さっさと退け、そして壁際見てろ」

 

 

「………えへへ〜そらぁあたたか〜い…………」

 

 

「人を湯湯婆(ゆたんぽ)かなんかだと勘違いしてねぇかテメェ。何度も言うが、さっさと退け、壁際見てろ。掛け布団を被り直して二度寝に入ったらキレるからな?」

 

 

「………そんなことしないよぉ〜こうしてるほうがきもちいいもん…………」

 

 

 そういうと抱き締める力が少しだけ強まる。それだけなら振り払えるだろうと思っていた矢先、アーカーの予想に反したことが起きた。背中に柔らかいナニカが二つほど当たったのだ。正確には当てられたというべきか。その感触が背中から脳へと伝わると、彼の顔が強張った。引き攣った顔を壁際に向けたまま、念のために聞いてみる。

 

 

「なあ、ユウキ。お前今なにしてんの?」

 

 

「……そらをだきしめてるんだよぉ〜………」

 

 

「いやそれはそうだが。他に何してんの?」

 

 

「………そらでぽかぽかしてるよぉ〜…………」

 

 

「違うそうじゃない。お前なんで俺の背中に胸なんか当ててんの?」

 

 

「………う〜ん…………? ……なんのこと〜?」

 

 

「自覚無しかよ……。なんで酒に酔った奴の悪絡みみたいなことを朝っぱらから実行してんだコイツは………」

 

 

 スリスリと頰をくっつけたり、ぎゅ〜っと抱き締めたりし始めた寝惚けたままのユウキに、アーカーは溜息を吐きながら対応策を考える。〝そのままでいてキリト達が様子を見に来るまで待つ〟という選択はどれだけかかるか分からない。〝どうにかこの状態から脱する〟という選択を取るべきなのだろうが、しかし、こんな状態のユウキだ。本当に着替えているのかすら怪しい。あってほしくない可能性だが、下着だけになっている場合も無くはない。その可能性も考えて、今すぐ〝アスナをメッセージで呼び出す〟という方法がある。それを実践しようと左利きのアーカーがメインメニューを呼び出そうと指先を真下へ振ろうとして———

 

 

「………ぎゅ〜…………♪」

 

 

 などと言いながら体重をかけたユウキのせいで、僅かにぐらついた身体がその勢いのまま後ろへと倒れる。背中に抱き付いていた彼女はその下敷きとなり、変な声を洩らした。同年齢ではあるが、体重は当然アーカーの方が重い。そのため、肺が圧迫されたのだろう。メインメニューを呼び起こすこともできなかった彼は、その声を聞いてすぐさま退こうと動き、彼女を起こそうとして気付いた。

 

 先程の予想通り、ユウキはきちんと着替えてなどいなかった。どういう訳か《倫理コード解除設定》が切られており、彼女の身に纏われているのは、胸と腰の辺りを隠す程度の布だけだ。彼女のイメージカラーである紫色の下着だけの姿となった状態で、その寝惚け眼が今の瞬間だけはちゃんと起きているようにも見えた。

 齢14ほどの少女であるユウキの肢体は未だ幼いながらも、肌が白いせいか陶器のようだった。肩やおへその辺りが僅かに赤く熱を帯びていて、互いの視線が交差した後、頰や耳にまで赤みを帯びていく。羞恥心から来るものだが、普段の彼女ならば、もっと顔を赤く染めて拗ねたり怒ったり恥ずかしがったりと色んな行動を取るはずだった。体勢を変えたはずのアーカーの今の姿は、まるで下着姿のユウキを押し倒しているようだと勘違いされてもおかしくなかった。

 しかし、残念なことに今の彼にそこまで思考が回っていなかった。ここに至るまでのことや現在の状況が、理知的な少年である理性を揺らがせていたのだ。互いを見つめ合い、言葉を失ったまま、ゆっくりと息を呑んで———漸く、言葉が出た。

 

 

「なんで服着替えてねぇんだよ……」

 

 

「………なんでかなぁ〜……わかんないや…………」

 

 

「はは、なんだよそれ……。お前はいつも俺を振り回しやがる」

 

 

「………いやだった…………?」

 

 

「ンな訳あるか。お蔭で退屈しねぇよ」

 

 

「………そっかぁ〜…………」

 

 

「………前も思ったが、綺麗だなお前」

 

 

「………えへへ〜…………」

 

 

 いつもと変わらないだらしない笑顔を見せるユウキに、アーカーは「寝惚けてるくせに……」とだけ愚痴ると、鬩ぎ合い互いに譲らないと行動している理性と本能のうち、容赦なく理性だけを払い除ける。今だけは理屈でどうこうなんてどうでもいいような気がしたからだ。

 それから、目の前に押し倒されている少女の瞳をしっかりと見つめると

 

 

「……お前が悪いんだからな」

 

 

 とだけ呟いて、ゆっくりと顔を近づけていく。たくさんの子供達が住まう場所の、借りた部屋の一室で、挙句の果てには教会で、こんなことをすれば、確実に罰が当たるだろうな……と他人事のように考えながら、最早あと少しで唇が重なろうとした———その時

 

 

 

 

 

 部屋の扉が開いた。誰かが見に来たらしい。とんでもない現場に遭遇したと思うだろうなと思いながら、顔を遠ざける。その勢いのまま、誰が見に来たのかと扉の方に目を向けて———硬直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ〜アーカー君? いま、ユウキに、ナニをしようとしたのかなぁ〜?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立っていたのは———魔人(アスナ)だった。

 

 

 

 いつになく怖い笑顔を顔面に貼り付けたまま、その背後に見えてはいけないはずの般若のそれをアーカーは見出した。押し倒された状態のユウキは、寝惚け眼で「………あすなだぁ〜…………」なんて言っているが、そのアスナに殺意を向けられている当人はそれどころではなかった。今すぐ逃げないと殺されそうな勢いすらあった。脱兎の如く逃げるくらいはアーカーのAGI値的には容易であり、ユニークスキル《天駆翔》がある以上、逃走性能や機動力では圧倒的に優位に立っている。この状況から逃げることも出来なくはなかった。

 しかし、これまた残念なことにこの部屋には、アスナが立ちはだかっている扉以外には窓しか出口がない———窓を出口と言っている時点でかなりおかしい話ではあるが、そこから逃げようにも飛び出すためには、〝ユウキから離れる〟〝窓を開ける〟〝飛び出す〟という一連の工程が必要だった。それを完了するまで、果たして彼女がそれを許すだろうか?———断じて許さないだろう。今の彼女は〝変態ブッコロウーマン〟と化している。こうしている間にも右手には細剣かしっかりと握られており、〝いつでも動いていいよ? 遠慮なく刺し貫くから〟と言わんばかりだ。果たしてこの状況下でもアーカーは逃げ切れるだろうか?———断言しよう、無理だ。

 

 

「最期に何か言い残すことは?」

 

 

 最早処刑人のそれと化したアスナの言葉に、ユウキに被害がないよう離れた後、こういう時に言おうと取っておいた言葉を口にした。

 

 

 

 

 

「不幸だ」

 

 

 

 

 

 何処かの〝男女平等鉄拳〟〝不幸体質〟〝幻想殺し〟の少年と同じ一言を呟きながら———気がつくと、いつもより近い位置に壁があることを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「理不尽すぎる。そもそもの元凶は俺じゃねぇっての」

 

 

 朝食を手早く胃に放り込んだ後、お茶を啜っていたアーカーが開口一番に呟いたのは、そんな言葉だった。向かい側の席に座るアスナから厳しい目が向けられたが気にすることなく続ける。

 

 

「第一酒に酔った奴の悪絡みみたいになってるのが予想外だ。寝惚けた奴ってンなことすんのかって思ったぞチクショウ」

 

 

「具体的に何があったか知らないが、取り敢えずドンマイ……」

 

 

「う〜ん、ボクは多分寝惚けてたから記憶がないんだよね」

 

 

「寝惚けてる奴はだいたい自覚がねぇから大変なんだよ……」

 

 

 ユイを膝の上に乗せたアスナによって強制的にアーカーの隣に座ることになったキリトは何となく励ますも、その向かい側に座ることとなったユウキは何があったのか覚えていないせいか小首を傾げていた。当事者であったアーカーは無自覚な元凶を一睨みするが、自身の向かい側に座っているアスナがものすご〜く怖い顔を浮かべていたため、すぐさま中断した。

 

 彼女によって制裁されたアーカーは、もちろん事情を説明した。途中までは理解を得られたが、最後に関しては当たり前だが理解を得られるはずもなく、現在アスナにとって、アーカーという少年は〝ケダモノ〟というレッテルを貼るに値する人物であると思われている。「誠に遺憾だ」と訴えたが、対応なんてしてもらえるはずもない。

 

 結果、そんなケダモノから守るべくユウキを隣の席に座らせ、こうして見張っている状況にあった。いつぞやの誕生日パーティーでキリト達一行によって、一度崩された鋼の理性は今や見る影もない。とはいえ、相変わらず強靭ではあるが、かつての強固さなど何処へやら。今ではこんなザマであった。文句を言おうにも、「理性を飛ばしたお前が悪い」と一喝されれば、それまでである。

 

 大きな溜息を吐くと、アーカーはお茶を啜ることにだけ専念する。下手なことを口走れば、また面倒なことに巻き込まれそうだなと思ったからなのだろう。そんな悲しい姿に、同じ男であるキリトはもちろん、無自覚の元凶ではあれどユウキも、そして制裁を加えたアスナも、自分が少し悪いような気がしてきた。言うまでもないが悪いのはアーカーである。続いてユウキの順に、キリトとアスナは決して悪くない。

 

 少しして、啜っていたお茶が無くなったのを良いタイミングとして、アーカーが口を開いた。また同じ話題かとアスナが警戒するが、それは必要なかったと知ることとなる。

 

 

「なあ、七十四層で会った《軍》の連中覚えてるか?」

 

 

「……ああ、覚えてる」

 

 

「俺はあの時、アイツらが本部に戻る前に一つだけ訊ねた」

 

 

 四人の間に沈黙が微かに広がる。訊ねた内容を知るユウキを除いてアーカーの言葉を待つ二人に、彼はそっと答えた。

 

 

「あの無謀で無能な作戦を立てた馬鹿は誰だ、ってな。誰だったと思う? 一度俺達はその馬鹿と会ったことがある」

 

 

 その一言に、キリトとアスナが考え始めた。四人ともが一度は確実に出会ったことがある人物。高性能NPCであったキズメルや、攻略組のメンバーだった者かと消去法で考えていることだろう。少しばかり待った後、キリトが言っても構わないという顔をみせたため、アーカーは答えた。

 

 

 

 

 

「〝キバオウ〟、この名前に聞き覚えがあるだろ?」

 

 

 

 

 

 その名前に、キリトとアスナが目を見開いた。忘れかけてはいたが、確かに会っている。それも一度どころではない。二十五層まではその男は常に最前線に立ち続けていた人物の一人だったからだ。ベーターテスターへの不信感を煽り、ディアベルの死後は彼の後継者の一人として戦い———敗走した。彼らはそこまでしか見ていないが、その男が、中佐などと名乗っていたコーバッツよりも上の人物であることが、今の一言で確定となった。

 続けてキリト達も納得がいった。それは奴ならやりかねない、ではなく、別のものだ。《アインクラッド解放軍》。《軍》などと略称されていたが、よくよく思い出せば、キバオウが結成していたギルドの名前は《アインクラッド解放隊》なるものだった。つまり、《軍》とは半ば壊滅した前者を継ぐ後者なのではないか。

 

 

「恐らく、奴は二十五層で壊滅した後、拠点であった一層に戻り、もう一度攻略組に復帰するべく戦力を整えていたんだろう。それから月日をかけて、ここまでの大規模と成り果てた。恐らく牛耳ってるのは奴だろう。大規模である以上は良識派の奴もいるだろうが、果たして抑止力に成り得ているとは思えない。現状を打破するには、少なくともキバオウを引き摺り落とす必要があるだろうな」

 

 

「そうはいってもな……」

 

 

「私達四人だと出来ることは限られるだろうし、そもそも独断で動く訳にもいかないもんね……」

 

 

「攻略組の総意なら兎も角、ボク達は下手に動くと《聖竜連合》やみんなからどう思われるかわかんないもんね」

 

 

 片や《絶対双刃》。

 片や《血盟騎士団》。

 四人はそれぞれ攻略組を率いるトップギルドのメンバーだ。それどころか、攻略組の中でも強力な戦力を保有するプレイヤー。《ビーター》という悪名を背負ったキリト以外は信用も信頼もあるが、だからと言って独断で起こしていいものではなかった。〝一層の人々を助ける〟という大義名分があろうとも、表面的に治安維持をしていると法螺を吹いている輩をぶっ飛ばしていい道理はないのだ。

 考えていると、キリトが何かを思いついたようにアスナに訊ねた。

 

 

「奴はこの状況を知ってるのか?」

 

 

 奴、という言葉の嫌そうな響きでアスナだけではなく、アーカーとユウキも誰を意味しているのか察しがついた。少しばかり思い返した後、アスナは笑みを噛み殺しながら言った。

 

 

「知ってる、んじゃないかな……。ヒースクリフ団長は《軍》の動向にも詳しいし。でもあの人、何て言うか、ハイレベルの攻略プレイヤー以外には興味なさそうなんだよね……。キリト君のこととかアーカー君やユウキのこととかは昔からあれこれ聞かれたけど、殺人ギルド《ラフィン・コフィン》討伐の時なんか〝アーカー君が指示するだろうから任せておこう〟としか言わなかったから。だから多分、《軍》をどうこうするために攻略組を動かしたりとかはしないと思うよ」

 

 

「まあ、奴らしいと言えば言えるよな……」

 

 

「つーかアイツ、俺やユウキのことも聞いてやがったのか」

 

 

「そういえば、ボクもヒースクリフさんに何度か勧誘されたことがあったかな……。たまたま出会った時にちょっと話すついでに」

 

 

「あの野郎……」

 

 

「団長、そんなことしてたんだね……。確かに最初の頃は一人一人声かけてたし、やらない訳じゃないもんね……」

 

 

「そういえば、俺も奴に〝アーカー君が相変わらず最前線をいち早く攻略しているようだが、居場所に心当たりはないかな?〟と聞かれたことがあったな。怒っているというよりは、楽しそうに」

 

 

「なるほどな。だから道場破りよろしく本部に突っ込んでやった時に即勧誘してきやがったのかアイツ……」

 

 

「ボクのためだからってそんな無茶したらダメだよ? 次やったら怒るからね、ソラ」

 

 

「ああ、分かってるよ。つーかまた無茶したら、まずお前もそうだが、アスナに殺されそうだ」

 

 

 朝の一件を思い出しながら笑うアーカーに、アスナがニコニコとしながらもメニュー画面を触っているのが目に見えて顔を反らす。キリトとユウキの呆れた声が耳に届き、続けて笑いが全員に込み上げた。空になったカップにユウキがお茶を注いでくれていたので、それに口をつける。少しばかり啜ったところで、アーカーだけでなく、ユウキとキリトも気が付いた。

 

 

「誰か来たな」

 

 

「一人だね」

 

 

「ったく、何処のどいつだ」

 

 

 館内に音高くノックの音が響き、それに反応したサーシャが短剣を腰に吊るすと、念のためにキリトが付いていった。その背中を見送った後、アーカーは何となくではあったが、嫌な予感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人はすぐに戻ってきた———見知らぬ客人を連れて。

 連れられた女性の名はユリエール。服装から予想できた通り、例の《アインクラッド解放軍》のメンバーだった。幸いだったのは、サーシャが危険な人ではないと判断していたことと、彼女がアーカーの推測通り良識派の人物であったということだ。曰く〝キバオウ一派〟とは相対する一派に所属する彼女は、昨日蹴散らされた連中のことで、感謝を述べにきたらしい。西側の地区で無双した人物が、見た目的には普通の少年であったことを知り、かなり驚いていたが、名前を訊ねると酷く納得したような顔をした。アーカーはその顔に〝おいコラどういう意味だ〟と言いたかったが、ユウキに制され、大人しくお茶を啜っている。

 

 

「今日は、みなさんにお願いがあって来たのです」

 

 

 姿勢を正し、お願いとやらを頼むに当たって必要な情報をユリエールは開示し始めた。それは現在の《軍》がどうして出来たのか。どうしてそうなったのか。何故《徴税》と称して恐喝を始めたのか。キバオウが何をしていたのか。七十四層での無謀な作戦が起きた背景をしっかりと語っていた。話を聞いていると呆れてしまいそうな箇所がいくつもあったが、それは口にしなかった。下手に口を出して面倒なことを増やすことをアーカーが遠慮したかったからだった。

 そして、話は込み入ったものへと変わり、《軍》となる前の組織の話になった。曰く《MMOトゥディ》。ネットゲーム総合情報サイトの名前であったそれが、元々の前身だという。それが敗走した後のキバオウによって、合併し———いくつか問題が起こり、結果それが今の有様を生んだという。放任主義の悪いところが出たものだとアーカーは思った。何かを得るためには自ら行動あるべきだ。シンカーという男は、それが半ば出来なかったのだろう。残念ながら、常に行動し、結果を出そうと踠いてきた少年には、それをフォローする術など思いつくはずもなかった。

 それから彼がキバオウの策略に嵌り、ハイレベルなダンジョンに取り残されたことを知らされる。世の中、良い奴ほど損をするというがまさにその通りだった。なるほど、ベータテスターは汚いと宣った男が、どうやら一番汚い塵芥に変わり果てていたらしい。今頃ディアベルはどう思っているのだろうかと考えた後、アーカーはくだらないと断じて考えるのをやめた。死人は何も語らない。今更何を言われようとそれを知る術はないのだ。死人が物を語る時はそれこそ、解剖だの手紙ぐらいだ。それすら都合の良い解釈が出来てしまう辺り、酷い世の中だと思わざるを得ない。

 

 

「そんなところに、恐ろしく強い者が街に現れたという話を聞きつけ、いてもたってもいられずにこうしてお願いに来た次第です。キリトさん、アスナさん、アーカーさん、ユウキさん」

 

 

 ユリエールは深々と頭を下げ、言った。

 

 

「お会いしたばかりで厚顔極まるとお思いでしょうが、どうか、私と一緒にシンカーを救出に行って下さいませんか」

 

 

 そこで長い話は終わる。口を閉じたユリエールの顔を、キリトとアスナがじっと見つめた。残念ながらこの世界ではそう人を信じられる訳ではなかった。いくら壊滅したとはいえ、殺人ギルド《笑う棺桶》の奴らが残していった他者への不信感は消えるものではない。第一、彼女の所属はあの《軍》だ。本当に彼女が信じるに値するかなど、そう分かるものではない。ただしそれは、()()()()()()()()()()()()()()()、の話である。

 

 

「ねえ、ソラ」

 

 

「分かってる。安心しろ。俺を誰だと思ってる?」

 

 

 そう言うとアーカーは席を立つ。腰に古びた長剣が納められた鞘をオブジェクト化し、それを見たユウキの表情がぱぁっと明るくなる。「それでこそ、ボクのソラだね」などと何処か気恥ずかしさを感じさせる台詞を口にしながら、同様に得物を実体化させる。きょとんとした三人に、アーカーは苦笑しながら答えた。

 

 

「安心しろ、キリト、アスナ。そいつの言ってることは全部真実だ。全く、人間のゴミ共の宣うことが真実か嘘かを見抜くための技が、こんなとこでも役に立つとは。皮肉も極まり過ぎて吐き気がするレベルだ」

 

 

 呆れた様子で言うアーカーに、キリトとアスナがくすくすと笑う。それから同様に得物だけ実体化させると、彼女はユリエールに語りかけた。

 

 

「先程は疑ってすみませんでした。私達は彼のように真実か嘘かを見抜く技はないので。けれど———だからこそ、微力ながらお手伝いさせていただきます。大事な人を助けたい気持ちは、よく解りますから」

 

 

「ありがとう……ありがとうございます……」

 

 

「その言葉は後にしておけ。先に感謝されても、助けられなかった時が痛いからな」

 

 

 ぷいっと顔を背けながらアーカーがそう言うと、面白可笑しそうにユウキが笑い始め

 

 

「ソラってツンデレさんだよね〜、そういうとこもボクは好きだよ」

 

 

「抜かせ。何処の誰がツンデレさんだ。いったい俺の何処にツンデレ要素があるんだよ」

 

 

「「「いや、さっきのがツンデレそのものだぞ(だね)」」」

 

 

「よーし、テメェら表に出ろ。救出前に身体を動かしておきたいと思ってたからちょうど良かった良かった」

 

 

 今にも長剣を抜き放ちそうなアーカーに、三人が大慌てで左右に顔を振ると、その光景にユリエールがくすくすと笑うと、ユイが楽しげに「わらった!」というものだから、彼も矛を一度納めることにした。第一子供の前で武器を振り回す馬鹿がいては子供のためにはならない。大人しく椅子に座り直すと、ちらっとアーカーはユウキの方を見る。隣に座るアスナの膝の上で笑顔を振り撒くユイの姿が、さぞ可愛らしく、同時に羨ましく思っているように見えた。

 

 

(四年か。また少し長くなりそうだ……)

 

 

「ん? どうかしたの、ソラ?」

 

 

「いや、なんでもない」

 

 

 活発で元気なユウキと、()()()冷静で短気な自分。果たして、どんな子供が生まれるのやら……とアーカーは珍しく夢想する。現在(いま)すらも飽いていたはずの自分が未来のことを考えるようになるとは思いもしなかっただろう。自分のせいで変わるしかなかった少女に、今度は自分が変えられてしまったのだと思うと、因果は巡るものだなと彼は苦笑しながら、静かにお茶を啜っていた。そんなことを考えていた少年の表情は、とても明るく、同時に歳相応の〝らしさ〟があり———のちにユウキは「記録結晶に撮っておけば良かったな〜」などと言ったのだが、それはまたいずれ————

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

「ぬおおおおお」

 

 

 右手の剣でずば————っとモンスターを切り裂き、

 

 

「りゃあああああああ」

 

 

 左の剣でどか—————んと吹き飛ばす。

 そんな剣士が前方で大暴れしていた。久々に《二刀流》を使ったキリトが、休暇中に貯まったエネルギーを全て放出するかの如く、次々と敵群を蹂躙していく。ユイの手を引くアスナと、金属鞭を握ったユリエールの出る幕は全くなく、いつもなら前方を駆け抜け蹂躙する側であるアーカーとユウキも呑気に後方でその雄姿を見届けていた。全身をぬらぬらした皮膚で覆った巨大カエル型モンスターや、黒光りするハサミを持ったザリガニ型モンスターなどで構成された敵集団は出現する度に、〝無茶〟〝無謀〟〝無軌道〟の象徴のようなキリトによって、暴風雨に薙ぎ払われるかのように千切っては投げ、千切っては投げ———と何処かの誰かの如く、あっという間に制圧していた。

 

 その様子に、見慣れたアスナは「やれやれ」といった心境で見ており、アーカーは「楽だが暇だ」などと矛盾したことを言い、ユウキがそれに対して「ソラもキリトも似た者同士だよね」などと締める。当然こんなバーサーカーじみた光景を見るはずもないユリエールからすれば、自身の知る戦闘の常識から余りにもかけ離れているだろうし、下手をすれば、常識というものが砕け散っても仕方がない。娘のような存在であるユイが無邪気な声で「パパーがんばれー」なんて言うものだから最早緊張感などありはしない。

 

 ここは一層《黒鉄宮》、その地下にある秘密のダンジョン。ベータテストの頃には存在しなかったそれに、キリトどころかアーカーまでもが呻いたが、話を聞いて見るとリソースの独占ができるほどの実力がなかったキバオウは大損をしたらしい。是非とも面と面を合わせて「ザマァ」の一言を進呈したいとアーカーは思ったが、何となく表情から察したらしいユウキに「煽りに行かせはしないからね?」と念押しされたため断念している。

 

 さて、話を少し戻すとして、ここに潜ってから数十分が経過している。予想以上に広く、深いこの場所は話の通りモンスターの数も膨大だったが、残念ながらバーサーカーの如き獅子奮迅の活躍を見せるキリトによって、蹂躙の餌食と成り果てていた。一つにつき一人にしか与えられないユニークスキルの圧倒的強さがよく分かる有様だ。第一二刀流という戦い方は、手数の多さもそうだが、防御力にも優れている。パリィだってしやすいだろう。アーカーとユウキのような特殊効果型ではなく、キリトのような種類解放型の強みといったところか。

 

 そんなことを考えていると、隣から申し訳なさそうにユリエールが首をすくめた。

 

 

「な……なんだか、すみません、任せっぱなしで……」

 

 

「いえ、あれはもう病気ですから……。やらせときゃいいんですよ」

 

 

「実際どう見てもバーサーカーだよなぁ。人を化け物扱いするクセにお前も同類じゃねぇか」

 

 

「あはは、キリトも負けず嫌いだからね〜」

 

 

「ん? アイツ、ライバルでもいるのか?」

 

 

「あれ? 知らなかったの? キリトがライバル視してるのは———」

 

 

「別に言わなくていいからな、ユウキ!」

 

 

 群を蹴散らして戻ってきたキリトが、何かを言いかけたユウキの言葉を遮る。その光景に、疑問符を浮かべて首を傾げたアーカーに、アスナが「気づいていないの?」といった顔をするが、当人はそれにすら気付く様子もない。今の行動だけでも、どういうことかを客観的に見て察することができたユリエールが「なるほど」といった顔をする。

 

 

「ま、いいか。ンで、キリト。このダンジョンのモンスターは殺り応えがあったのか? 何処ぞの無双ゲーみたいになってたが」

 

 

「そうだな……正直な話をすると、少し物足りない。七十四層迷宮区のモンスターが単体で強かったからな。あれがこの数で来たら流石にキツイけど、このレベルでこの数なら余裕あるな」

 

 

「へぇ。ンじゃ、まだ続けるか?」

 

 

「ああ、そうさせてくれ。そもそも、お前らは最前線で戦ってるんだろ? 迷宮区は見つかったのか?」

 

 

「迷宮区ならとっくに見つけたぞ———ユウキに怒られたけど」

 

 

「まーたアーカー君やっちゃったの?」

 

 

「うん、ソラがまたやっちゃったんだよね〜。「あとちょっとだけ進みたいんだよ。この先に何かある気がしてるんだよなぁ」なんて言うから、少しだけ許したら迷宮区の入り口を見つけちゃってさ〜。ちょうどアスナ達のことで攻略を休めたから、まだみんなには報告してないよ」

 

 

「「ヒースクリフさんには報告しない代わりに、ボクが怒るくらいは我慢してよね」なんて言われて、とことん怒られたんだが……」

 

 

「なんでそう簡単に見つけ出せるのかが俺には全く分からない」

 

 

「知らん。勝手に見つかった迷宮区が悪い」

 

 

「横暴過ぎないか!?」

 

 

 理不尽なことを言うアーカーに、キリトがツッコミを入れる。見慣れたユウキとアスナは呆れた顔をしているが、ユリエールは面白可笑しかったのか、くすくすと笑う。つられてユイもニコニコと笑い、静かなダンジョン内が活気に満ちているように感じる。

 

 ある程度和んだ後、ユリエールはマップを表示させる。そこにはフレンドであるシンカーの現在位置を示すマーカーの光点が示されており、ダンジョンに入った時の場所と光点の距離の全体はすでに七割ほど詰めていた。全体図がハッキリしないため、どれだけかかるかは不明だが、それでも着々と近づけていることだけは分かる。

 

 

「シンカーの位置は、数日間動いていませんり多分安全エリアにいるんだと思います。そこまで到達できれば、あとは結晶で離脱できますから……すみません、もう少しだけお願いします」

 

 

「い、いや、好きでやってるんだし、アイテムも出るし……」

 

 

「へえ」

 

 

「アイテム……なぁ」

 

 

「うーん、なんだか良いアイテムじゃないような……」

 

 

 料理好きなアスナと違い、ここまで出てきたモンスターの見た目から何が出てきそうか粗方の見当をつけたアーカーとユウキが、嫌な予感を感じ始めた。成果を見せたがっているキリトが手早くウィンドウを操作し、件のアイテムとやらをオブジェクト化させ、彼女に見せた。現れたのは、赤黒い肉塊。グロテスクなその質感とフォルムから、アーカーは予想を的中させてしまったのか、「やっぱりか」と溜息を吐いた。ユウキも何とも言えない微妙な顔をしている。

 

 

「な……ナニソレ?」

 

 

「カエルの肉! ゲテモノほど旨いって言うからな。あとで調理してくれよ」

 

 

 どちゃっという音を立てたそれをアスナの前に提示するキリト。しかし、その願いは叶うはずもない。グロテスクな見た目をしたゲテモノをわざわざ調理して食べようなんて気持ちはそう起こるものではない。ボーイッシュなユウキですらこの反応をする辺り、喜んで調理してくれるような人物はまさに変人の分類に入る。そういう意味では、アスナは至極真っ当な常識人であり、普通の人だ。当然、次に起こす行動は予想通りのものだった。

 

 

「絶、対、嫌!!」

 

 

 叫んだアスナは、キリトの持つそれを奪い取ると即座に今来た通路の方へとそれを投げてしまう。闇に消えたそれが遠くで消滅する音が聞こえ、唖然とする彼が行動するよりも早くウィンドウを開くと、結婚システムによって共通化されたストレージから《スカベンジトードの肉 ×24》と表記されたアイテムを容赦なくゴミ箱マークに放り込んだ。

 

 

「あっ! あああぁぁぁ………」

 

 

 世にも情けない顔で悲痛な声を上げるキリトに、アスナは当然だと言わんばかりの顔をし、見ていたアーカーも「そうなるだろうな」と呟きながら、ストレージ内を再確認していた。件のカエル肉が入っていないかという確認だったが、別に彼は食べようと思えば食べられるし、調理しようと思えば出来る。とはいえ、それ以外食うものがないという状況でない限り、縁がないことを望んでいるのは確かだった。

 

 その行動に、ユウキもまた同様に確認をし始めた。みんなの対応に、キリトが「ゲテモノは美味しかったりするんだぞ!?」などと不毛な抗議をしているが、取り合う気は誰にもなかった。落ち込む彼の姿にユイは小首を傾げるだけだった。

 

 その後、キリトは再びモンスターを蹴散らす作業に戻ったのだが、当然例のカエル肉は手に入る。それをバレないようにストレージに残そうと頑張る彼と、絶対に調理したくないアスナとの熾烈な攻防が始まったのだが、途中で攻防に疲れた彼女が怖い笑顔を浮かべ始めた影響か、恐れをなしたカエル達が何故か逃げ出すという珍しい光景が拝めることとなった。

 

 

 

 進むに連れ、出現するモンスター群は変化していった。水中生物型ばかりだったそれは、階段を降りるほどにゾンビだのゴーストだのといったオバケ系統に変化し、予想通りアスナを筆頭にユウキの心胆までも激しく寒からしめた。後者はまだそばに守ってくれる人がいたため、精神的にも安定していたが、前者は守ってくれる人が前方で無双していたため、精神状態が不安定になることが多々あった。どれだけ嫌いなのかを知らなかったアーカーだったが、目の当たりにしてみると、かなりのものだということがよく分かった。確かにこのレベルの具合だと下手に苦手な相手と対峙するような無茶はしない方がいいと彼にもそう思えた。まさかユウキの方がまだマシな部類だったとは思わなかったからだろう。

 

 結局、ダンジョンに潜り始めてからずっとキリトが敵を全て屠るという結果に終わった。広大かつ深層だった秘匿ダンジョンは二時間ほどでほぼ踏破され、シンカーが居ると思しき安全エリアまで残り僅かとなっていた。何匹目ともしれぬ黒い骸骨剣士がまたもキリトの剣の前に屠られ、ばらばらに吹き飛ばされる。

 すると、その先にはついに暖かな光が洩れる通路が姿を現した。つい今し方まで薄暗い通路を通ってきたせいか、余計に明るく見える。

 

 

「あっ、安全地帯よ!」

 

 

「奥にプレイヤーが一人いる。グリーンだ」

 

 

「シンカー!」

 

 

 アスナが言うと同時に、《索敵》スキルで確認し終えていたキリトが保証する。後方から襲撃が無いか、トラップを誘発させるものがないかとアーカーとユウキが警戒を続行するも、まだ確認が終わっていないのにも関わらず、もう我慢できないという風に一声叫んだユリエールが金属鎧を鳴らして走り始めた。剣を両手に下げたキリトと、ユイを抱いたアスナが慌てて後を追う。その様子を見た二人も警戒は解かないまま彼らに続いた。

 右に湾曲した通路を明かり目指して数秒ほど走ると、やがて前方に大きな十字路と、その先に小部屋があるのが目に入った。現れた部屋は、暗闇の中を通ってきた彼らには眩いほどの光に満ちており、その入り口には確かな人影があった。姿形からして男性だ。逆光のせいで顔は識別できないが、こちらに向かって激しく両腕を振り回しているのが窺えた。

 

 

「ユリエ——————ル!!」

 

 

 ユリエールの名が大声で叫ばれる。その名を知っていて、尚且つ彼女が助けたかった人物など一人しか該当しない。彼こそがシンカーなのだろう。声音からも優しい人物であることが窺えた。

 しかし———そこで、アーカーは違和感を覚えた。その原因はすぐさま判明した。ユリエールの話に、こんなものがあった。〝ダンジョンの奥で巨大なモンスター、ボス級の奴を見た〟と。ふと思い返す。ここに至るまでに果たしてボス級のモンスターは出現しただろうかと。同時に、ダンジョンの奥とは何処を指し示しているのか。それは天啓のようにアーカーの直感に嫌な予感を過ぎらせた。感じたこともない殺意を纏った存在が小部屋の前方から放たれていたのだ。それに気がついたアーカーが、突如として叫んだ。

 

 

 

 

 

「ッ!? 戻れッ! そこに何か潜んでいやがるッ!」

 

 

 

 

 

 その叫びが、辛うじて聞こえていたらしいユリエールの走る速度を緩めたが、しかし、残念。モンスターが出現する範囲に足が入ってしまっていた。全力疾走で駆け抜けた身体はそう易々と止まるものではない。アーカーの叫びの意味に気がついたキリトが、瞬間移動も斯くやという速度で駆け抜け、救出に向かう。アーカーもユウキも、最早トラップがどうこうなどと気にしてなどいられなかった。AGI値全開で雷光のように駆け抜ける。彼が殺気を感じた地点である、部屋の手前数メートルに存在する死角部分に黄色いカーソルが出現していた。表示された名称は《The Fatal-scythe》———〝運命の鎌〟。固有名を飾る定冠詞がつくそれは、間違いなく話に聞いたボス級ではなく、正しくボスであった。

 

 

「キリト! 気をつけろ! 攻撃を開始し始めてるぞ!」

 

 

 多少距離があったアーカーが、死神の姿を目視で確認。その動きを彼への伝える。ユリエールを救出することで精一杯になり始めていた彼も、その言葉を聞いて対応策を練り始めた。背後から右手でユリエールの身体を抱きかかえると、一先ず勢を殺すために左手の剣を床石に思い切り突き立てた。凄まじい金属音が鳴り響き、大量の火花が散る。空気が焦げるほどの急制動をかけて、十字路のギリギリ手前に停止した二人の直前の空間が、ごおおおおっと地響きのような轟音を立てて、断頭の刃たる鎌が横切った。辛うじて一撃目を躱したキリトだが、ユリエールを抱えたままでは満足に動けないだろう。追い付いたアーカーとユウキ、アスナがそばに駆け寄る。

 

 

「奴の意識を俺に集中させる! 頼むアーカー、ユリエールさんを安全地帯に連れて行ってくれ!」

 

 

「ユウキ、ユイちゃんも安全地帯に避難させて!」

 

 

 キリトとアスナがヘイトを稼ぐと宣言すると、二人はそれに大人しく従う。呆然と倒れるユリエールをアーカーが抱え、ユイをユウキが抱える。二人が死神の方へと駆けて行くのを確認し、こちらもすぐさま行動に移す。AGI値にものを言わせた全速力で通路を踏破し、目前となった安全地帯にアーカー達が到着する。入り口付近にいたシンカーがユリエールを抱き締めるのを確認してから、二人にユウキが告げる。

 

 

「ユリエールさん、シンカーさん! ユイちゃんを連れて転移結晶で脱出して! ボク達はキリト達の脱出を手助けしてくるから!」

 

 

「し、しかし………君達はっ!」

 

 

 ユリエール落ち着かせつつ、話を聞いていたシンカーが凍り付いた表情で首を振る。だが、言い合っている暇はない。非常事態で、言い合う気など全くないアーカーが怒気を孕んだ声で断ずる。

 

 

「うだうだ言うんじゃねぇ! お前らがここにいても足手纏いだ! さっさと脱出して外でしっかり待っていやがれ!」

 

 

 それだけ吐き捨てるように叫ぶと、アーカーはキリト達の方へと駆け抜ける。ユウキが「お願い」と二人にユイを託しながら告げるのが背後で聞こえた。それからすぐにそばに彼女が現れる。その表情に余り余裕は残っていないが、しかし、脱出を諦めている訳では断じてない。不屈の意思と共に、全員で無事に帰ることを絶対と定めた目をしている。それを見て安堵すると、アーカーは左の通路の方へと消えたキリト達の救援に向かうべく、そこへと飛び込んだ。

 直後、パリィを前提とした防御に入っていたはずのキリトとアスナが、いとも容易く吹き飛ばされる有様を目撃する。《二刀流》によって片手用直剣一本の時よりも底上げされた防御力を誇っていたはずが、それさえも最早紙切れに過ぎなかった。まず地面に叩きつけられ、跳ね返って天井に激突し、再び床へと落下した二人は、苦しそうに呼吸を繰り返していた。二人のHPバーはたったの一撃で半分を割り込んでいて、次の一撃はどうあっても耐えられないことを意味していた。立ち上がろうとするも、産まれたての動物のように膝が崩れて立ち上がれずにいる。あのままでは避けることさえ叶わない。

 

 

「やらせるか—————ッ!」

 

 

「やらせない—————ッ!」

 

 

 システムアシストの限界を上回るほどの速度で急行したアーカーとユウキが、即座に死神の背後から急襲する。ソードスキル《ホリゾンタル》を同時に見舞うと、敵の身体がぐらりと揺れる。いつぞやの《ザ・グリームアイズ》を思わせるような動きで、ぐるんっ!と血管の浮いた眼球が、背後から急襲した二人へと向けられ、その身体が反転。ぽたりぽたりと赤い雫が粘っこく垂れ落ちる黒い鎌が、今度は二人を切り裂こうと動き出す。

 上段から下段へと振り下ろされたそれは、硬直状態から立ち直ったアーカーとユウキを捉えることなく、床石を深々と抉るだけに留まる。勢いよく振り過ぎただろうそれを引き抜くのに少しだけ余裕があると判断したアーカーが、致し方なしと判断して、長剣を口に咥え、キリトとアスナの手をそれぞれ掴むと、二人を乱雑に遠くへと放り投げた。STR値はそう高くないが、休暇中の二人とはレベル差が開いているせいか、辛うじて成功する。地面にまた叩きつけられたが、ダメージは入っていない。

 

 

「キリト! アスナ! 今のうちに回復しろ!」

 

 

「ボク達なら被弾せずに時間を稼げるかもしれない! だから早く!」

 

 

 直後、床石から鎌を引き抜いた死神が、ブンブンと鎌を回してから、再び上段に構える。右上に刃が構えられ、次に来る攻撃は大方予想ができた。右上から左下にかけて放たれる袈裟斬りだろう。予想は見事的中し、アーカーとユウキは素早く後方へとバックステップし、危なげなく回避に成功する。そうなると、当然奴が取る行動は一つ。キリトとユリエールを襲った突進しながらの攻撃だ。上段に構えられた鎌を保ったまま、死神が青い悪魔よりも素早い突進を開始する。それを目視で確認した二人は、あろうことか死神に向かって駆け抜ける。直撃するタイミングが早まると思われたそれらは、逆に奴の動きを乱すことに繋がり、不安定な動きとなった一撃は容易く躱され、擦れ違いざまに《シャープネイル》が見舞われ、続けて《閃打》が放たれた。硬直時間の上書きにより、早く動けるようになったアーカーとユウキがまた距離を取った。翻弄された死神は、こちらに殺意と憎悪をこれでもかと向けてくる。

 

 しかし、二人は———()()()()()

 

 

「なあ、ユウキ」

 

 

「どうしたの、ソラ?」

 

 

「場違い極まりねぇとは思ってるんだが、俺さ———()()()って思ってるんだよ、これが」

 

 

「確かに場違いだよね。でも、実はボクもそうなんだ。一撃でも受けたら大変なのに楽しいって思っちゃってるんだ」

 

 

「お前もか———よっ!」

 

 

 言葉を交わす二人に向けて、断頭の刃が迫る。横一線と薙ぎに払われた一撃を、アーカーは《天駆翔》の効果で空中へと退避し、ユウキは《至天剣》の効果で真正面からパリィを図る。最初に目視した時から発動したお蔭か、上昇を繰り返していたSTR値は力負けすることなくその鎌の勢いを殺し切り、しっかりと弾き返した。驚愕の色を浮かべる死神に、不敵な笑みを浮かべたユウキが、隙だらけの胴体に向けて《ホリゾンタル・アーク》を見舞うと、空中へと逃れたアーカーも、続けて《バーチカル・アーク》を放つ。橙色のV字と、青草平行線に瞬いた剣閃が死神の身体に走り、ダメージをしっかりとその身に伝えた。クリティカルヒットを起こしたそれらに大きく仰け反ると、視認できるほどHPゲージが減るが、総合量から見れば、そこそこ以下のものだった。今の攻撃を加えて硬直から先に復帰した二人が、もう一度距離を取ると、言葉をまた交わす。

 

 

「おいおい、アイツまさか九十層クラスのボスか。はは、洒落になってねぇなおい」

 

 

「流石に予想外だったね、ソラ。ボス達のレベルだとギリギリかな?」

 

 

 最前線である七十五層を潜り続けている二人のレベルは、アーカーが102に至り、ユウキは98となっている。安全マージンをしっかり取ると考えて動くならば、3桁は必須だろうが、ユウキには《至天剣》がある。レベル差を埋めてしまうほどに強大な力を持っているのにも関わらず、二人の攻撃はクリティカルヒットしたのにも関わらず、一本目の3割を超えた程度しか削れていない。九十層クラスといったが、もしかすると後半なのかもしれない。そんなことが脳裏に過ぎるが、同時にアーカーはふと懐かしいことを思い返していた。

 

 

「なあ、ユウキ。覚えてるか? 昔、とんでもないクソゲーを一緒にやったよな」

 

 

「うん、覚えてるよ。すっごく大変だったね、あれ」

 

 

「当たれば即死。攻撃パターンは異常な数。予備動作は微々たる違い。そのクセしてクソ硬いと来た。あれはマジでクソゲーだったなぁ」

 

 

「そうだね。姉ちゃんも半ギレになってたもん」

 

 

「だけどさ———」

 

 

 浮かび上がった懐かしの光景。それは走馬灯だろうか———否、それはこの状況において希望の証となるものだった。

 

 

 

 

 

「————()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

「————ううん、諦めなかった。

 ボク達は、それでも足掻きに足掻いて———ちゃんと勝った」

 

 

 

 

 

 一撃でも当たれば即死。

 膨大な攻撃パターンの数々。

 予備動作は微々たる違いしかなく。

 トドメとばかりに終いにはクソ耐久。

 ああ、とんでもないクソゲーだったとも。それはあの時共に肩を共に肩を並べて戦った、アーカー———いや、〝雨宮 蒼天〟然り。〝紺野 木綿季〟然り。そして———〝紺野 藍子〟然り。全員がそう思ったのは間違いなかった。何度も死に、何度も負け、何度も挫けそうになりながらも足掻きに足掻いて足掻きまくった。

 

 当たれば即死?———当たらなければいい。

 膨大な攻撃パターンの数々?———全部覚えてしまえ。

 予備動作は微々たる違いしかない?———全部見抜け。

 トドメのクソ耐久?———死ぬまで攻撃すれば、いつかは勝てる。

 

 ———そうとも。

 殺せるんだ。あれが殺せたように。コイツもまた殺せるはずなんだ。アーカーとユウキの思考が、逃げることよりも死神を逆に殺してやろうというものへと変化していく。仮に逃げるにしても、殺すにしても。どちらも危険が付き纏う。一人、二人———もしくは三人。目の前で大切な友が、恋人が奪われ、それでも生き残ってしまった奴はどう思うだろう。苦しいだろう。悔しいだろう。悲しいだろう。憎いだろう。自分に怒りさえ向けるはずだ。助けられなかった自分を悔いるはずだ。後悔なんてしたくない。絶望なんてしたくない。

 

 ————だったらどうすればいい?

 二人が出した答えは、そこから生まれた。かつて味わった経験が、絶望的な逆境すら屁でもないと笑い飛ばせる要因となっていた。それだけではない。

 

 漸く、彼らも動き出した。

 

 

「遅かったじゃねぇか。胡座でも掻き過ぎて脚が痺れてたか?」

 

 

「抜かせよ、アーカー。そんな訳ないだろ?」

 

 

「お待たせ、二人とも。私達も()()戦えるよ」

 

 

「時間稼ぎも完了だね」

 

 

 回復を済ませ、もう一度立ち上がったキリトとアスナまでもが、逃げることよりもここでこの死神を殺そうという意識へと切り替わっていた。それは先程やられた分の返礼だろうか。或いは———生粋のゲーマーとしての(さが)か。二年前はゲーマーですら無かったアスナですらこうなったのだ。最早ここに恐怖という感情は掻き消えていた。残ったのは冒険心。純粋に楽しもうという、一周回って狂気じみた思いだろう。いくら死神が、今更その眼球で呪い殺すように睨み付けたとして誰も後退りはしないことは明らかだった。先程とは何かが違う彼らに、学習するAIたるモンスターに過ぎない死神ですら、不穏な何かを感じ取っていた。想定していない感情の発露に、驚愕し慄いているようにすら見える。

 

 そこには、鎌に切り裂かれるべき者はいなかった。鎌を以て切り裂く死神すらいなかった。在ったのは、獲物を狩る四人の狩人と、一匹の獲物だった。立場は逆転を始めていた。有利なのは死神の方であり、圧倒的に不利なのはアーカー達であるはずなのに————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、極薄の銀器を鳴らすような、儚い響きが耳に届いた。聞いたことがある声だった。ここにいるはずのない声だった。あの時、確かにシンカーとユリエールに託し、この場から去っているはずだった。

 驚愕した一同が、思わず振り返る。決定的なその隙を突けば、勝利が揺るがないものになるはずだった死神すらもが動きを完全に止め、突然現れた存在に視線を注いだ。

 

 

 

 そこにいたのは、間違いなくユイだった。

 

 

 

 まさか転移する前に離れてしまったのだろうか。確信にも等しい不安が胸の奥で膨れ上がる。「早く逃げろ」と四人が叫ぼうとして———気付いた。何かが可笑しかった。本当にそこにいるのは、あのユイなのかという疑問が浮かび、膨れ上がっていく。先程聞こえた言葉は、小さな子供のような言葉遣いだったはずのそれではなく、間違いなく丁寧にしっかりと紡がれていた。纏う雰囲気すら全く別のものだ。暖かさは何処かへ失せ、胸を苦しくさせるような儚さに包まれている。アスナが着せた冬服はなく、そこには初めて会った時から来ていたワンピースを着ている。とことこと子猫のように歩み寄ってくるその足取りは、父や母に向かっていく覚束ないものではなく、明確な意思を持った者の歩みだった。しっかりと、着実に、前進し、死神の前に立つと————アーカー達の方へと振り返り、静かに告げた。

 

 

 

 

 

「皆さんに、お話があります」

 

 

 

 

 

 

 死を示す者 —完—

 

 

 

 

 

 






 一層地下ダンジョン最奥の小部屋。

 そこで、ユイはアーカー達に世界の真実を語る。

 それは、驚くべき事実であり、

 同時に、彼ら四人を更なる困難へと誘う始まりでもあった。

 彼らは〝あの日〟から自壊し始めた世界の叫びを知る————

 次回 自壊する神様

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