ソードアート・オンライン —Raison d’être—   作:天狼レイン

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 最近投稿頻度が多くなりました作者です。今回は『英雄』とか『救世主』とか、そういうヒーロー系の像が微塵もない悪役をわざと演じる主人公の図がありますが、特に気にしないでください。ちょっと主人公が感情的に左右された一面があるのは言うまでもないです。
当然怒られてます。誰とは言いませんが。

※ダッシュ追加。






4.遺志を託して逝く者へ 前篇

 

 

 

 

 

 

 デスゲームが開始されてから一ヶ月と少しが経った。

 

 現在のアインクラッドの事態は〝深刻〟の一言に尽きた。全プレイヤーが一万人だったという情報が真実なら、一ヶ月でそのうち二千人が死んだ。たった一ヶ月、それで五分の一が死んでしまった事実が、ほとんどの全プレイヤーを震撼させた。

 

 当然その事実のせいもあって、攻略自体は恐ろしく難航した。誰だって死にたくない、という事実が足を止めさせたのだ。

そんな中、一部の勇敢な者達によって、慎重だが確かな足取りで攻略は進んでいった。その攻略が例え蟻のような歩みだとしても———

 

 そうして、その努力が実を結んだ。ついにフロアボスの部屋が見つかったという情報が流れ、近々ボス攻略会議が行われることが伝えられ、その日に備えて各々は準備を重ねていった—————

 

 

 

「あのな、ユウキ。確かに俺は向こう(現実世界)だと掃除洗濯家事なら任せろって言えたけどな、こっちだとスキルスロット食われる上に、スキル値が低い間は全く役に立たないんだって」

 

「えー。でも、またソラの手料理が食べたいなぁ……」

 

 現在二人がいるのは、フロアボスがいる部屋が見つかったという情報が真っ先に届いた最寄りの街である《トールバーナ》の一角にある農家の二階だ。今ここにはいないが、《森の秘薬》クエストで出会ったキリトとはあれからも交友があり、別の農家の二階を借りていると本人の口から聞いている。ここ最近は何か探しているらしく、別行動をしているが、恐らくボス攻略では同じパーティになると思う。

 

 ———と、いうことはさておき。今二人が何をしているかというと、この世界における料理についての話だった。始まった理由はユウキがアーカーの手料理をまた食べたいと言い出したことにある。とはいえ、確かにあの日、完治祝いと称して腕に縒りをかけて作った手料理が、巻き込まれたことでオシャカになったのは言うまでもない。彼女が食べたがる理由も分かるには分かるのだが————

 

「……うん、まあ、気に入ってくれてるのは嬉しいんだけどな。でもな、今のスキルスロット数で《料理》スキル取るのは危険なんだよ。そもそも思い出してみろ。今、俺達はそこまで余裕ないからな? 一ヶ月と少し前に《片手用直剣(ワンハンドソード)》と《索敵(サーチング)》を取っただろ?」

 

「う、うん……確かに余裕ないね。あと一つ空いたら入れて欲しかったんだけど……」

 

「まあ、確かにそれも考えたんだけどな。第二層で新しいスキル獲得できる情報でも出たら困るだろ?」

 

「うっ……それは確かに……」

 

 肩を落として落ち込むユウキの姿に、胸が痛んだアーカーは慰めながら続けて説明をする。

 

「一応言っておくが、あくまで()()()()()から()()断ってるだけだから、な?」

 

「……え? それってつまり———」

 

「スキルスロットに余裕を持たせられたなら率先して《料理》スキル取って、スキル上げして美味しいもの食わせてやるって意味だy———って、うぉっ!?」

 

 突然の突進。ここが《圏内》で無ければ、後頭部をぶつけてダメージが少しはあっただろう威力が炸裂し、アーカーは床に後頭部をぶつけることになる。ダメージは無かったが、衝撃はあるためにちょっと呻くが、すぐさま突進してきた理由を知るべく、上に乗っかっているユウキを見る。

 

「やったー! ありがと、ソラ! 手料理、期待してるね!」

 

「あのなぁ……いくら《圏内》でも突進はするなよ……」

 

 反撃とばかりにユウキの額にデコピンを見舞うと、ひっくり返って床の上をゴロゴロと転がり始めた。先程の突進ほどではないが、衝撃がある。無論《犯罪防止(アンチクリミナル)コード》と呼ばれるものには引っかかりはしない。

 

「デコピンはダメだよ、ソラ! いくらレベル低くても痛いもん!」

 

「ユウキがやった突進の方が倍近く痛いからな!?」

 

 やいのやいのと言い合った後、お互いに謝罪して《料理》スキル関連の話はそこで終わる。それから喉が渇いたからと、飲み放題のミルクを飲んで、この後の予定を立てることにする。

 

「確か今日の夕方に、《第一層フロアボス攻略会議》があるんだったな。ユウキは参加するか?」

 

「うん、参加するよ。ソラも参加するんだよね?」

 

「まあな。取り敢えず、この層のボスだけは片付けておかないと後陣が続かないからな。いい加減第一層くらいクリアしないと第百層なんて夢のまた夢だ」

 

「そうだね。向こうに戻ったらやりたいこと、たくさんあるもん」

 

 恐らく今日の夕方に開かれる《第一層フロアボス攻略会議》に集まるプレイヤーは二人と同じ考えだろう。未だ先の見えぬアインクラッド攻略。それに漸く兆しが見え始めた千載一遇のチャンスを持て余す訳にはいかない。それに加え、今回の攻略は失敗を許されないとアーカーは思っている。

 

第一層フロアボス、それはつまり、最初の難関だ。これに詰まるということは、この後に控えるフロアボスにすら勝てないということになる。敗走も全滅も許されない。とんだ無茶振りだろう。当然下手に偵察隊も送るとは思えない。まだこの辺りはベータテストでも攻略されている階層だ。情報だってキチンとある……と彼らはきっと考えるんだろうなとアーカーはそこで思考を止める。

 

 思考を止めた理由はいくつかあったが、一番の原因は、ここにいるユウキだ。何処からどう見てもそわそわしている。あれは《会議》を楽しみにしている———というより、第一層フロアボスの方を楽しみにしているに違いない。楽しんで勝つ、をスタンスにしているユウキらしい光景だが、果たして楽しめるようなものになるかどうか……。

 

「さて、件の《会議》まで時間あるし、《迷宮区》でレベリングの続きするか?」

 

「うん、そうしよっか。ポーションの準備は全部済んでるよー」

 

「それじゃ行くか、《迷宮区》」

 

 農家の二階から飛び出すように外へと出て、主街区を突っ切るように《迷宮区》に突貫した二人は、数時間ごとに休憩を取りつつも、二人とは思えない速度でモンスターを狩り続け、お互いのレベルを一つずつ上げてから、楽しげに帰還したのだが、その光景を見た他のプレイヤー達は揃って、こう告げたと言う。

 

 

 あれはもはや天災の分類だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

 そうして、時間は過ぎていき、夕方へと移ろいだ。

《第一層フロアボス攻略会議》が開かれる集合場所は、主街区《トールバーナ》の噴水広場だ。明るく談笑をしながら、二人が広場に辿り着く。それから、アーカーはすぐさま人数を数え始めた。数え始めたのには理由があった。ベータテストの頃、フロアボス攻略会議となれば、数えるのが億劫になるほど人数がいた。

 

 だが、これは一目で分かるほど少なかった。果たして何人いるだろうか———そして、その答えはあっさりと出た。二人を合わせて合計四十六人。つまり、レイド一つの上限すら満たせていない人数だ。一パーティーの最大人数は六人。それを八つに束ねることでレイドが完成する。しかし、八つに束ねるためには、あと二人足りなかったのだ。

 

 期待とは裏腹の結果に、アーカーは何処か先行きの重いものを感じた。果たして、この人数でしっかり回せるのかと。不確定要素が多いと推測される、この正式版SAO。ベータテストはあくまでベータテストであり、そのため、何かが変わっていてもおかしくはない。そう考えると、不安が残ったのだ。

 その一方で、ベータテストの時がどうだったかは知らないユウキは、たくさん人がいることに目をキラキラさせていた。それにアーカーが気がついたのは、すぐのことだったが、お蔭で喉元まで出掛かっていた言葉を押し込めることができた。

 

「さて、取り敢えず座って待つか」

 

「うん、そうだね」

 

 噴水広場の中央が見えやすい、手頃な段差に腰をかけると、二人はキョロキョロと周りを見渡した。見渡したのには理由がある。まだあの男の姿が見えなかったからだ。キリト———《森の秘薬》クエストで出会ったソロプレイヤーの彼が、この《会議》に参加しない道理はなかったからだ。フレンド登録画面を見ても異常はないため、来ないはずがないと考えた二人は、何処かに座っているのかと思っていたのだが————

 

「すまない、二人とも待たせたな」

 

 と、背後から聞き覚えのある声がかかって振り向いた。そこにいたのは、件の男であるキリトとフードを被ってはいるが、恐らく女性プレイヤー……ん?

 

「なあ、キリト」

 

「どうかしたのか、アーカー?」

 

「お前、用事があるって言って別行動してたのってまさかとは思うが、ナンパか?」

 

「違ぇよ! そんな訳ないだろ!?」

 

「だ、だよね……。キリトがナンパしに行くはずないもんね」

 

「何処か棘を感じるような気がするんですが、ユウキさん……?」

 

「キノセイダヨー」

 

「見事なまでの片言だなおい……」

 

 二人掛かりで弄られたことで疲れた様子を見せるキリトはさておき、次の目標とばかりに二人はキリトが連れてきた女性プレイヤーに声をかけた。

 

「初めましてだな。俺はアーカー。そこのキリトとは知り合いだ。よろしくな」

 

「ボクはユウキ。よろしくね」

 

 差し出される手に多少抵抗はあったが、女性プレイヤーは握り返す。それを受けて嬉しそうに笑顔を振り撒くユウキを見て、周囲のプレイヤー達も興味津々にこちらを見ていたが、当人はそれに気がつくことはなく、二人を空いている隣などに誘導して座らせた。

 

「さて、これで実質四人か。あと二人はどうしようもなさそうだな」

 

「ああ、レイドの話か。確かにデスゲームとして見れば、この人数は多いほうかもしれないな」

 

 やはりキリトも同じことを考えていたらしい。ベータテスト経験者である二人は、この状況をあまりよく思っていなかった。しかし、どのみち不確定要素が多いので、一概に良い悪いとも言えない。

そんな中、パン、パンと手を叩く音が広場に響き、続いてよく通る叫び声が流れた。

 

「はーい! それじゃ、五分遅れだけどそろそろ始めさせてもらいます! みんな、もうちょっと前に……そこ、あと三歩こっち来ようか!」

 

 堂々と喋る主は、長身の各所に金属防具を煌めかせた片手剣使い(ソードマン)だった。アーカーやユウキ、キリトも同じ分類だが、違う点は彼が盾を装備していることにあった。そんな重装備だというのに、広場中央にある噴水の縁に、助走なしでひらりと飛び乗る辺り、筋力・敏捷力は共にかなり高いと推測された。

 

「今日は、オレの呼びかけに応じてくれてありがとう! 知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな! オレは《ディアベル》、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」

 

 その自己紹介に、噴水近くの一団がどっと沸き、口笛や拍手に混じって「ほんとは《勇者》って言いてーんだろ!」などという声が飛んだ。そう茶化すのは恐らく彼の仲間だろうか。お蔭で雰囲気がよくなっていくのは予め予定していたのか偶然か。どちらにせよ、円滑に進むのなら問題はなかった。

 

「さて、こうして最前線で活動してる、言わばトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由は、もう言わずもがなだと思うけど……」

 

 右手を振り上げ、街並みの彼方にうっすらと聳える巨塔———第一層迷宮区を指し示しながら告げる。

 

「……今日、オレ達のパーティーが、あの塔の最上階へ続く階段を発見した。つまり、明日か、遅くとも明後日には、ついに辿り着くってのとだ。第一層の……ボス部屋に!」

 

 どよどよ、とプレイヤーがざわつく。そばではキリトが驚いているところから、自分よりも早くマッピングを済ませていた奴がいたことが気になったのだろう。実際、アーカーとユウキの二人もまた、件の階段は見つけていたが、《会議》が開かれるという情報が流れているのに水を差すのは野暮だと思って黙っていたのだ。

 

「一ヶ月。ここまで、一ヶ月もかかったけど……それでも、オレ達は、示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームそのものもいつかきっとクリアできるんだってことを、はじまりの街で待ってるみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場所にいるオレ達トッププレイヤーの義務なんだ! そうだろ、みんな!」

 

 喝采。ディアベルの仲間達以外にも手を叩いている者が増えてきた。それほど言っていることに非の打ち所はない。意地でも探すほど捻くれた根性の者などいるはずもない。これほど纏め役に嵌った人物などそうそういないだろう。アーカーもまた、その拍手に続くべきかと手を動かした直後————

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 低く、制止の声が流れた。

 鳴り止まなかった歓声がぴたりと止み、人垣が二つに割れ、その人物に皆の視線が集中する。立っていたのは、小柄ながらがっちりとした体格の男だった。武装はやや大型の片手剣だろうか。サボテンのような尖ったスタイルの茶髪が目立つ特徴だった。

 

「そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」

 

「こいつっていうのは何かな? まあ何にせよ、意見は大感激さ。でも、発言するなら一応名乗ってもらいたいな」

 

「…………………フン」

 

 サボテン頭は盛大に鼻を鳴らすと、噴水の前まで進み出て振り向く。

 

「わいは《キバオウ》ってもんや」

 

 これまた堂々とキャラネームを名乗ると、何故かキリトの方を一瞥してから、鋭い視線を全員に向けた。

 

「こん中に、五人か十人、ワビぃ入れなあかん奴がおるはずや」

 

「詫び? 誰にだい?」

 

 ディアベルが、様になった仕草で両手を持ち上げる中、キバオウはそちらを振り返ることなく憎々しげに吐き捨てる。

 

「はっ、決まっとるやろ。今まで死んでった二千人に、や。奴らが何もかんも独り占めにしたから、一ヶ月で二千人も死んでしもたんや! せやろが!!」

 

 その言葉に、低くざわめいていた約四十人の聴衆が、ぴたりと押し黙る。キバオウが言わんとしていたことを全員が理解したからだろう。当然、その中にはアーカーやキリトもいた。

 なるほど。つまり、奴が言いたいのはベータテスターが情報を独り占めして、しかも手助け一つせずに黙々と進んでいったせいで二千人も死んでしまった。だから謝罪しろ、と。そう理解した途端、思わず溜息が溢れた。その溜息が存外大きかったことに気がつかなかったのは、この先ずっと後悔することになるのだが、それはいずれまた。

 

「なんや、ジブン。何か文句あるんかいな」

 

 当然それに気がつかないはずはなく、一斉に皆の視線がこちらを向く。それに当の本人が気付くまでに数秒。気がついてから自分の浅はかな行動への後悔と反省に数秒を使い、席を立つ。ユウキが心配そうにこちらを見ていたが、アイコンタクトで心配するなとだけ伝え、堂々と発言することにする。

 

「先に名乗っておく。俺は《アーカー》。ただのしがないベータテスターだ」

 

 ベータテスト。そう堂々と名乗り上げるアーカーに、さしものキバオウも驚愕の色を浮かべる。それは保身に走った周りも同じだった。議論の中心たるベータテスターがこうも堂々と出てくるとは思っていなかったのだろう。態勢が一度崩れたのを見計らい、アーカーはここぞとばかりに続ける。

 

「お前の言ってる謝罪必須な奴らっていうのは俺達《ベータテスター》のことだろ?」

 

「そ……そうや! ジブンらみたいなベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日にダッシュではじまりの街から消えよった。右も左も判らん九千何百人のビギナーを見捨てて、な」

 

「まあ確かに早々に移動しただろうな、ベータテスターなら」

 

 事実、デスゲームとなった現状を理解したベータテスターなら、そうせざるを得ない。まずは自分のことを優先するのが人間の本性で本質だ。そこはいつの時代だろうとも変わりはしない。

 その言葉が全く響いていないような様子を見せるアーカーに、キバオウはカッとなり怒気を強めて続けた。

 

「ジブンらはウマイ狩場やらボロいクエストを独り占めして、ぽんぽん強うなって、その後もずーっと知らんぷりや。ジブン以外にもちょっとはおるはずやで、ベータ上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略の仲間に入れてもらお考えてる小狡い奴らが、

ジブンも筆頭にそいつらにも土下座さして、貯め込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし預かれんと、わいはそう言うとるんや! 分かったかベータテスターのジブン!」

 

 名前の通り、牙の一咬みにも似た糾弾が途切れても、やはり声を上げようとする者は————

 

「なるほどな。見捨てた結果が二千人死亡を創り上げた、と」

 

———そこにいた。

 

 アーカーは、先程と何ら変わらぬ顔色で、腕を組んでキバオウの演説の内容を短く纏めて呟いた。他の誰もが声を上げようともしなかった現状に、異様な姿を見せる彼の姿はどう映っただろうか。ロクなものではないのは違いないだろうが。

 

「二千人の死亡は確かに大きな痛手であり、うちビギナーの死はベータテスターの責任と言われても反論は()()できないな」

 

「それ見てみい! ジブンらが見捨てた結果が二千人や! その重さが痛いほど分からなあかんはずや! だったら、ジブンからまずは金やアイテムを———」

 

「オーケー、それじゃ、出す前に一つ質問しても構わないな、キバオウ。あと一つ言っておくが、お前がこの話を出したと言うことは論破される覚悟もしているんだろ? なら、お前が論破されたら金やアイテム出すのは無しだ」

 

「ぐっ……かまへんで。論破できるもんならしてみい!」

 

「そうかそうか。それじゃ訊ねるが———二千人の死亡者、その中にベータテスターが()()()()()()()()()()()()とでも?」

 

「……なんやと?」

 

 その一言に、キバオウは優勢に出ていた自分自身の言葉を一度止めるしかなかった。二千人の死亡者にベータテスターがいないと思っているのか?と訊ねられたことが、彼の優勢を一瞬で足止めした。

 

「お前は何やら勘違いしているみたいだが、二千人全員がビギナーの訳がないだろ? 当然ベータテスターも、例え情報があろうがビギナーとレベルは同じだ。当然、最前線へ自ら躍り出るということは、不確定要素に遭遇することだって当然ある。お前が知っているかは知らないが、ナーヴギアによるとてつもなく立体的で現実的なこの世界は、ただの青イノシシと遭遇し、戦うだけでも、慣れていない者や慣れていたとしてもデスゲームという現実に心が弱まった者には致命的な隙を与える。最前線へ躍り出れば、自分は強くなれるから助かる、なんて考えてるベータテスターは山ほどいただろう。そいつらがデスゲームの重圧を諸共しない化け物だとお前はそう思っているのか?」

 

 そう、アーカーが問いたかったのはまずここだ。ビギナーとベータテスターの違いは経験だけしかない。中身は同じ人間で、デスゲームの重圧に対する精神抵抗力など人それぞれだ。全員がケロッとしているはずがない。つまり———

 

「ベータテスターは、()()()()()()()()()()()()()()()()()覚えた奴らの集まりだ。時にキバオウ。お前もこのゲームをやろうとした時点で相当なコアゲーマーだと思って訊ねるが———お前、死んだらお前も死ぬよと言われてから一度も死なずにクリアできるか?」

 

 その一言は確実にキバオウの進路を阻んだ。コアゲーマーとしてのプライドから何まで。上からズカズカと自分勝手に持論を展開した程度の奴に、果たして死ぬ可能性があるゲームに、一度も死なずにクリアできますよ、と答えられるだろうか———答えられるはずがない。

 

「恐怖と絶望は思っているよりも精神的にダメージを負わせる。ただでさえチュートリアルで狂乱に満ちていたあの現場で、平常心を保っていた奴なんてそういないだろう。一目散に駆けたベータテスターは特に精神面は不安定だろうな。ただの青イノシシですら見た目以上の化け物に見える奴もいただろうな。それに、だ。例え情報があっても、俺は目の前で死んでいったベータテスターを数人見たことがある。そいつらは揃いも揃って他人を嵌めようとして死んだよ」

 

 これはキリトから聞いたコペルというベータテスターの話だ。実際に見たのは一人か二人だが、効果的に示すなら数はボヤかして伝える方が良い。

 

「他にもベータテスターならではの弱点はいくつもあるさ。少なくとも———そうだな、まずは現実的な数字を教えてやろうか。先程お前に訊ねた、二千人の死亡者の中にベータテスターがいないと思っているのか?って問いなんだが、どれくらいいたと思う?」

 

 キバオウは答えない。()()()()()()()い。恐らくコイツは《鼠》に訊ねなかったんだろう。死亡者の中にどれほどベータテスターがいたかを。だから、それを今こうして伝えてやる。

 

「答えはな———三百人だ」

 

「……はっ、たった三百人やんけ! ビギナーは千七百人も死んどるんや! 何が教えてやるや、馬鹿馬鹿し———」

 

「お前、本当にそう思ってるなら重症だな」

 

「————なんやと?」

 

 重症と貶され、キバオウの額に青筋が浮かぶ。今にも飛びかかりそうな程に怒り心頭の様子だが、それをさらに煽るように確かな声音でアーカーは現実を告げた。

 

「ベータテスター、その全体は千人だ。その千人が全員ログインできている可能性は恐らくない。仮にあの日ログインできたとしても八百人か七百人と考えるべきだ。そこから考えてみろ。三百人だぞ? 確率を計算してみろよ。答えがハッキリする」

 

 そう言われてほぼ全員がハッと気が付いた。アーカーが言わんとしていることに。

 

「ベータテスターの死亡率は約四割。それに比べてビギナーの死亡率は約二割を下回っている。これが分からないはずがないよな?」

 

 かつて見せた底冷えするような冷酷無慈悲な瞳がキバオウを貫く。あまりにも昏い目付きに、彼の内心はどうなっているのか。見れるものなら確認してやりたいが、それはさておき。

 

「つまるところ、そういうことだ。ベータテスターの殆どは情報に頼るあまり一ヶ月の間に無駄に死んだ。情報を持ったまま自殺したようなものだ。その一方で確かにビギナーも多くが死んだが、彼らは彼らなりのやり方でこうして辿り着いている。実際お前もそうだろう、キバオウ」

 

 そう言って、ストレージを開き、あるものを取り出して嗤う。

 

「これ持ってるだろ?」

 

 ひらひらと見せたのは、大体が無料配布のガイドブックだ。これに助けられた者だって多いはずだろう。

 

「なあ、キバオウ。これ作って配布したの、誰だと思う?」

 

「……まさか」

 

「———これは先々進んでいたベータテスターが残した情報だ。ビギナーよりも先に進むからこそ、ここから先に行く奴らに知っておいてほしいと残したもの。お前はお前の嫌ってるベータテスターに守られていた。屈辱だろうが事実だ」

 

「………なん……やと…………」

 

 その事実が、キバオウの持論をへし折ったのは誰が見ても一目瞭然だった。膝を地面に着き、崩れるように彼は空を見上げるだけとなった。どうやら相当響いたらしい。

 

「……さて、他にまだ言いたいことがあるなら聞いてやるが———俺を論破したいなら、もっと知恵を回しておけ」

 

 恐らく届いていないだろうが、ひらひらと手を振って席に戻り、あー疲れたと愚痴を溢す。それからアーカー自身が存外ノリノリで悪役を演じていたことを自覚するのにそう時間はかからなかった。

 

 それこそ、同じベータテスターのキリトが引き攣った苦笑いを溢し、ユウキがジト目でやりすぎと伝えてきて、フードを被った女性プレイヤーがドン引きしている様子だったことから察するまでもなかったことだろう。

 

 論破され続けたキバオウは、あのまま身動きひとつしない。ディアベルもまた苦笑いを浮かべながら、ある程度アーカーの反論の良い点を持ち上げてくれていた。ベータテスターの必要性も説きながら、場の空気をもう一度盛り上げるために尽力していた、そんな姿には何処か申し訳なさを感じることになる。

 

 

 

 それから間もなく《会議》が終わった後、こっぴどくユウキに怒られたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 遺志を託して逝く者へ 前篇 ー完ー

 

 

 

 

 






最前線を突き進むレイド。

そして、ついにフロアボスの元へと辿り着く。

果たして、勝つのはプレイヤーか、フロアボスか。

次回 遺志を託して逝く者へ 中篇




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