ソードアート・オンライン —Raison d’être—   作:天狼レイン

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 昨日投稿しようと書き進めていたところ、見事に文字数が一万五千を余裕で超えてしまい、削れるところを探すも無理だったので、前中後と分けることにし、昨日のうちに区切りのいいところへと持っていく作業をしていました。そのため、今回は中篇です。近いうちに後篇を出します。お楽しみに。

※文章少し追加。ダッシュを変更。





5.遺志を託して逝く者へ 中篇

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ソラ。アスナ、キリトに預けて大丈夫だったかな?」

 

「大丈夫だろ。そもそも、この部屋は二部屋で、両方とも俺たちが借りてて空きがない。まあ確かに俺が地べたで寝ればいい訳ではあるけどな……」

 

「ごめんなさい……」

 

 《第一層フロアボス攻略会議》の後、二人は後日行われる《攻略戦》に備え、借りた農家の二階に戻った。当然英気を養うつもりだったが、夕方のことで叱られたのは言うまでもない。

 

 そんな中、《会議》のすぐ後に、細剣使いのアスナというフードを深く被っていた女性プレイヤーが、キリトが呟いた風呂と言う言葉に過剰反応し、彼の借りている部屋にある風呂を借りに行く話になった。

その時は、何も言わず解散したのだが、怒られてしばらくした後、この部屋に泊めた方が良かったんじゃないかな?という意見が、今更ユウキの口から飛び出していた。それに対して、アーカーは問題ないだろうと言いつつ、もし今からこちらに迎え入れた場合に起きることも言い添える。

 

「あっ! それならボクのベッドで一緒に寝ればいいんだよ! それならソラは床に寝なくて済むよ!」

 

「……あのな、そうした場合、アスナに《リニアー》を連続で叩き込まれて俺のHPが終わるぞ……《圏内》だからダメージはないけどな。あと忘れてるだろうが、男性プレイヤーが女性プレイヤーに何かしらの行為を働いた場合、不可抗力だろうが《ハラスメント防止コード》が出るからな? 下手すると俺は《監獄》行きだぞ」

 

「あ、あはは……ごめん、すっかり忘れてたよ」

 

 ユウキらしいというか何というか……アーカーは溜息を吐く。今頃件のアスナは風呂に入っているだろう。キリトは果たして落ち着いているだろうか。頼むから《攻略戦》前に一人欠けることにはならないでくれ……と何処か祈るような気持ちでいると、ユウキが何かを思い出したかのように言った。

 

「ボクが先にお風呂入ってもいいかな?」

 

「……何だそんなことか。お先にどうぞ」

 

「わーい。ゆっくり浸かってくるねー」

 

 そう言うとユウキはバスルームのドアを開けて中へと消えていった。パッと見たところ、閉められたドアは安心感があるように見えるが、実際は鍵をしっかり閉めておかないと意味がない。鍵は閉める時に音がするので確認も楽だ。内だろうが外だろうが、鍵を閉めた時の音が聞こえるからだ。

 しかし———

 

「……はあ……ユウキの奴、風呂場の鍵閉めてないな。頼むから警戒心ってものを持ってくれ……俺も健全な男なんだが……」

 

 ガチャリという音が聞こえないところから、鍵が閉められてないなと気が付き、思わず溜息が出た。幼少期からの幼馴染であるため、ユウキとは長い付き合いなのだが、そのせいか警戒心が弱すぎる。正直な話、男として見られていないのではと思わずにはいられない時もない訳ではなかった。そのせいか、今一度自分の容姿を確認する。

 

 毛先だけが白く、他は黒一色の髪色。この髪色は向こうでも同じだ。髪型も平々凡々とした極々普通のショートヘアー。キリトと似たり寄ったりかもしれないが、少なくとも彼の髪型よりは少しばかり派手だろうか。顔はやはり齢13歳の少年らしい顔つきか。しかし、色々あったせいで少年らしい純粋無垢な顔はしていない。怖い顔をしてみろと言われると余裕で怖い顔が出来るレベルだ。わざと怖い顔をしてみたが、もしかすると下手な悪役より怖いかもしれない。瞳は黒っぽく、まだ多少精気のある光の灯った瞳だが、果たしてデスゲームクリアが成されるまで、保つことができるだろうか。

 

 などと、自分の顔を簡単に確認してみたが、世間一般で言うイケメンとは違うと自分自身自覚している。精々平々凡々より上だろうか。自己評価だが、中の中ほど中途半端すぎて困るものはないと心底思う。そういえば、ユウキの両親や藍子さんに、精緻で綺麗な顔をしていると言われたことがあった。即座に否定したが、否定するなと怒られた覚えがある……何故だ。

 

「キリトは……もっと童顔だったな」

 

 ここにはいないパーティーメンバー 兼 ベータテスター仲間のキリトの顔を思い出してみる。あれは女顔と言われても納得できる。本人に言ったら怒られそうだが、事実だろう。一方の俺の顔もそう見えたりするのだろうか。見えないと思っているが、果たしてどうなのだろう。こういうものほど、本人に自覚がないと言われるせいか、安心が全くできそうにないとアーカーに不安が募る。

 

「……俺の顔はどっちなんだろうなぁ……」

 

「ソラの顔がどうかしたの?」

 

「ん? あ、ユウキか。もう上がったのか———って、 ユウキ!?」

 

 部屋に備え付けられていた大きな鏡と睨めっこしていたアーカーのすぐ隣で覗き込むようにして見ていたユウキに、彼は態勢を崩して思わずひっくり返る。そんな姿にユウキは小首を傾げる。

 

「急にひっくり返ってびっくりしたよー。怪我してない?」

 

「まあな。そもそも《圏内》だから無傷だ」

 

 差し出されたユウキの手に掴まり、立ち上がる。風呂から上がったユウキは、楽な格好になっていた。髪はしっかり拭き切ってなかったのか、少し濡れているように見える。普段なら注意を促しながら、彼女の髪を拭いてやるのだが、取り敢えず今は色んなことに一息を入れるためミルクを飲もうとコップに注ぎ、一口呷る。

 

「———ところで、女顔がどうこうって言ってたけど、どうかしたの?」

 

「ゴフッ!?」

 

 忘れようとしていたことを掘り返され、ミルクが気管の方に入ったのか———この世界にそこまで忠実な再現があるかはさておき———我慢できずにアーカーは吹き出す。息苦しそう咳き込んだ後、ユウキの方を見る。

 

「……聞いてたのか」

 

「うん、バスルームからでもよく聞こえてたよ。途中で声大きくなってたんだと思うな」

 

「……別に大した話じゃないぞ。前にユウキの両親と藍子さんに、俺の顔が精緻だとか綺麗だとか言われたの思い出してただけだ。それで女顔っぽい顔してたキリトと比べてただけだよ」

 

 悪いなキリト許してくれ。心の中でそう呟きながら、ユウキに訊ねられたことに彼の名前と顔の話を置きながら説明する。

 

「確かにキリトの顔ってよく見ると可愛いよね。女顔って言われても納得しちゃうな」

 

「ダヨナー」

 

 重ね重ね彼への謝罪を心の中で告げる。もはや口から溢れる言葉は片言になり始めたが、今は早くこの話題から逃げたい一心だった。普段使わない頭の隅から隅まで使うような感覚を覚えながら、話題を片付けてしまおうと策略を巡らせる。

 

「俺の顔って良くも悪くも中の中だろ? デスゲームが始まってから、自分の顔を詳しく見てなかったから、それを再認識しておこうかなって鏡見てたんだよ。向こうと同じせいか、落ち着くには落ち着くんだけどな」

 

「うーん」

 

 何か気になることがあったのか、ユウキがアーカーの顔をじっと見る。小首を何度か傾げ、頭の中で何かと比較しているのか、普段よりも長く考えているように思う。それから数秒ほどたっぷりと使ってからユウキは結論を出した。何処か嫉妬しているような顔をしながら。

 

「ソラの顔って、ソラが自分で思ってるよりもカッコいいよ?」

 

「………………へ?」

 

「小学校の頃からだけど、物難しい顔してたりしてるせいか、同年代の男の子よりも顔付きが大人っぽいっていうのかな? ソラは知らないと思うけど、女の子にかなり人気だったんだよ?」

 

「………………はい?」

 

「その様子だと本当に知らなかったんだね……」

 

「………………恥ずか死しそう」

 

「恥ずか死!? ボク、そんなの初めて聞いたよ!?」

 

 まさかこんなところから、とんでもない援護射撃———アーカーに対しての援護ではない———が飛んでくるとは、世の中分からないことだらけである、などと思考の片隅では考えているものの、脳裏を埋め尽くしているのは珍しく褒めちぎられたことによる羞恥である。男の羞恥など微塵も価値はないだろうが、今の彼にはそちらまで考える余裕はなかった。芋虫の如く床の上をゴロゴロと転げ回っている。そんな彼を何処か拗ねたような顔をしてユウキは眺める。

 それから少しすると、アーカーは落ち着いたのか、ゆっくりと立ち上がる。

 

「———ふーん、そうか。俺、そんな風に見られてたのか。全然嬉しくないな、うん」

 

「ボクにはすごく喜んでたように見えたような……」

 

「気のせいだ」

 

 アーカーにとって、内心嬉しかったのは言うまでもない。

 しかし、嬉しさは一瞬で消えた。フラッシュバックのようなものだろうか。()()()()()()が浮かび上がり、浮かれていた自分の心を、普段の彼に戻す。もはやそれは落ち着くというものではなく、冷めたという方が正しいかもしれない変容だった。

その変容に長年そばにいたユウキが気付かないはずはない。

 

「ねえ、ソラ」

 

「ん?」

 

「…………ううん、やっぱりなんでもないや」

 

「そうか。それじゃ、さっさと寝て《攻略戦》に備えるか」

 

「うん!」

 

「あ、ちょっと待てユウキ。髪濡れたままだろ、拭いてやるからじっとしてろ」

 

 そうして、夜は明けていく。

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

「それで、昨日はどうだったんだ? キリト」

 

「……アルゴのせいで酷い目に遭った…………」

 

「オーケー、大体察した」

 

「二人で何話してるのー?」

 

「「いや、なんでもない」」

 

 お互いの気苦労を軽く話し合いながら、アーカーとキリトは話が気になって入ってこようとしたユウキを押し留める。

何故そうしたのかというと、まず聞かれるとアスナにまで伝聞される可能性が高すぎたこと。もう一つが、すでにここは迷宮区内であったということだ。

前方を見ると、ディアベル率いるA~Gまでの六人×七隊が先頭を進んでいる。H隊———討ち洩らし片付け隊であるアーカー達四人は討ち洩らしと急襲防止として後方から進んでいた。そのため、少しぐらい会話をしていても怒られはしなかった。

途中、何度かE隊のキバオウがちょっかいをかけにきたが、「リーダーが職務放棄とは、パーティーメンバーも大変だな」と言い返して戻らせている。その度に睨まれるが全く気にしない。

 

「ところで、キリト。アスナには《スイッチ》とか《POT》の話、キチンと通してるのか?」

 

「通してるよ、当たり前だろ? そういうアーカーは?」

 

「こっちも同様。本人がド忘れしてなければ……。ユウキ、《スイッチ》と《POT》の意味忘れてないよな?」

 

「む、そんな大事なこと忘れる訳ないよ。心配性だなぁ、ソラは」

 

「———ほらな?」

 

「ああ、そうみたいだな。……ところで、前から気になってたんだが、ユウキがお前のことを《ソラ》って呼んでるよな? キャラネームは《アーカー》じゃないのか?」

 

「あっ……まあ、いいや。この戦いでお互い生きてたら情報交換の形式で教えてやるよ……(あとでユウキ覚えてろよ……)

 

 ボソッと呟いた一言に、キリトは聞き取れず首を傾げたが、ユウキが当然身体をビクリと震わせ、すぐさまアスナの後ろに張り付いた。張り付かれたアスナは困惑していたが、ユウキの様子から何かあったのかと思い、聞かないことにしていた。

 

 その間にも、迷宮区のモンスターは前からも後ろからも、ある態度の数で攻めてきたのだが、背後から来た敵はアーカーの振るう一撃の前で即座に叩き潰され、無数のポリゴンの欠片を散らして消滅していた。途中、キリトは彼の強さが何処から来てるのかと気になったが、今振り向くとマズイような、そんな直感が働いて振り向くことはなかった。

 

 そうして、迷宮区に突入してから約一時間ほど。最上階を踏破することに成功した。ここまで死者はゼロ。四十六人全員が無事にボス部屋まで辿り着いていた。途中危ないシーンもあったが、ディアベルが的確な指示を出し、無事に突破していた。彼の指揮が達者で良かったとキリトと共に安堵していた。もし、土壇場で弱るようなことがあれば、足踏みしている奴らを置いて突撃していたところだ。

 

 それから、アーカーとユウキは最後列からボス部屋を閉ざす巨大な二枚扉を爪先立ちになって仰ぎ見た。灰色の石材で出来たそれは、恐ろしげな獣頭人身の怪物がレリーフされている。あれが、大まかなフロアボスの見た目を示すことがあるので、実は無視するのは危険だったりする。しかし、今回の階層はベータテストの時に突破されている。そのため、見た目は事前にわかっていた。

 

 だが、それだけで安心していいものではない。何故なら今回のボスは、亜人型(デミヒューマン)と区別される存在であり、その特徴は武器を器用に扱い、さも当然のようにソードスキルも使いこなす。ソードスキルの強さは本人のステータス依存でもあるが、クリティカルという存在がその威力をより凶暴にする。キリトから聞いた話だが、アスナはそのクリティカルを的確に狙っていたらしい。彼女が無強化の初期武器でここまで辿り着いたのが良い証明である。

 

「三人ともちょっといいか?」

 

 キリトが声をかけてきた。最終確認だろうか。そう思い、ユウキを連れて、そばによる。

 

「アーカーは分かっていると思うが、今日の戦闘で俺達が相手する《ルインコボルド・センチネル》は、ボス取り巻きの雑魚扱いだけど、充分に強敵だ。頭と胴体の大部分を金属鎧でがっちり守ってる。狙う場所は分かってるな?」

 

「解ってる。貫けるのは喉元一点だけ、でしょ」

 

「ふふん、任せてよ! ボクは刺突得意なんだよー」

 

「いや、もう、細剣(レイピア)使えよ……」

 

「ごめん、それは俺も思った。アーカー、ユウキに細剣勧めなかったのか?」

 

「俺と同じ武器が使いたいんだと……、どうせ後々細身の片手用直剣手に入るしな」

 

「ボク、斬撃も得意だからね!?」

 

「ユウキってなんだかマスコットみたいよね……」

 

「むー、アスナまで……」

 

「何はともあれ、俺とアーカーが長柄斧(ポールアックス)をソードスキルで跳ね上げさせるから、すかさずスイッチで飛び込んでくれ」

 

「りょーかい!」

 

 こくり、と頷くアスナに対して、元気よく返事するユウキ。正反対に見えるが、果たしてそうだろうか。存外気が合う仲かもしれないなと思いながら、アーカーは大扉の方を向く。

 

「———行くぞ!」

 

 短く、しかし、士気を最大限引き出す言葉を告げ、ディアベルは左手を大扉の中央に当て、思い切り押し開けた。

 

 

 

 

 

 そうして、最初のフロアボス攻略が始まった。

 だが、この時、ベータテスター全員の運命に、更なる重みが伸し掛かることを、誰も知る由はなかった—————

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

 コボルドの王———《イルファング・ザ・コボルドロード》とその衛兵対プレイヤー四十六人の戦いは、俺とキリト、二人の予想を上回る順調さで推移していた。

 ディアベル率いるC隊が一本目のHPゲージを、D隊が二本目のゲージを削り、現在はF隊G隊がメイン火力となって三本目を半減させている。ここまで、(タンク)役のA隊B隊メンバーがHPを黄色くさせた程度で、赤の危険域にまで落ちることはなかった。取り巻きの重装兵も、E隊……というより、H隊の四人があっという間に片付けるせいで、途中でG隊の援軍が全員足並み揃えてメインであるコボルドの王の方へと戻って行くのが視界に見えて、思わず苦笑したくらいだ。

 

 ことに目覚ましいのは、細剣使いのアスナと片手剣使いのユウキの奮戦だった。武器を一新させたというアスナの動きは想像以上だった。あれが非ベータテスターだというのだから恐ろしいものだ。もっとも……同じ非ベータテスターで彼女以上に大暴れしているのは、まさかの幼馴染だったのだが……

 

「そりゃー! えーい! こんにゃろー!」

 

 戦場に響く声にしては酷く場違い甚だしいはずだが、恐ろしい速度で彼女の片手剣は《センチネル》の喉元を突き破り、即死させ続けている。即死効果など、この辺りの武器に付いているはずもないのだが、あっという間だった。

 

 彼女が握っているのは、アーカーと同じ《アニールブレード》だ。しかし、強化値は何と+7だ。ハッキリ言って運気のステータスどうなっているんだと言わずにはいられない。+4を超えるあたりになるとNPCの鍛冶屋による強化は確率は恐ろしく下がる。プレイヤーに頼ることができるなら、そうするべきだが、現在腕利きのプレイヤー鍛冶屋など聞いたことがない。それなのに、ユウキは+6どころか+7を通しており、振り分けは《鋭さ+3、速さ+3、丈夫さ+1》———略称《3S(鋭さ)Q(速さ)D(丈夫さ)》というわけだ。ハッキリ言ってこの階層では———というより第二層であろうと壊れ性能だ。

 一方のアーカーは、ユウキの《アニールブレード+7》から《1D》が抜かれた+6である。決して弱い訳ではないが、何故か少し虚しい。

 

 そうこうしているうちに、ユウキが湧いている《センチネル》最後の一体の喉元を突き破り、無事に仕留めていた。これまでの戦績で言えば、湧いた総数の半数以上はユウキの成果だろうか。準じてアスナ、アーカー、キリトか。悲しいことにE隊全体の仕留めた総数はアーカーやキリトを超えはするものの、アスナには辛うじて届かず、ユウキには届くはずもなかった。

 

「ふふーん、ぶい!」

 

 ドヤ顔と言うのだろうか。自信満々にこちらにVサインを見せて喜ぶユウキに、相変わらずの強さを感じて頼もしそうにアーカーは彼女のそばによる。それから、撫でて欲しそうな顔をしていたので、そっと撫でてやる。

 

「流石だな、ユウキ。次もそろそろ湧くだろうから、この調子で頼む」

 

「うん!」

 

 尻尾でも付いていれば、ぶんぶんと振り回しそうなほど喜ぶ姿を見せるユウキに、アーカーはキリト達の方を見遣る。今頃あちらもアスナと何かしらの交流しているだろう。そう思って見遣ったが、どうやらキバオウと何やら話している。何か驚いている様子がこちらからも窺えるが、果たしてどうしたのだろうか。訊ねに行こうと思ったが、《センチネル》が近くに数体湧き始めた。ベータテストと既に違った点が、この瞬間に見つかった。本来なら《イルファング・ザ・コボルドロード》の背後の壁の穴から湧くはずの《センチネル》が、突如として湧いたのだ。壁の穴からではなく、()()()()

 嫌な予感が心を掻き乱そうとするが、その予感を押し潰し、ユウキに声をかける。

 

「行くぞ、ユウキ」

 

「りょーかい、任せて!」

 

 そうして、二人は近場に湧いた三体を即座に迎え討つために行動を開始した。三対二。不利に見えるだろう状況だが、一体目の振りかぶられた長柄斧を見事に躱し、二体目の長柄斧をソードスキルで弾く。三体目の長柄斧はユウキがソードスキルで既に弾いており、スイッチでお互いの位置へと瞬時に移動。二人して容赦なくソードスキルによる一撃で喉元を突き破り、クリティカルによる加算ダメージと引き抜く時の追加ダメージで速殺する。残こされてしまった一体も抵抗する前に長柄斧を弾かれ、ユウキに倒された。

 

 あっという間の戦闘だ。リハビリ中だったユウキに、情報を伝えるためにやっていたベータテストの時ですら、こんなに順調な戦闘はしたことがなかった。完璧に息が合っている、と言われても良い動きだったと我ながら思うほどに。

 

「流石だね、ソラ」

 

「お互いな。《センチネル》のキルレコードはユウキの単独走だ。E隊全員の仕留めた総数より圧倒的に多いだろうな」

 

「えへへ、そうかな?」

 

 褒められて嬉しそうに喜ぶユウキ。安心したような顔でアーカーは一度コボルド王の方へと視線を向ける。どうやらいつの間にか三本目のゲージは削り切っていたらしい。四本目を削っており、もう五分もしないうちに倒し切るだろう。そう思い、視線を外しかけたところで、一瞬視界に映ったキリトの顔が酷く歪んでいたことに気がつく。

 

 あれは驚愕と恐怖か?

 彼がラストアタックを狙っていたけど、無理そうだからそんな顔をしているのか?———違う。

 なら、どうして————そう思った直後、アーカーもまた気がついた。コボルド王が最後に握る武器は何だったか。確か曲刀カテゴリの《タルワール》という武器だったはずだ。事前情報もそうだった。

 

 ———だが、今あのコボルド王が握っているのは曲刀などでは断じてない。あれは正しく、刀。純粋に鍛え上げられた、日本刀のようなものだった。

 

 つまり、振るってくる攻撃は曲刀のものなどではなく————

 

 

 

【情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります】

 

 

 

 直後、この一文が《鼠》のアルゴが提供した攻略本に載っていたことを思い出した。その寒気は全身を貫き、危険信号が脳裏を駆け巡り、叫ぼうとするが———間に合わない。

 

 

 

「だ……だめだ、下がれ!! 全力で後ろに跳べ—————ッ!!」

 

 

 

 同じく気がついていたらしいキリトの叫び声が、コボルドの始動させたソードスキルのサウンドエフェクトに掻き消された。

 

 コボルド王の巨体が、どうっと床を揺るがせ、垂直に跳躍。空中で身体をぎりりと捻り、武器に威力を溜める。落下すると同時に放たれるのは、蓄積されたパワーが深紅の輝きに形を変えた竜巻の如き一撃。

 軌道———水平。攻撃角度———()()()()()

 カタナ専用ソードスキル、重範囲攻撃《旋車(ツムジグルマ)》。

 迸った六つのライトエフェクトは鮮やかに赤く、まるで血柱のように見えた。

 

 C隊全員がマトモにそれを食らい、HP平均ゲージが一気に五割を下回るイエローまで染まった。範囲攻撃だというのに、一撃でHPを半分以上持っていく威力は恐ろしいものだが、あのソードスキルの本質はそこまではない。床に倒れこんだ六人の頭に浮かんでいるのは、一時的行動不能状態を示す証———スタン。たった十秒と、今までのゲームならそう言えたかもしれないが、このデスゲームでは、その十秒が生死を分ける。

 

 本来なら、ここで誰かがヘイトを取りに行き、気を()らさなければならなかった。だが、たった一撃で綿密な作戦を壊された衝撃と、今の今まで続いていた楽勝ムードのぬるま湯、そして、頼るべきリーダーのディアベル本人が身動きが取れない。この現実が、近くにいた誰かが助けに行くという選択肢を奪っていた。

 

「———このまま……やらせてたまるか」

 

 アーカーの口から、小さくそれだけが溢れた。

 直後、彼はずっとそばで守っていたユウキすら置いて、床を踏み締め駆け抜ける。誰よりも速く、誰よりも先へと。助けるんだ。助けなきゃいけない。アイツを見捨ててはいけない。そんな思いが渦巻いた。

 しかし、現実は非情なものだ。駆けたと同時に、コボルド王は長い硬直を終えて、再び動き出す。

 

「ウグルオッ!!」

 

 今の今までやってくれたな貴様ら、そう言わんばかりに放たれたのは、ソードスキル《浮舟》。狙われたのは、正面にいたディアベル。全指揮を取っていたのを、モンスターが理解し、絶対に狙っていたとは言えないが、この時ばかりは明確な殺意があったとすら思えた。

 

「手を伸ばせ————ディアベルッ!」

 

 彼が手を伸ばせば、ギリギリ間に合っただろうか。距離感すら分からないほど、アーカーは焦りながらも、必死に彼の手を掴もうと手を伸ばした。それが聞こえたのか、彼もまた手を伸ばす。

 

 

 

 届け、届け、届け、届け届け届け、届け届け届け届け届け—————ッ!

 

 

 

 必死の形相。例えアーカーがベータテスターだろうと、この瞬間だけは、誰よりも必死に仲間を守ろうとした仲間思いの一人のプレイヤーに見えた。手を伸ばしたディアベルの顔が、ふっと和らぐ。弱々しく、しかし、しっかりとした口調で確かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————良かった。君になら、みんなを任せられるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、アーカーの手が届くか届かないかで、薄赤い光の円弧に引っ掛けられたかのように、ディアベルの身体が高く宙へと浮いた。ブォンと振られた剣の衝撃波に吹き飛ばされたアーカーは、無様に床を転がる。ダメージはない。すぐさま起き上がり、ディアベルを探す。

 

 だが、次の瞬間にはディアベルの身体は、放たれた三連撃ソードスキル《緋扇》の前に無残にも切り裂かれ、全てクリティカルヒットという残酷な現実を叩きつけながら———二十メートル近くも離れ、レイドメンバーの頭上を飛び越えて、キリトのそばへと突き刺さるように落ちた。

 

「……あ…………」

 

 口から溢れたのは、たったそれだけ。全身を貫くような悪寒と、喉から今にも飛び出しそうな絶叫が今か今かと出番を待ち望んでいた。すぐさまキリトが彼の回復へと向かう。その手には回復ポーションが握られている。大丈夫だ、きっと彼は大丈夫だ———無理だ、助からない。酷く冷静に、心が判断を下していた。

 

 

 

 そして、心の下した判断に沿うように———ディアベルは、その身体を青いガラスの欠片へと変えて四散していった。

 

 

 

 うわああああ、というような叫び声———或いは悲鳴がボス部屋を満たした。誰もが自らの持つ武器を縋るように握り締め、恐怖に震えていた。両眼を見開き、思考回路を必死に動かそうとする。恐らく、明滅していた選択肢は二つだろう。逃げるか、戦うか。

 

 その中で、目の前で救えなかった現実を叩きつけられたアーカーの様子は、もはや、誰の目から見ても奇怪なものへと変わっていた。片手剣は床へと突き刺さり、両手で頭を掻き毟り、狂ったように絶叫する。その異変に、最初にユウキが気がついた。素早く駆け寄り、彼の肩を揺すった。

 

「ソラ! 落ち着いて! ソラ!」

 

 無茶だと分かっている。分かっているけど、彼を落ち着かせないといけない。

 平常じゃないと特攻する恐れがあるからか?———少し惜しいが違う。

 冷静な判断を下さなくなるからか?———これも違う。

 そう、ユウキが危惧したのはこの二つですらない。彼女が危惧したのは————

 

 

 

「———ああ……そうか、なるほどな」

 

 

 

 

 

 ——————カチリ。

 

 何処か遠く、しかし、何処か近くで、何かが動くような音がした。

 全てが虚無へと沈むような、酷く切ない感覚。心の底まで冷えていくような、覚えのある感覚がアーカーを包み込む。ゆっくりと、そして、確実に。

 

 ピタリと、アーカーが放っていた絶叫が止む。掻き毟る両手はだらりと床へと垂直に伸び、それから突き刺さっていた片手剣を左手に握り直し、何度か指を曲げたり伸ばしたりする。

 アーカー自身の独特な自分の落ち着かせ方だろうか。周囲から見れば、そう思うだろう。

 しかし、これは違う。それは間違いない。これと同じ現象をかつて一度だけ見たことがあったユウキは、気がついてしまった。

 

 

 

 ———危惧していた事態が訪れてしまったんだ、と。

 

 

 

「ユウキ」

 

 とても優しい声がユウキを呼んだ。呼ばれたユウキの身体が、ビクリと震える。涙に震えた訳ではない。当然、嬉しいからではない。()()()()。一番親しく、共に過ごしてきた彼に優しく呼ばれることが怖い訳ではない。むしろ嬉しいはずなのに———()()()()()だけは怖くて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

「手を貸してもらえるか? 今からあのゴミ———殺すから」

 

 

 

 

 

 もはや、一切の感情が籠っていない、光の灯らぬ昏い瞳が、ただ真っ直ぐにコボルド王———《イルファング・ザ・コボルドロード》へと向けられた。

 

 

 

 

 

 遺志を託して逝く者へ 中篇 ー完ー

 

 

 

 

 






リーダー、ディアベルの死亡。

混乱渦巻くボス部屋。

その中で、アーカーは本人すら自覚していない本性の片鱗を見せる。

次回 遺志を託して逝く者へ 後篇



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