ソードアート・オンライン —Raison d’être—   作:天狼レイン

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 正直な話、ディアベルを前回生かしておくかで悩みましたが、後々のために退場してもらうことにしました。
 その後々もかなり後になるのですが、気に入っていただけているのなら、そういてもらえるよう努力するつもりです。肝が座っている方々には、その時までお付き合いのほどよろしくお願いします。




6.遺志を託して逝く者へ 後篇

 

 

 

 

 

 

 全てが凍てつくような、とても切ない感覚。何から何まで、全てが———痛みさえも鈍っていく。壊れそうなほど血脈を叩いていた心臓が、まるで何もなかったかのように静かに動いている。荒ぶった感情は、あっという間に冷め切って、心までもが痛みを忘れて、ただ静かに冷めていく。

 

 床に突き刺さった片手剣を左手に握り直す。右手の指を曲げたり伸ばしたり、感覚を確かめるように動かし、一呼吸だけゆっくりと行う。見える景色はいつもと変わらないようで、何処か虚しく、ポッカリと何かが抜け落ちたような思いがあるに関わらず、それに心は気が付かない。

 

 相対すべき敵はたった一人。

 コボルドの王———《イルファング・ザ・コボルドロード》。恐らく、途中で《ルインコボルド・センチネル》もきっと湧くだろう。

 

 ———だが、無視だ。あんな雑魚に構う必要などない。冷静に、心が、思考が、《アーカー》というこの場にいるプレイヤーではなく、雨宮(あまみや) 蒼天(そら)というただ独りの人間が判断する。

 

 しかし、当然独りであれに立ち向かうには、まだ荷が重すぎるだろう。信頼できる仲間の一人でもいなければ、満足に動くことすら叶うまい。だから、選び———彼女の名を呼ぶ。

 

「ユウキ」

 

 限りなく、とても優しい声で。いつかの日も、こんな風に呼んだっけなと思い出しながら、湧き立つはずの憎悪や怒りを、問答無用で心は感情ごと凍てつかせる。今この場にそんなくだらないものは必要ないと断じて————

 

 

 

「手を貸してもらえるか? 今からあのゴミ———殺すから」

 

 

 

 たったそれだけのお願いだけ頼んで、アーカーはコボルド王を見据えて、左手に握る片手剣の感覚を確かめる。

 

 何故か普段なら即答するかのように頷いてくれるユウキの返事が返ってこない。不思議な面持ちで、振り返ろうとする。その直後、ユウキから返事が返ってきた。何処かいつもと違う。元気良さが伝わってこない。それで気がついた。

 

 

 

 

 

 ああ、なるほど。ユウキが元気良さを失ったのも()()()()()()、と。

 

 

 

 

 

「それじゃ、行くか。幸いあのゴミは弱ってる。二人でもやれなくはない。だから———背中は任せるよ、ユウキ」

 

「……うん。任せて、ソラ」

 

 返事を聞くと同時に、アーカーの足が、地面を破裂させたかのような衝撃と共にボス部屋の床を、一縷の流星の如く駆け抜けた。その速度は、彼のステータスが引き出せる最速。ディアベルを助けに行こうと駆けつけたそれより僅かながらも速かった。

 

 途中でキリトやキバオウ、エギルの声が聞こえたような気がしたが、聞き取れなかった。恐らく注意でもしたのだろうか———悪いが、どうでもいい。

 

 瞬く間にコボルド王の前へと躍り出て、片手剣を袈裟斬りの要領で振るう。切り裂かれるコボルド王の腹。僅かにHPゲージが減る。突然攻撃されたことにより、敗走せんとするレイドメンバーに向けたヘイトは、アーカーただ一人へと向かう。追撃が来ないことに気がついた彼らが、こちらに感謝しているのかしていないのか、もはやそれすら問題ではないと一瞬だけ考えた後、その思考を廃棄。すぐさまコボルド王へと向き直り、横薙ぎに振るわれる野太刀へと集中する。

 

 やられた不意討ちに対する倍返しのつもりなのだろうか、勢いよく振るわれる横薙ぎ。それをアーカーは床に《アニールブレード》を勢いよく突き刺し、宙へと躍り出る。足場となった愛剣もまた、浮いた彼の身体に引かれるように床から抜ける。その直後に野太刀が横薙ぐ。

 

 しかし、アーカーの身体を捉えることなく、空振る。隙が僅かながらもできたコボルド王に、彼は悠々と着地し、反撃にソードスキル《ホリゾンタル》が放たれ、隙だらけの胴体に一撃を見舞う。未だ半分以上残されている四本目のゲージが総量から見れば、きっと少ないだろうが確かな減りを見せる。

 

 それを受けて、コボルド王は即座に野太刀の位置を戻し、今度は真っ直ぐに幹竹割りの要領で真下に振り下ろす。切り裂くというよりは叩き潰すと言った振り方のようだった。

 しかし、即座に横へと回避したアーカーには当たらない。刺突、刺突、斬撃。三連続の反撃を見舞われ、さらに怒りの色を浮かばせた———ように窺えた———コボルド王。

 

「なんだ、この程度で怒るのか? 王様ってものは気紛れだなぁ」

 

 明確な意思を持って、アーカーは敵を煽る。それを理解したのか、絶叫と共に野太刀を振るう豪腕に力が籠ったのか、先程よりも素早く、強い殺意を纏って振るわれる。それを往なし、躱して、反撃する。果たして、その姿は他の者にはどう見えたのだろうか。それを考えるよりも先に、コボルド王の体勢が突然崩れた。攻撃されたのだ。アーカー以外の誰かに。

 

「ナイスだ、ユウキ。ヘイトは主に俺が取るから、そういう風に不意討ち頼むよ」

 

「……りょーかい!」

 

 背後からソードスキル《ホリゾンタル》を見舞ったのは、ユウキだった。不意討ちを受け、ヘイト先が一旦彼女の方へと向かうとするが、隙だらけの脇腹に《スラント》が見舞われる。今度はアーカーだ。次々とヘイトが切り替わる。息があった動きに、少しずつ苛立ちを感じたのか、コボルド王が見覚えのある動きを始めた。

 

「ユウキ、後方へ全力回避!」

 

「うんっ!」

 

 コボルド王が発動したのは、軌道水平、攻撃角度三百六十度の重範囲攻撃ソードスキル《旋車》。少し前にディアベル達C隊を襲った強烈な剣技だった。

 だが、もはやそれは把握済み。一度遠くから見た二人は、範囲が何処までかを理解し、回避に成功する。あとは竜巻のような一撃が止むまで、距離を取っているだけで良い。その間に、アーカーはすかさず、彼らの名前を呼ぶ。

 

「キリト、アスナ! このゴミ片付けるから手伝え! キリトは俺と一緒にアイツの一撃を弾くか往なすぞ! アスナはユウキ同様、ソードスキルで一撃見舞ってやれ!」

 

「……ああ!」

 

「解った!」

 

 二人がコボルド王討伐へと参戦し、ヘイト先はより複雑となる。しかし、ヘイト先は狙われる前に何度も変えれば問題ない。放つ前に迷わせる事さえできれば、下手なタイミングで打てはしない。例外として先程の《旋車》は飛んでくるだろうが、それはキリトとアーカーがすかさず判断できる。AGI型へと傾倒し始めているユウキとアスナなら即座に回避できるだろう。いつの間にか、アスナがフードを脱ぎ捨てていた上に、美少女だったことには驚いたが。

 

 発動されたソードスキルの猛威が止み、すかさずアーカーとユウキ、キリトの三人が《ホリゾンタル》を、アスナが《リニアー》を的確に直撃させ、コボルド王が硬直から回復する前に全員が距離を取る。狙われたのは誰だ———?

 

「ウグルオオオオオッ!!!」

 

 これまで見せた絶叫の中でも特別大きな叫び声をあげて、コボルド王が狙いを定めたのは———アーカーだった。当然だろう、ディアベルを殺した時同様、一番崩さなければならないと解ったのなら、狙ってくるのは自分だと彼は分かっていた。

迫る強烈な一撃は、ソードスキルとして放たれる。くるりと半円を描いて動くソードスキル。同じモーションだというのに、上下ランダムに発動するという不意討ちの剣技———名は《幻月》。

当然それは素早く、そして的確に襲い狂う一撃だ。どれだけ見慣れていようと防げるかは五分五分。加えて、アーカーはこの剣技だけは知らなかった。彼がベータテストに参加できたのは途中まで、最終日辺りは全く参加できなかった。そのため、この剣技だけは初見だった。描かれた半円が僅かに上へと怪しげな動きを見せる。

 

 

 

(上か……? いや———違う!)

 

 

 

 これは不意討ちだ。即座にそれを発動と同時に見抜いたアーカーは、わざとらしさを僅かに感じた動きから、瞬時に下から来ると判断を下す。直後、想定通りに襲い狂う下からの一撃。

 

 

 

「笑わ———せんなぁッ!」

 

 

 

 ———システム外スキル、《超反応(リアクト)》。

 

 

 

 限界まで集中し続けた結果、ソードスキルによる不意討ちにすら、彼は対応して見せた。

迎撃とばかりに見舞った《ホリゾンタル》が、《幻月》を迎え撃ち、野太刀を真上に弾き返し、ガラ空きになった胴体に、後方から突進するように現れた新たな攻撃者。彼が振るう巨大な武器は緑色の光芒を引きながら重い一撃を見舞う。両手斧系ソードスキル《ワールウインド》。その手痛い反撃を受けて、コボルド王は後方にノックバック。そこへ他のB隊のメンバーや、キリト達三人が《旋車》が発動するかしないかギリギリの囲みで攻め立てていく。

 

 その間に、僅かに割って入った人物の顔をアーカーは見た。褐色の肌と魁偉な容貌を持つ男性———確かB隊リーダーのエギルだったか。彼は技後硬直に見舞われていたが、こちらを肩越しに見て、にやりと笑うと一言だけ告げる。

 

「あんた、気がついてないと思うが、HPが危険域ギリギリしかない。今のうちにPOT飲んで回復していてくれ。それまで、俺たちが支える。ダメージディーラーにいつまでも(タンク)やられちゃ、立場ないからな」

 

「…………本当だ。全く気がついてなかったな」

 

 アーカーは自分のHPゲージを一瞥して、漸く気がついた。無茶と紙一重な動きと、今の迎撃。そして、ディアベルを助けようとした時に負っていたと思われる損傷でHPはギリギリ危険域に達しない程度しかなかった。なるほど、一撃でも受けていたら死んでいたことだろう。

 

 参ったなと空笑いを溢し、大人しくPOTを飲むことにする。第一層で買える回復ポーションは総じて不味い。その不味さが、微かに熱を帯びていた感情を再び凍てつかせる。時間継続回復(ヒール・オーバー・タイム)。一瞬で回復するのではなく、少しずつ回復するポーション系のアイテムの最大の弱点に溜息を吐きながらも、冷静に現状を把握し続ける。いつの間にかキリトとアスナ、ユウキの三人もPOTローテをしている。

 

 恐らく、B隊全員で時間稼ぎを行うことを伝えられ、その間に少しでもHPを回復しておこうとしたのだろう。事実、B隊は恐ろしく硬い。防御力もHP量も高いが、故に壁役だ。キリトの的確な指示が彼らの硬さを最大限引き出しているのが分かった。

どうやら彼はカタナスキルに覚えがあるらしい。今度聞いておこうか、と考えかけたところで、そばにユウキが寄ってきていることに気がついた。

 

「ソラ、また無茶してたね」

 

「……まあな。なあ、ユウキ。あのゴミのHPあとどれくらいだ?」

 

「残り三割ほどかな。ボク達のソードスキル総動員すれば、確実に削り切れるはずだよ」

 

「オーケー。それならやることは簡単だな」

 

 会話を済ませているうちに、HPが六割ほどにまで回復していた。ここからコボルド王の前に躍り出る頃には七割だ。安全域入りたてぐらいだが、それでも充分な量だ。

 片手剣を握り直し、立ち上がる。ユウキも同様に立ち上がり、その奥でキリトとアスナが立ち上がったのを確認した。

 

「行くぞ、ユウキ。ラストスパートだ。あのゴミ———殺しに行くぞ」

 

「……うんっ!」

 

 アーカーの言葉遣いに、やはり何か不安を隠せないのか、ユウキの返事に元気良さはない。それでも、彼女は自分に出来ることはやろうと覚悟を決めて、アーカーと共に馳せ参じる。

 

「———エギル、その場でしゃがめ!」

 

「おう!」

 

 彼らが馳せ参じる直前、エギル達の動きを囲みと判断したのか、コボルド王は宙へと躍り出た。身体をゼンマイのようにぎりぎりと捻り、《旋車》は準備される。それを防御しようと構えていたエギルの肩に、アーカーとユウキは同時に飛び乗り、踏み台とし、即座にソードスキルを発動。発動したのは、片手剣突進技《ソニックリープ》。《レイジスパイク》よりも射程は短いが、軌道を上空へと押し上げる。

 

 二人の剣が、鮮やかな黄緑色に包まれる。行く手には、ジャンプの頂点に達したコボルド王の野太刀が深紅の輝きを生もうとしている。

 

「「させ———る(もん)かぁッ!」」

 

 失敗すれば、恐らく二人はディアベル達のようになるだろう。恐怖はあったはずだ。だけど、そんなものは————

 

 

 

(ユウキが一緒なら———)

 

 

 

(ソラが一緒なら———)

 

 

 

((恐れる必要なんて————ないッ!))

 

 

 

 限界まで伸ばされた互いの腕から、アニールブレードの切っ先が空中で長いアーチを描きながら走り、《旋車》発動直前のコボルド王の両腰を捉えた。

 

 ざしゅうっ!という重く鋭い斬撃音。クリティカルヒット特有の激しいライトエフェクトが宙を彩り、二人の強烈な一撃により、コボルド王の巨体は空中でぐらりと傾き、ソーダスキルを停止したまま、床へと叩きつけられた。

 

「ぐるうっ!」

 

 喚き、立ち上がろうと手足をばたつかせるコボルド王。人型モンスター特有のバッドステータス《転倒(タンブル)》状態———絶好のチャンスが訪れた。その上に、空中で態勢を取り戻した二人が容赦なく剣を突き刺した。

 

「全員———全力攻撃(フルアタック)ッ!! 囲んでいい!!」

 

「ソードスキルを惜しむなッ!!ここで殺し切るぞ!!」

 

 キリトとアーカーの指示により、全員がソードスキルを発動させる。すぐさまコボルド王から離れる二人。特にB隊全員は奴にガードばかりさせられ続けたせいか、鬱憤を爆発させる勢いで強烈な剣技を見舞う。その場に残っていたなら巻き添いで殺されるだろう威力だ。色とりどりの光に包まれた斧、メイス、ハンマー達が、巨体に轟然と降り注ぐ。爆発めいた光と音が炸裂し、コボルド王のHPが勢いよく削られていく。続けて起き上がるまでにもう一撃見舞おうと彼らが揃って予備動作へと入る。その一撃で果たして残量———残り一割を削り切れるか。これで自由に動ける、且つ残る攻撃チャンスを持つのは、アーカーとユウキ、キリトとアスナ。

 

「ウグルオオオオオッ!!!!」

 

 絶叫を上げ、コボルド王が立ち上がろうとする。そこへ叩きつけられる六人の武器、そのライトエフェクトの渦がボスを飲み込む。

 

 ———しかし、足りない。その光が薄れるよりも早く、コボルド王は立ち上がった。HPはほんの僅か。赤々と輝いた残量が、B隊総動員の火力が僅かに足りなかったことを実感させていく。エギル達は発動後の硬直を課せられ動けない。このままいくとディアベル達の二の舞だ。対して、立ち上がったコボルド王は、今にも垂直ジャンプのモーションへ入ろうとしている。

 

「ユウキ!」

 

「任せて!」

 

 アーカーの意図を理解したように、二人の攻撃は真っ直ぐボスの両脚へと向かい、ソードスキルを使わず、そのまま突き刺した。床にすら到達したかという感触が手に伝う。突然両脚を貫かれ、串刺しにされたことで驚愕するコボルド王。それでも無理矢理跳躍しようとする。二人がいくらレベルが高くとも、STR特化ではないため、押さえ切ることは不可能。精々少し遅らせる程度だ———そう、それで良い。トドメを刺すのは、俺達ではないのだから。

 

「やあああっ!!」

 

 アスナが放った、強烈な《リニアー》がコボルド王の左脇腹を穿つ。やや心臓に近い辺りを穿ったのか、僅かに動きが鈍る。

 

 

 

 そして————

 

 

 

「行っ……けぇぇぇぇッ!!!」

 

 キリトの大絶叫と共に放たれたのは、彼が奥の手として残しておいたソードスキル。V字の軌跡を描きながら切り裂く二連撃。《バーチカル・アーク》。それが今まさに跳躍しようとしていたコボルド王の右肩口からお腹へ、お腹から左肩口へと抜けた。途中で心臓を切り裂いたこともあり、クリティカルヒットの大音響を鳴らす。表示されたコボルド王のHPゲージは一ドット残らず食い尽くされ、ゼロになった。

 

 後方へ力なく倒れるように、その途中で天へと向かって断末魔を上げると、びしっと音を立てて無数のヒビが広がる。両手が緩み、野太刀が床へと転がった。

 そうして————

 

 

 

 

 

 アインクラッド第一層フロアボス、《イルファング・ザ・コボルドロード》は、その身体を幾千幾万のガラス片へと変えて盛大に四散させたのだった————

 

 

 

 

 

「……ああ……やった……ぞ、ディア……ベル…………。……ユウキ……流石に………ちょっと、疲れ……た……なぁ…………」

 

 

 

 激戦により刃毀れした愛剣を鞘に納めた直後、アーカーはゆっくりと後ろ向きに倒れる。目の前で救いなかった仲間と、そばで戦ってくれた幼馴染の名前を呟いて————少しの間、彼は自らの意識を昏い闇の中へと沈めた。

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

「…………ぁ……………」

 

 か細く弱々しい声。それが再び目覚めたアーカーが最初にあげた声だった。あまりにも弱々しいせいか、誰にも気がつかれることはなかったのだろうか。誰もこっちを見る様子はない。ただ一人気がついたのは———

 

「…………ぁ……………」

 

 どういうわけか、アーカーを膝枕して看病していたらしいユウキだった。今にも零れ落ちそうな程に目尻に溜め込んだ涙が、少しずつ零れ落ちていく。言葉が喉に引っかかったのか、何も言えなかったようだが、すぐさまアーカーを起こして、ぎゅっと抱き締める。

 

「………よかったぁ………ソラが……グスッ……目を覚ましてくれたぁ…………もう……目を覚まさないかと……グスッ……思ったぁ…………」

 

 泣き噦るユウキ。その姿に懐かしさを覚えながら、アーカーは彼女を落ち着かせるように優しく声をかけた。

 

「………悪い、心配かけたな…………」

 

 その言葉には、先程までの奇妙な優しさはなく、彼がユウキにだけ向ける特別な優しさだった。これまで何度も彼女を慰め、落ち着かせ、包んできた———その優しい想いが籠っていた。

 

「……ユウキ、俺どれくらい意識失ってた?」

 

「……グスッ、五分……くらいかな…………」

 

「そうか………キリト達は?」

 

 見渡してすぐに気がついていた。彼らの姿がない。一体どういうことだ、どうしてなのだろうか。疑問が湧き、それを訊ねる。

 すると、ユウキはそっと呟いた。

 

「……あの後、ディアベルさんが死んじゃったことで、キリトがカタナスキルのことを伝えてなかったから死んだんだ、なんて言い出した人がいて、ベーターテスターみんなが憎悪を向けられそうになって、キリトが———自分から《贖罪の羊(スケープゴート)》になっちゃったんだ…………」

 

「……あのバカ…………一人で無茶しやがって…………」

 

 そういうも、すぐさま胸板をポコポコと殴り始めたユウキの目元が真っ赤になっていたことで、自分も同じだということに気がついて謝罪する。確かにあれは自分自身でも無茶をしすぎたと思っている。不思議と()()()()()()()()()()せいか、今の今まで気がつかなかった。そばで見ていたユウキには不安で仕方がなかったはずだ。

 

「……ごめんな、ユウキ。また心配かけたな」

 

「……ホントだよ…………ソラはいつも無茶するから、こっちの身が持たないよ…………」

 

 優しくユウキの頭を撫で、ちゃんと生きている実感と共に彼女を慰める。男は無茶をするもの、なんてよく言うが、無茶の代償がこれなら無茶なんてしない方がいい。こんなに心配してくれているんだ。少しぐらい安心させてやるべきだったのだ。安心できるよう、ぎゅっと抱き締め返す。少しずつ落ち着いてきたのか、震えた声音はいつもの元気良さを少しずつ帯び始め、次に声を出す頃には元の元気良さが戻っていた。

 

「ねえ、ソラ」

 

「ん?」

 

「キリトがね、ソラに言い残してたことがあったんだ」

 

「なんて言ってたんだ?」

 

「えーっとね、今度またゆっくり話そうって」

 

「……オーケー、俺もあのバカに言わなきゃならないことが一つできたしな」

 

 そう言うと、ゆっくりとアーカーは立ち上がった。続けてユウキも立ち上がると、二人に駆け寄る人物がいた。

 

 まずは、見た目からして真っ先に分かりやすいエギルだった。

 

「コングラッチュレーション。あんたのお蔭で俺達は全滅しないで済んだ。だけど、無茶し過ぎな所は直しておいた方が良いな」

 

「忠告ありがたく受け取っておくよ。こちらこそ、お蔭で助かったよ。B隊のみんながいなかったら、俺達は回復する余裕すらなかったからな」

 

 そう言うと、お互い握手を交わし、これからも縁があると思い、互いにフレンド登録を済ませる。ユウキもそこに飛び込み、エギルとフレンド登録を済ませると満足げに笑った。

 

「おい、ソラ」

 

「ん? どうしたエギル?」

 

「ユウキは確実にモテるぞ。好きなら手放すなよ」

 

「オーケー、忠告すごくありがたいんだが、一発殴らせてもらってもいいか、エギル」

 

「二人ともどうかしたのー?」

 

「「いや、なんでもない」」

 

 小首傾げるユウキに、エギルは再度頑張れよとだけ呟くとその場を後にする。彼が後にした後、続けて二人に近づいたのはC隊のメンバー。ディアベル以外の全員だった。ユウキの顔が不機嫌そうになるのを見て、彼らがキリトを追い詰めた原因だと悟る。警戒し、彼らが告げてくる言葉に対してのカウンターをいくつか考えた上で待ち構える。

 

「……ディアベルさんを、最後まで助けようとしてくれてありがとう。お前もベータテスターだが、確実に他の奴らとは違うとハッキリ分かった。……言いたかったのは、それだけだ」

 

 C隊でディアベルと親交がもっともあったと思われる男が、頭を下げて礼だけを告げると、その場を静かに去っていった。てっきり責められると思っていたアーカーは、その場で固まったが、すぐさま彼らに向けて叫ぶ。

 

「俺は———彼を救えなかった。だから、礼は言わないでくれ……」

 

 苦しそうに、辛そうに、悲しそうに———アーカーはそれだけを告げると、ユウキの手を握り、その場を立ち去った。向かう先は第二層。このまま主街区に向かおうとしていた。

 

「なあ、ユウキ」

 

「……うん、言いたいこと分かってるよ」

 

「……そうか」

 

 俺は———誰かを救うことすら出来ないのかな。

 飛び出しかけたのは、そんな言葉。でも、この言葉をユウキにだけは言うべきではない。その言葉は、アーカーが救ってみせたユウキに対しても侮辱になる。救われた彼女がツライ思いをするからだ。

 

 だから、ユウキはその言葉を言わせなかった。それが、彼のためにもなると信じて———

 

「———さて、それじゃ、頑張って主街区まで行こ? キリトとアスナが先に行ってるから、今ならきっと間に合うよ」

 

「ああ、そうだな。さっさと追い付いて文句の一つでも言ってやるか!」

 

 

 

 しっかりとお互いの手を握り締めて、二人は再び歩き出す。次なる戦場はすぐそこだ。まずは一人苦しい道に進んだバカに文句でも言ってやろうと誓って—————

 

 

 

 

 

 遺志を託して逝く者へ 後篇 —完—

 

 

 

 

 





次なる舞台は第二層。

もちろん二人の敵はフロアボス——ではなく、ただの巨大な岩。

壊すまでは取れないラクガキ。果たして二人の運命はいかに———!

次回 その拳に想いを乗せて



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