ソードアート・オンライン —Raison d’être— 作:天狼レイン
今回は本作において重要な話の一つです。過去回とかそういう意味ではなくですが
「———らァッ!」
「やぁぁぁぁっ!」
「ブルモオオオォォォォ…………」
高らかに天へ向かうかのように断末魔を吠え、超巨大雌牛は無数のポリゴン欠片となって散る。今しがた倒したのは《トレンブリング・カウ》という名前がついた、ちょっとした小ボスだ。小ボスと呼ばれるほど、中々に強く、四十分弱ほど前に第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》と戦った二人には中々に堪えるものがあった。普段なら気楽に倒せていたかもしれないが、そろそろ激戦に晒された《アニールブレード》の耐久値が心配だったのもあり、思っていたより時間がかかってしまった。
「…………ふぅ。流石に疲れたな。主街区の《ウルバス》はこの少し先か。ユウキ、HPと武器の耐久値は大丈夫か?」
「うん、まだ少しくらい行けるよ———って言いたかったんだけど、流石に疲れちゃった」
「了解。それじゃ、《ウルバス》に駆け込むか」
「りょーかい!」
二人が揃ってクラウチングスタートの姿勢を取る。そこから、恐らく現状トップクラスの敏捷度、AGIから繰り出される蹴りが、地面に炸裂。とてつもない速度でフィールドを横断する。幸い周囲には他のプレイヤーはいなかったが、見ていたらきっと度肝を抜かれてくれたことだろう。
「すっごーい! 全力疾走ってこんなに速いんだねー、ソラ!」
「分かってると思うが、これかなり危険な状態だから、躓いた拍子に舌噛むなよ?」
「むー、分かってるってばー」
「よし、見えてきたな———って思ったらモンスター集まってないか?」
「確かにすごく集まってるね。どうしてだろ———って、あー!!!」
全力疾走しながら会話していると、大量のモンスターの奥に見覚えるのある黒髪の少年がいた。記憶にある姿よりも、より黒尽くめになっているが、先に第二層に突入したプレイヤーはユウキが知る限り一人しかいない。
そして、その話を聞いたアーカーも、こんな無茶を開幕仕出かす奴など一人しか覚えがない。
二人は共に頷き、次に起こす行動を統一。同時にソーダスキルを発動し、一斉に突撃する選択を取る。片手剣突進技ソードスキルの一つ、《レイジスパイク》。コボルド王を床に叩きつけた《ソニックリープ》より射程が長い。
想像以上の加速と助走をつけているせいで、まともに当てられるか心配だったが、それ以上に心配だったのはブレーキだ。恐らく静止距離はかなりのものになるだろう。
それなら、衝撃を全部モンスターに叩きつけてやればいいと考えた訳だが、かなり酷い考えだと後でアスナに怒られそうな気がしなくもなかった。
そうして瞬くライトエフェクトと共に、それこそ《トレンブリング・カウ》が猛突進してきたかのような衝撃を撒き散らしながら、二人はモンスターの大群へと突撃。ソードスキルも相まって、《ブルバス・バウ》よりも一回り小さい牛達が揃って宙を舞い、無数のポリゴンの欠片となって爆散していった。突然のことに、牛もそうだろうが、それらを相手していたプレイヤーも、困惑と驚愕に彩られた絶妙な表情をしたまま固まっていた。
「悪いな、横から大量に虐殺して」
「さっきぶりだねー、キリトー!」
土煙の中から聞き覚えのある声と見覚えのある容姿が映り、キリトは頭を抱えながら、返事をする。
「何やってるんだ、二人とも……」
「それはお互い様だ。あの激戦の後に一人で
「うんうん、無茶はダメだよー、キリト。ボクにはソラの次に無茶してるように見えるよ」
「なんだろう、少し安心した……」
「おいこらキリト。何にどう安心したのか、白状してもらおうか?」
軽口をいくつか叩き合う二人。それから少しして安心したように、キリトが手を差し出す。それは再会を喜ぶ握手だと判断し、素直に応じる。
「気絶した時はどうなるかと思ったが、無事で何よりだ」
「お前も、自分から《
「そうだろうな。《幻月》を予測して弾き返す時点で、弱いわけがないしな。初見だったんじゃないのか?」
「ん? まあな。ほんの少しわざとらしい動きしてたもんだから、不意討ちだって気付いただけだ、あんなの」
「ソラは昔からすごく細かいことにも気がつくからねー」
「おいこらユウキ。それだと俺が神経質な奴みたいに思われるだろうが」
談笑。お互いの苦労や色々を話しながら、三人はすぐそこにあった南のゲートから《ウルバス》へと足を踏み入れる。視界に【INNER AREA】の表示が浮かび、スローテンポな街区BGMが耳に届いた。この音を鳴らす楽器はオーボエだろうか。楽器のことを詳しく知らないため、大凡の検討しかつかないが。通りを行き交うNPCの服装も微妙に意匠が変わっているところから、『新しい層に来た』という実感が強まる。門から十メートルほど進んで、周りを見渡すが、同然三人以外に他のプレイヤーが一人でもいるはずはなかった。
「なあ、キリト。有効化する前に、武器をメンテしておかないか?」
「ん? ああ、そうだな。流石にフロアボスとの戦闘の影響で耐久値が心配だったからな」
「有効化しないの?」
「有効化すると、第一層の転移門で待ち構えている奴らがいるだろ? アイツらが駆け込んで来たら、鍛冶屋でゆっくりメンテする時間取れないと思ったんだよ」
「なるほど、そういうことなんだ。てっきりボクは二人が有効化しないまま、黙々と狩りをするのかなって思ってたから……」
「いや、それかなり後で面倒なことになるからなぁ……」
「ああ、確実に面倒なことになるな……」
かつて一度だけベータテストの頃に、先に有効化しに次層に突入したプレイヤーが一向に有効化せず、独占状態に陥った現状を二人は知っている。結論から言うと、そのプレイヤーはたっぷり干されたのだが、今ももしかするといるかもしれない。デスゲームと化した今、信頼は大事なものだ。約一名その信頼を第一層から捨てかかっている奴がいるが、恨まれすぎるのも大変だろう。そういう意味でも二人は最低限の優位性である、メンテ時間だけ取って有効化しようと考えたのだ。
ベータテストの頃にお世話になった第二層のNPC鍛冶屋の元へと迷いなく向かうと、見覚えのある男性が店の奥におり、三人に気がつくと入り口までやってきた。
「よお。何か武器が欲しいのか?」
「いや、武器のメンテを頼みたいんだ」
キリトを筆頭に、アーカーもユウキもそれぞれの《アニールブレード》を取り出して手渡す。それを受け取ると、鍛冶屋の男性は「ちょっと待ってな」とだけ言うと、慣れた手つきで武器を研いだり、整えたりを繰り返していく。三人分の武器がメンテし終わるまで、数分かかったが、それでも焦らずにいられるのは三人しかいないからだ。男性からそれぞれの《アニールブレード》を受け取ると、それを装備し、メンテ代金のコルを払い、気持ち的に礼を告げてその場を後にする。
「さて、あとは有効化だけだな」
「ああ。二人はそこの影で待っててくれないか?」
「え、どうして?」
「有効化するとそいつらを褒めようとするプレイヤーがいるんだが、生憎そういうのは望んでないし、俺のそばに二人がいたら、二人にも変な疑惑がかかる可能性が高い。二人は気にしないかもしれないが、俺個人の気持ち的に、さ」
我儘にも聞こえるだろう?と言うキリトに、彼なりの思い遣りだと判断して、ユウキと共にその場に残る。幸いここは転移門の様子を一方的に見れる。キリトがやろうとしていることも把握できるから、彼が何処に移動したかも分かる。何か彼が見つけて姿を晦ましても大丈夫だろう。そう思い、取り敢えずユウキに理由を耳元で告げてやる。
そうすると納得してくれたのか、彼女は共に大人しく待つことにした。
一方、キリトは転移門に歩み寄ると、ごく薄い水の膜のような透明なベールにゆっくりと右手を伸ばし触れると、すぐさま身を翻した。アーカーとユウキがいる方向ではなく、どうやら別の建物の中に飛び込んでいくが、その様子は二人がキチンと確認していたため、互いの位置は把握できていた。
直後、転移門が何度も瞬き、雪崩れ込むように待ち構えていたプレイヤーが突入・出現した。どうやら拍手する準備もしていたようだが、誰も見つからないことに気がつき、首を傾げている。アーカーもその立場だったなら首を傾げていたことだろう。
そろそろキリトと再合流するかと考え、彼の居場所である教会の方へと向かおうとしたところ、再び転移門が瞬く。出現したのは一人の女性プレイヤーだ。ところが、その女性プレイヤーは脚を止めることなく、猛ダッシュで西の通りへと駆け込んでいった。急ぎの用でもあったのかと思ったが、続くように出現した二人の男性プレイヤーが、女性プレイヤーの後を追いかけていくのが目に見えた。異様な光景だが、二人は女性プレイヤーの髪色に見覚えがあった。下層にいる金褐色の巻き毛と言えば、彼女しかいない。そう、《鼠のアルゴ》だ。
「さっきのアルゴさんだよね? どうしたんだろう?」
「気になるな。追っかけてみるか? どうやらアイツも気になったらしいし」
直後、二人の上を一人のプレイヤーが飛び越えた。言うまでもなく、それはキリトだ。彼も追いかけるということは何かしら問題でもあったのだろう。そう思い、二人も敏捷力に物を言わせ、《ウルバス》の街を駆け回る。キリトよりもAGIが高い二人は、屋根を飛び越える彼を見失わない程度の距離で追いかけることに成功した。念のため、保険に《索敵》スキルの派生機能である《追跡》を起動し、フレンド登録をしてあるキリトを指定しておく。レベルがまだ低いせいで色々と制限があるが、これで一分前の彼の足跡が終えるはずだ。
「それにしてもアルゴを追い掛けられるレベルのプレイヤーが二人もいたのか。驚いたな」
「アルゴさん大丈夫かな……」
「いざとなったら、デュエル持ちかけて追い払うくらいはしてやるか———先に理由を盗み聞いてから」
「それ犯罪じゃないかな……」
「知ってるか、ユウキ。盗聴は合法なんだよ」
「え″」
アーカーの衝撃的な一言を耳にしながら、ユウキは思考停止しそうになるも、キリトの行く先を追いかけることを優先する。
ひたすら追いかけること数分、キリトの足取りはウルバス西平原へと向かっていた。そこは先程までと違い《圏外》だ。そこまでして逃げる理由が、アルゴにはあったのだろう。それから少しして、キリトの足取りが止まったことから、近くにいるのだと分かり、周りを見渡してみる。
すると、近くに岩壁があるのを見つけ、そこに《追跡》スキルを発動すると、どうやら彼はここをよじ登ったようだ。面倒臭そうに溜息を吐きながら、アーカーはハンドサインでユウキに知らせると、ゆっくりと登っていく。途中ですごく興味を唆られる話が聞こえたような気がするが、今は集中して登ることを選ぶ。
「……やっぱりそこか」
「キリトいた?」
「ああ、静かにな」
小声で伝えると、テラス状の狭い平面に四つん這いで進む。
「何やってんだお前……」
「アーカー!? お前なんでここに……」
「ボクもいるよ」
「……はぁ。どうやらアイツらがアルゴから情報を無理矢理聞き出そうとしているらしい。アルゴ自身は何か理由があるみたいだが」
キリトから小声で詳細を簡単に聞くと、真下で行われている話に耳を傾ける。
「今日という今日は、絶対に引き下がらないでござる!」
………………ござる?
突然のことにアーカーとユウキは目を丸くして首を傾げる。よくよく見れば、見た目も忍者……だと思われる何かだ。ロールプレイ———RPと呼ばれる行為をやっているのだろうと思うが、まさかデスゲームになってもしている者がいるとは思わなかった。
さしものアーカーも、ユウキも、揃って困惑しているが、続く言葉には耳を傾けていた。
「あのエクストラスキルは、拙者達が完成するために絶対必要なのでござる!」
———エクストラスキル!?
その名前を聞いた途端、アーカーは当然、ユウキも驚愕する。《エクストラスキル》とは簡単に言うと《隠しスキル》。通常では手に入らず、一定条件などを満たすことで出現するもので、基本殆どが高性能なものだと言われている。第一層フロアボスだったコボルド王の《カタナ》も恐らくその《エクストラスキル》に分類するのではないかとアーカーは考えていたが、まさかこんな早い段階にあるとは思っていなかった。
ユウキの場合は、単純にレアスキルとアーカーに教わっていたため、興味津々な様子で会話を聞いていた。盗み聞きはダメ、なんて言っていたのは何処の誰だったか。
「わっかんない奴らだナー! 何と言われようと
口調が影響されかかっていたが、アルゴは頑なに拒否する。情報なら基本なんでも売る彼女が、頑なに拒否すると言うことは、かなりの理由があるに違いない。それを分かっていないのか、あの二人はしつこく聞こうとする。正直見ていられなくなりそうだ。
すると、キリトが飛び降りる準備を始めたため、アーカーもまたユウキと共に飛び降り、会話を断ち切る方針に入る。
受け身を取るキリトに対し、こちらはAGIが足りているので素直に着地。二人の間に割って入る。
「———何者でござる!?」
「他藩の
「アルゴの友人だ」
同時に叫ぶござる男達に、アーカーは冷静に答える。その流れで彼らの格好を再確認するが、何処かで見たことがある。少なくともベータテストの時に何度か…………
「えーと、えーっと……あんたら確か、ふ、ふー……フード、じゃなくてフーガ、でもなくて……」
「フウマでござる!!」
「ギルド《風魔忍軍》のコタローとイスケとは拙者達のことでござる!!」
「そう、それ!」
何やらキリトが思い出したらしい。その名前を聞いて、アーカーもまた思い出すことができたが、ロクな奴らじゃないことも思い出していた。
「あー、あのAGI極振りして戦場を好き放題駆け回った挙句、危なくなると、近くのパーティーにモンスターのタゲ押し付ける、タチの悪い奴らか。今も同じことしてたら、容赦なく《牢獄》送っていい奴らだからな、気をつけろよ、ユウキ」
「はーい」
「何をとんでもなく怖いことを言ってるのでござるか!?」
「ん? もしかして今も同じことやってるのか?」
「流石にやってないでござるよ!?」
大慌てで弁解する忍者擬きに、溜息を吐きながらアーカーはユウキだけでなく、キリトにも合図を送る。
「今ここで引いてくれたら何もしない。殆どの情報を売り物にする《鼠のアルゴ》が情報を売らない、という意味が分からないほど、お前らは頭が悪い訳ないよな?」
背中に吊った《アニールブレード+6》の柄に指を走らせながら、最後通牒。ユウキもキリトも同様の対応を取り、しっかりと威嚇する。そもそもAGI極振りが強いのは、差が開くことが前提だ。
しかし、まだここは第二層。先程まで第一層であったことから、レベル差は早々開きにくい。彼らがどれだけ頑張ってレベリングを熟していたかは知らないが、持っている武器からもこちらの方が優勢。加えて数でも勝っている。この状況が本当に分からない馬鹿のはずはないだろう…………と思っているが、果たして———
「「おのれ、貴様達伊賀者かッ!!」」
「「「は!?」」」
あまりにもよくわからない返答に、流石のアーカーも……どころか、ユウキとキリトまで困惑する。加えて、まさか物量でも負けているのに武器を抜こうとしているのだから、本当に馬鹿なのかコイツらと思わざるを得なかった。さて、どうしたものかと考えたところで、キリトが何かに気がついたように声をあげた。その意味にアーカーも、ユウキも気がついた。
「なあ、あんたら後ろ」
「「その手は喰わないでござる!」」」
「えーっと……何の手でもないから、後ろ見た方がいいと思うよ?」
ユウキが苦笑いをしながら丁寧に教えると、漸く疑り深い彼らも振り返ることにしたらしい。揃って顔を背後に向けて———ぴょーんと軽く飛び上がった。何故なら、眼と鼻の先に、いつの間にか新たなる闖入者———いや、闖入牛がいたからだ。
ウルバスに訪れる前にアーカーとユウキが戦った《トレンブリング・カウ》の番だと思われる雄牛《トレンブリング・オックス》。肩までの高さが二メートル半に達する、巨大な牛だ。見た目からわかるタフさと攻撃力もさることながら、厄介なのはターゲットされると恐ろしく長い時間及び長い距離逃げるしかないという面倒な特徴があるからだ。戦って勝てるならターゲットは切れるだろう。ただし、他のことには集中できなくなるのはいうまでもない。
「ブモオォォ———————ッ!!」
「「ごっ……ござるううぅぅッ!!」」
さしものしつこい忍者でも、どうやらさらにしつこい雄牛には逃げるしかなかったらしく、全力疾走で逃走開始。そんな彼らを雄牛は当然追いかける。恐らくここからなら、主街区に飛び込むまで続くだろうチキンレースは、確実にアルゴが彼らから逃げ切るには余りある余裕があった。これで彼女はしっかり逃げられるだろう。
漸く安心できるなと考えた直後、キリトの身体が少しぐらついた。疲れだろうかと思ったが、背後に誰かが抱きついていることに気がついた。恐らくアルゴだろう。最初に彼女の異変に気がついたのは、アイツだ。そういう意味では感謝されて然るべきだろう。
そんなことを考えていると、同じように背後から抱き締められた。アルゴが同じようにやってきたのだろうかと思って、視線だけ動かすと、すごく見覚えのあるアホ毛が映った。誰かすぐに分かった。
「何やってるんですかねー、ユウキさん?」
「久しぶりにやってみたくなったんだー」
「あーうんそっか。別に文句はないんだけどな? お前今それ誰の前でやってるのか、分かってる?」
「え、前じゃなくてソラの後ろでしょ?」
「違うそうじゃない。お前ここにいるのが俺達二人だけだと思ってるのかって言ってるんだが」
「…………あっ!」
「ユーちゃんはアー坊が好き、っと。にひひ、良い情報が手に入ったナ」
「ほらな?」
「え、ちょっと、ま、待って! 待ってアルゴさん! 今のはそういう訳じゃなくて! ボク、そんなつもりなくて!ホントに違うんだってば——!!」
いつの間にか平常運転に戻っていたアルゴに、色々アインクラッド内を賑わせそうなネタを掴まれ慌てふためくユウキに、忠告したのになーと思いながらアーカーは、二人がキリトの周りをグルグルと回る様子をのんびり見ることにしたのだった—————
「……あの、俺が動けないんだが…………」
約一名の自由を奪って————
———*———*———
結論から言うと、先程のユウキの行動は無かったことになった。さっき助けた礼を情報を他言無用にするということで話がついたらしい。美味しいネタを売れなくなって、ちょっと落ち込んでいるアルゴだが、それでエクストラスキルの話がなかったことにはならない。助けたこともそうだが、第二層を解放する大きな要因になったアーカーと、ベータテスターをまるごと結果的に救ったキリト、そして個人的な美味しいネタ———どんなものかは知らない———を提供したことがあるらしいユウキに、その情報を伏せる訳にはいかなかった。本人も恨まないのなら教えると言っているのだから、三人とも素直に条件に応じることにした。
応じた三人は、アルゴに連れられ、広大な二層に林立するテーブルマウンテンの岩壁をよじ登り、小さな洞窟に潜り込み、ウォータースライダーじみた地下水流を滑る。すでに体験していたアルゴはともかく、キリトとアーカーは少々速さに叫んだが、ユウキはどうやら楽しかったらしく、大歓声をあげて滑っていた。
そうして、道中には戦闘も三度ほどあったが、フロアボス攻略に参加した三人の実力は当然余裕で出てきたモンスターを倒せるものであったため、アルゴが戦闘に参加することはなく、流れ作業のように進んでいった。そんな移動を三十分ほど続けると、目的地に着いた。
目的地の地点は、二層の東の端。ひときわ高く聳える岩山の頂点にある、周囲をぐるりと岩壁に囲まれた小空間。その泉と一本の樹、そして———小さな小屋が一つ建っていた。
どうやらこんな辺境にあるらしい。流石に気がつく訳ないなと思いながら、先頭を進むアルゴについていく三人。
扉を開けると、そこにいたのは筋骨隆々の初老の男性。頭はつるつるのスキンヘッドで、口周りには豊かなヒゲを蓄えている。いかにも師範代と言った風貌だった。
「アイツが、エクストラスキル《体術》をくれるNPCダヨ。オイラの提供する情報はここまで。クエを受けるかどうかは好きに決めるんダナ」
「《体術》か。なるほどな、それでアイツら欲しがってたのか」
一人納得するアーカーに、ユウキが小首を傾げるが、またあとで伝えることにする。今は受けるか受けないかを決めるべきだ。
まずここまで来るのに時間がかかること。
次に《体術》スキルの利点。
最後にそれを加えた今後の戦闘スタイルの安定性。
それらをよく考えた上で、アーカーは決めた。
「俺は受けるかな。実際前回のコボルド王の側頭部に拳の一発でも入れてやれなかったことが心底残念に思ってたからな」
「うん、ボクも受けようかな。片手剣なら、常に片手が空いてるから使い勝手良さそうだなーって」
「……まあ、二人が受けるのに俺だけ受けないってのもな。それにせっかくアルゴが教えてくれたんだ。有り難く習得させてもらうよ」
各々が覚悟を決め、師範代の男性に近づく。振り返った彼は、こちらを見ると言った。
「入門希望者か?」
三人が返事をそれぞれ返す。
「修行の道は長く険しいぞ?」
ありきたりのセリフだが、三人は引くことなく答える。
すると、クエストが開始し、師匠が三人を連れて行ったのは、小屋の外。岩壁に囲まれた庭の端にある巨大な岩が三つ並ぶ前だった。高さ二メートル、差し渡し一メートル半はあろうそれをぽんと叩くと、左手であごひげを扱きながら言った。
「汝らの修行はたった一つ。両の拳のみで、この岩を割るのだ。為し遂げれば、汝らに我が技の全てを授けよう。一人につき、一つ岩が用意してある。己が割るべき岩にのみ、意味がある」
要するに同じ岩に三人が攻撃することを許さない、ということだろう。これは当然だから別に分かってはいたが、ここでキリトが何かに気がついたらしい。素早く巨大な岩を叩く。これは感触で硬さをある程度測る技術なのだが、彼の手に伝わったのは顔が真っ青になるレベルの事実らしい。
「アーカー、ユウキ。この岩、《
「あーやっぱり?」
「ね、ねえ、ソラ。それって壊せる……よね?」
「一応壊せるな。軽く地獄だけど」
すぐさまキリトがクエストキャンセルをしようと師匠に向き直る。すると、彼は何やら懐から左手に小型のツボ、右手に太く立派な筆を持った。
「この岩を割るまで、山を下りることは許さん。汝らには、その証を立ててもらうぞ」
などと言いながら、全力で逃げようとしたキリトの顔に素早く何かかを書き込み、続けてユウキ———そして、アーカーと書き込んだ。ある程度予想がついていた彼は諦めを覚えてジッとしていたが、終わった後で念のため顔を擦ってみる。手には何もつかない。なるほど、超速乾性か———ふざけんじゃねぇ。
果たしてどんな顔になったのやらと思いながら、一先ずユウキの方を振り返ると
「「………………」」
同じことを考えていたらしいユウキと目があった。ユウキに書き込まれたラクガキは見事なまでにネコのヒゲを思わせるものであり、猫耳や尻尾でもあれば、悪戯大好きな子猫に見えるほどだった。
一方のアーカーは、ジッとしていた分、ラクガキが少なかったのか、どことなくキツネを思わせるものに仕上がっていた。
「ユウキ、お前ネコみたいになってるぞ。似合ってるな」
「ソラはキツネみたいになってるね。似合って……るのかな?」
「………………ペイントは人それぞれってことか」
何となく納得しながら、もう一人の被害者であるキリトの方を確認する。すでにアルゴの笑い声が聞こえてきている辺り、相当面白いものに仕上がったのだろう。そう思って二人で見てみると———
「「《キリえもん》だな(ね)」」
口を揃えて、キリトの散々な有様を一言で言い表した後、少しずつおかしくなって笑ってしまったのは言うまでもない。
その後、アーカーが岩に小さな亀裂が入っていることに勘付き、全員が執念の如き連打を加えて、何とか二日で叩き割ることに成功したのだが、その後彼らは口を揃えてこう言ったのだという。
————二度と《破壊不可能一歩手前》に挑まない、と。
その拳に想いを乗せて —完—
そして、物語は加速する。
第二十五層。アインクラッド、フロアボス攻略始まって以来の最悪のフロアボス攻略。
死者を多数出した戦いの翌日、アーカーは覚悟を決め、ユウキのために傷付ける選択を取る。
次回 迷いと別れ