ソードアート・オンライン —Raison d’être— 作:天狼レイン
今回の話は流れとしては不安定極まりないものですが、必要なものとして動かしています。至る流れが中途半端なのも否めません。恐らく話がつまらないと思われる原因はここにあると思います。
作者の未熟さ故のものですが、どうすればいいのかなど感想欄にお書きくださる方がいらっしゃれば幸いです。正直なところ、あまりこういう導入は得意ではないので手探り感が半端ではないんですよね。
その日、第二十六層が解放された。
漸く四分の一がクリアされたことに、事情を知らないプレイヤー達は歓喜に湧いていた。恐らく希望を持った奴もいるだろう。このまま行けば、クリアされる日もきっと訪れる。
だから、諦めずに前を見ていよう———などと考えながら。
だが、事情を知っているプレイヤー達はどうだったのか。言うまでもないが、半数近くが恐怖を再確認した。
結論から言うと、攻略組の代表ギルドの一つであった《アインクラッド解放隊》———略称《ALS》が偽情報に踊らされ、主力の大多数が死亡。壊滅的敗北となり、再興不可能なほどの大打撃を受けた。
率いていたキバオウは辛うじて生き残ったが、彼の側近らしき者達が最後に見受けられなかったことを、討伐後にアーカーとユウキは気がついていた。離脱できたのなら良いのだが……と、そう思わざるを得なかった。果たして現実はそう上手く行ったのか。当然二人に知る由はない。
かなりの被害を出すこととなった第二十五層フロアボス攻略戦。この一大事件を以て、攻略組は二十五層ごとに危険度をこれまでよりも高く見ることを決定し、第二十五層、第五十層、第七十五層、そして———第百層のことを《クォーター・ポイント》と危険視することになった。
その決定は即座に執り行われた。ショックを隠せない者や、何かしら思うことがあった者、様々な者がいたため、その後の会議は後々に行われることが決まり、一時解散となった。
そうして、アーカーとユウキもまた、解放されたばかりの第二十六層で宿を取ることにし、疲れを癒すことを選んだ。お互い風呂を済ませた後は、直ちに軽装へと着替え、泥のように眠った。
あの凄惨な出来事を忘れようとしたのかもしれないし、ただ疲れを癒すためだったのかもしれない。今となってはどの理由に当て嵌ったのか分からないが、兎に角、心の整理をつけるためだったのかもしれない。
たくさんの人が一度に死んだ光景を、果たしてユウキは受け止められるのか。それだけが気掛かりで、アーカーはそのまま一度意識を手放した———
———*———*———
翌日。
いつもと同じ朝がやってきた。セットされた《強制起床アラーム》からいつもの起床メロディーが鳴り響き、寝起きが微妙に良くないアーカーは、眠気を覚まそうと首を横に振る。本当に眠気を覚ましたいなら、顔でも洗ってくれば良いのだが、そこまで動く気力が、朝っぱらだからなのか、それとも昨日の延長戦だからか湧かなかった。
兎も角、無理やり眠気を追い払うと、隣の部屋で寝ているだろうユウキの様子を見ることにする。二部屋一緒の大きめの客室を取ったから、恐らく彼女はもう一つのベッドでキチンと寝ていることだろうと思いながら、動こうとして———左腕に何か重りがついていることに気がついた。
「ん———?」
何処かまだ寝惚けているのを自覚しながら、半開きの瞼を擦り、重りの正体を確認する。
それは濡れ羽色とでも言うべき艶やかなパールブラックの長いストレートの髪で、頭頂部には自己主張の激しい何故か動くアホ毛が生えていて、健康的な身体つきと少し乳白よりの肌色で、見覚えのある顔をしていて、聞き覚えのある寝言を呟いている————女の子。
そんな容姿をしている女の子なんて、一人しか知らない。それに、まずここは宿だ。別の誰かが入ってきているはずもない。
「…………なんだ、ユウキか。隣の部屋に行かずとも確認できたし、二度寝でもするか」
良かった、比較的いつも通りのユウキだ安心した———と考えたところで、漸く寝惚けていた意識が覚醒した。続けて反射的に飛び起きる。勢いよく飛び起きたせいで、後頭部を軽く何かにぶつける。ぶつけた部分を摩りながら、左腕を見る。そこには、飛び起きたにも関わらず、抱き枕よろしく抱き締めたままのユウキがいて、まだ眠りこけている。それはアーカーの長年の付き合いから考えるに、ちょっとやそっとじゃ起きないことを表していた。
「………ったく、朝食作るにも作れないな」
アーカーは下層での約束通り、《料理》スキルを習得していた。漸く三分の一ほどにスキル上げが終わった辺りだが、そこらのNPCレストランよりは美味いものを作れていると自負している。お蔭で毎日微妙なご飯を食べることなく、ある程度自由が効く食事ができる生活を送れているのだが、動けないとなると話は別だ。
寝ている間にユウキが移動し、抱き締めている場合———それは、大体二つの理由に分けられる。
一つは、年相応に甘えたい時。
もう一つは———
間違いなく今回は後者だ。怖い夢を見たのだろう。夢見が悪かったに違いない。死にたくないと叫びながら、断末魔を上げて死んでいくプレイヤー達の夢でも見たと考えるべきだ。
あれから、ユウキは攻略組の中でも、すぐに名前が上がる代表的な実力者になった。しかし、それでも彼女がただの女の子であることには変わりない。齢12歳で、死の恐怖を分かっている。無知ではなく、既知であることが、彼女に重みとなって振り掛かっているのだ。
だからこそ、ユウキを支えて上げないといけなかった。それが寝ている状態の彼女の手を払ってでも、朝食を作るのかどうか。その程度にすら悩むほどに………
「………………どうしたもんかなぁ」
唸りながら考える。多少の空腹は感じるが、我慢できないほどではない。ユウキが起きるまで、そのまま寝かせてやっても問題ではない。昨日の一件での影響も考えていたため、今日くらいは攻略しなくても良い。時間には余裕があった。
しかし———
「一歩も動けない俺が暇なんだよな…………」
このままユウキが昼まで眠り続けるとなると、流石に暇でしかない。昨日手に入ったアイテムをゆっくりと確認したとしても一時間すら暇潰しはできない。何処かの誰かが書き上げた娯楽小説など、デスゲームと化した現状のアインクラッドにあるはずもない。況してやゲームなどあるはずはない。ゲームの中でゲームをしたくなる時点で、ソイツはどうしようもない奴だと言われるのがオチだ。
さて、本当にどうしたものか。
「………………あれ試すか」
アーカーがユウキに対して行う数ある起こし方の中でも、なかなかの成果を挙げてきた方法を選択。これから起こすつもりなのに、起こさないように耳元に近づこうとしている時点で矛盾だらけだが、気にしないことにする。
そして、起こさずに近づけたら、やることは一つ。耳元で囁いてあげるだけだ。
「………………」
「ふぇっ………!?———わひゃあっ!?」
囁かれた言葉に、流石に目が覚めたのか、ユウキは
「そ、そそそっ、ソラっ!? い、いいい、今っ、今なんて………!?」
「ん———? 別に何にも言ってないぞー。勘違いじゃないのかー?」
「言ってたよね!? 確実に言ってたよね!? 今、ボクのこと———」
「ユウキのことを———なんだって? よく聞こえなかったなー」
しばらく見なかった悪戯小僧のような表情を浮かべたアーカーが何を囁いたかをはぐらかす。それに対して、ユウキは顔を真っ赤に染めたまま、頰を含ませ、ムスッとした顔で彼の方を見る。これだけ恥ずかしがっているユウキを見たのはいつぶりだろうかと思いながら、アーカーは楽しそうに笑う。
「ほら、目が覚めただろ? 顔ちゃんと洗ってこいよ、朝御飯作るから。もし朝風呂入るつもりなら食べるの待っててやるから」
「う、うん…………」
未だ頰を赤く染める熱が引かないのか、真っ赤な顔をしたままのユウキは、言われた通りに顔を洗いに行く。それは何処か冷水で熱を引かせるためでもあるようにも思えた。その原因を作った本人は、ユウキの姿が見えなくなった辺りでキッチンに立つと、先程のやり方を自己評価する。
「ユウキの反応が面白かったのは面白かったんだが、下手すると怒られそうだな……奥の手にしておくか」
効果は抜群だが、反動がある。そんな起こし方だったなと総評しつつ、アーカーは包丁を手に取ると、オブジェクト化した野菜にそれを向け、軽く叩く。本来なら刻むという工程があるのだが、SAO内の料理は、簡略化されており、現実で料理したことがない者にも出来るようにしてあった。初心者でも楽しめて料理が作れる、というのはいいことだろうが、向こうで料理ができる者には簡略化されすぎてつまらないと感じるだろう。当然、料理ができるアーカーは後者だった。
ちょっとしたサラダを手早く作り、食パンによく似たものを数枚オブジェクト化、トースターらしきものに入れ、タイマーをセット。表示された時間通りになれば、トーストができるのだが、それを見守ることなく、流れ作業で卵をオブジェクト化・タップし、即座に割り、それをフライパンの上に落とし、調理。何故か目玉焼きに関しては、不思議な話なのだが、美味しくなる時間や技術が存在する。その技術にはフライパンを上手く使ってひっくり返すことも含まれていた。
「ユウキー、目玉焼きは半熟か完熟、どっちが良いんだ?」
洗面所の方から、「今日は半熟かなー」なんて言う声が聞こえた。よく半熟、完熟で問題になるが、二人はどっちでも好きなタイプだった。特にユウキは日によって変えたりする。以前聞かずに作って、ちょっと拗ねられたことがあったなーと思いながら、手慣れた動きで目玉焼きを空中で回転させ、フライパンでしっかりと受ける。途中で、半熟だということを忘れて、割れてしまう可能性を考慮してないことに気がついたが、何とか割らずに耐えることに成功。失敗することなく、朝御飯を完成させた。
「よし、こんなもんか」
「良い匂い。今日はトーストと目玉焼き、サラダなんだね!」
「ああ。飲み物はミルクとお茶がそこにあるから自由にな。あと、トーストに目玉焼き乗せてもいいし、そっちにあるバター使ってもいいからな」
「やったー!」
バンザーイ!と両手をあげ、全身で喜びを表現しているようなユウキに、世話のかかる妹を持ったような気持ちでアーカーは、椅子に座らせると、両手を合わせる。
「いただきます」
「いただきまーす!」
余程お腹が空いていたのか、なかなかの速度でかぶりつくユウキ。喉に詰まらせそうで、少しヒヤヒヤしていたが、喉に何かを詰まらせるということが起きない……と思われるアインクラッドでは、そんな心配もないかと思い、アーカーもトーストにバターを塗って食べ始める。
「なあ、ユウキ」
「ん?
「あ、いや、なんでもない。食べ終わってからにする」
口いっぱいにトーストが頬張られたユウキの、リスのような顔を見て、流石に今訊ねるのは無粋だと感じて、アーカーは言おうとしていたことを止める。ユウキは小首を傾げながらも、朝御飯をなかなかの速度で食べ進めていく。
それから数分後には、綺麗に平らげられた真っ白な皿とコップが残るだけとなった。両手を合わせ、ご馳走さまと言うと、お粗末さまとアーカーが答えて、朝御飯の片付けに入る。
「あ、待ってソラ」
「ん? おかわりしたかったのか? だったらすぐに作るぞ?」
「ボク、そんなに食いしん坊じゃないよ!」
「えっ」
「ソラ、あとで話があるんだけどいいかな?」
「ゴメンナサイナンデモナイデス」
身の危険を感じ、すかさず謝罪するアーカー。少し言いたいことはあったが、一度そばにおくとユウキは気になっていたことを訊ねる。
「ご飯食べてる時にソラが言おうとしてたのってなんだったの?」
「ん? ああ、それか? 今日は攻略休みにしないかって話だよ。昨日の今日だからな。お互い、考えることはあるだろうから」
「……あっ、そうだね……。たくさん、死んじゃったもんね……。この先も……きっと、誰かが死ぬんだよね…………」
先程まで明るかった表情に影が射す。忘れていたのなら思い出させる必要はなかったかもしれない。
それでも、いつか思い出した時、何かの拍子でそれが足を引っ張ることにならないよう、アーカーは時間を用意することを選んだ。
けれど、時には荒療治が必要だ。
そして、例えその根がまだ浅くとも、深くなる前に対処しなければならない時だってある。
「…………ユウキ、今だけは君にとっても酷いことを言うから、覚悟していてもらえるか?」
「酷い、こと……?」
今までそんなことを一度として口にしなかったアーカーが、真剣な表情で宣言する。その様子にユウキは戸惑いを覚えるが、心の準備するよりも早く彼は告げる。
「これからもきっと誰かが死ぬ。それが、赤の他人か、知人か。俺か、君か。そんなものはわからない。誰だって死にたくはない。それは間違いない。
だからこそ、問うぞ。紺野 木綿季———お前は誰かが目の前で死ぬ度に立ち止まるのか?」
「………………」
他に誰も聞いていないとはいえ、リアルの名前を持ち出すのは暗黙の了解となっているのにも関わらず、アーカーは———雨宮 蒼天は、ユウキとしての彼女ではなく、紺野 木綿季自身に訊ねた。
彼女がキリシタンなのは昔から知っている。だから、死にゆく人がいれば、その人の安息ぐらいは祈ることはあるだろう。
だが、それをしてはいけないとは言わないが、何度も立ち止まって、祈ることを繰り返すのか? 死んだ者達を思い続けて、前を見られない。そんな有様を続けるつもりなのか? と。
少しずつアーカーの———雨宮 蒼天の心が軋む。
分かってはいた。俺は彼女に厳しく当たることすら、慣れていない。ずっとそばにいて、支えることしかしなかった。傷付けることをしなかった。だから、心がこれほどまでに弱い。痛い。ああ、とても痛い。苦しくて、辛くて、こんなことはもうやめたい。
けれど、それはユウキのためにならないから————
少しずつユウキの———紺野 木綿季の心が痛む。
初めてだった。ソラにそんなことを言われるなんて思っていなかった。いつもそばにいて、怒られたことなんて一度もなかった。ずっと守ってくれていた。ずっと支えてくれていた。だから、今度はボクが支えようと思って———迷っていた。
これまで、何度か誰かが目の前で死ぬのを見た。けど、今回みたいなのは初めてだった。どう受け止めればいいかわからなかった。だから、本当は迷った。すぐに気付いてくれた彼の優しさが嬉しくて———また甘えようとしていた。
「過去を忘れろ、なんて言うつもりはない。過去は大事だ。教訓にも、経験にも必要だ。忘れたくないことを忘れろなんて残酷なことを要求する気はないさ。
———だがな、いつまでも引き摺られて前に進めない、なんてくだらない真似を続けるつもりだったら、お前は
「戦うな……って、本気で言ってるの……!?」
ユウキの表情に僅かながらも怒りが浮かぶ。ここまで来ることを選択したのは、紛れもなく彼女の意思だ。当然これから先も戦うことを彼女が決めることだ。それは例え、幼馴染で一番の理解者である彼であろうとも捻じ曲げることは許されない。それなのに———
「ボクが戦うって決めて、ここまで来たのに、なんでソラがそんなことを言うんだ! そんなのおかしいよ!」
「ああ、おかしいのは重々承知だ。承知した上で言わせてもらうぞ。迷ってばかりの奴が一人いるだけで、他の奴らにも迷いは伝染する。その迷いが命を落とす切っ掛けにならないとは限らない。むしろ、そうなる可能性が高い。何処かのバカが迷ってる間に、そのバカ守ろうとして誰かが死ぬ。そして、またそのバカが迷う。繰り返しだ。犠牲を増やして、迷って、結局答えが見つからない! そんな奴がいるだけで迷惑だって意味が分からないのか!」
その言葉の意味が分からないほど、ユウキはバカじゃない。彼が言いたいことは分かっている。分かっているからこそ、確かめたかった。
二人の心が、限界へと少しずつ向かっていく。
「ソラは…………ボクが、足手纏いだって言いたいの!?」
「……ああ、そうだ! 今のお前は足手纏いだ! 今はそうじゃなくても、いずれそうなる! あとで邪魔になる芽は今摘まなきゃならない。それを自覚すらできないと言うのなら、俺だって考えがある。例えそれでお前と訣別しようとも………。
だから、もう一度言わせてもらうぞ———」
それは言うな。
それは言わないで。
アーカーの心が軋みながら、必死に止めようとする。
ユウキの心が痛みながら、聞きたくないと叫ぶ。
それでも———言わなければ、俺は彼女の弱さを許してしまう。
それでも———聞かなければ、ボクは迷ったまま進めない。
「———悩み続けるだけなら、お前はもう二度と戦うな! 迷い抱えたまま剣を握るな……! 前を向いて進めない奴と、俺は一緒にいるつもりはない!!」
———ああ、言ってしまった。
———ああ、聞いてしまった。
軋んだ心が限界を迎えた。抜け殻になったような感覚に襲われながら、今言い放った言葉が脳裏に繰り返されるのを感じた。冷静さを失い、ただただ理屈を押し付けた子供のようになって————
感情の波が押し寄せる。今にも折れそうな心が折れる音が聞こえたような気すらした。抑えることも出来ず、ただただ泣き噦る子供のように弱々しく一言だけ吐いて————
「———ソラの………ばかぁっ!!」
卑怯な言葉を一つだけ吐き捨てて、泣き噦るユウキはその場を後にする。部屋を飛び出し、何処かへ消えていく。
それを受けて、アーカーは放心状態にすら近いほどの精神状態で、今の言葉の衝撃に挫ける前に、もう一押しだけ果たしておこうと動く。
行ったのは、二つ。
まず一つは、パーティーの解散。視界端に見えるユウキの名前。これがあるということは、彼女から見ても、アーカーの名前があるということだ。つまり、支えが残っている。名前だけだろうと、その効果は絶大だ。だからこそ、支えすら取っ払わなければ意味がなかった。
躊躇う指先を無理やり動かして、解散を果たす。
そして、もう一つは———フレンドからの削除。これを消すというのは余程の理由や覚悟がなければ不可能だ。それは一度繋がりを完全に断つことに違いない。何故削除するのか、理由は二つあった。
まず、《索敵》スキルの派生にある《追跡》をさせないため。スキルレベリングが進めば進むほど、追跡できる範囲も広がるからだ。
続いて、生きているか分からない状況を作り出すこと。第一層の《黒鉄宮》には生きているか死んでいるかの確認ができる場所があるが、それ以外での確かめ方はフレンド画面にあった。生きているのなら、ログイン状態。死んでしまったのなら、ログアウト状態として表示されるからだ。それすら分からない状況を作れば、頼ることができないことをはっきりと理解させることができるからだ。
先程以上に震える指先を、必死に抑えて———フレンドから削除した。これが全て、ユウキのためになると信じて。
「………………」
ぽっかりと穴が空いたようだった。何も感じなかった。残った温もりも全て———。とうとうやってしまう日が来たのだなと、それだけ強く後悔して。今の今までしてこなかった代償の重さに踠き苦しみながら、今にも狂いそうな自分を抑える。これは俺のせいだ。俺がこうなるように招いたんだと自身を責めた。
借りた部屋の物は基本的に《
心に鍵をかけるようなイメージをして、感情も何もかも封殺した。
「———モンスター、殺しに行くか」
アーカーは、たったそれだけを、今にも壊れてしまいそうな心の支えにして、その場を後にした。
数分後、事態に気がついたユウキが急ぎ宿へと戻ってきたが、そこに彼はいなかった。パーティーは解散され、フレンド画面からも行方を眩ました。そこから、ユウキは彼を追うために彼とフレンドを登録していた、キリトやアスナ、エギル、アルゴなど数名から、現在彼がいるフロアを突き止めてもらおうとしたが、彼女がそれに気づくよりも早く、彼はフレンドを全て消していたため、それすら叶わなかった。攻略組の招集にすら応じなくなった。
結果、誰も彼の行方を知る者はいなくなっていた。
———その二日後、最前線だった第二十六層で、真っ先に迷宮区に辿り着き、そこを起点に暴れ回るソロプレイヤーの噂がアインクラッドに流れた。
その無双っぷりと、絶対的な強さ。見る者を圧倒し、畏怖させる。フロアボス攻略会議にも、攻略戦にも参加せず、しかしながら、新階層が解放された翌日には迷宮区を暴き、数日後にはマップデータと宝箱だけを残して、行方を眩ませる。
ただひたすら、モンスターだけを大量に殺し回るプレイヤー。
その様子から彼はこう呼ばれるようになった。
絶対強者の頂。
山の頂を表す《
毛先だけが白い黒髪のショートヘアーに、全身の皮装備を灰色一色に統一し、見たことがない古びた片手用直剣を振るう———それが、後に伝わる最強のソロプレイヤー、《絶天》のアーカー。彼の噂だった。
迷いと別れ —完—
ユウキのために、傷付けることを選んだアーカー。
しかし、その代償は大きく、彼は自らを追い込み続ける。
そんな中、彼はある男と出会う。
それはかつて、キリトととも邂逅した〝奴〟だった。
次回 弱く、そして脆く