アインズ様Lv1   作:赤紫蘇 紫

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めちゃくちゃお待たせした第六階層。アウラ&マーレとのほのぼの回です。やたらと長い(1万文字オーバー)ので、ご注意下さい。
アニメのCVを脳内再生してお読みいただければ幸いです!


すず散歩。その2

 朝から色々な事があったとはいえ、悟はしっかりと朝食を取って。相変わらず高品質かつ美味な食事にご満悦であった。食後のデザートとして新鮮なフルーツを囓りながら、今日の予定を反芻する。

(昨日が八階層と七階層だったから、今日は六階層と五階層だな。……六階層はかなり広かったから……場合によっては、今日は六階層だけになるかもしれないけど)

 アンデッドの体になってからもナザリック巡りはしている余裕が無かった。だからこそ、ナザリックの外に出られない今がチャンスだと悟は思っていた。

(抜き打ち視察、っていう訳にはいかないけど、階層守護者をその階層で見る、っていうのが重要だと思うしな)

 そう脳内で結論を出し、悟は小さく頷くと食後のお茶に手を伸ばす。今日は、ビタミン豊富なローズヒップティーだ。その赤い色を物珍しそうに見ながらも、悟はゆっくりと飲み干してゆく。フルーツの甘味を流し去って、爽やかな後味だけを残してくれる温かいお茶にホッと一息吐くと、デミウルゴスが悟に声を掛ける。

「アインズ様、お代わりは如何でしょうか」

「大丈夫だ。デミウルゴス、今日は何か私が処理しなければならない書類はあるか?」

「ございません。聖王国の件が片付きましたので、アインズ様にも暫く休養を取っていただこうと思っておりました」

 悟の問いに間髪入れずそう答えるデミウルゴスの尻尾は、大きく揺れていた。その表情は、どことなく誇らしげに見えて。悟は思わずほんの少しだけ笑ってしまった。デミウルゴスが、親や先生に褒めて欲しがっている子供のようだな、と思ってしまったから。

「アインズ様……?」

「あぁ、気にするなデミウルゴス。ちょっと楽しい事を思い出してな。そうか、今日もナザリック巡りで問題は無いか。では、今日は昨日の続きという事で六階層と五階層を巡るとするか。……そうだな、五階層まで行けるかはまだ不明だから、六階層を出る頃にコキュートスに<伝言>を入れてくれるか?あと一時間程したら六階層に出掛ける。先にアウラとマーレに<伝言>を頼む」

「かしこまりました。本日の昼食は如何致しましょう?六階層でお取りになりますか?それとも、此方にお戻りになりますか?」

 悟の言葉に、デミウルゴスは優雅に一礼して答える。その様子を見ながら、悟はほんの少し思案する。

「……そうだな。六階層でピクニックでもするとするか。料理長にサンドイッチでも作らせろ。私の分だけでなく、お前やアウラとマーレの分もな」

 そう口にすると、デミウルゴスの尻尾が大きく揺れた。

「……!か、かしこまりました、アインズ様。では、そのように手配させていただきます。これから料理長の所へ向かいますが、何かございましたら<伝言>をお願い致します。代わりに魔将と八肢刀の暗殺蟲を残してゆきますので」

「わかった、何かあったらすぐお前を呼ぶとしよう。……まぁ、今日はもうアルベドも来ないとは思うがな……」

 早朝の女淫魔来襲を思い出し、ほんの少しだけ疲れたような顔で笑う悟に、デミウルゴスは何とも言えないような表情を見せた。もう謝罪しないで良い、と言われたとはいえ、今朝のアレは明らかにデミウルゴスの失態だった。その事を思い返すと、ギリギリと歯噛みしたくなる。だが、主である悟が気にするなと命じたのだ。頭を切り替え、今後に備えるべきだと頭では理解していたが……心の内に、まだ納得出来ない物があった。

「既に低レベルのシモベも喚んであります。アインズ様、どうかご安心下さい」

 目の前で跪きそう告げるデミウルゴスに、悟は柔らかな笑顔を見せる。

「お前は本当に仕事が早いな、デミウルゴス」

「勿体ないお言葉でございます、アインズ様。私はアインズ様の僕として当然の事をしたまで」

 極めて冷静にそう答えるが、その感情豊かな尻尾は激しく揺れていた。

(……ウルベルトさん、デミウルゴスを創る時に犬の事でも考えてたのかな?何だかデミウルゴスの尻尾が、大型犬のそれに見えて仕方ないんだけど……)

 そんな事をふと思いつつも、悟は支配者としてのロールで続ける。

「そうか。では、私は少し休んだ後装備を調える。準備が終わったら声を掛けるとしよう」

 悟はそう言うと、過去に何度も練習していた"支配者らしい椅子の立ち上がり方"をしながらゆっくりと立ち上がる。まだマントやローブは装備していなかったのでそんなに威厳は出なかったが、人間の悟がやったにしては十分及第点の動きだった。

「行ってらっしゃいませ、アインズ様」

 デミウルゴスがそう声を掛けると同時に、朝食の後片付けをしていたメイドが慌てて悟の後を追う。"お召し替え"と言う名の着せ替えタイムの為に。

「……さて。では私はこのワゴンを下げがてら料理長の所へ行くとしますか。お前たち、何か異常があったら即座に私に連絡するように」

 そうデミウルゴスが警護の者たちに声を掛けると、全員が一斉に頷いた。特に、アルベドにしてやられた事がある八肢刀の暗殺蟲たちは気合いの入り方が他の者よりも数段上だった。

「お任せ下さい、デミウルゴス様。二度と不覚を取らないように致します!」

「そうしてくれると助かるよ。……私だって、もう二度と出し抜かれたりはしないつもりだしね」

 眼鏡の下の宝石の瞳をギラリ、と輝かせながらそう言うと、デミウルゴスはそのままワゴンを押しながら退室した。

 

 

 

 

「少し休みたいから、ドレスルームで待機していろ」

 そう言って手を振ると、メイドは優雅に一礼してドレスルームへと下がる。それを確認して、悟は大きく溜息を吐いた。今は魔法が使えないので、大きな声で話す事も出来ない。アイテムボックスを漁ってみるが、巻物は貴重なので貧乏性な悟には使う事は出来ない。とりあえず狭い範囲のみ有効な<静寂>と同じ効果を持つアイテムでベッド周りだけ音が漏れないようにしてから、悟はぼふっとベッドに倒れ込んだ。

「あー……。何か朝っぱらから疲れたー……」

(アルベドが何かドンドン距離詰めてきてるような気がするんだけど……。コレ、絶対気のせいじゃないよなぁ……。そもそも俺、アドリブとかもの凄く苦手だから!!予想外の展開とか対応出来ないってば!!今は人間の体だから、表情だって誤魔化せないし!!)

 ゴロゴロとベッドの上でのたうち回りながら、悟は内心でその小市民っぷりを大爆発させている。今はもうギルメン達もいない為、本心を晒せるのは一人きりの時だけだったのだから。……正直、もう建国まで済んでしまっている時点で、今更"俺、実は無能な小市民だから!"等と言い出せないし、もし言い出したとしても信じて貰えはしないだろう。偶然とは言え知恵者のデミウルゴスにアルベドを驚かせるような功績を、アインズは今までに激しく積み重ね過ぎてしまっていたのだから……。

(そりゃあさ?アルベドはすごく美人だし、胸だって大きいし、その、触ったときだって柔らかくて良かったけど……って違う!そうじゃなくて!!あんなにさ、息を荒げて迫られたら怖いって……!!)

 清らかな体のままの、しかも女性とは恋愛的なお付き合いはほぼ無かったに等しい悟は、美女に迫られるというリア充的なイベントを体験しているという嬉しさよりも、捕食されるという恐怖感の方が強かったのだ。特に今は、アルベドとのレベル差が広がった事により、より強く恐怖を感じていたのだが……レベル100で骨の姿だった頃でさえアルベドに恐怖を感じていたので、悟はすっかりとアルベドを怖いと思ってしまっていた。

(……。女淫魔って、全員あんな感じなのかなぁ。そういえばシャルティアは女淫魔じゃないけど時々怖いんだよなぁ。……って、あんなにグイグイくる女性ばっかりじゃ、俺怖くてナザリック内一人で歩けないんだけど!)

 そんな事を考えてしまって、悟はブルリ、と大きく身体を震わせる。正直、ナザリックの支配者であるアインズに襲いかかるという不敬極まりない事をするような者はそうは居ないのだが……沈静化もされない今の悟には、その事に気付けるような冷静さが足りなかった。

「……マズイなぁ。早くせめてレベルを30には上げないと。そうでないとワンランク上の装備が身に着けられないし、身の危険がヒシヒシと……」

 大きく溜息を吐くと、悟は天井を見上げる。……リアルとは違う、豪華な造りの室内。アインズになって、もう何度も見たそれ。今はここが悟の自室で、最もリラックス出来る場所。

(……。寝る前に何か仕掛けた方がいいかな……)

 流石に、デミウルゴスと八肢刀の暗殺蟲の警護をくぐり抜けて寝室に辿り着けるような者は居ないとは思ったが、今朝のアルベドの搦め手を思うと、警戒しすぎる事は無いような気がした。

(とりあえず、着替えてから二人の守護する階層に行くか。……癒やしが欲しい……)

 再び大きく溜息を吐くと悟はベッドから起き上がり、ドレスルームへ向かった。

 

 

 

 着替えを済ませて前室に戻ると、デミウルゴスが頭を下げ悟を迎える。

「アインズ様。こちらは既に準備が整っております。直ぐにでも第六階層へ向かう事が出来ますが……いかがいたしましょうか?」

「そうだな、では向かうとするか。今日はアウラもマーレもいるのか?」

 禁色である紫紺のマントを優雅に捌き、支配者らしく重々しい声でそう訊けば、デミウルゴスは大きく尻尾を揺らす。

「はい。本日は二人とも急ぎの作業はありませんし、アウラが監督している偽ナザリックも後は仕上げだけですので、配下だけでも作業は進められます」

「そうか。では行くか。デミウルゴス、八肢刀の暗殺蟲たちよ。今日も警護を頼むぞ」

 デミウルゴスと、天井に控えている八肢刀の暗殺蟲に視線を送りそう言えば、全員が大きく頷く。伝わってくる強い決意に、悟は苦笑する。

「気を張るのは良いが、あまり緊張していては実力は発揮出来ないぞ?お前たち、もう少し肩の力を抜け」

「も、申し訳ありません!」

 悟の言葉に、即座にデミウルゴスはそう謝罪し、八肢刀の暗殺蟲たちも天井に張り付きながらも器用に頭を下げる。

「今朝の事は、もう気にするなと言っただろう?私はお前たちを信頼しているのだから、もっと自信を持って警護に当たれ。さぁ、行くぞ?」

 小さく笑ってそう言うと、悟は自室の扉を開け廊下に出る。すると、我に返ったデミウルゴスに八肢刀の暗殺蟲たちは慌ててその後に続いた。

「第六階層は天井が空を模しているから開放感もあるし、お前たちも気晴らしになるだろう。私ものんびりと過ごすつもりだから、お前たちも少しはリラックスしておけ」

 人間になっていつもの骨の体よりも身長が低くなった事もあり、悟が歩く速度はあまり早くは無い。その為、八肢刀の暗殺蟲もあっさりと追いつける。前方を警戒するように悟を追い越し、天井で警戒をしている八肢刀の暗殺蟲に、一歩前を歩きガードするデミウルゴス。悟の先程の発言もあって、その緊張は解れているように見えた。

「デミウルゴス。昼食は多めに用意してあるか?アウラもマーレも育ち盛りだからな、しっかりと食べさせないと」

「勿論でございます、アインズ様。ナザリックに居る者が飢えるようでは問題がございますので、多めに準備してあります。インベントリにはかなりゆとりがございますので、食後のデザートも含め、十分な量をご用意致しました」

「そうか。ならば良い。今は第六階層では何かしていたか?」

 聖王国の件で色々とバタバタしていた事もあり、悟はデミウルゴスにそう尋ねる。

「はい。以前アインズ様が外部から持ち込まれた植物の成長具合の調査をマーレが行っております。面白い物があればアインズ様のご許可をいただいてから品種改良などを行い、量産する計画もございます」

 デミウルゴスのその言葉に、悟は頷く。

(そっかー。うん、食糧は大事だしな!ナザリックの収支の問題もあるし、自給自足プラスアルファくらいの生産高があると安心だもんなぁ)

 そんな事を思いつつ、悟は口を開く。

「私が創造していたスケルトン達を使って、カッツェ平野を農耕地に変える計画はどうなっている?あの辺りは麦や葡萄の生産には適していないか?」

 パンドラズ・アクターに命じてこちらの作物などをエクスチェンジ・ボックスで換金し、ナザリックの維持費に充ててはいるが……税収として入って来る分だけでは何とも心許ない、と以前アインズが発言していたのだが、まだ詳細は決まっていなかった。その為、第六階層へ行くまでの間の話題として悟はデミウルゴスにそう訊いてみる。

「水捌けなどの問題がございますので、直ぐには難しいかと。マーレに依頼してまずは土壌の調整を行い、葡萄と麦両方を植えてみて……その仕上がり次第になります。人間の主食は小麦のようですし、水代わりにワインも呑んでおりますので、アインズ様が仰っている二種類のいずれか、もしくは両方を生産出来れば……と思っております」

 どうやら、デミウルゴスは過去のアインズの発言を受け、既に計画を実行出来るように色々と調整を行っていたようだ。デミウルゴスのその言葉に、悟は内心驚いていた。

(……あれ?デミウルゴス、マジでいつ休んでるの!?王国でゲヘナやって、その後は帝国とのあれこれもあって、ずっとバタバタしてた筈なのに……!俺が戻ったら、絶対休みを取らせないと!!)

 そう思いつつも、悟はとりあえずそのまま話を続ける。

「そうか。必要であれば、この身が戻り次第またスケルトン達を増やすから、灌漑工事も短期で終わらせる事も出来る。過度な財は不要だが、ナザリックの維持に問題が出ないようある程度は財を成さないとな」

「あぁ……。アインズ様は本当に慈悲深い御方でいらっしゃる!下等生物など、死なない程度に生かしておけば良いのです。この世全ての財は、ナザリックの所有物。つまり、アインズ様の物でございます。それを、過度な財は不要などと……!」

 デミウルゴスの悪魔らしい発言に、悟は小さく溜息を吐く。

「デミウルゴス。お前のその考えは、悪魔としては正しい物だが……私が考えている理想の国造りには相応しく無いな。あまり住民達を締め上げると、国に活気が無くなる。私が望んでいる国は、もっと豊かでなくてはならない。夢のように優しく甘美な……住人たちが常に笑顔でいられるような、そんな国に私はしたいと思っている。仲間達に自信を持って紹介出来るような、素晴らしい国にしたいのだからな」

(……たっちさん辺りはさ、まず世界征服とかしてるの怒りそうだけど……人間の王が圧政を敷いているのなら、善政を敷く俺の方を支持してくれるだろうし)

 内心そんな事を思いつつデミウルゴスにそう告げれば、デミウルゴスはより感極まった声を上げた。

「アインズ様……!下等生物にまでその様な慈悲を……!アインズ様のその深遠なお考え、確かにこのデミウルゴス承りました……!間違いなくその御命令、遂行させていただきます……!!」

「……。あぁ、うん。そうだな。有能なお前なら問題無く行えるだろう。任せたぞ、デミウルゴス」

 本当にデミウルゴスに正しく自分の意志が伝わっているのか疑問に思いつつ、とりあえず悟はそう答えておく。デミウルゴスが常に自分の考えていることの斜め上を行く事をうっすらと思い出してはいたが、問題を先送りしたのだ。

「み、見えてきたな。第六階層はブルー・プラネットさんも監修しているから、本当に自然豊かで美しいな……」

 階段を登った先に見える自然に、悟は嘆息する。常に美しい緑に、抜けるような青空。今は昼間であるから、眩い太陽も青空の中に燦然としていた。この人工の太陽が、第六階層の自然を育んでいるのだ。ナザリックの食堂で使われる野菜や肉も、この階層で育てられている。

「はい。この階層は空気も清々しく、今のアインズ様のお身体にも良いかと」

「光合成、だったか。ここの植物たちがそれを行っているのであれば、確かにそうだろうな。アウラとマーレの成長にも良い環境だな、ここは」

 ゆっくりと歩を進めて悟が自然を満喫していると、前方の木々がガサリ、と揺れた。デミウルゴスや八肢刀の暗殺蟲は動かない。

「「いらっしゃいませ、アインズ様!」」

 と、悟の目の前に愛らしい闇妖精の双子が元気よく現れた。その表情は歓喜に満ちていて、本当に悟の来訪を歓迎していることが分かる。アウラもマーレも、その大きな瞳をキラキラと輝かせながら悟を見つめている。その瞳には、骨の身であったアインズへ向けていた物と変わらぬ忠誠心が溢れているように思えた。

「アウラ、マーレ。忙しいところすまないな。中々こうしてお前たちの守護する階層へ来る機会は無かったのでな、今日はゆっくりとお前たちの守護するこの階層を案内して欲しい。構わないか?」

 そう尋ねると、二人とも即座に答える。

「勿論です!アインズ様の御命令以上に優先することなんてありません!!」

「そ、そうです!アインズ様はただ僕たちに御命令下されば……!!」

「そ……そうか?では、頼もうか。アウラ、マーレ。案内を頼む」

 悟本人的には命令という意識もないし、命令したい訳でもないのだが、守護者達は何故か悟(アインズ)に命令されると喜ぶ為、悟は彼等の望む支配者の姿を保つため精一杯威厳を保った(と、悟的には思っている)声でそう言うと、二人はふにゃり、と幸せそうに緩んだ笑顔で頷いたのだった。

 

 

 

 アウラの使役する魔獣に騎乗し、一行は広い森を進んでゆく。アウラと悟、マーレ。そしてデミウルゴスが単騎で。八肢刀の暗殺蟲は森に紛れるように駆けてゆく。人間と化している悟を気遣うよう、速度としては比較的緩やかなものだった為、八肢刀の暗殺蟲でも問題無くついて行ける。

「アインズ様!この森にあたしの配下が棲んでいます。それぞれの好みに応じた場所に散らばっていますが、呼べばすぐに現れます!」

「そうか。皆、伸び伸びと過ごしているのだな。コイツも毛並みが美しいし、ストレスなど感じないでいるであろう事が伺える。さすがはアウラだな」

 今悟たちが騎乗しているのは、アウラがよく使用しているフェンだ。艶々とした毛並みをそっと悟が撫でると、フェンは嬉しそうな声を上げる。

「アインズ様……!あ、ありがとうございます!!」

 頬を微かに染めたアウラは、はにかみながらそう返す。その愛らしさに、悟の頬も緩む。

(茶釜さんが居たらこんなに可愛いアウラを撫でまくりそうだなぁ……。俺には居なかったけど、親戚の子ってこんな感じなのかなぁ?)

「マーレも、森の管理が素晴らしいな。どの木々も緑が鮮やかで、実りが豊かだ。偉いぞ、マーレ」

「はっ、はい!!ありがとうございます、アインズ様……!!」

 続けて悟がそうマーレを褒めると、マーレはアウラ以上に頬を染め、真っ赤とも言えるその顔のまま瞳を潤ませて悟を見つめる。左手の薬指に填めた指輪を撫でながら。

 幸せそうな双子を乗せたまま、フェンは優雅に走って森を抜けた。すると、目の前に広がるのは牧草地帯だった。そして、その先には畜舎が見える。どうやら酪農地帯に入ったようだ。

「これは……。乳牛を飼っているのか?」

「はい!メイド達にはチーズが大人気ですし、外の世界よりもナザリックの牛の方が良質で大量の牛乳を出しますので。ある程度乳を出した高齢の牛は潰して肉にします。肉用に育てた牛よりもミルキーな風味になるので、女の子には人気があるんですよ!」

「……そうか」

(……潰す……。えっと、食肉に加工する、って事だよな?……何でだろう。一瞬、マーレが浮かんだんだけど……)

 チラリ、とマーレが常に持っている杖に視線を向けた悟は、浮かんでしまった不穏な考えを必死に振り払う。……が、実はあまりその考えは間違っていなかったりするのだが……悟がそれを知ることはない。

「それと、山羊も飼ってます。お酒のおつまみにも人気があるんです、山羊のチーズ」

「……山羊か」

 その独特の瞳を見て、嘗ての仲間を思い出してしまう。彼は白ではなく黒山羊ではあったけれど。

(ウルベルトさんはまぁ、山羊と言っても頭部が山羊なだけで悪魔だけどな。デミウルゴスも平気な顔してるし、やっぱり別物なんだろうな)

「他にもアインズ様がお望みであれば、どんな動物でも育てますので遠慮せずに仰って下さいね」

 ニッコリ、と屈託の無い笑みを浮かべるアウラを見て、衝動的に悟はその頭をそっと撫でていた。

「そうだな。気になった動物がいたら、アウラに頼むとしよう」

「は、はい!!お任せ下さい、アインズ様!!」

「ぼ、僕も!植物ならお力になれます!!」

 慌ててそう言うマーレも、悟は優しく撫でる。

「あぁ。頼りにしているぞ、マーレ」

「はい……!!」

 嬉しそうな双子を見ていたデミウルゴスの尻尾が忙しなく揺れていたが、悟はそれに気付かない。

 悟に撫でられたことでふわふわとした足取りになった二人は、それでも何とかフェンの所にまで辿り着く。

「ア、アインズ様!次はマーレの育てている植物園をご案内します!」

「菜園もありますので、よ、よかったらお試し下さい!」

 まだ上気した頬のままそう言う二人を、悟は微笑ましく見ている。

「そうか。料理に使っている野菜もここで育てているのだったか。では行こうか」

「「はい!」」

 

 

 

 今度はもっと短い時間でそこに辿り着く。こちらもかなり広い面積を当てているのか、それとも空間が歪んでいるのか……広大な菜園と果樹園が見える。季節を無視したラインナップに、悟は大きく目を見開いた。

(え……?何で、トマトと白菜が同時にあるの!?しかも畑が隣り合わせ!?ユグドラシルの時はこんな奥まで来なかったから気付かなかったけど……現実になると何か不思議な感じが……)

 その野菜はあっという間に成長し、完熟した実をアウラの配下である小さな魔獣が収穫している。悟にはそれがまるでユグドラシル時間のまま成長しているように見えた。ちなみに、ユグドラシル内での一日はリアル時間での五十分であるが、この畑には常に成長促進の魔法が掛かっているようでユグドラシル時間よりもはるかに早く育っている。これだけの速度で育っていれば相当のストックがあるのでは……と悟は思ったが、悟が思っている以上にメイド達が大食いなので予想よりは少ない量しか食料のストックは無い。

「ア、アインズ様!丁度トマトが収穫されたので、是非お試し下さい!糖度が高い、サラダに向いている品種です」

 とてとてと魔獣が収穫したトマトを持って来たマーレが、悟に採れたての瑞々しいトマトを差し出してくる。悟はそれを受け取ると、一口囓る。と、途端に口内に広がる完熟したトマト特有の甘味。

「……!!これは……。確かに、絶品だな、マーレ」

「はい!」

 悟のその反応に、マーレは心底嬉しそうな笑顔を悟に向けた。人間である悟の表情は死の支配者であった彼よりもかなり読みやすい為、守護者達もより悟の好意を強く感じられる。それは、アインズの幸せを何よりも望む彼等にとって最も幸福を感じられる瞬間だった。直接褒められたマーレだけでなく、すぐ傍に立っているアウラや、悟を守っているデミウルゴス、八肢刀の暗殺蟲達にも伝わって。その場にいる全員が優しく温かい気持ちになった。

「お前たちがこの階層を守護してくれているから、皆が安心してナザリックで暮らせるんだな。……ありがとう、アウラ、マーレ」

 更に、そんな風に感謝までされてしまって。感極まった二人は、ボロボロと大粒の涙を零してしまっていた。

「え!?アウラ?マーレ!?」

 突然泣き出した双子に、悟はパニックである。そんな悟に、思わず、といった感じで二人して抱きついていた。……幸いにして、パンドラズ・アクターが出してくれた装備のお陰で(そして二人ともまだ子供で、アルベドのような剛力ではなかったのも幸いして)悟は無事である。咄嗟のことに反応出来なかったデミウルゴスと八肢刀の暗殺蟲は自らの失態に再び激しく落ち込んでいたのだが、悟も双子もその事には気付かない。

「アインズ様っ……!あたし、これからもアインズ様の為に頑張ります!!」

「ぼ、僕も、アインズ様の為に頑張りますっ!!」

「……そうか。期待している」

 二人の言葉から、この涙は悲しみから来た物ではないと気付いた悟は静かにそう言うと、二人の背中をポンポン、と叩いて落ち着くのを待っていた。

 暫くして。アウラもマーレも、そっと悟から離れる。悟の装備が防御特化の為、結構な量の涙を吸い込んだはずなのにその装備は全く汚れていなかった。

「す、すみませんアインズ様!取り乱しました」

「すみませんでした……!」

 我に返って恥ずかしそうにそう言うアウラとマーレを、悟は優しく見守っている。

「いや、気にしなくて良い。お前たちはまだ子供なのだから、泣いても誰も咎めたりはしない」

(……デミウルゴスが特に凄いと思ってたけど……アウラもマーレも相当俺への感情強くない!?まさか、ありがとうの言葉で泣かれるとは思わなかったよ!)

 と、悟は内心そう思っていたのだが、骨の身体であったアインズの頃の演技のおかげか、人間の体でも多少は取り繕えるようになっていた。ぱっと見、悟は冷静で寛大な支配者に見えている。が、よくよく見ると頬が軽く引き攣っているのが分かる。……ただ、悟の言葉に感動している皆はそんな些細な事は気にしていなかった。

「アインズ様。そろそろお食事の時間ですので……」

 と、デミウルゴスが声を掛けてきた。すると、アウラがハッとしたように悟を見る。

「アインズ様!今日はピクニックに相応しい場所にご案内しますね。マーレが一生懸命植物を整えたので、見晴らしも良くなってます!」

「はい!座りやすいように地面も整えました!」

 気合いの入った二人の様子に、自然と悟も笑顔になる。

「そうか、それは楽しみだな。さぁ、案内してくれるか二人とも」

「「はいっ!」」

 

 

 

 終始笑顔のアウラとマーレに案内されて、菜園と果樹園の更に奥……そこに、澄んだ水をたたえた湖と、程よい平地があった。地面に生えた草はまるで芝のように短く刈られ、シートを置くのに適したなだらかさで、地面自体も傾きのない水平さだった。マーレが"整えた"と言っていたが、注意深く見なければ人工的な整い方だとは気付けない、自然に馴染んだ場所だった。

「これは、美しいな……」

 そう言う悟に、アウラもマーレも満足げだ。デミウルゴスは八肢刀の暗殺蟲を景色の邪魔にならないように<不可視化>の巻物で姿を消してからシートを敷くとテキパキとピクニックの準備をしている。通常のアインズなら見破ってしまうが、今の悟ではその程度でも見破ることは出来ない。

「気に入っていただけたら嬉しいです!」

「良かったです……!」

 悟の様子に、アウラとマーレは本当に嬉しそうだ。

「アウラ、マーレ。アインズ様をお待たせするものではないよ。ほら、準備も整った。こちらへ来ると良い。……アインズ様、料理長が用意した屋外で食するに相応しい昼食になります。どうぞご堪能下さい」

 本職の執事もかくや、という優雅な動きでデミウルゴスが一礼する。悟が視線を向けると、真紅のシートの上に漆塗りの重箱と大きなバスケットが並べられていた。……真紅のシートは、どう見ても絨毯にしか見えず……ピクニックというにはあまりにも重厚すぎた。

(ミスマッチが酷いな……。いや、料理はめちゃくちゃ美味しそうなんだけど、何で重箱!?入ってるの洋食と和食と中華、って……?中華って、屋外で食べるのに相応しい??)

 脳内で突っ込みつつ、悟はデミウルゴスに言われたとおりシートの上に座る。すると、続いて双子たちもシートの上に座る。悟の向かい側だ。

「デミウルゴス。お前や八肢刀の暗殺蟲たちの分もあるんだろう?お前も座って食べるがいい。八肢刀の暗殺蟲たちは交代で食事を取るように。私の事を守ってくれているお前たちとも食事を共にしたいんだ。……構わないだろう?」

 傍に控えているデミウルゴスを見上げてそう言えば、一瞬戸惑ったような素振りを見せたが……今までの悟の言動で慣れたのか、小さく息を吐くと悟の隣に腰を下ろす。勿論、陣取るのは出入り口に近い、侵入者が入って来る方だ。

「かしこまりました。……お前たち、先に半数が食事を取るように。こちらのワゴンに乗せてある分がお前たちの分になる」

 そう言うとデミウルゴスはインベントリから大量の食事の載ったワゴンを二台取り出して地面の上にそっと出す。すると、<不可視化>が掛かったままの八肢刀の暗殺蟲たちがワゴンの周りに集まっているのが悟にも気配でわかった。

(……見えないけど、大量に蠢いてるってのは分かるな……。ちょっと、怖いかも……)

「デミウルゴス、料理の簡単な説明を頼めるか?種類が多いのでな、私もさすがに全ては把握しきれない」

 悟はデミウルゴスにそう促しつつ、悟は用意してあったおしぼりで手を拭いてから海苔の巻いてある三角形のおにぎりを取る。リアルでは既に見掛けなかったが、アニメやゲームでお馴染みのそれを、一度味わってみたいと思ったので。

「アウラ、マーレも食べ始めてくれ」

「はい!いただきまーす!」

「い、いただきます」

 二人も悟に倣い、手を拭いてからおにぎりを手に取った。

「二人とも、ハンバーガーやサンドイッチもあるぞ?」

 普段から二人が洋食を多く食べているのを知っているのでそう言えば、ほんの少し恥ずかしそうにアウラが答える。

「えっと……アインズ様と同じ物が一緒に食べたいなって。ね、マーレ」

「はい!僕もアインズ様と同じ物が食べたかったんです」

 その愛らしさに、悟は今朝の出来事をすっかりと忘れ、心底癒やされていた。美しい大自然に、可愛い子供たち。悟にとっては第六階層は完璧なヒーリング環境であった。

(……来て良かった……!茶釜さん、あなたの二人の子供たちは本当によい子に育ってますよ……!!)

 ここにはいない仲間にそう心の中で伝えつつ、悟はおにぎりを頬張る。インベントリに入っていたことでまだ温かいそれに、自然と口元も頬も緩む。仄かな塩味と磯の香りのするおにぎりは、日本人のDNAに刻まれているのか一度も口にしたことがないのに、悟に懐かしさを感じさせていた。

「ふむ……。やはり美味いな。デミウルゴス、おにぎりの具は何種類ある?」

「はい。本日はオーソドックスな物を揃えたとの事で、鮭、梅干し、たらこ、ツナマヨです。ツナマヨは子供に特に人気だそうです」

「そうか。……見た目では判断が出来ないな。まぁ、いい。デミウルゴス、他の料理も説明を頼む」

(梅干し、って酸っぱいって聞いてるけど……アウラとマーレ、大丈夫かなぁ)

 そんな事を思いつつ、デミウルゴスが淹れてくれた緑茶を飲む。おにぎりの傍には、お約束のようにから揚げと卵焼き。典型的なお弁当のおかずが並んでいて、ギルドの仲間が料理長に預けたであろうメニューをふと思った。あの頃は、こんな食事は既に一部の人間しか実際には出来なくなっていた。だから、彼もきっと映像の中でしか見たことが無かったんだろう。ただ、それでもレシピは消えることなくデータの海を漂っていて。実際に再現は出来なかったけれど、それを蒐集し本の形にした彼の努力が報われている。そう思うと、何とも感慨深い物がある。

(あまのまひとつさんも、きっと実際の完成した料理を食べたかっただろうなぁ……。あの日、彼も残ってくれていたら、ひょっとしたら……)

 ありもしないifを、ふと考えてしまう。自分以外もあの日残っていてくれたら。そして、一緒にこっちに来てくれていたら……と。仲間たちが遺してくれたNPCたちと過ごす日々は確かに楽しいけれど、彼等も居てくれたら、また違った日々があったのでは無いのか、と……。

 一瞬脳裏を過ったそんな考えに蓋をして、悟は第六階層で癒やしの時間を過ごし……夕暮れ前には満ち足りた気持ちで自室に戻ったのだった。

 




次のコキュートス(五階層)の投稿日は未定です。とりあえず、入院しないようにしないと……((((;゚Д゚)))))))
デミウルゴスも何だかんだ言って産まれて数年(リアル時間)の子供なんですよ、という言い訳。

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