アインズ様Lv1   作:赤紫蘇 紫

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鈴木さんが生まれて初めてまともな食事をする話です。
ほら、鈴木さんの生きていた世界は食事が……。
(お母さんの手作り料理も素材がどうかわからないのでこんな描写になりました)

メニューを考えるのに一番時間が掛かりました。
美味しそうに見えたら良いのですが……!
眼鏡っ娘良いよね、眼鏡っ娘。ってな訳で、今回はメイドさんにリュミエールを。


鈴木さん、初めてのお食事

 きゅー……。

 

「!!」

(うわっ、恥ずかしい!!久しぶりに聞いたよ、腹の音!!)

 唐突に鳴った腹の音に、悟は自分の頬が熱くなるのを感じる。この姿になって、もう四時間は軽く超えている。朝食もとっていないし、人間だったら確かに空腹になる頃合いだった。

「アインズ様、食事をご用意致しましょうか?」

 部屋の隅で控えていたデミウルゴスが、そう声を掛けてくる。

「そうだな……じゃあ、頼めるか?久しぶりの食事だし、しっかりと食べようと思うのだが」

「かしこまりました。メインは肉と魚、どちらにいたしましょう?」

(……フルコース?映像データでくらいしか知らないなぁ。何だかワクワクする。向こうに居た時は液状食料だけだったし。いや、あの時はそれでも満足してたけどさ、今は余裕もあるし一度はちゃんと食べてみたいって思ってたからなぁ、ユグドラシルの食事)

 悟は嬉しそうな顔でデミウルゴスに答える。

「では、肉で。あぁ、肉に合う、飲みやすい酒もな」

「はい。では、料理長に伝えて参ります」

 悟の言葉にデミウルゴスは幸せそうな顔で優雅に一礼すると部屋を出ようとするが、悟は慌ててデミウルゴスに声を掛ける。

「あぁ、デミウルゴス。お前も一緒に食事をとるように。一人での食事は味気ないからな、付き合ってくれ」

「!そ、そんな私ごときがアインズ様と席を同じくするなど……!」

(あー、やっぱりデミウルゴスはそう返すか。多分階層守護者全員同じ反応するんだろうなぁ。でも、やっぱりせっかく食事が出来るようになったんだし、誰かと一緒に食べたいなぁ)

「では、デミウルゴス。この私が命じる。食事の供をせよ。わかったな?」

「……かしこまりました。アインズ様の仰せの通りに」

 ほんの少しだけ緊張したような顔で、デミウルゴスは悟に礼をする。が、内心かなり嬉しいのか、その尻尾はゆらゆらと左右に大きく揺れていた。デミウルゴスは尻尾を揺らしながら、優雅な足取りで悟の部屋を後にした。

 ふと、入り口のあたりに目を遣ると、本日のアインズ様当番としてスタンバイしている、アンダーリムの赤いフレームが特徴の眼鏡をしたメイドが控えているのに気付く。リュミエールだ。天井には、いつものように八肢刀の暗殺蟲が控えている。

「リュミエール。今日はお前に私とデミウルゴスの二人への給仕をして貰う。頼んだぞ」

「!はい、アインズ様!!精一杯尽くさせていただきます!!」

 白い肌を歓喜のあまり薔薇色に染めながら、リュミエールはそう答える。彼女にとって、初めてのアインズ様への給仕なのだ。誇らしくも嬉しくて、テンションも上がりまくりである。悟を見つめる眼鏡のレンズ越しの瞳が、キラキラと輝いていた。

(……何か、俺が人間になってから、皆やたらと張り切ってるけど……。やっぱりか弱い主を守らなければ!とか思ってるのかなぁ。てか、リュミエールもレベル1の一般メイドなのに)

 ホムンクルスのメイドたちは、殆どがレベル1の一般メイドだ。だが、職業レベルはメイドとしての物があるため、トータルでは悟よりも強い筈なのだが……今の悟の頭からは、その事実がスッポリと抜け落ちていた。

「アインズ様、お食事の準備まで今暫く掛かるかと思いますし、お茶でもいかがですか?」

 自分を気遣ってくれるリュミエールに、悟は優しく微笑むと小さく頷く。

「うむ、では貰おうか。淹れてくれ、リュミエール」

「はい、アインズ様!今日は爽やかで飲みやすいダージリンの秋摘みをご用意致しました。お食事前なので、お茶請けはこちらのプチマカロンです」

「……あぁ、良い香りだ」

 前も紅茶の香りは嗅ぐことが出来たが、生身で嗅ぐとより美味しそうに感じる。熱い紅茶を軽く冷まし、一口口に含むと口の中に豊かな風味が広がる。秋摘みの茶葉は苦みが少なく、悟の舌を楽しませる。生まれて初めて口にする、本物の紅茶。そのあまりの美味しさに、気付いたら悟の瞳からは一筋の涙が零れ落ちていた。

「……あ……」

(本物の紅茶って、こんな味がするんだ……)

 ボンヤリとそんなことを思いつつ、悟は濡れた頬を右手で軽く拭う。

「!?ア、アインズ様!?いかがなさいました!?あ、熱すぎましたか!?」

 悟のその様子に、リュミエールも警護の八肢刀の暗殺蟲も動揺する。悲壮な表情でそう叫び、今にも自害しそうなリュミエールに、悟は慌てて口を開く。

「いや、違う。驚かせて悪かったな、リュミエール。お前の淹れた紅茶が、あまりにも美味かったのでな。八肢刀の暗殺蟲も、そんなにざわめくな。私は大丈夫だ」

「で、でもっ……!!」

「本当に、大丈夫だ。ほら、マカロンを取ってくれないか?この赤いのはどんな味なんだ?」

 微笑みながらそう言うと、リュミエールは慌てて悟にマカロンを小皿に取り、味を説明する。

「はい、こちらはフランボワーズになります。こちらの黄緑色の物がピスタチオで、オレンジ色の物がマンゴー、クリーム色がバニラ、黄色がレモンです!」

「ふむ、どれも美味そうだな。では、フランボワーズとレモンを貰おうか」

 悟がそう言うと、リュミエールは笑顔で悟にマカロンを差し出す。

「どうぞ、アインズ様。このまま手で摘まんでお召し上がり下さい。ナプキンもご用意しておりますので、御手が汚れましたらこちらをどうぞ」

 よっぽど悟の世話を焼けるのが嬉しいのか、リュミエールはさっきからずっと瞳をキラキラと輝かせたままだ。

「あぁ、ありがとう」

 悟がリュミエールに礼を言うと、リュミエールは真っ赤になる。熱くなった頬を両手で押さえ、うっとりとした瞳で悟を見つめている。

 さくり。

 小ぶりなマカロンを、一口囓る。赤に近い、濃いピンク色のフランボワーズは、濃厚な甘さとサクリとした表面の触感も相まって悟の五感を強く刺激する。流石に今度は泣きはしなかったが、瞳を閉じてゆっくりとマカロンを味わうと、悟は大きく息を吐く。そして、再び紅茶を口にして、口内に残った甘さを爽やかなそれで消し去る。

「本当に、美味いな。これも料理長が作ったのか?」

「はい。アインズ様のお口に合いましたでしょうか」

「あぁ。美味かったと伝えてくれ。これは、夕飯も楽しみだな」

 楽しげに微笑む悟に、リュミエールの心臓はもう限界に近かった。普段のアインズに比べて表情がコロコロと変わる悟は、ナザリック中の者の心を鷲づかみにして止まない。ナザリックの面々は、人間になったとはいえ悟とアインズでは声が変わっていないので、普段アインズ様はこんな表情で仰っているのか、などと想像しては幸せを感じていたのだ。……だが。今、リュミエールは何度も悟に微笑みかけられて、名前を呼ばれて。あまりの多幸感に心臓が早鐘のようになっていたのだ。その場に倒れそうになるのを必死に堪え、リュミエールは笑顔で悟を見守る。

 悟が優雅に紅茶を飲んでいると、ノックの音がした。すると、リュミエールが扉に向かい来客を出迎える。

(あぁ、そろそろデミウルゴスが戻ってくる頃か。久しぶりに飲食をしたから、結構時間が掛かったような気がする。……こんな、ちゃんとした食べ物を食べたのって生まれて初めてだしなぁ。……そういえば、マナー大丈夫かなぁ。ロールプレイの一環で、一通りマナーブックとかは目を通してたけど……)

「アインズ様、デミウルゴス様がお戻りになりました」

「そうか、では通してくれ。リュミエール、給仕は任せたぞ」

「はい!!」

 リュミエールが扉を開けると、デミウルゴスが大きな給仕用のワゴンを押して入って来る。

「アインズ様、お待たせ致しました。料理長に話をしましたら、張り切って用意しておりました」

「まぁ、私がナザリックでする初めての食事だしな。今日のメニューは?」

 リュミエールがシルバーとナプキンを並べている間、デミウルゴスは悟の横に控えている。悟のその問いに、デミウルゴスは軽く一礼すると口を開く。

「はい。本日のメニューは食前酒にアルコール度数がやや低めで呑みやすいアースガルズ産の白葡萄を使ったスパークリングワインをご用意させていただきました。肉料理に合わせてご用意したワインは第六階層の貴腐葡萄を使った赤ワインになります。また、アミューズに、ニヴルヘイム産の雪中サーモンの燻製サラダ仕立て、オードブルにフォアグラと野菜のココット仕立て、スープにヴィシソワーズ、温野菜サラダ、ポワソンにムスペルヘイム産鯨のポワレバルサミコ酢のレデュクシオン、グレープフルーツのソルベ、アントレにヨトゥンヘイム産フロスト・エンシャント・ドラゴンの上質な赤身肉を使用したステーキ、チーズは4種類の盛り合わせをご用意いたしました。フルーツには旬のイチゴ、アントルメにはガトーショコラのバニラアイス添え、カフェとブティフールにはデミタスコーヒーに一口サイズのマドレーヌをご用意しております。野菜と果物は全て、第六階層の採れたての物を使用しております。何か苦手な物はございますか?」

(えっ、ちょっと待って!?俺の呪文詠唱より長いし!!てか、この品数だとガチのフルコースだよね!?苦手な物も何も、ユグドラシルのメニューが多いし味とか想像出来ないんだけど!?)

「……そうだな。何分私はこの世界に来て食事をするのが初めてなのでな、正直味の予想がつかん。口に合わなかったら残すが、問題無いな?」

 と、そんな風に言っているが、現実世界での食事に比べれば恐らくは何十倍も美味な食事が出るであろう事は、先程のマカロンと紅茶で理解している。今のは悟なりの保険のような物だった。

(お茶とお茶請けがあれだけ美味しいんだから、残す訳無いんだけどね。一応そう言っておかないと、本当に食べられなかった時に困るからなぁ……)

「!も、申し訳ありません、アインズ様。私の考えが至らず……!」

「あぁ、良い、デミウルゴス。気にするな。せっかくの食事が冷めてしまうぞ?さぁ、席に着け」

 放っておくとまた自害を!とでも言い出しそうなデミウルゴスを宥め、悟はリュミエールに視線を向ける。すると、リュミエールはワゴンから食前酒を出して悟に差し出す。透き通って美しい黄金色のスパークリングワイン。馥郁たる香りのするそれは、悟が今まで嗅いだことの無い極上の物で。嫌がおうにも期待は高まる。悟はグラスを傾けてゆっくりと口に含み、その香りと風味を五感の全てを使って味わう。適度な炭酸の刺激が、舌に心地良い。

「アミューズのニヴルヘイム産の雪中サーモンの燻製サラダ仕立てです」

 そう言って出されたのは、艶やかなピンクのスモークサーモンを薔薇の形に美しく並べ、その周囲に色取り取りの野菜を葉に見立てて飾った美しい料理だった。

(うわぁ!すごく綺麗で、食べるのが勿体ないくらいだ)

 そうは思っても、空腹な悟が美味しそうなそれに手を出さない訳がない。サーモンを一切れ曇り一つ無いシルバーのフォークで取ると、躊躇わずに口に運ぶ。

(!!美味しいっ……!口の中で、蕩ける……!!)

 脂の乗ったスモークサーモンは、食前酒との相性は抜群だった。アルコール自体殆ど摂ったことが無い悟の体だが、デミウルゴスが言っていたようにアルコール度数が低めだという事もありアミューズと一緒にグラス一杯のそれを呑んでも、気分が悪くなることも無かった。それどころか、より空腹を感じるような気がする。

(あー、食前酒、ってこういう役目もあるのかー。確かに次のメニューが楽しみになるなぁ、適度な空腹感って)

 そんなことを思いつつ、悟は全ての料理をじっくりと味わうようにゆっくりと口にしてゆく。

 次々に出される、極上の料理の数々。見た目も素晴らしかったが、味も勿論極上で。悟は、自然と笑顔になっていた。それを見守るリュミエールと八肢刀の暗殺蟲は、満ち足りた気分になる。敬愛する主の幸福な姿を見て、満たされない僕はこのナザリックには存在しないからだ。

「そういえば、デミウルゴスは好きな食べ物は無いのか?飲食不要とは言え、好みの味とかは無いのか?」

 幸せそうな笑顔で食事をする悟に見とれていたデミウルゴスは、一瞬反応が遅れる。

「デミウルゴス?」

 小首を傾げて再度そう訊いてくる悟に、デミウルゴスは慌てて答える。

「は、はい。そうですね……。……申し訳ありません、アインズ様。実は、私も飲食するのは初めてですので。まだ、好みの味というのはわからないのですが……そうですね、今日のポワソンはサッパリしていて好ましいと思いました」

「そうか。……デミウルゴス。私が戻るまで、一緒に食事をとってくれないか?先程も言ったが、一人でとる食事ほど、味気ない物は無いのでな」

「……!アインズ様、それは……」

 デミウルゴスは、悟のその言葉に思わず大きく目を見開いていた。途端に露わになる、大きな宝石の瞳。細やかなカットが、室内の光を反射してキラキラと煌めいた。

「ある程度落ち着くまでの間、お前を拘束してしまう訳だしな。褒美だと思って何も言わず受け取ってくれ。なぁ、デミウルゴス?」

 そういう言い方をすれば、デミウルゴスは断らないだろう、という計算の元、悟はそうデミウルゴスに告げる。

「……かしこまりました。アインズ様からのご褒美、謹んでお受けいたします」

 まだ食事中の為、デミウルゴスはその場で悟に目礼をする。そんなデミウルゴスの尻尾はやはりゆらゆらと左右に揺れていて。悟は、自分の発言が間違っていなかったことを実感出来た。

(デミウルゴスっていっつも笑顔だから、どれくらい喜んでるのかとかあんまりわからないんだよなぁ……。でも、尻尾の動きで何となくわかるようになってきた!……ような、気がする)

 最後のコーヒーとプチマドレーヌをじっくりと味わいつつ、悟は小さく笑う。母親が死んでからずっと独りで居た自分が、こうしてまた誰かと食卓を囲むことが出来る幸せを感じながら。


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