鉄のララバイ 後篇
ここは施設の搬入口前。ギルガメス軍とGRFの混成部隊が施設を守るEUSTのブラストランナーと戦っていた。
赤茶けた大地を縦横無尽に戦場を駆け抜ける人型ロボットの群れ、その中で一際目立つ頑強な体格のブラストランナーが手に持った大型ガトリング砲が火を噴く。
銃身下部のボックスマガジンに銃口の金属フレーム、回転する四つの銃口から絶え間なく火が噴き次々と敵ブラストを鉄屑に変えて行く。
「甘い甘い! そんなものか!」
ゴードンが操るヘヴィガードG。その手に持つGAXダイナソアが恐竜の名の如く喰らい付いた敵機を喰い千切って行く。
一通り敵機を撃破し、一旦ダイナソアを折り畳んで背中に背負うと、代わりに背中から取り出したのは大型バズーカ、サワード・コング。ゴードンは機体を跳躍させると前方の地面に向けてコングを発射した。
黒い穴から飛び出した弾体がゆっくりと飛翔し地表に近付いて行く。着弾すると着弾地点の周囲に居たブラストランナーは爆発で全て吹き飛ばされ、至近距離で爆発を浴びた機体は木端微塵となって消えた。
黄緑と黄色の巨体が着地してコングを再び背中に背負うと、今度は左腕に装着された戦闘用チェーンソー、ブレイクチェーンソーを展開する。折り畳まれた刃が飛び出し猛烈な勢いで回転を始める。
ゴードンはそのままブースターを吹かして機体を前進させ、真正面から向かってくる同じくチェーンソーを構えた機体に突撃する。
両者がぶつかり合う寸前に二本のチェーンソーが振り下ろされ、回転する刃と刃がぶつかり合い激しく火花を散らす。双方ともに機体の全体重を前に押し出して相手の刃ごと機体を切り裂こうと腕に力を込めた。
力と力がぶつかり合う勝負を制したのは、ゴードンであった。ブレイクチェーンソーが相手のチェーンソーの刃を圧し折り、そのまま機体を斬り付ける。
機体の右肩から左脇腹を袈裟切りで両断し、真っ二つになった機体は爆散した。
「突き進むのみ!」
白いボディが映えるクーガーNXを駆るはレオ。無駄のないしなやかな動きで戦場を走り抜け、手に持つ単発式ライフルSTAR-10Cで次々と敵機の頭を撃ち抜いて行く。
と、正面からレーザー刀型の近接武器、リヒトメッサーを構えたブラストが突っ込んできた。緑色に輝くニュードの刃を横薙ぎで振りレオのクーガーを切り裂こうとする。
レオは咄嗟に機体をしゃがませるとスライディングの要領で刃の下を潜り抜けた。刃が頭上を通過すると振り向きざまに左腕を振って腕に装着されていた箱――41型手榴弾・改の弾装から紫色のボールが飛び出す。
信管が付いた紫色のボール。41型手榴弾・改はリヒトメッサーを振り抜いたブラストの背中に向かって飛んで行く。そして、限りなく近づいた所で信管が作動し手榴弾は爆発した。強烈な爆風と破片がブラストの背中に襲い掛かり、容赦無く機体を引き裂いて行く。
レオはクーガーの体勢を立て直すとSTAR-10Cを背中に背負い、代わりに中央から折り畳まれて背負っていた大剣、SW-ティアダウナーを構えた。
更に後腰に装着された推進装置、AC-ディスタンスを起動させ爆発的な加速を得て機体を突進させる。目指すは前方の敵機、こちらに気が付いたのか手に持ったサブマシンガンを乱射してきた。レオはティアダウナーの巨大な刀身を盾代わりにして強引に接近し、敵が間合いに入ったところでティアダウナーの銀色の刃を右に振り被り勢いを付ける。
一回転して加速を付け同時に接近、二回目の回転で加速と遠心力を十分に付けた巨大な刀身を目の前のブラストランナーに叩き込んだ。
巨大な暴力と化した刃が鋼鉄のボディを容易く引き裂き、真っ二つに叩き割った。
「悪いですが、私の総取りです!!」
漆黒の機体が戦場を切り裂く。その名の通り機体がまるで鋭利な刃のようなデザインのE.D.G.。レインは機体を右に左と動かしながら手に持つ大型の狙撃銃、炸薬狙撃銃・絶火で次々と敵の頭を撃ち抜いて行く。
本来ならば戦場を見渡せる高台等からの定点狙撃に使われるのが狙撃銃、それをレインは本来の用途とは全く違う方法で使い敵を射抜いていた。戦場を駆け抜けながら一瞬だけスコープを覗いて照準を合わせ発射、四角形の長大なバレルから炸薬が撃ち出され、照準の向こうに捉えた敵機の頭部を次から次へと流れるように爆ぜさせている。
一発撃っては装填し一発撃っては装填し、まるで無駄のない動きで癖の強い絶火を手足のように使いこなす。と、装填の最中にレインの目の前に二機のブラストランナーが立ちはだかった。その手にはショットガンと機関砲、既に引き金に指がかけられており、あと少しで得物から散弾と巨大な弾丸が吐き出される。
レインの機体は絶火を左手で持つと、右手で腰に装着されたブラストランナー用のハンドガン、マーゲイバリアンスを構える。右から左へ流すように腕を動かし、その間に前方の二機のブラストの頭部に銃口を向けて引き金を二回引いた。
一回引き金を引くごとに三回の反動が腕を震わせ、バリアンスから金色の空薬莢も三つ弾き出される。バリアンスを向けられた二機のブラストはそれぞれ頭部に三つの穴を開けて倒れた。
「貴様らには俺は倒せん!」
オレンジと白のツートンカラーで塗装されたネレイドRT、それを操縦するゲルトはネレイドが持つレイジスマックで次々と敵を粉砕していた。
ホバー独特の機動で敵機の懐に飛び込み、至近距離で頭部目掛けてレイジスマックの引き金を引く。重金属で作られた散弾の弾幕が一瞬にして敵機の頭部を消し飛ばした。
ゲルトは敵を撃破すると素早く次の獲物を探す。と、ゲルトの眼に背中を見せている敵機が映った。ゲルトは口端を釣り上げるとレイジスマックを背中に背負い、代わりに左腕に装着された箱型弾装から何かを右手で持ち、迷うこと無く敵機の背中目掛けてネレイドを突撃させる。
無防備な背中に体当たりを食らわせるとネレイドは右腕でその背中を殴り付け、同時に何かを設置した。吹っ飛ばされる敵機の背中には小さなアンテナの付いた縁が黄緑色に塗装された黄色い物体、リムペットボムVが設置されていた。
ゲルトがスイッチを押すとリムペットボムは信管が作動して爆発、設置されていた敵機は他の機体を巻き込みながら跡形も無く木端微塵に吹き飛んだ。
「良い調子だな、このまま押し切るぞ!」
ゴードンがサワード・コングで敵機を纏めて吹き飛ばしながら叫ぶ。戦況はギルガメスとGRFが優勢、この調子なら敵を殲滅して施設に突入も可能な勢いである。
しかし、ここに来てEUSTは突然の撤退を始めた。一斉にEUSTのブラストランナーが施設に向けて退却し、突然の行動にギルガメスとGRFは動きを止める。
「撤退か?」
『そうみたいだが、いきなりだな』
『何か思惑があるのでしょうか?』
『気を付けろ、逃げる獲物は大抵は何かを企んでいる』
ゴードンの呟きにレオ、レイン、ゲルトが応える。
このまま施設に突入するべきか、それとも命令があるまで様子を窺がうか。ゴードン達が思案していると彼等に無線が入る
『誰か聞こえるか? こちらバーコフ分隊!』
「こちらゴードン。どうしたバーコフ、何かあったのか?」
『ゴードンか!? 施設には絶対に入るな! ニュードなんて何処にも無い、EUSTは施設ごと俺達を吹っ飛ばすつもりだ!!』
「どういう意味だ?」
『爆弾だ! ニュードは何処にも無い、これは罠だ! 直ぐに引き返せ!!』
「爆弾だ! ニュードは何処にも無い、これは罠だ! 直ぐに引き返せ!!」
バーコフは無線の向こうに居るゴードンに向けてそう叫んだ。ゴードンが「直ぐに全軍に伝える。敵は施設に逃げ込んだぞ」と返事をすると無線は切断される。
無線でこの施設が罠であることを伝え、件の大型爆弾を睨むと後ろを振り返る。バーコフ分隊がニュードが保管されていると考え辿り着いた部屋、その部屋に置かれていたコンテナの中身は全て爆弾であった。
――まんまと嵌められたか。バーコフはヘルメットの下で舌打ちすると分隊員達に命令を下す。
『ようし、お前ら。この施設にもう用は無い、さっさとずらかるぞ!』
その命令に四人の分隊員が搭乗するスコープドッグは右手を上げて応える。バーコフのATが先頭を切って部屋を出ると、残る四人も部屋を後にした。
またしても長い通路をひたすら進み続ける。薄暗い通路にはスコープドッグのローラーダッシュの駆動音だけが響いており、それ以外の音が聞こえないことが不気味に感じられる。
爆弾はタイマーやセンサーの類はセットされておらず、恐らくは遠隔操作で作動するものとバーコフは考えていた。ゴードンは無線で敵はこの施設に逃げ込んだ、と言っていた。
地上の敵が撤退してこの施設の中に居るとすれば、まだ爆破はしないはず。恐らくは撤退した振りをして誘い込み、そこを爆弾で一網打尽にする計画であったのだろう。だとすればギルガメス軍とGRFが施設に入ってくるまで爆破はしないはずだ。
バーコフはそう結論付けると、通路の先に見えてきたエレベーターを見て安堵の息を漏らす。
エレベーターに全員が乗った所でバーコフのATが上に向かうスイッチを押した。しかし、エレベーターは全く反応しない。バーコフはもう一度スイッチを押してみるが、やはりエレベーターは反応しない。
『くそっ、こんな時に!』
『バーコフ、どうする? 別のプランは無いのか?』
バーコフが悪態を吐くとゴダンが何か別のプランは無いかと尋ねる。それに答えたのは別の人物であった。
『分隊長、おそらく何処かに地上に繋がる道があるはずだ。通行手段がエレベーターのみとは考えにくい』
『キリコの言うとおりだな……。ようし、お前ら。別の道を探すぞ!』
キリコの案に賛成したバーコフはエレベーターを出て右の通路に進んだ。その背中を分隊員達も追う。
蛍光灯が弱々しい光を放つ薄暗い通路、枝分かれした幾つもの細い通路と扉を五機の黒いスコープドッグが通り過ぎて行く。
五人は上の階に通じる道を探して視線を巡らせるが、その様な物は見当たらない。焦りと緊張が徐々に高まる中で先頭を走るバーコフが遂にそれを見つけた。
『あったぞ! 上に向かう通路だ!』
バーコフが見つけたのはまるでとぐろを巻いた大蛇を連想させる、上へと続く吹き抜け構造の巨大な螺旋通路。横幅も十分にあり多少、乱暴な操縦をしても落ちる心配はそうそう無い。
一刻も早く施設から脱出したい彼等は、スコープドッグのローラーを限界まで回転させると勢い良く螺旋通路を登り始めた。ひたすら上に向かって走り続け同じ景色が視界を通り過ぎて行く。
走れど走れど見えるのは鋼鉄の壁と床、弱い光の蛍光灯に別の場所に向かう脇道。もしや自分達は同じ場所を走っているのではないか?
そんな錯覚させ感じ始めた頃に、脇道から何かが姿を現した。現れたのは一体のブラストランナー、自分に向かうバーコフ達に気が付いていないのか螺旋通路の真ん中に歩みを進める。
「そこをどけぇ!」
先頭のバーコフのスコープドッグが手に持つショートバレルマシンガンのトリガーを躊躇い無く引いた。短いバレルから弾丸が絶え間なく吐き出されブラストランナーに向けて疾駆する。
ようやっとバーコフ達の存在に気が付いたブラストランナーは、全身に弾丸の雨を受けてボディが穴だらけになり、接近してきたバーコフ機のアームパンチの直撃を顔面に受けた。吹き飛ばされたブラストはそのまま螺旋通路の外、吹き抜けに落ちて行く。
障害を排除した所でまたもや前方の脇道からブラストランナーが出てきた、今度は素早くバーコフ達の存在に気が付き、手に持つ突撃銃を構える。
が、引き金を引く前にバーコフの後ろを走るキリコの機体からの銃撃を受け、ブラストは突撃銃を撃つことが出来ぬまま沈黙。緑色の爆炎と煙を撒き散らしながら機体は爆散した。
『バーコフ、なんだこいつら!?』
『恐らく、他の場所に爆弾を仕掛けていた連中だろう。俺達は運悪く鉢合わせしちまった訳だ』
『クソッたれ!』
ゴダンが悪態を吐きつつも、新たに現れたブラストランナーに向けて機体が担ぐソリッドシューターを発射する。赤い弾頭のロケット弾がブラストの胴体に命中し、粉々に吹き飛ばした。
ここまでの騒ぎに感付いたのか、脇道から続々とブラストランナーが現れる。各々が手に持つ銃器を五機の黒いATに向けて撃ち、螺旋通路のあちこちでマズルフラッシュが焚かれる。
『こんなところで死んでたまるか!』
『俺達は生きてここから帰るんだよ!』
『お、俺達は絶対に生きて帰るんだ!』
『邪魔すんな!』
『そこをどけ』
一刻も早く脱出しなければならないこの状況で事態は更に悪化する。分隊の五人は己を奮い立たせるように叫び、そして機体を駆る。
死んでたまるか、死んでなるものか。ここまで幾つもの地獄を潜り抜けてきた、今更こんな所で死ぬわけにはいかない。
それは彼らの生存本能の叫びか、はたまた魂の叫びか。
『俺は!』
『俺達は!』
『俺達はなぁ!』
『俺達はぁ!』
『俺達は……!』
五人の叫びが木霊する。
――俺達は死なねえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
地獄の釜は開かれた、進むも地獄は退くも地獄。己が生命の為に彼等は突き進む。
駆け抜けろこの戦場を、吹き飛ばせこの地獄を、生き抜いて見せろ己が生存本能に従って。
五機の黒い犬は螺旋通路を駆け上がり、行く手を遮る敵機を悉く破壊する。
銃弾で風穴を開け、榴弾で吹き飛ばし、吹き抜けに叩き落とし、ただ只管に突き進む。
敵も必死の抵抗で五人を止めようとするが、突き進み続ける彼等の勢いの前にはまるで意味を成さない。
遂には業を煮やしたか、一部のブラストが螺旋通路を攻撃して、上に続く道そのものを破壊した。
「そんなもので俺達を止められると思うな!」
バーコフが叫ぶと、彼は機体の踵部分に装着されたブースターを吹かした。続くように後続の四機もブースターを点火させる。
立ちはだかる敵機を蹴散らしながら機体は徐々に加速し、破壊された道の手前で機体は最大まで加速した。その勢いのまま五機のATは床を蹴って跳躍、向こう岸に待つ二機のブラストランナーに榴弾と鉛弾を浴びせながら着地した。
これで更に勢いに乗ったのか、バーコフ達はブースターを吹かしたまま螺旋通路を昇り上げる。
無限にも続くと思われた道に、遂に終わりがやってきた。螺旋通路の頂上、その場所に1Fと描かれた扉が見えてきた。
ゴダンがソリッドシューターの照準を扉に合わせ、引き金を引いた。赤い弾頭の榴弾が白い尾を引きながら飛翔し、扉に直撃する。爆風と爆炎が生まれ、それが消え去った後には扉を失った出入り口があった。
バーコフ達はその出入り口に飛び込むと、その先は彼らが侵入の際に通過した格納庫だった。
『よっしゃぁ、さっさとずらかろうぜ』
『ゴダン、水を差すようで悪いが。お出迎えがいるようだ』
言いながら、バーコフのスコープドッグが右腕を持ち上げた。
その手に握られているショートバレルのマシンガン。銃口の先には外へと続く出入り口の前に仁王立ちする、漆黒のブラストランナーの姿が。背中には片刃の巨剣を担ぎ、額から伸びた一本角、右肩は血の様な赤で染め抜かれた機体。見間違えようのない、D51で襲ってきたあの機体だった。
黒いブラストは右手の掌を上に向け指を数回、折り曲げる。誰が見てもわかる「かかってこい」という挑発であった。
『ここから出たければ俺を倒せってか』
バーコフは呟くとマシンガンを握り直し、黒いブラストに向けて機体を走らせた。後ろの四人も後に続き黒いブラストを取り囲むように動く。
黒いブラストの周りを円を描くように五機のATが走り回る。中央のブラストは両手に意匠の異なるサブマシンガンを握り締め、じっと身構えていた。
やがて、バーコフの機体がブラストの背中に向けてマシンガンのトリガーを引くと、それを合図に黒い鬼は動き出した。
右に跳ぶと両手のサブマシンガン――右手のM92ヴァイパーと左手のM99サーペントが火を吹き、鉛弾の嵐が正面に居たザキのスコープドッグに襲い掛かる。
ザキは機体を急旋回させて難なくこれを避けると、その隙を突いて黒いブラストの横から、コチャックがショートバレルマシンガンを乱射しながら突撃してきた。
「当たれえええぇぇぇぇ!」
が、コチャックの叫びも虚しく。黒いブラストはその場で一回転してコチャックの攻撃を避けると、すれ違いざまに突っ込んできたコチャックの機体の背中を目掛けて、二丁のサブマシンガンの引き金を引いた。
幾つもの銃弾が黒い背中に襲い掛かり、機体をズタズタに引き裂く。ボロボロになったコチャックのスコープドッグは、そのまま格納庫の壁に激突して動かなくなった。
「う、うわあぁ!」
「コチャックーーー!!」
「野郎!」
倒されたコチャックの姿を見て、ゴダンの怒りに火が付いた。肩に担いだソリッドシューターを乱射しながら、黒いブラストへと突撃する。
これに対して当のブラストは、両手のサブマシンガンをしまうと代わりに背中に担いだ巨剣、SW-ティアダウナーを手に取った。
中央から折り畳まれていた刀身が展開し巨大な刃となる。それを後ろ手に構えると、黒い悪鬼はゴダンに向けて疾駆する。
飛来する赤い弾頭の榴弾を紙一重で次々といなし、ゴダンのスコープドッグと黒いブラストの相対距離が徐々に縮まって行く。
途中からゴダンはソリッドシューターを撃つことを止め、じっくりと相手に照準を合わせていた。そして、絶対に避けることが出来ないであろう至近距離で、必中の一撃を放った。
砲身から発射された榴弾は、白煙を引きながら黒い機体に飛翔する。対する黒いブラストは、身を捻ると巨剣を振るった。
黒いブラストが回転すると、それに従って大剣も回転し巨大な刃が榴弾を切り裂いた。榴弾が爆発すると爆風と黒い爆煙が撒き散らされ、黒い煙幕の向こうから大剣を構えたブラストが、ゴダンの機体に襲い掛かる。
逆袈裟で左下から右上に胴体を切り裂かれ、ゴダンの機体が吹き飛ばされ格納庫の床に倒れた。
『ゴダン、大丈夫か!?』
『な、何とかな……』
幸いなことに刃はゴダンまで届いておらず、彼は無事だった。今度はバーコフとザキの二人が挟み撃ちを仕掛けて黒いブラストに攻撃する。
バーコフがブラストの足元に向けてマシンガンを撃つと、ブラストはバックステップで回避する。ステップ着地の瞬間を狙ってザキがマシンガンのトリガーを引いた。弾丸の嵐が黒い機体の背中に迫りそれら全ては銀色の壁に弾かれた。
「なっ!?」
「ちぃ!」
弾丸の全てが盾の様に構えられたティアダウナーの刀身に弾かれた。完璧な隙を狙ったザキの攻撃にも関わらず、黒いブラストは着地の瞬間に腰のブースターを全力で吹かして急旋回し、そのまま手に持つ巨剣で防いだのだ。
ザキが驚愕しバーコフが舌打ちすると、ブラストは空いている左手でザキの機体に向かって何かを放り投げた。
下手で投げられたそれは紫色に光っていた。ザキが思わずそれを目で追うと投げられた物体は球形で信管が付いている。球体がザキのスコープドッグの目の前で爆ぜた。
「ぐあっ!?」
球体――41型手榴弾・改の爆撃を受けたザキの機体が大きく吹き飛ばされる。その際に至近距離から爆風と破片を浴び、格納庫の床に倒れたザキの機体は無残な姿になっていた。
「そこだっ!」
ザキに注意が向いた瞬間を逃さずバーコフが肉薄する。マシンガンを乱射しながら黒いブラストに突撃するも、この攻撃もバックステップで回避された。
そして、バーコフはブラストが跳んだ方に肩のミサイルポッドを向けた。バーコフの指が操縦桿のトリガーにかかる。
指がトリガーを引くと同時にミサイルポッドが爆発した。バーコフの機体が右腕と頭部を失いながら左に吹き飛ばされる。バーコフに狙われていたブラストは銃口から硝煙が立ち昇るM92ヴァイパーを左手に握っていた。
『分隊長!』
『だ、大丈夫だ……』
それだけ言うとバーコフの通信は途絶えた。
瞬く間に四人が倒され残るはキリコ一人となった。ターレットレンズ越しに黒い悪鬼を睨むとキリコは機体を走らせる。
牽制にマシンガンを数発だけ撃つと、踊るように回避したブラストは返礼に両手のサブマシンガンを撃ってきた。この攻撃をキリコは機体をターンさせて見事に避ける。
キリコは機体をターンさせながらもミサイルポッドの照準を敵ブラストに合わせ、回避行動の終了と同時にミサイルを三発放った。この攻撃にブラストは手首の弾倉から手榴弾を取り出して、自分に迫るミサイル目掛けて投げ付けた。
極めて短く設定された信管が即座に作動し、手榴弾がミサイルもろとも爆発する。一通りの攻防を終えてキリコとブラストは対峙した。
「はあっ……はあっ……」
キリコは深く大きく息を吸って冷えた空気を肺に送り頭と身体を冷やす。
今まで様々な困難に立ち向かってきたが、この状況はその中でも間違いなく最悪だった。
分隊のメンバーは自分を除いて全滅した、時限爆弾のタイマーは今もカウントダウンが進んでいる、そして、目の前の相手は恐ろしく強い。オマケにこいつを倒さなければここから脱出することも叶わない。
キリコの脳裏には自分達の行く末を嘲笑う死神の嗤い声が聞こえていた。
「……」
キリコは操縦桿を握り直す。
もう時間がない、次の一手で勝負をつけなければ。
ヘルメットに繋がれた酸素ボンベから一際に大きく息を吸い込むと、それを一気に吐き出した。改めて前を、目の前の敵を見据える。
「いいだろう」
ペダルを踏み込み機体を走らせる。
「死神だろうが全智全能の神だろうが……」
黒いブラストも腰のブースターを噴射させて走り出す。
「たとえ神にだって俺は従わない!」
ここでキリコは隠し玉を使った。
ペダルを更に踏み込むとスコープドッグの踵の部分、ジェットブースターが火を噴く。ローラーの回転に加えてジェット噴射の推力を得た黒いスコープドッグは一気に加速した。
キリコはミサイルポッドの照準をブラストに合わせトリガーを引いた。肩のポッドから再び三発のミサイルが放たれ、白い尾を引きながら黒いブラストに迫る。
対するブラストは、急激に加速したATに驚きほんの僅かに隙が生じた。
それによってミサイルを回避することも迎撃することも出来ず、ミサイルが機体の周囲に着弾する。
初弾は機体の後ろに、次弾は左、最後は右に着弾したミサイルから爆風が生まれ、ブラストを大きく揺さぶった。
大きくよろけている敵に目掛けてキリコのスコープドッグはショルダータックルを浴びせる。
右肩がブラストの鳩尾の部分に直撃し、そのまま機体ごと押し込む。
足元から大きな火花を飛び散らせながらブラストは押し込まれ続け、やがて格納庫を支える支柱の一つに背中から激突した。
スコープドッグはブラストから身を離すと、素早く左の拳をブラストの胴体に叩き込む。
左腕のアームパンチに内蔵された炸薬が爆ぜ、生まれた爆発によって拳が先程よりも強烈に叩き込まれた。ブラストの胴体が大きくへこみ、ATの左腕の排莢口から金色の空薬莢が一つ弾き出される。
キリコは機体を一回転させながら距離を取り、マシンガンの照準を大きくへこんだブラストの胴体に合わせ、引き金を引いた。
マシンガンから一発だけ銃弾が放たれ、それはブラストの胴体を貫通した。その際に機体の制御回路を破壊したのかブラストのあちこちからニュードが吹き出す。
スコープドッグがブラストの脇を走り抜けると同時に、ブラストのニュードドライブが暴走したのか黒いブラストが内側から爆発した。更に支柱の周りに置いてあった幾つものドラム缶、中身は燃料が詰まっていたらしく、それに引火して巨大な爆発が生まれた。
爆発と爆風を背中に感じながらキリコは機体をブラストから離れた位置で半回転させた。
回るターレットからキリコの熱い視線が突き刺さる。
ようやく敵を倒したキリコは改めて分隊に通信を入れた。
『みんな、無事か?』
『だ、大丈夫だぁ』
『あぁ……なんとかな』
『生きてるぞ……』
『俺たち、悪運だけは強いからな……』
声は弱々しいが、返事が返ってきた。
それからバーコフ分隊は動ける機体と動けない機体を確認し動かない機体はそのまま破棄、搭乗機を失ったパイロットはまだ動ける機体に掴まりながら格納庫を後にした。
時限爆弾が作動し施設が跡形も無く吹き飛ぶのはそれから直ぐあとのことであった。
「ふむ、そうか……なるほど。わかった」
ここはギルガメス軍が管理する療養地、どこまでも続く森が眼下に広がる崖の縁に白い建物があった。
崖下を一望できる展望台には三人の男が居た。
一人は先程、部下からの報告を聞いていた情報省の長であるフェドク・ウォッカム。
もう一人はウォッカムの腹心であるルッタ・コスケ。
最後の一人は軍服を着た二人と違い青白い患者衣に身を包んだ老人、ヨラン・ペールゼンである。
ペールゼンは車椅子に座りながら顔に掛けたサングラスに太陽と空、森を映していた。黒いグラスの向こうで何を見て、何を思っているのかは窺がえない。
「閣下、吉報です。例の五人は生き残りました」
「……」
ウォッカムの言葉にペールゼンは答えない。口を真一文字に結び、顔の深い皺が更に深くなる。
「これで五人は異能生存体、あるいはそれに限りなく近い近似値であることが証明されたようなものです」
ウォッカムは酷薄な笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「近いうちに終戦に向けた大規模攻略戦が始まります。私は現場に向かわなければなりませんので、これで失礼いたします」
ウォッカムはペールゼンの背中に向けて一礼すると、踵を返して歩き出す。
「君はまだ、わからないのか?」
ウォッカムの足が止まった。
「異能生存体はキリコただ一人。それ以外は近似値に過ぎない」
「閣下、お言葉ですが貴方は少し完璧にこだわり過ぎるきらいがある」
ウォッカムとペールゼンは互いに背中を向けたまま言葉を交わす。
「貴方の完璧主義ぶりには私も敬意を抱いております。しかし、完璧にこだわるあまり全てが水の泡となっては本末転倒です。貴方はもう少し妥協という物を覚えた方が良い」
「私からも忠告しておこう。本物と本物に限りなく近い紛い物、一見すると両者はとても良く似ているが所詮、紛い物は紛い物だ。本物に成り変わることは決してできない」
「胆に銘じておきます」
それだけ言うとウォッカムは展望台を後にした、それに続いてコスケも立ち去ると展望台にはペールゼン一人が残される。
「キリコ、お前こそが、お前だけが正真正銘の異能生存体なのだ」
誰に言うでもなく、ペールゼンは小さく呟いた。
その頃、バーコフ分隊の面々は軍隊からの召集がかかり、目的地に向かうシャトルに乗っていた。
キリコを除いた四人は疲れから座席に座ったまま爆睡しており、次の任務に備えて体を休めていた。キリコだけは窓の外に広がる暗い宇宙に光る星々を眺めている。
今回も生き延びることが出来た。しかし、次の任務で分隊の誰かが死んでもおかしくない。
キリコは今までそんなことを何度も経験していた。昨日まで隣にいた同僚が次の瞬間には物言わぬ死体と化していた。戦場では当たり前のことだが、それは確実にキリコの心をすり減らしていった。
しかし、とキリコは思う。
この四人とはここまで共に生き延びてきた。もしかしたら五人揃って終戦まで生き残ることが出来るかもしれない。
淡い期待を込めて、キリコは視界に映る幾つもの星に願った。
――願わくば、五人揃って生き残れるように。と。
キリコは座席に座り直すと目を閉じて、そのまま眠り始めた。
彼らが向かうは激戦の舞台、モナド。