白浜兼一として史上最強の弟子ケンイチの世界に神様転生したはずの主人公。達人になることを目指して、原作に待ち受ける困難を乗り越えようとする彼だが、原作通りに進むと思われた不良達との戦いは予想に反してどこかずれていて……。

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戦え!神様転生者 史上最強の弟子ケンイチ

 ある日、僕は死んだ。後悔の無い人生だった。

 胸を張って来世に旅立てる。そう思いながら、魂のまま死後の世界で魂の浄化を待っていた僕に、神様を名乗る偉大な存在がある提案をしてきた。

 

「神を目指してみないか?」

 

 人の魂の管理を新たに務める者として、輪廻転生から解脱して神になってみないかということだった。

 今までの人生に満足していた僕は、新たな人生を送るのも神になるのも変わりは無いと考え、神になることを了承した。

 

「では、まず始めに君には魂の修行をしてもらう。私は人の作る物語を司る想像神だから、物語の世界で魂を磨いて貰うよ」

 

「創造神様でしたか」

 

「うん、想像神」

 

 創造神様が言うには、困難が立ち塞がる物語の主要登場人物として人生を幾度も重ね、魂の研鑽とするとのことだった。

 そして第一段階として、肉体を鍛える物語を選べと言われた。肉体強化の厳しい修行に耐えることは、魂の研鑽に手っ取り早いと。

 

「私のオススメとしては『ドラゴンボール』の世界だな。悟空にでもなってみるかい?」

 

「あ、物語って漫画もありなんですね。じゃあ『史上最強の弟子ケンイチ』の世界が良さそうですね」

 

「ふむ、それはどんな物語かな」

 

「えっと、サンデーで連載されていた漫画です」

 

「サンデーか。私はジャンプ派だから知らない漫画だな。だが私は想像神。知らない物語も一瞬で知り得ることができる……ふむ、サンデーの史上最強の弟子、格闘技の達人達の弟子となり不良グループと戦う、これかね。確かによい修行となりそうだ」

 

 そして神の権能で『史上最強の弟子ケンイチ』の世界が新たに作られ、僕はその世界で擬似的な人生を過ごすことになった。

 世界一つ作るだなんて、神ってすごい。魂の研鑽なんかで本当にこの領域に辿り着くことができるんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の新たな人生は白浜兼一という名前で、男の子だった。

 言わずもがな『史上最強の弟子ケンイチ』の主人公である。肉体を鍛え困難を乗り越えることが魂の修行に繋がるなら、主人公こそがその立場に相応しい。

 しかし、原作通りに物語を進める必要はないらしい。この世界は創造神様が修行のために作りだした架空の世界。どう道を逸れようとも、物語に似通った困難を主人公に与えるよう作られているとのことだ。本当に神様ってすごい。

 

 そういうわけで僕は、小学校入学前から梁山泊に入門して修行の日々を送っていた。

 入門が早かろうが遅かろうが、運命は達人の弟子集団YOMIと戦うことが決められているだろう。それならば早くから修行を開始して魂の研鑽を積むべし。YOMI戦がぬるゲーになってしまうかもしれないが、そのときはそのときで弟子クラスではなく妙手クラスや達人クラスの闇の武術家と戦いを繰り広げれば良いのだ。

 と、決心したものの。

 

「もういっそ殺せー!」

 

 想像通り、梁山泊の修行は地獄の日々だった。未就学児にも容赦のない地獄の特訓に次ぐ特訓。あの世を経験した僕だが、地獄は初体験である。

 

「俗に言う運動神経というものは、幼児期に顕著に発達すると言われている。ならば我々がすべきことはわかるね兼一」

 

 そうのたまうのは梁山泊の達人の一人、岬越寺秋雨師匠。まだ二十歳も過ぎていない若手だが、すでに達人の域に達しており、貫禄は十分にある。医者を目指すべく再来年には大学受験が控えているはずなのだが、勉学と鍛錬の合間に時間を作っては、僕の修行を見に来てくれるまめな人だ。

 

「うおおおおおおおお」

 

 僕は今、四方から丸太が突いてくる器具の中心に立って、丸太をひたすらに避け続けている。、

 幼児に配慮してか丸太の先端には布が巻かれているが、当たると痛いものは痛い。痛いというか吹っ飛ぶ。なので必死に避けるしかない。

 

「兼ちゃん。それが終わったらおいちゃんの修行よ」

 

 師匠の一人である馬剣星師父が横から声をかけてくる。馬師父は故郷に妻子を残してきており、僕のことを自分の子供のように可愛がってくれるが、修行の時間に限ってはやはり地獄のごとしだ。

 

「さらにそれが終わったら美羽との組み手を頼むぞい」

 

「お願いしますわ」

 

 新たに顔を見せたのが、梁山泊の長老風林寺隼人と、その孫娘の風林寺美羽だ。彼らは武術の修行で各地を転々としていることが多く、梁山泊にはあまり顔を見せない。

 この四人のメンバーに不在であるという一人を加えたのが、現在の梁山泊所属の武術家達である。まだ時系列的に空手の達人とムエタイの達人、武器の達人は梁山泊に合流していないのだろう。

 

「うおおおおおおおお休憩はー!?」

 

「そんな時間などなーい! いいかね兼一、賢い君ならわかっているだろうが、まだ幼い君は我々大人と違って、一日のうちに活動できる時間が短い。将来の肉体作りのために夜更かしなどもっての外! ならば修行は濃く激しくいかんと、鍛錬に使える時間などまたたくまに終わってしまうぞ!」

 

 僕の言葉をそうばっさり切る岬越寺師匠。

 確かに未就学児の僕は、『子供の習い事』程度の時間しか梁山泊にいられないけどさぁ!

 梁山泊に住み込み修業の話も一度出たが、両親がそれを許さなかった。そりゃあこの年齢じゃね。高校生になるまではごく一般家庭のごく普通の一般人。それが本来の『史上最強の弟子ケンイチ』の主人公だ。

 

「ふむ、時間だ。そこまで」

 

「うおおおおおおおお終わったー!」

 

 確かに魂を削って磨くに相応しい修行の日々だよ、『史上最強の弟子ケンイチ』の世界! でも正直今となっては『ドラゴンボール』の亀仙流の修行がよかったな! よく動きよく学びよく遊びよく食べてよく休むってね! いやあれもあれでウルトラハードらしいけどさ。

 

「ひー、ひー……。あの、師匠一つ訪ねたいんですけど……。どうですか。僕って才能ありそうですかね」

 

 前から気になっていたことを岬越寺師匠に訊ねる。修行に関係のありそうな質問でお茶を濁して、休憩時間を少しでも捻出しようとする苦肉の策だ。

 

「先も言ったとおり、人の運動能力というものは幼児期にどう過ごすかで大きく変わるのだ。だが、あえて言うならば――」

 

 原作のケンイチは武術の才能なしと言われていたが、はたして。

 

「普通だ!」

 

「ふ、普通ですか……」

 

「このままなんらかの武術を修めれば、どこにでもいるありふれたごく普通の武術家になることだろう」

 

 大会の入賞に縁の無い、段位は一応持ってますって感じの武術家だろうか。

 

「だが、この梁山泊に弟子入りした以上、普通の才能であろうとも強制的に達人の域まで行き着いて貰う!」

 

「さ、さいですか……」

 

 梁山泊流の達人への道は、登るのではなく崖から飛び降りるがごとく落ちるってやつだ。原作で岬越寺師匠が言ってた。

 

「それじゃあ拳法の修行の時間ね」

 

 そして修行は岬越寺師匠から馬師父へとバトンタッチだ。

 

「お手柔らかにお願いします……」

 

「おいちゃんの故郷じゃ、兼ちゃんくらいの歳で武術を始めるなんてよくあることね。ぎりぎりの加減は心得てるね」

 

「お手柔らかにお願いします!」

 

 死ぬほど辛いけど、修験者みたいに命をいつ落とすかもわからない荒行を一人でやるとかよりは、安全なんだろうなぁ、これって……。これよりきついであろう修行を住み込み二十四時間体制で続けていた、原作のケンイチってすごいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして月日が流れ、梁山泊に空手の達人とムエタイの達人、武器の達人が合流し、僕の修行開始から十一年経った。

 十一年という修行を続け、それでいて普通の才能の僕は、師匠達達人の域に到達することもなく、「良いとこ妙手じゃな」というありがたい言葉を長老に頂いている昨今でございます。

 とはいえ僕もいよいよ高校生。梁山泊への住み込みが両親に認められ、いわゆる内弟子というものになるわけだ。

 

 高校は歩いて行ける距離で制服が学ランの高校を選んだ。そろそろ原作開始の時期なので、僕からも原作との接点を増やそうという意図での選択だ。本当にこの学校が正しいかわからないが、原作のケンイチが徒歩で学校に通って学ランだったのは覚えている。あと、この学校は不良が多いらしい。

 美羽さんは梁山泊から徒歩で通える、僕とは別の松竹林高校というところに進学した。良い成績に見合った進学校らしい。

 

「同じ学校じゃなくて残念ですわ」

 

 友達の少ない美羽さんはそう残念がっていたけど、どうして学校が違うのかは僕も不思議に思う。原作だったら一緒の学校に通っていたはずなんだけどなぁ。あれ、転校するんだっけどうだっけ。

 いくら前世の記憶が脳ではなく魂に刻まれていると言えども、六十巻以上ある漫画の序盤なんてうろ覚えになるってものだ。そもそもサンデーの連載で読んでただけで単行本は買ってなかったしね。

 

 そんなわけで高校に入学した僕は、不良達と戦う機会を虎視眈々と狙うのだった。不良達の背後にはラグナレクという武闘派不良グループがあるはずで、僕の狙いはそれだ。

 

 武闘派集団とはいえ、素人の不良達を相手に素人の域を超えた僕が挑むのは、手段であって目的ではない。

 不良グループの背後にいるであろう殺人拳の使い手である闇の武術家に、梁山泊に弟子の存在有りと示すための手段だ。

 

 そしてその始まりは早くも訪れた。

 切っ掛けは体育の授業、柔道で柔道部の人が気の弱そうな生徒をいじめようとしていたのを止めたことだ。その柔道部員を授業中の試合という名目で投げ飛ばしたところ、その日の帰りに他の不良達を連れて、金属バット片手にお礼参りにやってきたのだ。

 

「よくも恥かかせてくれたなぁ! まぐれでも許せねえ!」

 

 まぐれねぇ。柔道着越しの僕の筋肉が見えなかったんだろうか。武術に不必要な無駄な筋肉は付けていないが、これでも結構マッシブなんだけどなぁ。

 

「てめえら囲んでやっちまえ!」

 

「よし、かかってこいやぁーッ!」

 

 …

 ……

 ………

 …………

 

「すんません、もうやらないんで許して下さい」

 

「いじめはダメだよ☆」

 

 武器を使ってきたので強めに懲らしめて、一件落着。

 とはいかず、後日別の柔道部員が柔道で挑んできて、それを撃退。柔道経験は無いけれど、柔術の応用でなんとかなるもんだ。

 そこで学校中の不良から目を付けられたのか、次から次と不良が挑んできてこれも撃退。

 すると、この学校の不良の総番長っぽいもじゃ髪と、取り巻きっぽい金髪ヤンキーと黒髪ボクサーが因縁を付けてきたので、これも撃退した。あれ、ここまでやったのに武田と宇喜田の技の三人衆が出てこないな。

 

「あんたが白浜だね。村上兄弟をずいぶんなめた目にあわせたそうじゃないか」

 

 そしてある日、原作キャラらしきスケバン(死語)が手下を引き連れて僕にからんできた。

 

「私は南條キサラ。グループのトップスリーよ」

 

「おおっ!? トップスリー?」

 

「あ? 私がトップスリーで何かおかしいってかい!」

 

「ああいえ、努力したんですね……」

 

 すげーぜキサラさん。原作と違って第三拳豪を張っていらっしゃる。それはそれとして。

 

「僕は女に手を上げないなんて、なまっちょろいことは言わないぞ!」

 

「はっ、当たり前じゃないか」

 

「よし、かかってこいやぁーッ!」

 

 …

 ……

 ………

 …………

 

「くっ、私の負けだ……」

 

 テコンドー使いと言うことで、足への執拗なテ・ラーン(ローキック)で攻撃を封じ込めた。

 

「私が負けてもまだ私らスネイクには二人上がいる……」

 

「えっ、スネイクって何?」

 

「えっ」

 

 無傷で立つ僕と、地面にはいつくばる不良達の間に沈黙が訪れる。

 

「なんだいあんた、自分の戦っている相手もわかっていなかったのかい……?」

 

そのキサラさんの言葉に、別の不良が追加で情報を寄越す。

 

「スネイクってのはこの辺り一帯をしめてるチームさ……」

 

「スネイク。ラグナレクではなく?」

 

「ラグナレクは隣の市のグループだよ! 私達スネイクと敵対している!」

 

「そ、そーなんすか……」

 

 どういうこと?

 てっきり今までラグナレクと戦ってきたとばかり思っていたのだが、まるっきり違ったらしい。隣の市にちゃんとあるってことだから、何かとんでもないニアミス的なことをかましてしまった気がするのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後もスネイクとやらからの挑戦は続き、新たにトップツーの拳法使いハーミットを撃退した。

 ハーミットの正体は同じ学校の杉本夏君。原作通りだね。うん、夏君。確かハーミットは原作でも杉本夏って名前だったはず。君もラグナレクじゃなくてスネイクにいたんだね。

 

 そして、とうとうスネイクのトップワンから果たし状が届いた。

 果たし状に書かれているトップワンの名前は吉川将吾。こんな名前の原作キャラいたかなぁ。

 相手の顔を見てみればわかるように思えるが、実はそうもいかない。何せ、漫画の二次元顔が、現実の三次元顔になっている。師匠達だって、美羽さんだってキサラだって、原作とは印象や構成パーツは同じでも、三次元となると造形が違うのだ。

 

 果たし状には時間と場所は任せると来たので、果たし合い後すぐに治療ができるよう梁山泊を指定して、時を待つ。

 そして考える。スネイクとはなんぞやと。

 

 原作のラグナレクは第一拳豪から第八拳豪までの幹部がいて、主人公はそれを倒していくことになる。そしてグループのトップたる第一拳豪オーディーンの正体は、主人公の幼馴染みの少年なのだ。その少年は、幼い頃美羽さんが荒くれ者を倒す現場を主人公と共に目撃することで武に目覚め、武術を続けるうちに闇の武術家に目を付けられ、ラグナレクを結成することになる。

 しかしだ。僕にはそんな幼馴染みは居ない。幼い頃から梁山泊で修行の日々だったから、美羽さんに負けず僕は友達が少ない。本来白浜兼一の友達になるはずだった人も、僕の選択で友達になっていないのだろう。

 つまり、僕と幼馴染みにならず、武の目覚めがなかったオーディーンは、武術家を志さずラグナレクも結成していないのではないだろうか。

 そして闇の武術家は他の武術家の卵を拾い、別のラグナレクが生まれた。だから不良グループが本来の勢力図と変わり、キサラさんとハーミットがスネイクなるものに所属していたのではないだろうか。

 となると、隣の市にあるというラグナレクの第一拳豪はバーサーカーが務めているんだろうか。ありそうだな。

 

「兼一さん、いらっしゃいました」

 

 美羽さんが連れてきたのは、キサラさんと金髪を逆立てた筋骨隆々の大男だ。

 って、この大男って。

 

「バーサーカーじゃないか!」

 

 三次元のリアル顔になってもわかるその風貌。ラグナレク第二拳豪のバーサーカーだ。

 

「あん? オレが狂戦士じゃないかって? くくく、ああ、確かにそうさ。オレは喧嘩が何よりも好きな狂戦士さ」

 

 ああ、しまった口に出ていたとは。

 

「あんたが白浜か。体格は小さいが、強そうな目をしている……! オレは目を見れば強いヤツがどうか一発でわかるんだ!」

 

「あなたが吉川さんですか。そういうあなたも全身から強者のオーラを出していますよ」

 

 まあ彼に限っては誰が見てもその強さを感じ取れるだろうが。何せ体格からして僕と違ってでかい。

 

「いかにも、スネイクトップワン、吉川将吾」

 

「梁山泊内弟子、白浜兼一です」

 

「立会人は私、風林寺美羽が務めさせていただきます」

 

「同じく南條キサラも勝負を見届けるよ」

 

 互いに向かい合い、誰に合図されるというわけでもなく構えを取る。

 

「勝負だ、白浜ぁ!」

 

「よし、かかってこいやぁーッ!」

 

 …

 ……

 ………

 …………

 

「オレの、負けか……」

 

「あなたは強い。でも、積み重ねてきたものの差で僕が上でした」

 

 彼は紛れもない天才だった。生まれついての超人的な身体能力を持ち、その身体を超人的な勘に任せて乗りこなす獣のような男。まさしく狂戦士。しかし、武とはそんな生まれついての強者を倒すために存在するものだ。

 彼の才能を僕は十一年という武の積み重ねで上回った。

 

 ……まあ武術の素人を武術歴十一年の玄人がぼこったという、とてもよろしくない状況なわけだけど。

 こっそり覗いている師匠達も苦笑いだ。でも果たし状貰っちゃったわけだし避けるべき戦いではなかった。

 

「お前、なんでこんなに強えんだ」

 

「……ここ、梁山泊で修行し続けてきたからかな」

 

「修行、か……」

 

 とりあえずスネイクの背後に何かあるなら、トップを倒したことで顔を覗かせることだろう。

 ダメそうなら、隣の市にあるというラグナレクと対決だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダメそうでした。

 ラグナレクは本当にただの不良の集団で、背後にはヤクザがいたというだけの本当に本当にただの不良の集団だった。

 どういうこと? ねえ? 闇は? YOMIは?

 

「やあ、ご苦労様。神だよ」

 

「えっ、あれ、創造神様。どうしたんですか急に」

 

 風景が灰色に染まり、仮初めの世界に神様が顕現した。僕の主観で十六年ぶりの再会である。

 

「やあなに、原作の時系列が終了したから、一度様子を見にね。これから世界は運命から脱して自由に動くようになるから、注意を促しがてらね」

 

「えっ、原作終了したってどういうことですか。まだ二十巻も行ってないですよね」

 

「? スネイクのトップワンを倒して全五巻終了だよ」

 

「え、全五巻って? 『史上最強の弟子ケンイチ』って五十巻超えてますよね?」

 

「うん……? ……あー、そういうこと」

 

 神様はうんうんと何か納得したように頷くと、急に両手を顔の前で合掌し頭を下げてきた。

 

「ごっめーん。作る世界を間違えちゃったよ」

 

「え、いや、よくわからないですけど、何も神様が僕なんかに頭を下げなくても……」

 

 絶対上位者の急な謝罪に恐縮するしかない僕である。

 

「いやいやごめんね。週間少年サンデーの『史上最強の弟子ケンイチ』の世界に送るって話だったのに、勘違いして少年サンデー超増刊の『戦え!梁山泊 史上最強の弟子』の世界に送っちゃったんだ」

 

「戦え梁山泊? なんですかそれ」

 

「『史上最強の弟子ケンイチ』がサンデーで連載する前に、別の雑誌でプロトタイプが連載されてたってこと。作者は同じだよ」

 

「な、なるほどー」

 

「同じ少年サンデーコミックスだから、生まれたのが早い順で権能が検索しちゃったみたいでね。本当にごめんね」

 

「いえ、いえいえ。これでも十分に修行になりましたから大丈夫ですよ」

 

「でもこの世界には闇の武術家もYOMIも一影九拳も八煌断罪刃もいないんだよ。本来君が乗り越えるはずだった困難が、ここにはないんだ」

 

「それは……でも闇の武術家がいなくても世界中に達人がいるって師匠が言っていましたし、腕試しをすれば――」

 

「だからやり直そう。ケンイチの世界を作り直しだ、はいばりばりー」

 

 そう神様が言うと突如灰色に停止した世界がひび割れ、崩壊した。

 

「え?」

 

「すまないけれど君も0歳からやり直しだ、はいっと」

 

 神様が手を振ると、僕の身体は吹き飛び、ばらばらに引きちぎられた。

 これは……この一瞬で終わってしまったというのか。世界が。師匠達の。美羽さんの。お父さんお母さん妹のいたあの世界が終わってしまったというのか。作り物の世界だってわかっていたつもりだった。だけどこれはあまりにも、あっけなすぎないか。

 

「赤ん坊を何度もやり直すというのは辛いかもしれないけれど、その困難もまた魂の修行だよ。頑張ってね」

 

 神様から見た世界というものは、そんなにも簡単に消してしまえるものなのか。

 原作の終了した世界は運命から解き放たれ自由に動き始めると言っていた。それを思いつきで消してしまえるような存在が神様というなら、僕は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神様のミスで前世を終えた僕の新たな人生は白浜兼一という名前で、男の子だった。

 言わずもがな『史上最強の弟子ケンイチ』の主人公である。肉体を鍛え困難を乗り越えることが魂の修行に繋がるなら、主人公こそがその立場に相応しい。

 この世界は創造神様が片手間に作りだした世界だ。人の命が宿る世界を簡単に作りだしては消し去ってしまうことに僕は拒否感を覚えたが、それを聞いた創造神様曰く、この世界は魂の宿らない仮初めの世界で、パソコンのプログラムのようなもの。人はAIで本物の命ではないらしい。でも高度なAIは人権を獲得するってSFもあるし、僕にはどうしたらいいかわからない。わからないので、少しでも消える世界が少なく済むよう修行に励むことにした。

 

 そういうわけで僕は、小学校入学前から梁山泊に入門して修行の日々を送っていた。

 肉体は貧弱な幼児のものだが、精神はすでに十一年武術の鍛錬を積んでいる。なので、肉体に不釣り合いな武を身につけていることをどう説明したものか迷ったが、パラレルワールドから人生をやり直しているということを素直に師匠達に話すことにした。

 と、決めたものの。

 

「もういっそ殺せー!」

 

 未就学児にも容赦のない地獄の特訓に次ぐ特訓。二度目の地獄の日々にてんてこ舞いである。

 

「俗に言う運動神経、すなわち身体を適切に動かす能力というものは、幼児期に顕著に発達すると言われている。さすが並行世界の私、良い着眼点だ」

 

 そうのたまうのは梁山泊の達人の一人、岬越寺秋雨師匠。その歳は二十歳をとうに超えていて、前世の岬越寺師匠と近い年齢であるようだ。この辺りは、プロトタイプと本連載の設定の違いということだろう。

 

「並行世界の私はこの時期学生で修行も合間にしか見てやれなかったらしいが、私はすでに卒業した身だ。存分に鍛えてあげられるよ」

 

「ジェロニモー!」

 

「うんうん、そうかい嬉しいかい」

 

 そして前世の岬越寺師匠とこの世界の岬越寺師匠の違うところ。この世界の師匠は怪しい修行道具の発明が大好きなのだ。

 僕は今、四方から丸太が突いてくるうえに野球ボールが八方から襲ってくる恐怖の装置にくくりつけられて、ひたすら避け続ける特訓を課せられていた。

 

 さらには馬師匠と長老と美羽さんも顔を見せ、さらなる修行を告げてくる。

 長老はこの時期世直しの旅に世界を回ってるはずなのだが、梁山泊に新たな顔ぶれとしてやってきたのが美羽さんと同年代で一定の武術を修めた僕だ。孫娘の組み手の相手として良しと判断して、長老と美羽さんは頻繁に梁山泊へと顔を見せに来ていた。

 

「うおおおおおおおお」

 

 休憩は無い。わかっているさ。

 仕方ないから、目指すしかないさ。今度こそ、達人ってやつを。

 そしていつか、自分の作りだした命を大切にできるような優しい神様になれたらいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 想像神は笑う。『戦え!梁山泊 史上最強の弟子』は本当に良い原作だった。

 ほどよく神候補者を鍛えられ、そして作品を取り違えたということにしてあっさり世界を壊してみせることで、神の無慈悲さを見せつけることが出来た。

 神の無慈悲さを垣間見ることは魂の研鑽に繋がる。そして、そこから神の慈悲深さについて思い悩むことにつながり、それもまた魂の研鑽に繋がる。

 彼はいずれ神となる魂だ。どのような神となるかを選ぶのは、研鑽の後の彼自身だ。

 

「厳しい神、優しい神、何を選ぶ? そうだ、次の転生先は『金色のガッシュ!!』なんて良さそうだ」

 

 想像神は笑う。

 

「いやー、ジャンプ派だったけど、こうして調べてみるとサンデーも良いものだね」

 

 神は人の前でミスをする。しかし、それもまた神の目的を遂げるための計略なのかもしれない。

 



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