楓さんの弟はクールで辛辣な紅葉くん   作:アルセス

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第8回総選挙始まりましたね。

一気に3位に現れた彼女は最終的に何処まで行くのか。

それと加蓮と楓さんには一緒に歌ってほしいです。


平凡な商店街も紅葉くんがいるとアイドルを呼び寄せる

紅葉くんとフライングな少女

 

 

酔いが覚め晴れやかな表情の姉さんが仕事へと向かった数日後。

ゴールデンウィークも終わり学校が終わった放課後、俺はいつも通り近所の商店街へ夕飯の買い出しに来ていた。

 

必要な野菜とメインの肉を買い、帰るために商店街出口付近へと足を運んでいると、前方から同年代か少し上かと思われる女性がこちらの方へ向かっているのがわかった。

 

この商店街は基本的に人通りは少ないが、その中でも特に学生が立ち寄るような店がほとんどないため俺のようは男子学生は目立つ。

 

今は近所の主婦や老人の方々に顔を覚えてもらっているようなので気にされることはないが、高校1年の初めは珍しいものを見るかのような目で見られたものだ。

 

そして同じく前方から歩いてくる女性はこの場に似つかわしくないため、通り過ぎる人が彼女を見て様々な表情を浮かべていた。

 

そんな中、その女性と俺の目が合ったかと思うと、彼女は一瞬驚き、そして少し笑みを浮かべ迷うことなく俺のもとへと歩いてきているように感じだ。

 

俺の方へ、というのは勘違いではないだろう。なぜなら、俺もその女性が何者なのか思い出したからだ。

 

「久しぶりね紅葉」

 

「お前は・・・」

 

最後に会ったのは数年前・・・中学生の時だ。

以前もそうだったが、今目の前にいる彼女はより一層大人びて見える。初対面だったのなら同年代だという事を疑うほどだ。

 

バッグを肩に下げ、何故か違和感を感じる学生服姿の彼女はとても落ち着いており、前と変わらないのはそのじっと俺を見つめる金色の瞳のみ。

 

「・・・奏、か」

 

「あら、ちゃんと覚えていてくれたのね。こんな場所で偶然見つけて驚いたけど、また会えて嬉しいわ」

 

彼女の名は速水奏。母方の親戚で、俺とは同じ年齢の従姉だ。

 

そういえば東京に住んでいたんだったな。親戚の集まりは和歌山でやることが多かったからすっかり忘れていた。

 

「その顔、私の家が東京だってこと忘れてたんでしょ」

 

「・・・・・・」

 

「やっぱりね。あなたって、思ってることが顔に出やすいから」

 

唇に指を当て微笑む奏。やはり俺は彼女が苦手だ。

顔に出やすいなんてことは奏以外から言われたことはない。

この前の姉弟ゲンカの内容からでもわかるように、姉さんですら俺の考えが理解できなかったのだ。

 

「でも・・・ふーん。少し変わったわね。ちゃんと今は私を見てるみたい」

 

「・・・色々あったからな」

 

「そう。ところで楓お姉さまは元気?」

 

「ああ」

 

相変わらずの観察眼で今の俺の状況にすぐ気づいたようだが、そこに対して興味はないのだろう。

奏の本題は姉さんのことのみだ。

 

奏は姉さんを尊敬、崇拝している。

それを知ったのは初めて会ってすぐのこと。

 

姉さんは親戚や近所で知り合いに会う時は、ある意味テレビや舞台でのアイドル高垣楓に似た雰囲気を出していた。

それは高垣家の長女だからなのか、格好をつけたいからなのか、又は人見知りの為に緊張しているからなのか俺は知らない。

 

だがそのクールで大人びた姉さんを初めて見た奏は衝撃を受けたのだろう。

自分も常に姉さんのようになりたいと、外での姉さんのように振舞う努力をすることにしたらしい。

 

そんなことを姉さんは知らない。奏が"お姉さま"と言うのは俺といるときだけだ。

彼女が姉さんと話すときは、いつも楓さんと呼んでいる。

 

そして奏も知らない。姉さんの本当の姿が全く真逆であるということを。

 

「あなたから見て今の私はどうかしら?少しはお姉さまに近づいた?」

 

「いや、全然」

 

むしろ遠くなって行ってるような気がするんだが・・・

 

奏の中の理想の高垣楓を追えば追うほど、現実の高垣楓から離れていく。

本当のことを伝えてもいいんだが、それで奏が今の姉さんのようになるとは思えないし、誰も得をしないだろう。

 

はっきりと奏の質問に対して否定したので、何かしら不満や敵意を向けてくるのかと思い多少警戒する。

 

一部の女性は俺が思ったことを口にすると物凄い気配を漂わせるということを新田さんで知ったからだ。

 

「それならよかったわ」

 

わずかな笑みを浮かべた奏の言葉は、しかし俺の予想を簡単に裏切った。

 

「つまり、お姉さまはまだまだこんなものじゃない。そう言いたいのでしょう?」

 

「ん?いや・・・」

 

「何も言わなくてもいいわ。あなたがお姉さまのことで嘘をつくはずがないもの」

 

「それはそうだが」

 

どうやら余計に勘違いさせてしまったようだが、当の本人は嬉しそうだ。

そしてこの様子を興味深そうに見ている人たちが何人もいる。

 

この商店街では人通りが少ないと同時に常連や店の人たちが限られてくる。

つまりほとんどが俺のことを知っているのだ。

余計な噂が立つ前に奏を別れてここを離れたほうがよさそうだな。

 

「・・・じゃあ俺は行くぞ。またな」

 

「また、ね。あなたからそんな言葉を聞けるなんて夢にも思わなかった」

 

そう言って奏は帰り道なのか、手を挙げて別れの挨拶をすると同時に俺が来た方向へと歩き出す。

それを確認した俺も逆に帰り道である奏がやって来た方向へと歩き出した。

 

「ああ、そうそう」

 

「ん?」

 

「近いうちに直接お姉さまに会いにいくわ。驚かせたいから、今日私にあったことは内緒よ」

 

再び声をかけられて振り返った先の奏は、人差し指を唇に当てて内緒だというサインを笑顔で送った。

その笑顔は今までとは違い年相応の、少し無邪気ないい笑顔だった。

 

 

紅葉くんとウォーリーキャット

 

 

 

「先輩って本当に美人の知り合いが多いんですね。もしかして今の人もアイドルか女優さんなんですか?」

 

何人かがちらちらとこちらを見ているのを気にせずにマンションへ帰るために歩いていると、すぐに横の路地から声をかけられた。

 

先輩、という言葉に最初は加蓮かと思ったが、相手を見ると違っていた。

制服から俺と同じ高校の生徒には違いないしどこかであった気がする。

何かしらのイベントがあるわけでもないのにこの場所で同世代の女性2人に会うのはとても珍しいことだ。

 

このショートボブにメガネをかけた生徒は確か・・・

 

「委員長か。久しぶりだな。加蓮を呼びに来た時以来か?」

 

「・・・は?」

 

自己紹介はされていたかもしれないが名前は覚えていない。が、クラス委員長であったことは加蓮の言葉からも間違いではないはず。

にも関わらず不思議そうな、少し怒っているかのような表情をしているのは自分の質問にきちんと答えていなかったせいだろうか。

 

「すまない。さっきのは従姉なんだ。久々に会ったから話をしていただけだ」

 

「ああ、そう・・・じゃなくて!」

 

「?」

 

違うのか?他に思い当たる節が見当たらないんだが。

 

「委員長だよな?加蓮の同級生の」

 

「そうですけど!そうじゃないですよね!?」

 

「・・・実は名前を覚えるのが少し苦手なんだ。あの時のことをよく覚えてないから、もしよかったらもう1度名前を教えてくれないか?」

 

「はぁ!?知ってるにゃ!ってかこの前この件やったばっかにゃぁぁ!」

 

にゃ?

この語尾最近流行ってるのか?それとも・・・

 

「もしかして、前川さんのファンなのか?まだデビューしてないのにすごいな」

 

「なんなん!?この人ホンマなんなん!?」

 

何度も叫びながら頭を抱えている委員長だが、当時の印象と随分違う。もう少し俺と似てあまり話をしないタイプかと思っていたんだが。

 

「うぅ・・・このままだとみくのアイデンティティがクライシスしそうだにゃ」

 

「大丈夫か?気分が悪いなら病院に行ったほうがいいぞ」

 

「誰のせいにゃ!」

 

「?」

 

「はっ!まさか・・・でもそれなら今までの先輩の態度も百歩譲って納得できるし・・・」

 

今度は腕を組んで頭をひねりながらあちこち歩き回る委員長に、徐々に興味を失っていたはずの商店街の人たちの視線がまた集まってきた。

 

そしてその様子を特に気にする様子もない委員長は意を決したように立ち止まり、突然メガネを外し、持っていたカバンから何かを取り出すとそれを素早く頭の上に付けた。

 

まさか・・・

 

「・・・前川さん本人か?」

 

「そうにゃ!」

 

「委員長が前川さん?」

 

「やっぱり!先輩はみくをどこで判断してるにゃ!?」

 

そういうことだったのか。だとしたら今までの前川さんの俺への態度に納得がいく。

誤解が解けていたようで実は全く解けていなかったということか。

 

それにしても常時あの耳を持ち歩いているとは・・・やはりプロだ。

 

「学校では普通の喋り方なんだな」

 

「当たり前にゃ。みくは可愛いネコチャンアイドル目指してるの!公私の区別はきちんと付けてるもん」

 

「ん?つまり今は仕事中か。語尾がアイドルの時と同じだものな」

 

「ぐぬぬぬぬ!この人素で言ってるから余計タチ悪いにゃ!」

 

「そういえばどうしてこの商店街に?ここの人たちには悪いが、女子高生が好きそうな物は置いてないぞ」

 

「急に普通の話題に・・・自由すぎてもうつっこむなくなるにゃ」

 

最初に思っていた疑問を投げかけると、何故かため息をついた前川さんは猫の耳を外し再びメガネをかける。

すると、気のせいかもしれないが急に落ち着いた表情になり、アイドル前川みくではなく高校生の前川さんに変化した気がした。

 

「私、346の寮で一人暮らしをしているんです。食事はよくスーパーの惣菜を買ったりするんですがたまに自炊もしてて」

 

「なるほど。ここの商品は結構安いからな」

 

「はい、初めて来た時には驚きました。なので、今日も何か夕飯になる物がないか探していたんです」

 

「そうだったのか。だったら俺が今日見たお勧めを教えるよ。ここは常連なんだ」

 

「あ、そういえば北条さんが先輩にお弁当をどうとか言ってましたね」

 

「ああ、俺が作ってる。姉さんの分も含めて2つも3つも変わらないしな」

 

「え?でもこの前のラジオでお姉さんが自分で料理はしてるって・・・」

 

「・・・それで今日安かった商品だが」

 

この姉さんの見栄か冗談かわからなことに関してはあとできちんと問いただそう。

 

「魚屋ではカレイが安かったぞ」

 

「お、お魚!?」

 

「煮ても焼いても上手いからな。煮付けのレシピがわからないなら教えるよ」

 

「あ、ああ煮付け!煮付けですか!い、いやぁ残念です。お魚は昨日食べたばかりで・・・」

 

「そうか。なら肉か?毎週今日の曜日はひき肉が普段より安いんだが。ハンバーグが定番だよな」

 

「ハンバーグ!今日はハンバーグにします!」

 

「あ、ああ。決まったのなら良かったよ」

 

よほどハンバーグが好きなのだろうか。魚を提案した時の表情と全く違っていた。

 

俺自身はすでに買い物を済ませていたので、一応肉屋の場所を前川さんに教えたあと、これ以上誰かにあって目立つのも困るので足早に商店街を出て家に着いた。

 

 

 

 

「(同じ学校でみくのこと知ってるはずの人にすらよく覚えてもらえてないなんて・・・みく、このまま言われた通りにレッスンばかりで本当にアイドルになれるのかな)」

 

「(そりゃあ少しは小さなお仕事もらえたりはするけど、誰もみくのこと知らないしみくじゃなくても出来るお仕事ばっかり)」

 

「(あとから入った3人には簡単に追い抜かれて、美波チャンたちもデビューが決定。みく、これからどうすればいいの?)」

 

「(先輩が羨ましいにゃ。言いたいこと言えてやりたいことやって、アイドルのお友達が増え・・・て?)」

 

「(そうにゃ!いっそのことみくも言いたいこと言わせてもらうにゃ!何もやらないよりは全然マシ!)」

 

「こうなったらデモにゃ!ストライキにゃ!やったるにゃぁぁぁ!」

 

 

 

翌日の放課後、知らない電話番号から着信が入った。不審に思いつつ取ると、電話の相手は俺の知っている少女の凛からだった。

どうやら美嘉から番号を聞いたらしい。

 

凛の声は珍しく慌てていて、何度も事情を聞いたのだがイマイチ飲み込めないでいる。

 

「・・・すまない、もう一度言ってくれ」

 

『だから、みくが大変なの!紅葉の真似だとかストライキだとか言って、莉嘉や杏と一緒にカフェで立て篭ってるの!』

 

「・・・」

 

『プロデューサーを探してるんだけど見つからないし、私たちじゃかえって状況が悪化するかもしれない。だから、みくがこうなった原因かも知れない紅葉がなんとか説得してよ!』

 

「・・・とりあえず346プロに向かう」

 

『うん。早く来てね』

 

やはり全くわからない。カレイを勧めたのが原因か?それともひき肉の状態が良くなかった?

とにかく急いで向かわなければならないようだ。

 

続く!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はみくのストライキ編から。
ここで少し紅葉くんは自分の心境を吐露する予定です。

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