プラチナチケットの結果は安定の5等でした。
それでも石3000とガシャチケ10枚ならまあ……
とある挑戦を決める紅葉くん
夕方、夕飯の準備をしていると姉さんからの連絡が届いた。
内容は凛に関してのもので、『公園で待っている』とのこと。
夕飯のことは心配するなという言葉も書かれていたが、ちょうど完成したところだったので、テーブルに並べ急いで準備をして家を出た。
昨日、俺は姉さんに凛へどうにか話をできないかと伝言を頼んでいた。
話をするにも電話は繋がらないし、プロダクションに何度も足を運ぶわけにもいかないだろうと思ったからだ。
美嘉に頼むことも考えたが、昨日の話を聞く限りではプロジェクトに顔を出しにくいだろうと考えてやめることにした。
その美嘉だが、今日クラスで顔を合わせると思った以上に元気で安心した。
少しは俺の言葉が役に立ったのだろうか。
だが美嘉とは逆に奈緒の様子がおかしかった気がする。
昨日のことを聞いてみたが、『うん……』『ああ……』と力のない返事ばかり。
加蓮の方は珍しく休み時間に1度も俺たちの教室にやって来ることはなかった。
弁当が無駄になってしまったが仕方ない。明日も同じようなら一応確認に行ってみるか。
2人とも今までにない状況なのでまた俺が何かしたのかとも思ったが、全く心当たりがない。
……いや、ここ最近はそう思っていても俺が原因だったりするわけだが。
だが今はまず凛のことに集中し、1つ1つ解決していったほうがいいだろうな。
凛と話をして次は本田さんか。
せっかく島村さんを含めて本格的にデビューしたんだ。このまま終わらせるわけにはいかないだろう。
黄昏時、夏に近づくにつれ暗くなる時間が遅いこの季節。公園ではまだ幾人かの子供が遊ぶ声が聞こえる。
4月には花が咲いていた園内の桜も、今は緑の葉がついているだけではあるが、その存在感が変わっていない気がした。
その桜の木の下にあるベンチの1つに、俺と歳がそう変わらないと思われる少女が座っている。
そして彼女の足元には俺も知っている犬が寄り添っており、先にその犬の方が俺の存在に気づいたようだ。
「あ、紅葉……」
犬が急に吠えたため、その先を見た凛も少しずつ近づいていく俺の存在に気づく。
一瞬立ち上がりこちらに向かってくるかのような素振りを見せたが、すぐに考えを改めたのか立ち上がったまま下を向いている。
「凛」
「うん……」
そして以前と同じように沈黙が続く。
何を話していいかわからないわけじゃない。どこから話せばいいのかわからないんだ。
最初に昨日はお疲れ様というべきか?
……違うな。その前に言うべきことがあった。なぜ凛が今俯かなければならないか、そこが問題なんだ。
「凛、すまない。俺のせいで……」「ごめん紅葉。私……」
『え?』
同時に頭を下げ謝り、同時に顔を上げ互いの顔を見る。
俺と同様、凛もなぜ相手が謝ったのかわからないといった表情だ。
「なぜ凛が謝るんだ?」
「なぜって、私ライブ上手く出来なかったし、電話も無視してたし」
「それは俺が原因だったんじゃないのか?前川さんの時の俺の状態でだろ?」
「それはそうだけど……ううん、ライブは私自身の問題だよ。誰かのせいにしていいわけない」
「確かにそうだな」
「紅葉にあっさり納得されるとそれはそれで腹が立つんだけど」
凛が俺を睨みつけ今までの弱々しかった顔が消えた。
あとはあまり話したくはないが、前川さんの時の俺の状態をちゃんと話すべきか。
「凛は俺と前川さんの会話を聞いていたか?」
「急に何?私たちが着いた時にはもう話は終わってたよ」
「あの時少し俺自身のことを話していたんだ。夢が見つからないとか、凛たちアイドルを尊敬しているが焦っているってな」
「そんな話してたんだ。だからみくは言いたくなかったのかな」
「俺は自分のことを他人に話したことがなかったんだ。だから初めて恥ずかしいという感覚に陥ってたんだと思う。それで凛にあまり見られたくなくて、あの場から早く立ち去りたくてな……」
「そうだったんだ」
以前のことを思い出し少し視線を外してしまう。
迷いや悩みがある分、真っ直ぐ自分の進むべき道へと歩き、又は走り出している凛と顔を合わせられない……
そう、言動が恥ずかしかったんじゃない。考えると言いながら先を何も考えていない自分自身が恥ずかしかったんだ。
そのことを今改めて実感した。
自己分析して再び沈黙してしまった俺の顔を覗くようにして見る凛。
彼女の顔を見ると、さっきとは変わって優しい笑顔で俺を見ている。
不思議に思った俺が疑問を投げかけるよりも早く、凛の方から話を始めた。
「別にいいんじゃない?まだ何も決まってなくたって」
「え?」
「私だって紅葉が思ってるほど将来を考えてるわけじゃないよ。確かに何かが掴めそうな気がするけど、それが何なのかはまだわからない。だったら一緒に探そう?
自分の夢は自分で決めることだけど、その過程は誰かと一緒だって構わないんだから」
卯月とみくはもう決まってるんだろうけどね……と、凛は最後に付け足した。
「そう……だな」
今まで1人で何でもやってこれたからだろう。
自分に関してのことを誰かに助けてもらうという考えが思い浮かばなかったな。
姉さんとも今まで将来のことは真面目に話をしていない。あのケンカの反省を俺は全く活かせていなかった。
「困ったときはよろしく頼む」
「うん、任せて。ところで話は変わるけどさ」
「なんだ?」
今度は凛の方が何かを言いにくそうに考え込んでいる。
俺もまだライブの感想を言ってなかったな。
お互い何を考えているかわからないはずだったが、意外と話は同じだったらしい。
「紅葉が話しにくいことを話してくれたんだし、私も聞くよ。昨日の私たちのライブ……どうだった?」
「ああ。あの時近づいてお疲れ様と言おうと思ったんだが、凛はすぐに舞台裏に行ってしまったからな」
「え、それだけ?もっとひどいこと言われるのかと思った」
「……」
ひどいこととは一体何だ?
確かに素人目から見て満点とはいかないだろう。恐らく本人も自覚しているはずだ。
だが逆に今までのアイドルたちのようにこんな舞台だった……という感想が出てこない。
美嘉からの話もあるし、凛が本田さんと同じ状態だったのかを聞いてみるべきか。
「凛は広場の観客の数を見てどう思った?」
「ごめん、実はちゃんとやろうってことに頭がいっぱいであまり見てなかった」
「それは……本当にすまない」
「い、いいってば!私が勝手にやったことなんだし、理由もわかったから」
「凛が必死にやってくれたことはよくわかった。だがそれで凛は楽しかったのか?」
「それは……」
答えに詰まる凛だったが、本人が楽しくなければ相手にも伝わらないということは俺以上に凛本人がわかっていることだ。
それは美嘉のバックダンサーをしていた凛が証明している。
これ以上聞くのはやめておこう。
「あ、紅葉のさっきの質問のことだけど」
「ん?」
「お客さんの話。昨日みたいな状態じゃなかったとしても、たぶん気にならなかったと思う。楓さんの話を聞いてるし」
「そういえばそうか」
「ただ未央は……」
なるほど、本田さんは少し誤解をしていたということか。
だから自分のせいで人が集まらなかったと思っていると。
「一度本田さんに会う必要があるな」
「プロデューサーは自分に任せてって言ってたけど。あの時は自分のことしか頭になかった。
やっぱり私も未央と話をしたい」
今は理由は全く違うが誰かと顔を合わせにくかった俺と同じように、本田さんはアイドルを辞めると言ったプロデューサーさんに一番会いたくないのではないだろうか。
その点俺ならあまり面識はないし、怪しまれる可能性も考えて凛と一緒なら多少プロデューサーさんよりも会える確率があるはずだ。
問題の解決は出来ないかもしれないが、せめてプロデューサーさんと本田さんが話せる機会を早めることが出来ればと思う。
「凛は本田さんの家がどこかわかるか?」
「……ごめん、わからない。卯月も聞いてたけどやっぱり自分に任せての一点張りだった」
「それは困ったな」
2人が知らないならどうしようもない。
プロデューサーに俺が聞いても結果は同じだろうし、結局待つしか手はないのだろうか。
「ん?姉さん?」
凛と共に諦めかけていた時、携帯が鳴り相手が姉さんだと気づく。
また帰りが遅くなるとかそんな話だと思っていたんだが……
『紅くん、わざわざ夕飯作っていてくれたのね』
「ちょうど出来上がる時だったからね。家に着いた連絡をわざわざしたのか?」
『いいえ、そろそろ凛ちゃんとの話が終わる頃かと思って。色々聞いたから大丈夫だとは思うけど、仲直りは出来た?』
「別にケンカをしていたわけじゃないし問題ないよ」
『なら、次は未央ちゃんよね?』
「どうして本田さんのことを?」
俺は凛と話をしたいとは言ったが、本田さんのことは話していない。
凛を見ても首を振っている。なら誰から聞いたのか。
『美嘉ちゃんにも少し話を聞いたの。途中で彼女のプロデューサーが会いに来て行っちゃったけど』
「そういうことか」
『だからその後武内プロデューサーに会いに行ったのよ。これでも凛ちゃんたちよりも彼のことは知ってるつもりだったから』
「……一体何を」
プロデューサーさんに本田さんを説得するよう頼んだのか?
元々そのつもりだっただろうし、姉さんの意図が全く読めない。
『紅くんも話をしたいんじゃないかと思って、プロデューサーから未央ちゃんの住所を無理やり聞いてきちゃった♪』
「なっ……」
物凄いタイミングだ。
しかも今回に限って初めて完全に俺の考えを読んでいる。
一体どういうことだ……まさか。
「本当に姉さんなのか?それとも何か悪いものでも食べたとか」
『ひどいっ!お姉ちゃんだってやる時はやるのよ!?』
どうやら本物のようだ。
プロデューサーさんには悪いことをしたが、本田さんへの考えは同じはず。
きちんと報告して謝れば許してくれるだろう。
『今日は遅いから明日ね。お姉ちゃんも行ければいいんだけど』
「そこまでは大丈夫だよ。ありがとう姉さん」
電話を切り凛へ状況を説明する。
凛も驚いていたが、やはり一緒に行ってくれるようだ。
島村さんにも連絡をするということなので、早いなら放課後すぐか凛たちのレッスンが終わってからになるな。
そして俺は凛に別れを告げマンションへ帰ることにしたが、ようやく解けた謎が1つあった。
前に凛の名前だと思っていたハナコだが、どうやら凛の飼っているあの犬だったらしい。
「紅葉は相変わらずだね」
と、凛にため息を吐かれた。
今回の件、まだ全て解決したわけではないが姉さんにはかなり助けられている。
そのお礼をしたいところだが、本人に言っても何もいらないと言うかダジャレ、酒関連のお願いになるだろう。
だから全てをあと約2週間後に迫っている姉さんの誕生日に込めたいと思った。
今まではケーキや料理を作り簡単なプレゼントを渡すだけだったが、今回は少し変えよう。
以前から考えていたことでもあるが、俺たち姉弟は一緒に外食をすることがほとんどない。
なので誕生日は俺が金を払い、少し高めの店で姉さんが好きな酒を飲みながらの夕食がいいのではないだろうか。
誕生日は姉さんが必ず休みを取るのでその点は問題ない。
問題は金……俺自身で手に入れたことのある金がまだないということだけ。
小遣いも生活費も全て姉さんの負担だ。
姉さんの誕生日に姉さんの金で外食するのはあまり意味がない。
短い期間でも俺がバイトできる場所があればいいんだが。
「ここは……」
考え事をしながら歩いていると、すでにいつもの商店街にまで辿り着いていたようだ。
時間的にもいつも以上に人通りが少なく、昼間はいないサラリーマン風の男性も何人か見える。
「ようボウズ。こんな時間に珍しいな」
「おじさん、こんばんは」
魚屋の前ではいつも通りおじさんが立っており、この時間でも集客に力を注いでいた。
店頭を覗くとほとんどの商品はなくなっていて、見切り商品がよく目立つ。
この人には商店街を知った始めの頃からお世話になっている。
しかも日本人ではなくアイルランド人。
学生時代に日本に留学し、この国の食文化に触れ感動して移住することにしたそうだ。
年齢はわからないが最初におじさんと言っても何も言われなかったのでそのままにしている。
身長は俺より10センチほど高く、後ろで結った青い髪は男性にしては長いほうだ。
趣味は釣りで、休みの日はよく出かけるらしい。
そうだ、ここでバイトするのはどうだろうか?
魚のことなら多少おじさんに教わっているし初めてではない。
誰かを雇ってるのも確認したことがないし、事情を話せば雇ってくれるかもしれないな。
「おじさん、ここでしばらく働かせてくれませんか?」
「っと、いきなりだな。とりあえずまずは理由を聞かせてくれ」
事情を話すとおじさんは快く引き受けてくれた。
放課後の少しの間と土日の午前中だけだが、2人で食事をするにはじゅうぶんなバイト代が得られそうだ。
続く!
そしておまけ↓
───翌日346プロ───
鈴科P「加蓮ちゃんは大丈夫?」
奈緒「今日少し熱があって休んだけど、明日には復帰できるって」
鈴科P「悪いことしたなぁ。加蓮ちゃんのメニュー少し変えるべきか」
奈緒「それ、たぶん加蓮は嫌がるぞ。気にするなって言ってたしあたしと同じでいいと思う」
鈴科P「そう?本人がいいならいっか。じゃあ次は仕事の話ね」
奈緒「切り替え早いな……え、仕事?」
鈴科P「そ、仕事」
奈緒「レッスンじゃないの?」
鈴科P「それはもちろんあるけど、ちゃんと仕事も取ってきたから安心してよ!」
奈緒「不安しかないんだけど!い、いきなり仕事って何やるんだよ!?」
鈴科P「少しずつライブより前にも場慣れしてもらおうと思ってね。
普通はあまりやらないけど、うちのアイドルたちがよく出演させてもらってるCMの会社のティッシュ配り」
奈緒「てぃ、ティッシュ~~!?」
鈴科P「場所はほら、ここ。この商店街、人通りあまりよくないけど、最初ならあまり緊張せず出来るでしょ?」
奈緒「ああ、ここかぁ。確かにここなら大丈夫かも」
鈴科P「じゃあ明日からよろしくね。加蓮ちゃんには俺から伝えておくから」
奈緒「お、おう。この商店街なら同級生が欲しいものないはずだし、知り合いに会うことないよ……な?」
たまには楓さんが活躍する機会があってもいいんじゃないか!
ご都合主義な部分があるのは否定できませんが。
紅葉くんと凛の場合、たまに紅葉くんの方がヒロインになるのが不思議。