いや違うんですよ。夏暑すぎて何も考えられずにズルズルとこんな季節になってしまっただけなんですよ。
書きたいことは決まっているのに、こんな時間かかってしまった……
紅葉くん現地へ
いよいよサマーアイドルフェス当日。
いつもより少し早く起きた姉さんは、全く緊張している様子も見せず準備をしていた。
通常のスタッフと多少異なるが、今までのライブと違い俺も裏方に徹することになる。
姉さんよりも早く現地へ向かう為、朝は俺が見送られる形になった。
「それじゃあ行ってくるよ姉さん。また後で」
「ええ、行ってらっしゃい紅くん。本番は楽しみにしていてね」
手を振った姉さんの笑顔に若干違和感を感じたのは気のせいだろうか。
何かを隠しているような……いずれわかるということか?
鈴科プロデューサーの車に乗せられ現地へ向かう時、会場最寄りの駅を通ったが、若干人が多いように感じた。
「多分、ここにいる人たちのほとんどはフェスへ向かうんだと思うよ」
「そうなんですか」
奈緒たちと一緒にライブへ行くようになってから開始時間より早めに現地に着くようにしていた。
それでも十分早いと思っていたのだが、まさかこんなに朝早くから向かう人がいるとは思わなかった。
仮に俺1人で観客としてここに来るとしたら、始まる1時間ほど前に着くように準備していただろう。
もしかして、これが普通なのか?
現地へ着くと既に殆どのスタッフが集まっていた。
会場の設置は前日まででほぼ完璧であり、あとは機材のチェックと簡単なリハーサルのみ。
たった1日のライブの為にこれだけ多くの人が全力で取り組んでいる。
俺も自分に出来ることを本気でやらないとな。
周りの手伝いをしながらたまに控え室の前を通ると、アイドルたちの話し声が聞こえてくる。
時計を確認すると、彼女たちの集合時間が迫っていることがわかった。
鈴科プロデューサーは俺をここへ運んでくれたあと、そのまま引き返し奈緒と加蓮を迎えに行った。
申し訳ないから自分で来ると言ったんだが、気にするなということなので厚意に甘えることにしたんだ。
ちなみに鈴科プロデューサーが担当する美嘉たち正規のアイドルは、姉さんを含め同じバスでここへ来るらしい。
凛たちが所属するシンデレラプロジェクトも、それとはまた別に一緒に送られてくるようだ。
「あ、やっほー★高垣くん」
「ああ、美嘉か。いや、おはようございます。もしくはお疲れ様です……の方がいいのか?」
「やだ、やめてよそんなの。いつも通りでいいってば」
自分の持ち場のチェックが終わり報告に戻る途中、通路から美嘉が現れた。
その後ろには日野さんと小日向さんもおり、それぞれに挨拶をする。
「そうか。おはよう美嘉。今日は観客ではなく雑用としてだが、ライブを楽しみにしてる。それと……」
「わかってるって。奈緒と加蓮のことは心配いらないよ。アタシが一緒なんだから★」
「ああ、そうだな」
どうやら美嘉には俺の考えていることがお見通しだったようだ。
片目を瞑り自信満々に答える姿はとても頼もしい。
最近気づいたことだが、やはりプロということだろうか。
普段学校で話しかけると戸惑いを見せることの多い美嘉だが、今のような状況だとはっきりとこちらを見て話すことがほとんどだ。
公私をきちんと分けているところは俺も見習うべきだな。
今回のことで仕事の内容の他に学ぶことがかなり多いのは幸運だった。
リハーサルもほぼ終わり、あとは本番を待つのみ。
鈴科プロデューサーに、多少時間に余裕があるから皆に声をかけたらどうかと言われた。
確かに気になっていたところではある。
特に加蓮は問題ないのだが、奈緒はここに来てからまだ緊張が解けていないようで挨拶程度の言葉しか交わしていない。
本番中は美嘉がいるから大丈夫だが、その前に何か俺に出来ることがあればフォローはしたい。
それと気になるのはシンデレラプロジェクトだ。
新田さんのことだから上手くまとめてくれていると思うが……
ああ、姉さんの方は問題ないだろう。
今も控え室で川島さんと笑っている声が聞こえてくる。
今日初めて見るアイドル含め、常にライブに出ている人たちは余裕の表情でそれぞれ時間を過ごしているようだしな。
姉さん達の控え室から少し離れた部屋に、奈緒と加蓮の名前が貼ってあった。
以前聞いた話だが、どうやら凛たちが美嘉のバックダンサーをやった時も、同じように別々に部屋が割り当てられていたらしい。
「はい」
「加蓮、俺だ。今入っても大丈夫か?」
「あ、先輩。うん、どうぞ」
2人の控え室は他のメンバーより小さな部屋だが、今回は他にバックダンサーもいないため特に窮屈なようには感じられない。
既に準備を終えたらしい加蓮は、中央にあるテーブルでいつも通りの様子を見せているが……
「ん?奈緒、どうしてそんな部屋の隅で小さくなっているんだ?」
「あ、あはは……」
奈緒に言葉をかけるも返事は帰って来ず、というよりも俺がいることにも気づいてないようだな。
壁に向かって何やらブツブツと言葉を発しており、加蓮に状況説明を求めようと顔を向けるも、苦笑いとため息しか返ってこなかった。
「ムリムリムリムリムリムリムリ、絶対ムリ!……はっ!もしかして今日はまだ本番じゃなくて練習なんじゃ!?
って、そんなわけないだろ!どうすんだよもう本番だよ!練習はしてきたけど自信ないよー!きっとボロが出て、終わりだ……!」
「……」
奈緒が何を言っているか確かめるために近づくと、急に立ち上がり、以前商店街でやっていたように頭を抱えて大声を上げ始めた。
ああ、加蓮がため息を吐くのもわかる気がする。
今更と言うかなんというか。あれだけ練習をして自信がないはないだろう。
俺が思っていた状態とは随分と違っているようだな。
「奈緒」
「……へ?って、うわあああ!も、紅葉!いつの間に後ろにいたんだ!?」
「そんなことよりも、少し……どころか必要以上に緊張し過ぎてないか?加蓮にだって影響が出るかも知れないぞ」
「あ、それは大丈夫。ここまで大げさに1人コントしてたら逆にリラックス出来ちゃうから」
「コントじゃない!こっちは大真面目なんだ!フェスだぞ?お客さんがたくさん来るんだぞ。ティッシュ配りの比じゃないんだからな!」
「それは当たり前だろう」
もしや場馴れの為のティッシュ配りが逆効果だったのだろうか。
いや、加蓮の方は落ち着いているし、プロデューサーさんが考えて2人に持ってきた仕事だ。
普段も仕事が始まる前は多少緊張しつつも、お客さんに配っている時は他のアイドルに負けない笑顔で対応する奈緒のこと、今日も本番になればいつも通り練習の成果を発揮してくれるはずだ。
とは言え、少しでも緊張がほぐれるような言葉をかけたほうがいいだろう。
加蓮と両方に、今までやってきたことを出せば問題ないということを伝えておこう。
「奈緒、それに加蓮。お前たちは……」
「先輩、アタシだって奈緒たちに比べれば短い間だけど、先輩とはそれなりに付き合いが長いもん。言いたいことはわかるよ」
「そうか。なら問題……」
「先輩のことだから『お客さんはお前たちを見に来たんじゃない。美嘉を見に来たんだ。お前たち2人は勘違いせず、バックダンサーとしてしっかりやれ』そう言いたいんでしょう?」
「ん?」
何だ?確かに思うところはあるが、そこまでひどいことをこの状況で言うつもりはないんだが……
「くっそう。紅葉のことをわかってるとは言え、直接言われるとさすがに少し腹が立つよな……よし!決めた!見てろよ紅葉。今言ったことを後悔するくらい目立って目立って、一歩でも美嘉たちに近づいてみせるからな!」
「い、いや。俺は何も言っていないんだが」
2人が俺のことを普段どう思っているのか疑問が残るが、どうやら奈緒もいつも通りに戻ったようだ。
このまま本番に臨んだ方がいいと判断し、余計なことを言わずに控え室を後にした。
次に気になるシンデレラプロジェクトの方だったが、こちらは全く問題がなさそうだった。
気になる新田さんだったが、以前協力を申し出てくれた事務員の千川さんが変わらずサポートに回ってくれている。
何かメンバー内で困ったことがあった場合は、率先して問題を解決してくれているみたいだ。
千川さんは会う度に不思議なドリンクをくれるのだが、常に持ち歩いているのだろうか?
「紅葉、私たち今度は失敗しないよ。絶対成功させるから」
「ああ、楽しみにしてる。今の凛なら問題ないだろうからな」
「うん」
凛や未央、島村さんの表情は自身に満ち溢れていた。
前川さんや李衣菜たちもそれぞれ曲や移動を含めた最終チェックを済ませており、千川さんやプロデューサーに問題ないと報告をしている。
「いいなぁ……」
その様子を見ていると横からそんな声が聞こえた。
そちらに視線を向けると、少し羨ましそうな表情の蘭子が皆を見ていた。
「!?」
俺のことに気づいた蘭子は、慌ててプロデューサーの元に駆け寄った。
そうか、そういえばプロジェクトの中で蘭子だけがソロデビューだったか。
ユニットとして参加している他のメンバーに思う事があるのかもしれない。
蘭子の曲を聴いたことはあるが、普段の行動と同じ独特のものであり、良い意味で蘭子らしい曲だ。
それはそれで素晴らしいものなのだが、確かに今後蘭子と似たような感性を持つアイドルと一緒に何かが出来れば……
「みんなー揃ってるー?」
『はーい!!』
いよいよ本番直前。
川島さんの声にアイドルたちが集まる。
俺を含めたスタッフも全員集まっており、中央にいるアイドルたちを少し遠くから見ている状態だ。
奈緒と加蓮はどうすればいいのか戸惑っていたが、川島さんが手招きをして一緒に輪になった。
「お客さんはもちろん、スタッフさんも私たちも全員安全に、楽しく今日のフェスをこの夏一番盛り上げていくわよー!」
『はい!』
「じゃ、円陣組むわよ。楓ちゃん、掛け声よろしく」
「はい」
このまま川島さんがまとめると思っていた矢先、姉さんにバトンが渡される。
姉さんがやるのか?大丈夫だろうか……
「それじゃあ円陣組んで、エンジンかけましょう♪」
「はぁ……」
やっぱりこうなったか。
全員どう答えていいか分からず戸惑っている様子だ。
本番直前だというのに、一体何を考えているのか。
だが、それぞれが姉さんの言葉の感想を口にする度場の空気が変わってきている気がした。
真面目で硬くなった表情は柔らかくなり、自然と笑みがこぼれている。
姉さんに慣れてきている奈緒たちも、いつも通りの姉さんを見て肩の力が抜けているようだ。
「では改めて!346プロサマーアイドルフェス、皆で頑張りましょう!」
『おーーー!!』
なるほど、そういうことか。
どうやら俺は勘違いしていたようだ。
大きな舞台で緊張しているアイドルもいる。
姉さんは先輩としての役割をしっかり果たしたということか。
「姉さん」
「紅くん。さ、さっきの……どうだった?」
「ああ、素晴らしかったよ。良い掛け声だった。やっぱり姉さんはプロだな」
「っ!そ、そう?今回のはちょっと自信あったの。よかった、ようやく紅くんに認めてもらえたのね!」
「何言ってるんだ。そんなのとっくに認めてるよ」
「まあ!それでその……」
「ん?」
「今回は何点だった?」
「え?」
「え?」
そしてついに、サマーフェスが始まろうとしていた。
続く!
皆さんも総選挙曲を聴いたことかと思います。
自分は今まで一緒に歌ったことのない、楓さんと奈緒、加蓮が一緒に歌ってくれるのが夢でした。
そのためにこの小説を書いたというのも理由の1つにあります。
それがようやく実現した!CDで3人が続けて歌っているのを聴いて涙が出そうになりました。