黒の剣士が白兎に転生するのは間違っているだろうか   作:語り人形

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第27話 ファミリアの呪縛

「ふぁ~あぁ~」

 

 のどかな空の下、往来もそこそこなストリートを歩いていた時だった。通りを隈無く照らす柔らかな陽ざしに当てられたのか、不意に開口した喉元から締まりの無い、間延びした欠伸が洩れ出た。

 

「なんか眠そうだね。昨日、帰りが遅かったけどダンジョンに行ってたの?」

 

 陽の光の刺激を受けて、こそばゆい(まなこ)を指先で擦っていると自分の隣を歩く人物から聞かれたので頷いて答える。

 

「ああ、ちょっと魔法を試しにな。効果を確かめるのに夢中で遅くなったよ」

「えっ、もうベルも魔法を使えるようになったの!? あー、だからナァーザのとこでマジックポーションを買っていたんだね」

 

 魔法と聞いて、リセリスは驚きで目を丸くする。道中立ち寄った【青の薬舗】でのマジックポーションの購入は俺用ではなく、他の誰かの為なのかと思っていたと言う。……そういえば、リセリスにはまだ昨日の事について教えていなかったな。

 

「経緯は偶然だが……昨日ステイタスに発現してな。“も”ってことはリセリスも魔法が使えるのか?」

「うん、一つだけね。ベルって恩恵をもらってそんな経ってないでしょ。Lv1で魔法を習得するなんて凄いことだよ!」

「お、おう……ありがとう……」

 

 そんな大げさな……と思うも、それも当然かもしれない。元来魔法の素養があるエルフならばともかく、適正が高いとは云えないヒューマンの俺が恩恵を得て僅か数週間で発現したのだから。

 とはいえ、そのきっかけが魔導書(グリモア)の力のお陰であることを知っている俺からしたら少々決まりが悪いものなのだが、感嘆する団長様の姿を見て、ここは素直に受けとって礼を言った。

 

 こうして今朝はリセリスと一緒に大通りを歩いているが、普段の俺達はホームを出る時間や帰りなど結構バラバラである。俺は日々ダンジョン攻略に勤しみ、リセリスは探索以外にもファミリアの団長としての務めを果たしている──訳では無いが、第一級冒険者の肩書きもあって指名依頼(クエスト)が舞い込む事も珍しくなく、数日の間ホームを空けることもざらにあった。

 今日はリセリスの冒険者仲間達とバベル前の円形広場で待ち合わせをしているらしく、“折角だから一緒に行かない?”と誘われて二人でバベルに向かっていた。

 

 なお、カーディナルは今朝から何用か出掛けていた。

 

「そうだ、昨日万書殿でリセリスの事を知っているエルフの女性に会ったんだ。冒険者仲間って言っていたが」

「あ、それってシオンのこと? へぇー、もう会ったんだ。この前ベルの事を話してみたら、会ってみたいって言っていたんだよ」

「ああ、聞いたぜ。後リセリスは普段、別ファミリアの人達とパーティを組んでいるんだってな。彼女達とはどれくらいの付き合いなんだ?」

 

 少年の問いにリセリスは虚空を見上げ、う~んと考え込む。

 

「皆と出会ったのはボクがまだ駆け出しだった時で……、カーディナルから恩恵を貰って2ヶ月ぐらい経った頃かな。ダンジョンを探索してたら、シオンや他の皆がモンスターの群れに襲われてたところを見掛けたのが始まり──」

 

 リセリスが見たのは5人で構成された冒険者のパーティと、それに襲い掛かる夥しい数のモンスターの集団だった。どうやらどこかの冒険者にモンスターの群れを擦り付け(トレイン)られたらしく、更に運の悪いことに半端に傷ついたキラーアントのフェロモンに引き寄せられて大量のキラーアントが押し寄せる始末だったという。

 逃げきれなかった彼らは必死に応戦するも、多数に無勢で危機に陥っていたところをリセリスは加勢、一抹の逡巡を抱くこと無く危地へと飛び込んだ。そうして自分達よりも若く、小柄な少女の獅子奮迅の働きに彼らも奮起して全力奮闘した結果、なんとか全員無事に生き残って、地上に生還を果たしたのだと言う。

 

「カーディナルから無茶するなって怒られちゃったなー。──で、それ以来ボク達はパーティを組むようになって皆でダンジョンの探索を一緒にするようになったんだ」

 

 そうして数えきれない程の苦楽と冒険を共にした現在(いま)──

 

 硬い絆で繋がった少女と彼らの活躍は次第にオラリオでも名高く知られるようになり、所属ファミリアが異なる混合パーティでありながらも、高度な連携と高レベルによる裏打ちされたその実力は上級派閥のパーティにも引けを取らない程に成長したのであった。

 

「カーディナルもそうだけど、このオラリオで皆との出会いが無かったらボクはここまで来れなかったなって、今でも思うんだ。ベルにもそういった仲間が出来ると良いね」

 

 ニッコリと、太陽にも似たあどけない笑顔を少年に向ける。

 

 「………そうだな」

 

 そっと、少年は少女から目を離して空を仰ぐ。視界には白雲が気ままに漂う蒼天が広がり、1日の始まりを告げる朝日は既に東の市壁からすっかり顔を出していた。

 白髪の少年にとっては幾度も見た光景(あおぞら)、されど自分の知る世界(そら)では無い蒼空に、黒衣の剣士は秘めた郷愁──もういない……仲間達への想いを馳せる。

 

 微かに吹いた涼風に白い髪が揺れ、深紅(ルベライト)の瞳の内には白亜の神搭(バベル)があった。

 

 

 

   ~~~

 

 

 

 清々しい快晴の空の下、完全武装した多くの冒険者達が行き交う中央広場(セントラルパーク)──その周囲を囲むようにして植えられた広葉樹の一角の出来事だった。

 木漏れ日が降り注ぐ木陰の下、昼寝するには最適な場所だろうなーっとアホな考えを抱く者もいるだろうが、生憎と三人の男に囲まれているリリルカにはぐうたらと呑気に昼寝なんぞするよりも、一刻も早くこの場から逃げ去りたい気分であった。

 

「いいから、さっさと持ってるもんを寄越せっ、アーデ!」

「ですから、本っ当にもうないんですっ! お金(ヴァリス)は持っていませんっ!」

 

 ❨ああもう、しつこい!!❩

 

 声に出さず、心の中でリリルカは悪態をつく。少し前、リリルカが白髪の冒険者を待っていたら、いきなり彼らが押し寄せるなり有り金を寄越せとのたまってきたのだ。渡す程の金など無いと、必死に彼らを説得しようとするものの、金の亡者である彼らにはリリルカの言葉に耳を傾けようとする素振りはまるで無く、むしろより声を荒げて強請を繰り返すのみであった。

 

 日頃このようにして、彼らがリリルカから稼ぎや金品を奪い取るのは珍しいことではないが、今日は普段に増して強引に迫った。これは昨日行われたファミリアの集会で発表された、現在納められた上納金の上位の金額とカヌゥらが集めた金額とで差がついてしまい、その差を埋める為にカヌゥらは必死なのだろうとリリルカは推測した。

 

 ❨つい先日リリの稼ぎを奪った癖に、まだ絞り取ろうなんて、やっぱり冒険者なんて大っ嫌いです!❩

 

 ここ最近、風変わりな白髪の冒険者と組んでいた影響で秘めた憎悪は少しばかり薄らいでいたが、今にも力ずくで奪いかねないカヌゥ達を前にして再認識する。本来、サポーターである自分の周囲にいる冒険者というのは粗暴な連中であることを。

 

 ……あの少年も自分の裏稼業を知ればきっと、彼らと同じ冷めた目で自分を見下すだろう。

 

 とはいえ今はまだ、少年に知られる訳にはいかない。怪しまれてはいるだろうが、まだ直接的な行動に出ていないお陰で自分を雇ってくれている。金払いが良い彼にはまだまだ自分の目的の為に稼いでもらいたいのが本心だ。万一この場を見られれば、正体を勘繰られて彼の方から縁を切られかねない。ならば彼が来るまでにこの現状を何とかしたいところだが、周囲を歩く冒険者達は面倒事はご免だと、ちらりと視線を投げ掛けるだけで足早に立ち去ってしまう。

 

 孤立無援の状況に、リリルカは必死にこの場を切り抜ける打開策を考える。一方、中々に強情なリリルカにカヌゥもいい加減苛立ちが増してゆくが、それを堪えて低い声で脅す。

 

「お前がそんな態度を取るなら、こっちも考えがあるんだぜっアーデ。俺達があのガキにお前の全てをバラしても良いんだぞ。……いや、()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 ニタリっと口端を歪ませ、ボソッと小声で呟くカヌゥの目を見て、リリルカは青ざめる。自分の正体がバラされることではない。金の為──いや、『神酒(ソーマ)』を得る為なら本気で少年の命をも奪うことを辞さない事を、狂気に淀むその目が物語っていた。

 

 ──正気ですか! 

 

 そんなこと、下手すればカーディナルファミリアにソーマファミリアごと滅ぼされかねないカヌゥの言動に、そうリリルカが叫ぼうとした──その瞬間だった。

 

 

「ちょっと、そこのあんたら!」

 

 

 突然の呼び声が耳を打ち、バッとリリルカとカヌゥ達は声のした方向を振り向く。視線の先には二人組の冒険者が立っていた。

 

「さっきから大の男がその子を取り囲んで、無理矢理迫っているけどみっともなくないわけ? その子も困っているでしょ!」

 

 威勢良く、啖呵を切って男達を非難するのは若い、黒髪のダークエルフの冒険者だ。金属を使っていない道着ふうのゆったりとした紫色の布防具を纏い、背丈よりも高い金属製の長棍(クォータースタッフ)を担ぐ。女性にしては大柄で太い眉ときりりとした両眼、男勝りな口調で頼もしさを感じさせる印象から、リリルカは姉御のイメージを受けた。

 

「ちっ、うるせーな。こっちは大事な話をしてる途中だぞ、邪魔すんな。それにこいつと俺達は同じファミリアのもんだ。てめぇらよそのファミリアには関係ねぇ話だろ、首突っ込んでねぇでダンジョンにでも潜ってろ」

 

 カヌゥの仲間の一人が舌打ちして苛立ち気に言う。確かに冒険者同士の、特に違うファミリアの揉め事というのはあまり関わるべきものではないのも事実ではある。

 しかし、彼らもはいそうですかと引き下がらず、もう一人の冒険者が前に出た。

 

「ええ、確かに貴方のおっしゃる通り、違うファミリアである私達が貴方がたのいさかいに介入するのは褒められた話ではないでしょう」

 

 一歩も引かず、毅然とした態度で話すのはエルフだ。エルフらしいひょろっとした細身の体に、髪色と同じ黄銅色の服の着てその上に真鍮色のライトアーマーで包み、手にはこれまた恐ろしく長いスピアを携えていた。相方とは違って鉄色の丸眼鏡を着けたその細い顔立ちは頼り無さげに見えるが、背筋を伸ばし堂々と話す姿からは到底その印象は見受けられなかった。

 

「なら、さっさと─『ですが!』」

 

 男の言葉を強い口調で遮り、エルフの青年は続けた。

 

「失礼ながら少し前から見させてもらいましたが、貴方がたの行いは無視するにしても少々見逃せないものが多々ありました。

 貴方がたがその子に何の用があるのかは存じませんが、これ以上この公共の場で事を荒げるというのなら……、このオラリオに住む者の一人として、見逃すことは出来ません」

 

 眼鏡の奥にある両の瞳には強い意志が込められており、その視線の圧に押されたのか、男は思わずといった感じにたじろいだ。

 

 ❨あの装備、この雰囲気、この人たち上級冒険者だ。……それもかなり高レベルの❩

 

 会話中、ずっと二人を観察していたリリルカはそう推測する。長い間、数多くの冒険者を見てきたリリルカにはすぐにわかった。この二人がそこらにいる下級冒険者には到底出せない“圧”を纏っているのを。

 確か名は……とリリルカが脳内の上級冒険者名簿を捲っている間に、カヌゥの三人いる仲間の一人が先に気づいた。

 

「っ! まさかお前ら幻妖精(スプリガン)創工精(レプラカーン)、第一級冒険者か!?」

 

 二つ名が、男の口から零れた。第一級冒険者という思いもよらなかった事実に、カヌゥともう一人は両目を見開き驚愕を露にした。

 

「クソっ……おい、どうするカヌゥ? 流石に上級冒険者二人は分が悪いぞ」

「……しかたねぇ、一旦出直すぞお前ら」

 

 風向きが変わり、不利を悟るやいなやカヌゥ達は少女を置き、そそくさと足早に立ち去った。

 然しものカヌゥも、上級冒険者を前にして強引な手には出れないようだ。実力がものを言うこのオラリオではカヌゥ達、ならず者が弱者相手に幅を利かせる事は珍しくはないが、所詮Lv1に過ぎない彼らがより上位の冒険者……それも第一級クラスの強さを誇る彼らと事を構えれば、痛い目を見るのはこちらだと判断してのことだろう。

 

 カヌゥ達が群衆の中に消えていくのを見届け、リリルカはホッと息をつく。その様子を見たダークエルフの女性が口を開いた。

 

「大丈夫? 見てられなかったから口を挟んだけど、あいつらギルドにでも報告した方が良いんじゃない?」

「ノリの言う通り、あの手の輩はしつこいものです。よそで被害を出しているかもしれませんし、差し出がましいかもしれませんが、一度ギルドに相談して働きかけてはどうですか?」

 

「いえ、大丈夫です。ご心配は要りません。それよりも助けて頂きありがとうございます」

 

 ペコリと、リリルカは腰を曲げて小さな頭を下げる。純粋に、こちらの身を心配してのアドバイスなのだろうが、ギルドに報告すれば彼らが自分の裏稼業についても暴露しかねない為、実行は出来ない。彼ら──いや、ソーマファミリアの呪縛から永久に逃げたいならば、主神自らが動くかファミリアを脱退するしかない、前者は特に望み薄だ。

 

 ──だからこそ、リリルカには脱退金─大量のお金(ヴァリス)が必要であり、早く稼がなくてはいけないのだ。

 

「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、リリは人と待ち合わせしていますので早く行かなければいけません。では、これにて失礼します」

 

 そう言って、この場を後にしようとしたその時だった。

 

「お~い、ノリー、タルー!」

 

 リリルカの耳に聞き覚えのある、明るく快活な声が飛び込んできた。

 

「あっ、リセリスだ」

 

 えっ、とダークエルフの呟いた名に反応して振り向くと、少女と少年の二人組がこちらに向かって来ていた。

 

 

 




後1~2話でサポーター編の話を終えられると思います。
今話で登場した二人はシオンと残りの仲間、一緒にまとめて今後の話で紹介します。

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