黒の剣士が白兎に転生するのは間違っているだろうか   作:語り人形

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第30話 霧中の襲撃者

「ハハハッ、やったなカヌゥ!」

「これで神酒(ソーマ)は俺達のもんだぜ!」

 

 迷宮上層のとある区域で息を潜めるような静けさが充ちていた時であった。突如として耳に障る笑い声が静寂を打ち破ると同時に、慌ただしい走音が通路内に反響する。

 哄笑と共に現れたのは三人の男達、その横顔を覗いてみれば各々が狂喜に顔を歪ませ、その瞳は欲望の色でギラついていた。

 名を呼ばれた男、カヌゥら一派は少し前の事、幾らかの手間と時間を費やす苦労を経て迷宮より目的の物を奪取した彼ら三人は地上へと盲進していたのであった。

 

 目的はただ一つ、全ては神酒(ソーマ)を得るが為に。

 

 たかが酒の為─されど見返りがたった一杯分の夢と散りようとも、彼らにとってその至高たる妙味の酒が黄金に勝る……至福の一時であったのだ。

 その過程で同じ主神の恩恵を賜った同胞の命が失われようが、彼らにとっては然したる問題では無い。良心、罪悪感─人情では渇いた舌を潤せない。

 

「よぉし、ここまで逃げればもう良いだろう。少し休もうぜ?」

 

 おう、とカヌゥの一言に他の二人も足を止める。

 キラーアントが大量発生していた七階層から脱した後、彼らは五階層へ逃げ延びた。ここまで上がれば脅威となるモンスターはほぼおらず、大量発生にでも遭わぬ限り窮地に陥ることはまず無い安全圏である。

 どかっと腰を下ろし、一息をつく三人。その真上では迷宮を灯す燐光が地面に黒々とした三つの影を作り出していた。

 

 その後、カヌゥ達は休憩がてら暫しの間雑談を交わした。

 哀れな男と少女の惨めな最期を好き勝手に喋っては嘲笑い、未だ手にしていない神酒(ソーマ)の味を想像しては酔いしれる。自分達を誘った男もサポーター同様に迷宮の闇に消えた今、自分達の所業を知る者はこの世に存在しない。ダンジョンの〝不幸な事故〟は珍しい話では無く、気に掛ける者はそうそうにいない。

 

「そういやアーデの奴、パーティを組んでいたんだよな。そいつはどうなったんだ?」

「確か……『白髪』の青臭ぇ冒険者だってゲドが言っていたような……。まぁ大方、アーデに()られたまったんだろ。くたばってなけりゃアーデに恨み言を溢してるだろうぜ」

「ギャハハッ!! もう存在しない相手にか?!」

 

 ゲラゲラと嘲笑を上げながら聞くに堪えない会話を繰り広げる三人。付近には自分達以外に生き物の気配がしないこともあって隠し気なく会話を繰り広げる三人だが、この時……彼らはほんの僅かにも気づくことは無かった。

 

 彼らが座するその場に、淡い燐光がつくる彼ら三人の影から少し離れた位置に、いつの間にかうっすらとした地面の影よりもほんの少し濃い()()()()()()()が存在していたことを。

 

 

 

 

 ─自分達は既に、(トラップ)にかかった獲物である事実を。

 

 

 

 

「……良し、じゃそろそrナッ?!」

 

 カヌゥが休憩を終えて立ち上がろうとした瞬間(とき)であった。

 不意にそれまで当たり前のように動かしていた身体が〝束縛〟された。異変に気づくも時既に遅し、硬直した体は崩れ落ち地に転がる。咄嗟に起き上がろうと胴体に張り付いた手を伸ばそうとするも、両腕はおろか両手両足─いや全身が“不可視の糸”に縛られたように自由が効かず、精々身体を揺らすのがやっと。

 気付けば他の二人も同様の状態であった。

 

 モゾモゾと、蜘蛛の巣に捕まった哀れな小虫と同じく身を捩り掻く。だが身体を縛る謎の拘束力は予想以上に強く、もがけばもがく程その縛りが彼の身をきつく縮み、抑え込む。

 突然の事態に先程までの夢心地から一転、カヌゥの思考は困惑と混乱の渦が巻く。天井と地面、あちらこちらに視線を目一杯回すも周囲には自分達以外にモンスターと冒険者、誰も視野に入らず、物音一つ聞こえず、何者の気配すら感じない。

 

 冒険者になってから幾年間、かつてない迄の不可解極まる現象に胸の奥底から恐怖心が込み上げる中─状況が動いた。

 

「一体なンだ?! おい、お前らァ『ッィン!』──」

 

 カヌゥが仲間へと声を発したその時、突如として空気を裂く─無音の─鋭い衝撃が頭部に発生した。

 だがそれに反応する間もなく、彼の意識は雷魔法を食らったかのようにビクンッ! と身震いした身体と同時に思考停止され、他の二人と全く同じタイミングで沈黙した。

 

 再び静まりかえった迷宮。

 薄ら寒い暗澹とした通路内で捨て置かれたように転がるカヌゥらを無気味な静寂が取り囲む中─“影”が揺らめいた。

 誰もいない通路の薄闇より、一切の音も無く()()()()()()()()()()()が浮かび上がった。

 

 もしカヌゥに意識が残っていれば、そこには全身を黒くモヤッとした煙か霧を隈無く纏った、ゆらゆらと絶えず揺らめいた“人影”が見えていたであろう。

 似たような特徴を持つモンスター『ウォーシャドウ』を彷彿させるが、鋭爪やマスクといった細かいところに差違が存在するソレと別物なのは一目瞭然。

 その輪郭は曖昧にぼやけて捉えどころが無く、今にも迷宮の暗闇へ溶け消えそうな儚さ、希薄さを醸し出し不安を掻き立てる様はまるで黒い亡霊(ゴースト)を彷彿させた。

 

 人影の手と思わしき部分の先には細く長い黒鞭が握られており、地に垂れた先が緩く弧を描く。そして人影は読み取り難い動作で歩み寄り、横たわる男達に近づいて彼らの意識が完全に断絶している事を確認すると、纏っていた影の衣を解いた。

 

 影が霧散するようにして掻き消えると、燐光に照されて顕れたのは紫髪に褐色の肌をした妙齢の女性であった。

 女性は紫水晶(アメジスト)の瞳を通路の角に向けると、その奥で待機していた“相方”の名を呼ぶ。

 

「捕獲完了。─もう出てきて良いですよ、“ユリエル”さん」

「─お疲れ様でした。()()()()()()さん」

 

 通路の角より一人の女性が現れた。銀色の長髪をポニーテールに束ね、怜悧という言葉が良く似合う鋭く整った顔立ちの中で空色の瞳が印象的な光を放つ長身の麗人。

 人影の正体─カーディナル・ファミリア所属のシャーロット・アラネアを労うと地面に横たわる男達を一瞥する。

 

「思ったより早く見つけられて良かったですね。もう少し発見に時間がかかるかと思いましたよ」

「ええ、手間が省けました。上層とはいえ結構広いこの階層で、絶好のタイミングで居座っていたんでしたから。後はコイツらを地上に引っ張り出せばよろしいですか?」

「はい。後は我々、ガネーシャ・ファミリアとギルドの方で処理しておきます。以前から問題となっていた彼らの狼藉含め、秘密裏に絡んでいたでいたであろう裏仕事の情報も引き出せれば申し分ありません」

 

 ユリエルはぐったりと気を失った男達のうち、一人に近づくと難なく持ち上げて背負う。シャーロットもまた残りの二人の襟首を掴み、苦もなく持ち上げる。無論、彼らの所持品の回収も忘れずに。

 

「さぁ早く地上に戻りましょう。私の糸で縛り上げているとはいえ、途中で覚めると面倒です」

「はい、まだ何名か捕らえる必要も有ります。─今回はご協力頂きありがとうございました。ガネーシャ・ファミリアとしても感謝致します」

 

 “群衆の主(ガネーシャ)”と声高に宣言する主神の意向で都市の治安維持、管理など行うこの大手派閥はギルドと協力することも珍しくない。

 先日のこと、ユリエルの元にギルドからの依頼(クエスト)が舞い込んできた。依頼内容はソーマ・ファミリアの一部悪質な犯罪容疑のある冒険者の捕縛─。

 

 依頼を受けたユリエルは先ず詳しい情報を集めんと知り合いが働くギルドに向かうと、そこには()()カーディナルから似た仕事を託されていたシャーロットが居合わせ、引き合わされた。目的の一致した彼女らは互いに協力することとなり、現在に至るのだった。

 

 歩きつつユリエルは一時的な協力者に礼を述べると、ダークエルフの麗人は頭を左右に振って彼女に告げた。

 

「礼は不要です。私はカーディナル様からの神命を受けて動いていただけですから。大手が率先して動いてくれた方が手早く済むので有難いのはこちらも同じことです」

「それでも他派閥、それも第一級冒険者の手を借りている事に違いはありません。私も一応Lv3ではありますが、流石に一人で捕縛していくのは苦労します。ファミリアも今、手が空いているのは少ないですから。─あ、すみません。それでは地上に戻りましょうか」

 

 会話をそこそこに終えると二人はならず者達を連行し、迷宮を後にする。

 しかし、シャーロットはふと歩みを止めると背後を振り返った。

 

(そういえば、何か気になる言葉(ワード)を口にしていた気がするけど……まさかねぇ?)

 

 彼らの会話の中に出た『白髪』という言葉にシャーロットの脳裏には一人の少年の姿が浮かぶかけるが、ユリエルの呼び掛けに中断されると“何でもないです”と返し、ひとまず歩みを再開するのだった。

 

 

 

 現在、下層で発生している後輩の苦闘を知らぬままに──

 

 

 

「はぁ……はぁ……一体どうしたんだ?」

 

 突然リリが俺の元から離れたかと思いきや、狙い済ましたかのようなタイミングで現れた複数のオーク。動揺しつつも愛剣達の力もあって何とか計四体のオークを倒し終えた時には、既にリリの姿は薄霧の向こう─恐らく上層に続く階段へと消えていた。

 

「攻略は中止だな。とにかくリリを追いかけないと……【リリース・リコレクション】!!」

 

 兎剣を掲げ、追加詠唱─兎剣に眠るかつて在りし姿の記憶の解放─を唱う。

 するとそれまで兎剣に纏っていた揺光が一際強く光輝くと同時に、兎剣は勝手に俺の手元から離れて目の前に着地した。

 

「キュキュッ!」

 

 光が収まるとそこにいたのは白い剣ではなく、白色の光沢をした硬質な毛皮、円らな深紅の両眼でこちらを見つめる白兎の姿のソレがあった。

 

 一時的に再臨した兎剣の前世の姿─『メタルラビット』に、俺は一つの指示を下す。

 

「お前の鼻と足で、彼女を追跡してくれ!」

 

 古来、モンスターとは人類の敵である。調教師(テイマー)でもない限り人の命令に従うことは決してない。しかし魔法の影響か、白兎へと姿を変えた兎剣は俺自身を襲うといったことはなく、“キュイッ! ”と一鳴き返すと猛烈な勢いで駆け出していった。

 自身も後を追おうと駆け出す。だがそれを妨げるようにして、突然霧の中から謎の飛来物がこちらに迫り、咄嗟にエリュシデータで打ち弾くと金属質な音を鳴らして落ちたのは投擲ナイフであった。

 

「誰だっ!?」

 

 視線を向けた先はオークが転がり、薄霧が広がるだけの空間。だが霧り紛れて乾いた拍手が鳴り響き、次いで滲み出るように黒い影が出現した。

 

「ブラボー! 話には聞いていたが、あのオークの数相手に流石の腕前だ。レベル1とは思えない戦いだったぜ」

 

 張りのある、だが妙に耳に障るイントネーションでこちらを褒め称えるのは黒い、雨合羽めいた外套を羽織った男性。顔は目深に被ったフードで良く見えないが、ニヤニヤと弧を描く笑みがやたらと印象に残る。

 愛剣の柄から伝わってくる危険信号を感じながら、謎の冒険者? に口を開く。

 

「そりゃどうも……誰だか知らないが生憎、こっちは忙しいんでな。用件なら後にしてくれないか?」

「せっかちは損だぜ? お前のその実力、もう少し見せてくれよ」

 

 警戒しつつ軽口を叩く少年に飄々と言い放つや、男は腰に手を回すと自らの得物を抜き出す。

 その見た目は出刃包丁に似た大型サイズのダガー。だがその刀身は黒ずんでいる上に、表面には脈打つ血管のような筋が這うように覆うという不気味な禍々しさを感じさせるデザインであった。

 

「本当は直接刃を食らわしたいところだが、残念だが今のお前じゃゴブリンみてぇに死ぬのがオチだからな。……代わりに、“こいつ”を使って様子を見させてもらうとしよう」

 

 男は少年から目を離し、何故か近くに転がっていた瀕死のオークへ近寄る。意図不明な行動に少年は訝しむも警戒を怠らぬ中、男は倒れ込むオークの傍らに立つと手に持っていた包丁の切っ先を膨れた腹に向けると、()()()()()()()()

 

 ─“血を荒らし、肉を侵せ”

 

「グアオオオオオオォォォッ!!!」

 

「!!?」

 

 オークの腹に包丁の刀身が沈み込んだ瞬間であった。つい先程までその命が尽きる寸前であった筈のオークが突如として大咆哮。あらゆる苦しみを吐き出すかのような絶叫はルーム全体に響き渡り、その声量たるや思わず少年が耳を塞ぐ程であった。

 程なくして咆哮が止むと、男は包丁を引き抜いて少年に告げる。

 

「さしずめ、『凶化種』といったところか。どう抗ってくれる? 『剣士様』?」

 

 

 

 

 ─さぁ、第二ラウンドの開始だ(イッツ・ショウ・タイム)

 

 

 

 

 

 




新キャラの紹介はまた別の話で、元ネタはSAOとほぼ一緒です。

長らく間が空いてしまい申し訳ありません。
別の作品含めて次話は早めに更新していきます。

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