速水龍一で始める『はじめの一歩』。   作:高任斎

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例によって、タイトルに悩む私。


31:タイトルマッチ。

 2月26日。

 

 早朝に目覚め、軽く栄養補給。

 散歩と体操を1時間ほど。

 家に戻り、また軽く食事を取る。

 

 早めに家を出て、会社へいく。

 午後から休みをもらっているが、今は月末だ。

 朝から働いてますよとアピールしておかないと、職場の人間関係に支障が出る。

 そうして昼過ぎまで仕事。

 

 家に戻って、軽い食事を取り、2時間ほど睡眠をとる。

 

 夕方の4時。

 また、軽い食事を取り、荷物をまとめた。

 和田からもらった飴の大袋……から2つ取り出しておく。

 

『俺の差し入れを全部使い切る頃には……世界の王様になってるだろうよ』

 

 和田の言葉。

 たぶん、賞味期限のことは考えていない。

 あと、大袋ひとつに飴が40個ほど入っている。

 それが2袋。

 

 1試合に2個として、40戦。

 

 全部勝てば49勝……王様というか、伝説になりそうだ。

 

 なんとなく、もう2つ飴を取り出して荷物に入れ……家を出た。

 ホールではなく、ジムに向かう。

 

「こんちわっ」

「ちわっ」

「ちゃーっす」

 

 練習生の挨拶。

 平日の夕方、ここにいる練習生は、ほとんどが学生だ。

 俺ではなく、むしろ周囲の方が緊張しているようにも思える。

 

「おう、来たか速水」

 

 音羽会長。

 そして、村山さん。

 

 今日はメインだから、試合は遅い。

 

 デビューしたての頃、大相撲のように、その日試合に出るボクサーが全員リングに集まって、観客に向かって顔見せするのもいいんじゃないかと考えたことを思い出す。

 メリットはあるだろうが、デメリットもある。

 メインの選手ほど、待たされる。

 試合相手と、試合前に同じ場所にいること。

 ボクサーだけじゃなく、それに拒否感を持つ客が一定数いることを知った。

 これから殴りあう2人が、仲良くしていると冷める、と。

 

 何かを変えるということは、そこにある理由を覆すことは、難しい。

 

 

 ジムを出る準備。

 練習生の応援を受けながら……いや、見に来ないのかよ、お前ら。

 俺のツッコミに、練習生達が散っていく。

 

 まあ、無料ならともかく、立ち見でも2500円……練習生というか、学生には厳しい金額だ。

 見て覚える、習うという面もあるが、学生の2500円なら、時間も含めて自分の練習のためにつぎ込む方がいいだろう。

 藤井さんには悪いが、ボクシング雑誌を買う金があれば、立ち読みで必要な情報だけ手に入れて、その金を自分の練習につぎ込む方がいい。

 

「じゃあ……勝ってくるから、お前らもちゃんと練習しろよ」

「「「はいっ」」」

 

 手を振って、ジムを出る。

 

 

 

 

 ホールに着く。

 既に、1試合目が始まっている。

 

「へえ、個人専用の控え室なんですね」

「メインで、タイトルマッチだからな」

 

 準備には、まだ早い。

 バナナを半分、そして飴をひとつ。

 

 目を閉じる。

 

「どうした?」

「いえ……タイトルマッチは特別って聞いてたんですが、今のところ変わらないなあと思いまして。リングに上がると、ってヤツですかね?」

 

 音羽会長、そして村山さんが笑った。

 

「どうしました?」

「いや、なんというかな……」

 

 会長が、笑いをこらえるように言う。

 

「これほど安心して見られるタイトルマッチは初めてなんだよ」

 

 ……また会長がフラグを立てにいく。

 

 誰かさんとの試合で、『当たらなければどうということもないさ』とか言ってたのもこの人だ。

 

 

 

 

 

「よう、速水」

 

 冴木が現れた。

 

「おや、冴木さん」

「必要ないとは思うが、激励だ」

「ありがとうございます。冴木さんには、スパーの件でも世話になったし、足を向けて寝られませんね」

「間違っても、リングの上で寝るなよ」

「ははは、倒されるのは勘弁ですね」

 

 雑談しているところに、和田が現れて冴木の動きが止まった。

 

「あぁ、和田さん。飴の差し入れ、ありがとうございます」

「おう。子供の小遣い程度だからな、遠慮はいらねえよ」

 

 そう言って、和田が冴木の首に腕を回した。

 

「お前はちょっと遠慮しろ、な?あれから一度も挨拶に来ないってどういうことよ?ん?」

「そ、その節は……和田さんには迷惑をかけまして……」

 

 冷や汗を流す冴木の背中を一発どやしつけ、和田が笑った。

 

「まあ、しゃーねえ。俺が先輩だから、後輩の面倒見るのも義務のうちってな……だから冴木、中退したとか関係なく、お前も後輩の面倒は見ろよ」

「ウ、ウィッス」

 

 美しき(?)体育会系の姿を見せて、2人が姿を消した。

 

 

「やあ、速水君」

 

 どこか飄々とした感じで、サニー田村がやってきた。

 

「ありゃ、サニーさん。久しぶりです」

「ははは、もう現役じゃなくなったからね……でも、君の試合はちゃんと見てるよ」

「ありがとうございます。今日来てくれたのは、正直、ちょっと意外でした」

「ははは、応援8割、恨みが2割かな。速水君が上に行くと、戦った僕としても誇らしいしね」

 

 そう言って、サニーが笑う。

 俺も、曖昧な笑みを返すしかない。

 

 すっと、サニーが俺の耳元に顔を寄せてきた。

 

「さっき、真田君の控え室に行ってきてね、『今日までお疲れ様』って言って、逃げてきた」

 

 ……はい?

 

「……え、えっと、仲が悪いんですか?」

「僕のベルトを奪ったのは、真田君だよ?速水君と違って、彼とは合わないなあ」

 

 ……もっと、好人物っぽくなかったか、この人。

 

 あ、冗談か。

 一部のスポーツ新聞じゃあ、俺と真田のやり取りが記事になってたしな。

 タイトルマッチの前だからって、気を使ってくれたのかもしれない。

 

「あぁ、試合前に長居する気はないよ。速水君らしい試合が見たい。それだけかな」

「まあ、いい試合が出来るようにがんばってみます」

 

 サニー田村が出て行った。

 

 なんだか、嵐が通り過ぎたような気分だ。

 

 

 

「よう、激励に来たぜ、速水」

「こ、こんばんわ」

 

 木村さんに、幕之内。

 鷹村さんがいないことに、ほっとする。

 まあ、青木さんや木村さんと違って、ほぼ関わりもないし。

 

「青木からの伝言だ、『応援にいけなくて悪いな』ってさ」

「はは、3月に入ってすぐに青木さんの試合じゃないですか。悪いもなにもないですよ」

 

 周囲の戦前予想は3対7で、3が青木さんの方。

 勝ちの目はあるが、そのためには1つか2つ、勝負に出る必要があるだろう。

 

「あ、あの、速水さん。ち、調子はどうですか?」

 

 緊張しまくった幕之内の姿に和む。

 

「一歩よぉ、戦るのは速水だぜ?」

「わ、わかってはいるんですけど……自分の知り合いがタイトルマッチに出るって思うと……」

 

 タイトルマッチに挑む俺と、応援に来た幕之内。

 その立場に、少し感傷めいたものを感じた。

 

「あの日、俺じゃなく幕之内くんが勝ってたら……タイトルマッチに挑むのは、そっちのほうだったかもな」

「え?僕、フェザー級ですよ?」

 

 ……違ウ、ソウジャナイ。

 

 説明は出来ないけどな。

 

「……まあ、幕之内くんとの約束もあるからな。世界の前に、まずは日本タイトルを獲るよ」

「はい……え?」

 

 首を傾げた幕之内を見つめた。

 あの日の記憶を思い出し、そして気づく。

 

「なんだよ、一歩、速水となんか約束してるのか?」

「え、はい。でも、あれ?何か……すれ違いがあるような……」

 

 ……約束は、契約より重いらしい。

 なので、容赦なくバラす。

 

「二階級制覇をした俺と、世界のベルトをかけて戦おうという約束ですよ、木村さん」

 

 

 また、目を閉じた。

 

 幕之内が木村さんに弄られている声が聞こえてくるが気にしない。

 たぶん、ジムでも弄られるだろうけど、気にしない。

 

 タイトルマッチに向けて、ゆったりと、時が流れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホールの明かりが絞られた。

 観客のざわめきが、収まっていく。

 

 青コーナーへの入場口。

 スポットライト。

 

 静かな、ピアノの単音が響き始める。

 

 試合に挑む、選手の心臓の音をイメージして作られたイントロ部分。

 アレンジで、この部分を長くしてもらった。

 

 ピアノの音が大きくなっていくにつれ、鼓動の高鳴りを感じる。

 緊張ではなく、高揚。

 入場のタイミングは、もう少し先。

 

 

 ジュニアフェザー級の日本タイトルマッチ。

 ここまでは、原作でも『速水龍一』は来た。

 

 時期は違う。

 相手も違う。

 それでも。 

 

 幕之内に敗れた『速水龍一』は、返上された王座の決定戦とはいえ、ベルトをつかむ戦いの場所までたどり着いた。

 

 だから。

 ここからだろう。

 

『速水龍一』のたどり着いた、その先。

 途切れた道の、その先へ。

 

「行くぞ、速水」

「はい」

 

 速水龍一の、『はじめの一歩』。

 

 

『挑戦者、速水龍一の入場です!』

 

 イントロから、メインテーマへと移り変わるタイミング。

 俺は、スポットライトに身をさらした。

 

 黄色い歓声。

 

『映画、炎の〇ンナーのテーマ曲とともに、デビューから9戦9勝9KO、アマ時代も含めて、50戦してまだ負けを知らない挑戦者がリングに向かう!』

 

 大きくなっていく、メインフレーズ。

 同じフレーズの繰り返しで盛り上げていく曲の構成は、奇しくも真田が好きといったボレ〇のそれと同じ。

 

『新人王、そしてA級賞金トーナメント、そして今、日本タイトルマッチ!』

 

 俺が選んだ入場曲は、後に別名でシングルカットされたが、もともとの名前は『タ〇トルズ』。

 お披露目には、似合いの曲だ。

 

『今日まで走り続けてきた!これからも走り続けていく!挑戦者にとって、ここはまだ通過点!』

 

 階段を、駆け上がる。

 

 リングの上。

 眩しい光。

 

 曲を楽しみながら、リングを一周。

 最後に、右手を突き上げた。

 

 

 

 

 

 再び、明かりが絞られた。

 

 ボレ〇の曲にのって、王者がリングへとやってくる。

 淡々と、静かにリングに上がり、観客に向かって手を上げる真田。

 

 俺は、それを静かに見つめる。

 

 足元。

 照明。

 観客席。

 

 タイトルマッチか。

 まだ、特に違いは感じない。

 俺が鈍いのかもしれない。

 

 試合の前の、タイトルマッチ認定宣言。

 目に見える違いはこのぐらい。

 

 王者の真田から、ベルトが一旦預けられる。

 あまり興味はない。

 

 リカルド・マルチネスのベルトと他の世界王者のベルトが同じ価値とは思われないように、ベルトはベルトでしかなく、その価値は、それを巻く王者が決める。

 

 俺が見るべきなのは、向かい合うのは、真田だ。

 

 

 リングの中央。

 レフェリーの注意。

 

 俺も、真田も、お互いの身体のあちこちに視線を向ける。

 

 真田の肌に、かすかに汗が浮いている。

 真田の身体から、わずかに熱が伝わってくる。

 最初から飛ばすために、アップはすませてきたか。

 

 自分のコーナーに戻る前、一瞬だけ俺と真田の視線が重なった。

 そして、背を向ける。

 

 コーナー。

 マウスピース。

 会長の言葉。

 

「いまさら、何も言うことはねえよ……試合開始直後だけ気をつけろ、ぐらいだな」

 

 ゴングを待つ。

 

 

 鳴る。

 

 真田を見ながら、中央へ進んでいく。

 そして真田も、俺を見ながら中央へ。

 

 左手を伸ばす。

 左手が伸びてくる。

 触れた。

 離れる。

 

 真田が、息を吸う。

 

 踏み込み。

 いきなり、ワン・ツー。

 

 ガード。

 既に射程外。

 

 また踏み込んでくる。

 左。

 左から右。

 

 そして、距離をとる。

 

 真田の目。

 

 約束だろう?

 

 そう話しかけられた気がした。

 

 踏み込んだ。

 左。

 あえて、真田のグローブに。

 そして右も、ガードの上から。

 

 距離をとる。

 真田が踏み込む。

 

 真田が距離をとる。

 俺が踏み込む。

 

 お互いの呼吸がわかってくる。

 リズムが。

 タイミングが。

 かみ合い始める。

 

 攻撃と防御が、混ざり始める。

 

 ジャブとストレートの応酬。

 中間距離。

 それを保ったまま、俺と真田が激しく動いていく。

 

 いきなりの展開に、観客の声が大きい。

 

 キーポイントは、俺が接近戦に持ち込めるかどうか。

 おそらくそこで、均衡が崩れる。

 

「1分!」

「ひとつ!」

 

 木下会長と、音羽会長の声が重なった。

 

 止まらない。

 止めない。

 

 俺も真田も。

 走り続けていく。

 

 

「2分!」

 

 木下会長の声。

 

 真田の動きの、粗が見えてきた。

 ハイスピードの攻防に慣れていない。

 俺にはヴォルグがいたが、真田にはいなかった。

 

 歌、あるいは朗読の息継ぎのタイミングが重要なように、ハイスピードの攻防も、抜くべきところは抜く必要がある。

 

 右手。

 左手。

 右足。

 左足。

 

 登壁の3点保持のように、身体のどこかを休ませる。

 緊張を緩ませて、筋肉の弾力を取り戻させる。

 

 そうしないと……。

 

 わずかに速度の鈍った真田の右を、受け流した。

 真田の身体が、流れる。

 

 小さく。

 鋭く。

 真田の顔面に、2発左を入れた。

 

 右。

 それをガードさせて、踏み込む。

 真田の視線を意識しながら、左拳を握りこんだ。

 

 肝臓へ。

 真田の動きが一瞬止まる。

 

 間合いがわずかに遠い。

 

 あえて見せるために、そして威嚇の意味も込めて、そのまま右アッパー。

 真田の目の前を通過させた。

 

 距離をとられる。

 俺が追う。

 

 真田のワン・ツー。

 ツーをヘッドスリップで、踏み込む。

 

 肝臓へ。

 真田のガード。

 

 もう一発。

 同じフォーム。

 真田のガードは動かない。

 

 膝を意識する。

 肝臓打ちからアッパーへの移行。

 かすめたのは、真田の頬。

 

 視界の隅で何かが動く。

 跳び退いた。

 

 俺の鼻先をかすめていく、真田の右フック。

 

 息を吐く。

 真田が息を吸う。

 

 左の差し合い。

 

 真田のステップが細かい。

 左を打ちながら、前後に細かく動く。

 距離感を迷わせる動き。

 

 足ではなく、肩を見る。

 肩の位置から腕の長さ。

 それが、射程。

 

 真田の右。

 

 違和感。

 

 再びの右。

 

 違和感が、形になる。

 

 リズム。

 タイミングがわずかに違う右。

 あえて、俺に見せてきた。

 

 俺の、踏み込みへの牽制か。

 

 それでも、前へ。

 今は、踏み込みの位置を。

 タイミングを、見せていく場面。

 

 真田の左。

 ヘッドスリップでかわしながら踏み込む。

 

 目の前に迫る、真田の右アッパー。

 ガード。

 無理にふんばらず、後ろに跳んだ。

 

 目の前を通り過ぎていく、真田の左フック。

 

 

 俺の踏み込みに対して、真田の反応が良くなってきた。

 慣れてきたのだろう。

 

 慣れてくれないと困る。

 ここまで、同じ位置、同じタイミングで踏み込んでいる。

 慣れてくれないと、仕掛けられない。

 

 攻防を重ねながら。

 俺も。

 真田も。

 種を蒔いている。

 

 

 残り10秒の合図。

 

 休まず、左の差し合いから。

 踏み込もうとした瞬間、1Rが終わった。

 

 

 

 

「……どんな感じだ?」

「和田さんとの試合を考えると、まあ……6Rまでは確実に動けると思います」

 

 ……ダメージさえ受けなければ、だが。

 

「そうか。しかし、真田は……今のペースじゃ保たないよな」

「……10Rは無理でしょうね」

 

 真田が失速する前に……か。

 ダメージが入り始めたら、すぐだろうな。

 

「しかし、真田が……ここまで振り切れたボクシングを出来るとはな」

 

 感心したように、会長が真田のいるコーナーに視線を向けた。

 

「まあ、日本王者だ……力があって当然か」

「……そろそろ、気の抜けない展開になりますよ」

 

 そう言って、俺は立ち上がった。

 

 

 

 2R開始。

 

 

 俺と真田が、中央へ進んでいく。

 歓声が、背中を後押しする。

 殴り合いへの期待。

 ペースダウンは、求められていない。

 

 中間距離。

 パンチを振り切れる距離。

 

 左の差し合い。

 そこから、仕掛けた。

 

 角度を変えて、斜めから。

 真田の顔がはじける。

 

 踏み込んで、右のボディ。

 すぐにサイドステップ。

 真田の右をすかして、肝臓打ち。

 

 俺から半歩退く。

 

 曖昧で、中途半端な距離。

 真田が選択に迷った隙。

 

 ワン・ツー。

 振りぬいた。

 

 ジャストミートはしていない。

 右ストレートで、押す感じになった。

 しかし、真田の体勢は崩れる。

 

 踏み込む。

 そう見せかけて、止まる。

 

 右が来るかと思ったが、左の細かい連打。

 まだ、心に余裕があるか。

 

 なら、こういうのはどうかな?

 

 集中。

 

 真田の右は、少しずつタイミングをずらしている。

 しかし、左は同じ。

 あるいは、誘いか。

 俺の踏み込むタイミングを、限定させる。

 

 攻撃と防御を入れ替えながら、呼吸を読む。

 気配を読む。

 真田を、読む。

 

 先の先。

 

 俺の右拳で、真田の左が伸びる前に押さえる。

 真田の拳を押しながら、踏み込んだ。

 驚きからか、真田は反応できていない。

 

 肝臓を、突き上げた。

 真田の動きが止まる。

 

 身体を起こし、反撃を待った。

 カウンター狙い。

 

 真田の右手が、わずかに揺れ……。

 

 俺はダッキングで、左フックを避けた。

 読みが外れた。

 そして、まだ真田は冷静だ。

 

 それでも、徐々に俺が押し始めている。

 

 集中だ。

 俺なら、罠を仕掛けるのは相手が攻勢に転じた時。

 

 相手を信じ、作戦を立てる。

 対策を練る。

 

 たぶん、真田も。

 俺というボクサーを信じて、作戦を立てている。

 

 警戒。

 

 リズムか。

 速度か。

 あるいは……。

 

 また、この間合い。

 中間距離。

 

 仕掛けるか。

 

 真田の左。

 

 あわせて、大きく左前方に。

 

 違和感。

 練習で繰り返した動きを、身体がトレースし始める。

 それで、気がついた。

 

 足を踏まれた。

 

 真田の顔。

 驚き。

 

 ああ、アクシデントだ。

 

 余計な思考。

 動きが鈍った。

 判断が遅れた。

 

 真田の右が見えた。

 腑抜けたパンチ。

 たぶん、真田も想定外。

 

 反射的に避けようとする。

 顔を、上体をひねる。

 バランスを崩す。

 

 真田の右が、俺の額をかすっていった……。

 

 

 

 

 

 

 

「ダウン!」

 

 レフェリーの宣告。

 

 尻餅をついたまま、息を吐いた。

 そして吸う。

 

「スリップ!スリップだろ!」

 

 会長の声。

 

 会長に向かって首を振り、グローブでとんとんと、額を叩いた。

 理解したのか、会長が口を閉じる。

 

 やっちゃったか……。

 

 思い浮かべたのは、ラムダの微笑み。

 

『試合で発揮できない練習は、無意味だよ速水』

 

 お小言まで想像できた。

 笑いそうになる。

 

 足を踏まれたときの対処の練習。

 1試合に1度あるかないか。

 そこで失敗したら、何の意味もない。

 

 立ち上がる。

 踏まれた足の確認。

 足首。

 軽いステップ。

 うん。

 

 安堵の呼吸。

 

 ジャンプ。

 これは、セコンドと、真田に無事だと教えるため。

 俺に、問題はない。

 

 

 俺が大きく左斜め前方に踏み込んだ左足を踏んだのは、真田の『右足』だった。

 右オーソドックススタイルのボクサーの、前に来るのは左足。

 本当なら、踏まれるはずのない位置でもあった。

 

 つまり、俺が仕掛けるタイミングで、真田も仕掛けた。

 

 ダウンはしたが、ノーダメージで、真田の策を1つ知ることが出来た。

 俺は、ついている。

 

 

 レフェリーに向かって、構えを取る。

 

 とん、と自分の額を叩き、一言。

 

「ナイスジャッジ」

「……私語は慎みなさい」

 

 頷きで返した。

 

 今日の俺は、幸運だ。

 

 いい相手、いいレフェリーに恵まれた。

 いい試合ができそうだ。

 

 

 試合再開。

 

 真田と向かい合う。

 パンチを交し合う。

 

 ……。

 違和感。

 

 疲労?

 ダメージ?

 誘い?

 

 真田の目。

 

 マウスピースを強く噛み締めた。

 

 ギアを上げて襲い掛かる。

 真田のガードに、パンチを叩きつけていく。

 

 自分が、馬鹿なことをしている自覚はある。

 確実に勝つためなら、余計なこと。

 それでも。

 

 ガードの上から、真田をのけぞらせた。

 踏み込んで……。

 

 真田の身体を抱え込む。

 耳元。

 マウスピースがわずらわしい。

 ゆっくりと。

 

「足を踏まれたのも、すっ転んだのも、俺のミスだよ」

 

 そして、真田の身体を突き放した。

 

 構える。

 手招きする。

 

 挑発。

 そして、提案。

 

 いい試合を、しようじゃないか。

 

 真田が、手招きする俺の手を見る。

 俺の眼を見る。

 

 真田が、左手を伸ばしてきた。

 俺も、左手を伸ばす。

 

 試合開始直後と同じように。

 

 お互いのグローブが触れ。

 離れた。

 

 

 真田の動きにキレが戻った。

 

 きっと、足を踏んだことを気に病んでいたんだろう。

『いい試合』をしようという約束が、たぶんそうさせた。

 真面目な真田らしい。

 

 

 真田のワン・ツー。

 ガードした俺の左手がはじかれた。

 

 踏み込まれる。

 

 右手を伸ばす。

 真田の左肩。

 左足を引きながら、ぐっと身体の内側へ流した。

 

 真田の上体が、泳ぐ。

 

 左を見せる。

 手首を返して、甲を地面と平行に。

 アッパーの打ち方。

 

 真田の反応を待って、肝臓へもっていく。

 同時に、真田の左が俺の頬をとらえた。

 

 最初から相打ち狙い。

 一番面倒な対処法。

 

 マウスピースを噛み締め、足元を確かめる。

 

 サイドステップ。

 右のボディフック。

 

 真田の視線がこっちを向いた瞬間に、またサイドステップ。

 左を肝臓へ。

 そして、バックステップ。

 

 真田の右フック。

 通り過ぎてからまた踏み込む。

 

 左を見せる。

 拳は縦。

 真田の右手が、ガードに動く。

 

 右フックをテンプルに持っていった。

 真田の膝が揺れる。

 

 ジャブで突き放す。

 右。

 ガードされた。

 

 残り10秒。

 

 左拳を、揺らす。

 真田の視線を誘う。

 

 正面に踏み込む。

 いきなり右アッパーから。

 ギリギリでガードされた。

 

 即座に右フックが返ってくる。

 それを避ける。

 

 この試合、真田のフックが多い。

 ……何かあるな。

 

 

 2Rが終わった。

 

 

 

 コーナーに戻り、椅子に座る。

 うがい。

 そして、ほんの少し水をふくむ。

 

「……真田に、何か言ったのか?」

「……足を踏まれたのも、転んだのも、俺のミスだと」

 

 会長が笑う。

 

「お人よしだなあ、おい」

「……すみません」

「あの瞬間、真田がスイッチした」

「……はい」

「空手や拳法なら、追い突きって言うのか?ステップじゃなくて、右足で歩きながらの右だ」

 

 ……俺は踏み込んだ。

 そこに、真田が右足を踏み込む。

 間合いは近い。

 

 ……打つなら、フックか、アッパーだろう。

 

 真田のあの右は、反射的に手を出した……か?

 

 ノイズだな。

 俺の踏み込みに合わせて、スイッチした。

 確実なのはこれだけだ。

 

「……お前の踏み込みに合わせた仕掛け。タイミングだけはばっちりだった。それだけは注意しろ」

「はい」

 

 セコンドアウトの合図。

 

 立ち上がる。

 

 

 3Rだ。

 

 

 リングの中央。

 

 真田が、ここで速度を上げてきた。

 

 わずかな動揺が、俺の反応を遅らせた。

 真田の右がこめかみをこすり、一瞬視界がぶれた。

 一気に持っていかれそうになる。

 

 退いたら押し込まれる。

 大きくヘッドスリップ。

 それを、左から右へ。

 狙いを、外す。

 

 真田の空振り。

 対応する余裕が生まれた。

 

 真田の拳を捕まえる。

 連打をガードする。

 慌てずに。

 さばいていく。

 少しずつ、反応時間を、距離を取り戻していく。

 

 身体の近くで。

 遠くで。

 パンチを処理する位置を変えて、真田のバランスを崩す隙をうかがう。

 

 ここ。

 

 小さくはじく。

 わずかに、真田の身体の軸がぶれる。

 パンチが限定される。

 

 狙いの予測。

 そこに、ガードを構えた。

 真田の右がくる。

 受け止める……そのタイミングで手をどける。

 

 ガードされると思っていたところの空振り。

 それで、真田の身体が大きく泳いだ。

 

 反撃への移行。

 ジャブを返す。

 右を揺らし、ガードを誘ってから、左。

 左の小刻みな連打。

 

 被弾しながら、真田が退かない。

 

 ガードの上に、右をたたきつけた。

 踏ん張らせてから、もぐりこむ。

 

 左の拳を、腰の位置で回す。

 

 打たない。

 相打ちのタイミングで放たれた真田の左フックを、すかした。

 

 空振りした真田の左肘。

 その肘を、押さえて……。

 右フックを無防備なボディに叩き込む。

 

 左のアッパーをちらつかせる。

 もう一発、右をボディに。

 

 真田が退いた。

 視界が開ける。

 

 追い風。

 そんな錯覚。

 

 警戒。

 仕掛けるならここ。

 俺も、真田も。

 

 真田の左。

 踏み込んだ。

 

 真田が、近い。

 スイッチか。

 

 左のガードに衝撃が走る。

 おそらく、右フック。

 視界の外。

 

 俺の左足を。

 真田の右足のかかとの後ろに置いた。

 

 逃がさない。

 

 身体を寄せるようにして、右をみぞおちへともっていく。

 真田の動きが止まる。

 遅れて、上体がくの字に折れる。

 

 跳び退いた。

 

 くの字に折れたのは、フェイク。

 パンチの出所を隠された、右アッパーがかすめていく。

 

 真田が突き上げたままの、右手。

 視界をふさがれたまま、反射的に、ヘッドスリップ。

 真田の左ストレートが前髪をかすめる。

 

 つい、かぶせるように、左のロングフックを放ってしまった。

 

 もぐりこまれた。

 呼吸を止める。

 腹に衝撃。

 

 打ち終わった真田の顔が上がる。

 そこに、俺の右。

 

 浅い。

 しかし、真田が退く。

 

 また、中間距離。

 

 呼吸を読む。

 

 真田の……左に。

 踏み込むのではなく、右のカウンター。

 

 真田の腰が落ちた。

 

 左。

 そして。

 右を振りぬく。

 

 バランスを崩したように、真田が尻をついた。

 

 

「ダウン!」

 

 

 ニュートラルコーナーへ向かう。

 

 カウントが始まる。

 

 

 良くも悪くも、真田が俺との攻防に慣れてきた。

 だから、はまり始めている。

 

 膝立ちでカウントを聞く真田。

 すぐに立ち上がることが出来る体勢。

 目を閉じ、左の手首に、右のグローブを当てている。

 

 その姿に、山場が近いことを感じた。

 

 

 カウント7で、真田が静かに立ち上がる。

 8で、構えを取る。

 

 

 俺は、息を吸い、吐いた。

 

 ……いくか。

 

 

「ファイッ!」

 

 

 休まない。

 俺も真田も。

 

 真田の右。

 わずかに、鈍い。

 

 ダメージか、疲労か、誘いか。

 

 全てを飲み込み、前へ。

 突き放そうとする真田。

 受け止め、俺も右を返す。

 

 中間距離。

 

 また、この距離。

 間違いなく、意図がある。

 

 同じタイミングの左。

 わかっていて、踏み込む。

 

 真田のスイッチ。

 それも承知。

 サイドステップで、右に跳んだ。

 真田を信用して、そうした。

 

 同じことを、やるはずがない。

 

 真田の左フック、それが見えた。

 俺に右を意識させてから、視界と意識の外から左の攻撃。

 

 頭を下げながら踏み込む。

 空振りする、真田の表情は見えない。

 

 右で、ボディを突き上げた。

 真田の上体が折れ、一歩退く。

 

 踏み込んで追う。

 低い位置の、真田の顔。

 

 左アッパー。

 

 反応された。

 いや。

 上体を起こして避けていく動きがスムーズ。

 

 真田の目。

 

 アッパーではなく、俺を見ていた。

 防御ではなく、攻撃に意識が向いている。

 

 和田の試合で俺が見せたコンビネーション。

 アッパーからフックへの、スムーズな移行。

 突き上げた腕の肘を横に引くことで、フックの回転を作り出す。

 

 脇があく。

 そして、次の攻撃もフック。

 

 俺の顔面が、アゴががら空きになる瞬間がある。

 空間がある。

 

 俺の目は、アッパーを避けていく真田の顔を追っている。

 真田の右手は、見えない位置。

 

 俺が突き上げた左腕が、余計に俺の視界を狭める。

 

 

 ……伊達英二との試合、あの時、ヴォルグはこんな気持ちだったんだろうか。

 

 肘を。

 横に引くのではなく。

 下に向かって。

 振り下ろした。

 

 見えない位置。

 そこで、俺の左腕が何かとぶつかる。

 

 それで。

 真田が何をしようとしたのかがわかる。

 

 タイミングを合わせるための、タメが可能な攻撃。

 アッパーを避ける動きと連動させた、スイング気味の、斜め下からのパンチ。

 見えない角度からのカウンター。

 

 ヴォルグとのスパーで、同じことをやられた。

 やられたから、対応できる。

 

 

 真田の動きが止まる。

 俺は、反応を待っている。

 すぐに反撃すると、相打ちの可能性が高くなる。

 

 真田の気配に合わせて、ダッキング。

 

 頭の上を、真田の左フックが通過していくのを感じながら。

 真田の肝臓を突き上げた。

 続けて、右をみぞおちに。

 真田の動きが止まる。

 

 左。

 

 真田の腕が、アゴのガードへ動く。

 

 その下。

 もう一発肝臓へ。

 

 真田の口から。

 マウスピースがこぼれる。

 

 落ちていく。

 上から下へ。

 

 俺の右。

 下から上へ。

 

 拳が。

 マウスピースとすれ違う。

 

 真田のアゴを、突き上げた。

 

 真田の顔がのけぞる。

 よろけるように、一歩退いた。

 両腕が、下がるのが見えた。

 

 前へ。

 

 左フックをテンプルへ持っていく。

 返しの右フックをアゴへ。

 

 棒立ち状態の真田の膝が、カクンと折れた。

 

 沈んでいく真田の頭部を追いかけ、左フックを打ち下ろす。

 そして。

 再度返しの右を……。

 

 構えたところで、真田の膝が地についた。

 そのまま、ダイブするように倒れていく。

 

 行き所をなくした右拳。

 上に向かって。

 眩しい光に向かって。

 突き上げた。

 

 

 音が、戻ってくる。

 

 歓声。

 レフェリーの声。

 胸を押された。

 

 ……ああ、ニュートラルコーナー。

 

 凝縮された時間の感覚が戻ってくる。

 

 ニュートラルコーナーに向かって、歩き始めた。

 

 ヴォルグとラムダ。

 2人への感謝を胸に。

 

 そして、小さな敗北感を飲み込む。

 

 

 ハイスピードの攻防。

 動きと判断に、速度を求められる。

 

 だから、癖が出やすい。

 真田が狙っていたのは、ペースチェンジではなく……そういうことだ。

 カウンターを取るためのタイミング。

 それを、調整することに重点をおいた。

 

 俺は。

 どこかで、真田に読み負けた。

 

 俺には、ヴォルグとラムダがいた。

 真田にはいなかった。

 その違い。

 

 息を吐き、そして吸う。

 

 パンチ力は、幕之内や千堂に劣り。

 速度は、冴木に劣り。

 技は、伊達英二に劣り。

 

 戦略は……真田に劣ったか。

 

 

 老人の言葉を思い出す。

 器用貧乏以上、万能未満。

 

 この国で一番だと、胸をはれるものは……ない、か。

 バランスと、総合力で……世界を目指す、か。

 

 

 

 カウント6で、真田が身体を起こし始めた。

 

 まだ戦るか。

 

 俺の踏み込みに対してのスイッチ。

 接近戦に対しての罠。

 

 まだ、用意している何かがあるか。

 

 真田の足元が怪しい。

 それでも、カウント9で構えを取った。

 

 まだ、動けるか、真田。

 

 レフェリーが、じっと真田を見ている。

 

 長い、沈黙。

 

 離れた。

 

 声を待つことなく、俺は、歩き出す。

 

「ファイッ!」

 

 左右にステップを踏みながら、真田に迫る。

 真田は動かない。

 

 左から入る。

 真田のグローブの位置。

 細かく、連打。

 真田のガードが上がる。

 ガードが固まる。

 

 ボディへ。

 

 ガードは下がらない。

 しかし、膝は揺れている。

 余力はない。

 

 中間距離より近く、接近戦より遠い。

 そんな間合いで、俺は上下左右にパンチをばらまいた。

 

 ガードの上。

 ガードの隙間。

 がら空きのボディへ。

 

 真田の目が見えない。

 

 真田の肘を、フックで狙った。

 ガードがずれる。

 すかさずテンプルへ。

 真田がぐらつく。

 

 目が見えた。

 真田の目。

 

 強く、肝臓を突き上げた。

 右のボディフックにつなげる。

 

 左フックをテンプルに。

 

 真田の手が動いた。

 反撃とは言えない、ゆっくりした動き。

 空いた隙間。

 

 アゴの先端。

 

 右のショートフックをねじ込んだ。

 

 腰が落ちた。

 膝が落ちた。

 

 そして……。

 

 レフェリーが真田の身体を受け止めたとき。

 

 俺は、投げ込まれたタオルに気づいた。

 

 

 眩しい光の下。

 聞こえてくる歓声。

 

 俺はしばらく真田を見つめ、手を上げて歓声に応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさん、速水」

「ええ、まあ、何とか終わりましたね……」

 

 音羽会長に肩を抱かれながら、息を吐く。

 

「……ここからが長いんだ。客にアピールして、間をもたせてこい」

 

 グローブをはずしてもらい、また客に応えながらリングを回る。

 

 いつもと違う。

 試合が終わった後で感じる違い。

 

 メインで、タイトルマッチ。

 次に控えている試合はない。

 

 やがて、儀式のようなものが始まる。

 コミッションによる認定。

 

 気がつくと、真田の姿は消えていた。

 試合が終わってすぐか、あるいは儀式が始まる前か。

 

 昨日、真田とは話をした。

 今日も、リングの上で語り合った。

 

 ……試合が終わる直前の真田の目。

 

 足を踏んだ時と同じように、俺との約束がきっと真田を縛った。

 あんな目をさせてしまった。

 

 今日の試合は。

 真田にとって納得の出来る試合だっただろうか。

 

 そんなことを考えた。

 

 

 儀式は進み、ベルトを腰に巻いた。

 実感はない。

 

 ただ、観客の歓声だけが現実(リアル)だ。

 約2千人。

 いや、試合が終わった後、残って見守る客はそんなにいない。

 混雑するから時間をつぶしている客もいるだろう。

 

 2階席。

 幕之内と木村さんの姿が見えた。

 熱心に拍手している幕之内の姿に和む。

 

 俺の視線に気がついたのか、木村さんが軽く右手を振った。

 

 

 

 勝利インタビュー。

 マイクを向けられた。

 

 試合が3Rで終わって、時間が余ったのもあるのだろう。

 

 さて、何を言おうか。

 

 言いたいこと。

 言えないこと。

 言葉に出来ないこと。

 言葉にならないこと。

 

 こういう時は、定番から始めるべきか。

 

 ファンがいなければ、ボクシングの試合は成り立たない。

 しかし、ファンだけでも、ボクシングの試合は続けられない。

 

 口を開く。

 

「そうですね、月並みな言葉ですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客に手を振りながら、俺はリングを下りた。

 

 足元に視線を落とす。

 

 一歩前へ。

 足は動く。

 

 まだ、歩いていける。

 俺は歩いていける。

 

 顔を上げた。

 

 手を振って、観客に応えながら、歩いていく。

 道は、続いていく。

 

 俺の。

 速水龍一の道は、続いていく。

 道の続きを。

 速水龍一は、歩いていく。

 

 この道は、世界へと続いている。

 そう信じて。

 ただ、前へ。

 




速水の戦い方が変化してきたのを、きちんと表現できたかどうか不安ですが、ここで第三部としては一区切りです。

明日は、エピソード的な裏道です。
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