速水龍一で始める『はじめの一歩』。   作:高任斎

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ボクシングの描写って……難しい。(震え声)
ボディを叩いたときの反射行動や、反応なんかを描写したら、絶対にテンポが悪くなるんだけど……千堂と一歩の、日本タイトルマッチのアレを文章で書いてみたい私がいる。


05:約束の場所。

 ジムで汗を流す。

 

 いや、減量はほとんど必要ない俺だが、あまり汗は流れない。

 フェザー級のリミットは126ポンド(57.1キロ)だが、この調子なら特に意識することなく、当日は125、あるいは125.5ポンドあたりになるだろう。

 俺のナチュラルウエイトは59~60キロで、ジュニアフェザー(スーパーバンタム)までなら、あまり苦労せずに落とせる。

 ジムの方針にもよるだろうが、俺の場合ならもっと絞って階級を落とせと言われるケースが多いと思う。

 

 日本には減量神話みたいなものがあるが、海外ではそこまで過酷なイメージをもたれていない。

 もちろん、どちらも個人差はある。

 基本的に、日本のボクサーというより指導者は、選手を少しでも下の階級へ落としたがる。

 その是非はともかく、基本的に過酷な減量は身体にダメージを与えるし、ダメージの回復も遅くなる。

 人間が摂取した栄養は、まず生命活動のために消費され、あまったエネルギーが成長や回復にまわされるのは前に言ったとおりだ。

 その上で、減量の意味を考えて欲しい。

 海外に比べ、日本のボクサーの試合数が少ないのは、もちろんルールもあるだろうが、減量による回復力の低下の影響もあると思う。

 単純に比較できるものではないが、海外の選手は大抵ナチュラルウエイトに近い階級で試合に挑む。

 

 俺も、そのスタイルでやっているが……周囲の選手に比べて明らかに負担が軽いし、試合後の回復も早い。

 まあ、これまでほとんどパンチをもらってないのもあるだろうが。

 

 思えば、幕之内もフェザーではほぼナチュラルウエイトだったはずだ。

 原作におけるうたれ強さというか、頑丈さは、過酷な減量とは無縁であったことと無関係とは思えない。

 それでいて、パンチ力は、反則級と。

 まあ、他人の長所をうらやんでも仕方がない。

 

 幕之内も、俺の試合のビデオを見て、器用さや速度をうらやむことがあるのだろうか。

 だとすると、少し楽しい気がする。

 おそらく、鴨川ジムでは俺への対策として猛練習を重ねているのだろう。

 原作では、左のショートアッパーに対して、カウンターで右のフックをかぶせてくる、だったか。

 参考にはするが、盲信はしない。

 俺は速水龍一として戦ってきたが、原作の速水龍一とは違う。

 原作とは違う戦い方をしてきた自覚があるし、それは当然原作とは違う打開策を見出してくることを意味する。

 

 俺としては、特に幕之内対策はしていない。

 何があっても対応できるように冷静であること。

 そして、パンチをもらわないこと。

 このふたつだ。

 

 ああ、それともうひとつ。

 いざというときは、自分からダウンする。

 

 ダウンを拒否して、追撃を食らうのが一番まずい。

 幕之内との試合では、ボクサーの本能に逆らってでも、さっさと倒れて時間を稼ぎ、少しでもダメージを抜き、冷静になるほうが良い結果につながる可能性は高い。

 

 ……1発なら、何とかなるはずだ。

 今の幕之内は、夢の中で俺をぶっ飛ばし続ける幕之内じゃない。

 そう信じる。

 

 藤井さんは、俺の幕之内への評価が高いことに驚いていたが、現時点では俺が世界で一番幕之内を高く評価している自信がある。

 多少過大評価気味かもしれないが、毎晩毎晩、死ぬような目にあわされる夢を見続けたら、誰だってそうなるだろう。

 

 現状、世間の幕之内の評価は低い。

 その評価が、完全に間違っているというわけでもない。

 しかし、成長過程のボクサーは、当日ふたを開けるまでその真価がわからないものだし、幕之内一歩というボクサーは、試合ごとにレベルアップしてくる主人公(ばけもの)だ。

 

 うん、幕之内の評価が低いのが良くないんだ。

 準決勝とはいえ、新人王戦では俺の初戦にあたる試合。

 派手な映像がほしいと、スポンサーから暗に要求されている。

 

 そういえば、原作でも……『速水龍一』は1Rから決めにいってたな。

 

 仮に、アウトボクシングに徹して4R逃げ回り、判定勝ちをしたら……スポンサーの件は抜きにして、ある程度のブーイングは避けれないだろうな。

 俺も、幕之内も、すべての試合をKO勝利で飾っている。

 KOによる決着を、無意識に望んでいる観客は多いはずだ。

 倒して勝つことは、ある意味で力の象徴。

 その力の象徴に、人は夢を見る。

 世界への夢だ。

 

 

 攻撃に重点を置けば、どうしても防御が甘くなる。

 俺のパンチは、特に速さを追及したパンチは軽い。

 もちろん、同じ階級のボクサーの水準以上ではあるが、原作に登場するキャラと比べたらどうしても見劣りする部分がある。

 そして、幕之内の頑丈さと一発の破壊力はいまさら説明するまでもない。

 まあ、現状ではころころダウンしてるイメージだけどな。

 そこからの大逆転へつなげられる破壊力ではなく、ダウンから起き上がれる頑丈さはやはり無視できない要素だ。

 

 と、すると……まずは視界を奪うべきか。

 距離感をつぶせば、攻撃が当たりにくくなり、防御の一環になる。

 それと、来るとわかっているパンチと、不意をつかれたパンチでは、受けるダメージが全然違うからな。

 こちらの攻撃力も増すことになる。

 

 リーチ差を活かして、ジャブの集中砲火……うん、原作でのスピードスター、冴木の試合を参考にするのもいいか。

 スピードスター、冴木卓麻。

 俺のひとつ年上で、アマチュアの舞台では高1の時に1度対戦したきり。

 俺が2年の時は、冴木はひとつ上の階級でインターハイを制したこともあり、インタビューやなんかで、話をしたことは何度もある。

 友人とまではいかないが、知人である……そんな関係だ。

 当時の冴木は丸坊主だったから、俺がその正体に気づいたのはずいぶん後になったがな。

 

 まあ、参考にするといっても、4回戦の試合だ。

 時間は限られている。

 視界を奪うまで2R。

 残り2Rで倒しにかかる、か。

 

 2Rか。

 漫然と目を狙うだけでは時間が足りないな。

 身体の芯にダメージを与えるパンチと、皮膚を腫れさせるパンチは少し違ってくる。

 

 手首のしっぺがあるが、あれにもコツがあるのと同じだ。

 骨に響かせるうち方と、瞬間的な痛みを与えるうち方。

 皮膚をこするようにうつと、痛みは走るが、ダメージが芯には残らない。

 肘から先を棒のようにして、そのまま叩きつけると骨まで響く。

 

 ただ、ボクサーによっては、打たれてもあまり腫れない体質のものもいる。

 しかし、これまで見てきた試合では、幕之内は顔を打たれると腫れが目立つ体質をしているように思う。

 

 分の悪い作戦ではないと思えるが……どうかな。

 まあ、試合が始まるまでは、いくらでも作戦がたてられる。

 そして、実行しない限り、失敗する作戦はない。

 

 もちろん、世界はそんなに甘くはないが。

 ミスやアクシデントはいつだって起こる。

 それに対応できるかどうか、それだけの余裕があるかどうかが、強さにもつながってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「速水選手、幕之内選手、ともに計量パスです」

 

 前日計量は、ともに余裕を持ってパス、と。

 

 あらためて、幕之内の身体に視線を向けた。

 

 ふむ、原作と違って目に見えるアザがあるわけでもなく……カウンターの練習をしなかったか、それともあっさりとカウンターを取得してしまったか。

 あるいは、別の攻略法の練習に費やしたか。

 まあ、考えるだけ無駄か。

 

 しかし、あのトランクスの下には、ビッグマグナムが隠されているのか。

 見れば男の尊厳を失うとまで評されたそれを、見てみたいような、見たくないような……考えないほうがいいんだろうな。

 

「すいません、握手をお願いします」

 

 記者から要求され、俺は幕之内に向かって手を伸ばした。

 

 ……おーい。

 

 苦笑しながら、声をかける。

 

「幕之内くん、俺たちの握手の写真が欲しいそうだ」

「え?あ、握手ですか?」

 

 ごしごしとズボンに手をこすりつけ、俺の手を握る。

 向かい合っての握手。

 

 うん、こうしてみると……まだ少年というイメージが強いな。

 緊張しているのか。

 対戦相手が俺でなければ、微笑ましいとも言えるが。

 

 そういえば、俺は緊張はしていないな。

 少し不思議な気分だ。

 

「ほら、目線」

「え?」

 

 次は、握手をしたまま、記者のほうに目線を向ける。

 いくつも、フラッシュが光る。

 現時点では、ほぼすべてが俺目当て……だが、試合の結果次第で、すべてがひっくり返る。

 いや、俺から離れていくだけか。

 どんなものも、なくすときは一瞬だ。

 

「ありがとうございました」

 

 写真撮影は終わり。

 次はコメントか。

 

「……練習したことを、精一杯ぶつけるだけです」

 

 うーん、優等生。

 その分余計に、俺のコメントへの期待が高まる。

 

「幕之内くんには悪いが、俺にとっては通過地点ですよ」

 

 こういうコメントをすると、大抵意地悪な返しがくる。

 

「では、眼中にないと?」

 

 俺は少し笑い、肩をすくめながらどちらとも取れるコメントを返す。

 

「道の途中ですからね。靴紐がほどけてないかどうかの確認ぐらいはしますよ」

 

 そして、幕之内を見る。

 

「デビューしたばかりとはいえ、フェザー級屈指の破壊力を持つ相手ですからね……みなさんよりも、俺のほうが幕之内くんを評価してると思いますよ。なんせ、彼のパンチを浴びるのは、みなさんじゃなく俺ですから。真剣にもなろうってもんです」

 

 かすかな笑い声。

 

 ……うむ、アメリカンなコメントは受けが悪いな。

 なら、仕方ない。

 

「まあ、明日は彼のパンチを一発ももらうつもりはないですけどね。完封するつもりです」

 

 ……なんで、こういうコメントだと反応がよくなるかね。

 ジョークとかウィットを利かせるほうが楽しいのに。

 

 

 

 

 

 さて、対戦相手に挨拶を、と。

 幕之内の付き添いの、鴨川会長に頭を下げておく。

 挑発と受け取られても、だな。

 

「すみませんね、幕之内くんを軽んじるつもりはないんですけど」

「ふん。じゃが、本音なんじゃろう?」

「ええ、彼のパンチは痛そうですから」

「言いよるわ」

 

 俺が笑い、鴨川会長が笑う。

 

 ああ、いいな。

 この人は、鴨川会長は、いい。

 俺と気が合うというより、気質がかみ合う。

 そんな感じがする。

 

 ……おい、幕之内。

 なにを他人事みたいな表情をしてるんだ。

 

「幕之内くん、手、いいかな?」

「え、は、はい」

 

 握手ではなく、拳を握ってもらった。

 これが、幕之内一歩の拳か。

 間柴や千堂、ヴォルグなどの強敵を相手に……努力と、勇気で勝利を掴み取るはずの拳。

 

 そして、『速水龍一』を打ち砕くはずだった拳。

 

 感慨深いな。

 

「……怪我には気をつけろよ」

「え?」

「パンチ力があるということは、それだけ自分の身体に負担がかかるってことだ。額や顎、それに頬骨、あるいは肋骨と、硬い部分を叩けば、そのダメージは自分の拳に返ってくる」

「……はい」

「相手選手に与える衝撃が、この拳にはいつも返ってくることを忘れないで欲しい。ボクサーにとって、パンチ力というのは宝物だからな。大切にしてくれ」

 

 そして、幕之内の顔を覗き込み、口にする。

 俺の覚悟。

 

「明日は、拳の怪我をする心配はない。思いっきり、打ってきな」

「はい、思いっきり打っていきます!」

 

 ……違う、そうじゃない。

 

「そうじゃないわ、このバカタレ!」

 

 鴨川会長がステッキを振り回しながら、言ってくれた。

 この何気ない行為に、感慨を覚える俺がいる。

 

「速水はな、小僧のパンチなど当たらんと挑発しとるんじゃ」

「そ、そうなんですか?」

 

 ……天然だなあ。

 

 幕之内らしいといえば、らしいか。

 イメージどおり。

 そう、イメージどおりでほっとする俺がいる。

 

 

 周囲にもう記者はいない。

 それでも、俺と幕之内は、もう一度握手を交わした。

 

 

 

 

 

 その夜、俺は新型デンプシーロールで、リングの外へとぶっ飛ばされた。(震え声)

 完成したんですね、やったぁ!

 

 ははは。

 いつもどおり、いつもどおりさ。

 

 

 そう、いつもどおりの朝。

 今日もまた。

 前へ、進むだけだ。

 

 

 

 

 

 

「……どうした、表情が硬いな」

「あ、わかりますか?」

 

 原作では脇役以下のお調子者のイメージを与えるような扱いだが、この音羽会長だってひとかどの人物だ。

 大きなジムを経営するというのは、簡単なことじゃない。

 

「まあ、確かに幕之内のパンチは脅威だ。だが、当たらなければどうということもないさ」

 

 会長、それフラグです。

 

 さて、と。

 そろそろか。

 

 立ち上がり、軽くステップを踏む。

 左、そして右。

 

 俺の何気ない動きが、周囲の人間の視線を集めているのがわかる。

 

「速水選手、準備してください」

 

 声がかかる。

 会長が、俺の肩を軽く叩く。

 

 ……行くか。

 

 約束の場所。

 越えるべき壁。

 そして、通過点だ。

 

 また、一歩前へ。

 それが、俺の歩む道になる。

 

 

 

 

 

 女性ファンの声援。

 そして、男性からのヤジ。

 

 身体が軽い。

 緊張して、地に足が着かないとかじゃない。

 今日の俺は、調子がいい。

 

 ロープに手をかけ、リングへと跳び上がる。

 観客席に向かって手を上げ、声援とヤジを浴びた。

 

 俺の視線の先。

 幕之内一歩。

 

 リングに立ってみると、やはりフェザー級では小柄に見える。

 しかし、肩が、腕が、脚が、太い。

 エネルギーの塊という感じがする。

 これでまだ、成長の初期段階なのだから、恐れ入る。

 

 確か、幕之内の身長は164センチだったと記憶している。

 俺とは約5センチの差。

 なのに、同じ階級。

 

 筋肉の重量が、俺よりも2~4キロ多く積まれているといえる。

 それは、車で言うなら、エンジンの馬力が違うということだ。

 

 ……タフな試合になるだろう。

 またひとつ、俺は覚悟を決めた。

 

 

 

 レフェリーからの注意伝達。

 心拍数の上昇を自覚する。

 悪くない。

 程よい緊張と、身体の熱。

 

 

 コーナーに戻る。

 会長の言葉。

 セコンドアウトの合図。

 そして、ゴング。

 

 リングの中央で、グローブを合わせた。

 

 原作ではおなじみのピーカブースタイル。

 ただでさえ低い的が、さらに低く。

 左右のグローブが顔の下半分をガードして、その上にこちらをのぞくように幕之内の目が見える。

 腕の太さが、ボディもある程度カバーと。

 

 ……なるほど、やりにくい。

 

 頭をゆすりながら、近づいてくる。

 幕之内一歩が、近づいてくる。

 現実と、幻想の、圧力がのしかかってくる。

 自分の中で、修正を入れる。

 

 俺は小さく息を吸い、ジャブを飛ばした。

 狙いは幕之内のグローブ。

 ガードの上から、目を狙う。

 

 馬力はともかく、リーチと速さ、そして技術が違う。

 距離を保ち、幕之内のグローブを叩いていく。

 ジャブを出そうとする、その動きをとがめるように。

 距離が近づく。

 グローブが動いた瞬間、俺のジャブが幕之内の顔をはねあげていた。

 

 すかさず、右の軽いパンチを3発叩き込む。

 もちろん、狙いは目だ。

 容赦はしない。

 そんな余裕はない。

 

 距離が開き、またピーカブースタイルに。

 やり直し。

 

 いったん足を止め、幕之内を見る。

 目を見る。

 視線の先は……俺の足か。

 

 低い前傾姿勢。

 俺の足の位置で距離を見ている、か。

 

 うん、経験不足だな。

 

 ジャブを飛ばす。

 ステップを刻む。

 右。

 左。

 幕之内の顔が動く。

 反応が遅れる。

 そこを叩く。

 

 ジャブが入る。

 はね上がった顔を、速いパンチで追撃。

 すべて左目に集中させる。

 強いパンチはいらない。

 

 まだ幕之内は一発もパンチを出せていない。

 観客は、防戦一方と見ているだろう。

 

 ひとつ、癖がわかった。

 幕之内の動きは、ピーカブースタイルが起点になっている。

 ジャブで顔をはねあげられても、反撃ではなく、ピーカブーに戻そうとする。

 反復練習の賜物だろう。

 しかし、長所は短所だ。

 ピーカブースタイルに戻って、そこから動き出しまでのタイムラグがある。 

 もちろん、余裕がなくなればどうなるかわからない癖だろうが、それまでは容赦なくつかせてもらおう。

 

 それともうひとつ。

 余裕があるうちに試しておくか。

 

 足の位置を変えた。

 幕之内の視線の先。

 幕之内の距離を測る。

 そして、距離感とパンチを見る。

 

 近づく距離。

 

 幕之内の左。

 技術はともかく、これでジャブか。

 そして、右……は、欲張りすぎだ。

 開いたガードに、ジャブを放り込んだ。

 続けて2発、3発。

 はね上がった顔を叩き続けて、ピーカブースタイルへ戻させない。

 

 突き放し、右へ回った。

 不用意に振り向いたところを、ジャブで迎えてやる。

 左目。

 執拗に、左目を狙う。

 右へ右へ回りながら、皮膚をこするように、ジャブで狙っていく。

 

 俺はまだ、軽いパンチしか打っていない。

 そして、追撃以外は一発一発、角度やタイミングを変えている。

 

 振り向くタイミングで、また左目を狙う。

 

 執拗に繰り返していると、意識的か、それとも無意識なのか。

 あるいは、痛みへの反射反応か。

 幕之内のガードが、わずかにあがった。

 

 踏み込み、ボディに一発。

 すぐに離れた。

 リスクは最小限に。

 

 戸惑いが伝わってくる。

 悩め。

 考えろ。

 その分だけ、反応が遅れる。

 

 ガードの高さを戻せば上に。

 ガードが上がれば下へ。

 打ち分けていく。

 

 顔には追撃を入れるが、ボディへは単発で離れる。

 

 距離を保つ。

 幕之内を翻弄しているように見えるだろう。

 そんな格好いいものじゃない。 

 勝つことだ。

 俺は、勝つことだけを考えている。

 

 静かに、時間が過ぎていく。

 穏やかに、1Rが終わっていく。

 

 ラスト10秒。

 はね上がった幕之内の顔に2発叩き込み、一瞬だけタイミングをずらす。

 ピーカブーに戻ろうとする瞬間、ショートアッパーをカウンター気味に入れた。

 

 ひざが揺れている。

 速いパンチで追撃。

 

 ゴングが鳴った。

 

 

 

 

「よーし、いいぞ速水。後30秒あれば終わってたのになあ」

 

 上機嫌の会長に、少し釘を刺しておく。

 

「どうですかね……判定までいくかもしれません」

「おいおい、弱気だな」

「……まだ、幕之内が何を狙っているかわからないんですよ」

「手も足も出ないってやつさ」

 

 考えなしのように聞こえるが、慎重な選手には楽観的な言葉をかけるのが会長のやり方だ。

 俺が積極的なら、逆に慎重になれと言うだろう。

 バランスをとるのがうまい。

 

 ふと、気づいた。

 そういえば、原作では1Rで終わったんだったか。

 

 原作ブレイク。

 見えない未来に向かっていく。

 

 まあ、いつものとおりだ。

 俺はずっと、手探りで歩き続けてきた。

 

『セコンドアウト』

 

 さあ、2Rの始まりだ。

 




次で、決着よ。
ちゃんと明日も更新の予約済みだから。

週刊漫画の次の展開を夢想しながら1週間待って、翌週、雑誌を手に取る。
この、待たされる感覚がいいと思うの。(ゲス顔)

なお、やりすぎるとハードルが爆上がりする罠。

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