人形使いと高校生 作:ツナマヨ
朝起きると西洋の騎士が持っているような、ランスのミニチュア版を持った小さな人形が、宙に浮かび俺をのぞき込んでいた。
「ひぃぃぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」
宙に浮く人形を全力で払い退けようとし、当然のように避けられた俺はベッドから離脱。そのまま壁際にまで逃げ込み、側にあったテレビのリモコンを構え必死に命乞いをした。
「マジすんません。マジすんません。小さい頃持っていたぬいぐるみのタンメン(クマ)は捨てたんじゃないんです、引っ越しするときにいつの間にか無くなっていて、新しい家で荷物の整理をしているときに気付いてどうしようもなかったんです。だから恨まないでください」
俺が必死の思いで言葉を連ねていると、何処かから笑い声が響いた。目を瞑っている俺は声の出所が分からず、かといって今、目を開けるのは怖すぎるのでどうしようもない。嗚呼、父さん、母さん、あなた達より先に逝ってしまうこと誠に申し訳なく思っております。来世では物を大切にし人形に恨まれる事無く、平穏無事に生を全うしたいと思います。さようなら。
映画の被害者のような凄惨な死体になる未来を幻視した俺は全てを諦めた。だが、何時までも痛みを感じない事を疑問に思いおそるおそる目を開けた。部屋を見渡し、部屋の中央で笑っているアリスと、その傍らに浮かぶ人形を見て、昨夜聞いたアリスの魔法の内容を思いだし、ベットに戻り不貞寝した。
「本当にごめんなさい」
ーーペコリ
そう謝っているのは、これから一緒に住むことになった少女、アリス・マーガトロイド。言葉をしゃべらず頭を下げるているのは、アリスの作った人形である上海。彼女ら(上海を含めていいのか分からないが)はリビングにあるテーブルに朝食を並べている。何でも驚かせてしまった事と、笑ってしまった事への御詫びらしい。
だけどなアリス、笑いながら謝られても怒りが増すだけだ。うまい事取り繕ってるみたいだけど、目元が笑っているんだよ。まあ、美少女の手料理が食べれるのなら文句は言わないが、料理中に思い出し笑いをするのはやめていただきたい。何故なら死にたくなるから。
「はあ」
そんな心の愚痴をため息で追い出しつつ、料理をしているアリスの後ろ姿を見る。
……なんていうか絵になるよなぁ。昨日とは違う青と白のエプロンドレス(幻想郷で服が汚れる事は日常茶飯事なので、常に着替えを何着か持っているらしい)はアリスの人形のような容姿と、染めたのでは絶対に出ない見事な色の金髪がよく映え、完成された絵のように思える。
その美少女の手料理を朝から食べる事ができる……考えたらテンション上がってきた。よし、さっきの事は水に流そう。
俺は結構、単純だったらしい。簡単に機嫌が直った俺は、朝食が出来るまでアリスの後ろ姿と、小さい体で一生懸命に働く上海を見て、時間を潰した。
「出来たわよ。初めて使う道具だったから、料理も簡単な物しか作らなかったけど」
アリスが皿に盛りつけて料理を運んできた。作った料理はスクランブルエッグにベーコンとほうれん草の炒め物、それとバタートーストだ。
食欲を誘う匂いがリビングを満たし胃を刺激する。お腹がくぅと小さく鳴り、唾液が溢れてくる。アリスがコップにお茶を注いでいるのがもどかしい、この家は食べるときに全員でいただきますと言ってから食べ始めるのが決まりなのだ。ちなみに、この家の家訓というものは時々帰ってくる両親が決めたことだ。家訓はこれ以外にもあるが、それは後々話すとしよう。
考え事をしている間に準備が終わったようで、アリスが椅子を引き正面に座る。目を合わせ頷いたのを確認し、手を合わせる。
「「いただきます」」
と言ってすぐに食べ始める。まずはスクランブルエッグ、箸で摘み口にいれ租借する。ふむ、少し薄めの塩味だ。俺も味付けは同じだが出来具合がまるで違う、特に焼き加減がすばらしい。昨日、コンロや電化製品、食器や調理器具の場所、風呂の使い方まで教えたが、時間が無かったので必要最低限の事しか教えてない。それでこの焼き加減、料理ではアリスに勝てなさそうだ。
作られた料理を食べ終え、お茶を飲みながら一息吐く。
「お味はどうだった?」
「俺が作るより数段上手かった」
アリスの問いかけに間髪入れずに答えると、アリスは苦笑した。
「そう。それはよかったわ」
ちらりと時計を確認すると朝の七時だった。まだ時間があるので学校で食べる弁当を作ることにする。
フライパンにかき混ぜた卵を落とし、ある程度焼けたところで形を崩す。先ほどアリスの作ったスクランブルエッグを思い浮かべながら火を通す。
「まだ食べ足りないの?」
俺が台所に立ち料理を作り始めたのを見て、アリスと上海がやってきた。二段型の弁当箱を出し、一段目にご飯を詰めながら答える。
「今日、学校で食べる弁当を作ってる」
「そう。手伝いましょうか?」
俺が頷く前に冷蔵庫から食材を取って横で作り始める。
「たのむ」
ーークイクイ
もう作り始めているが、一応頼んでおく。そのまま二人で作り始めようとし、シャツが引かれるのを感じ振り向く。すると上海が小さな手で自分を指していた。
「えーっと、上海も手伝いたいのか?」
ーーコクッコクッ
勢いよく頷かれた。
「じゃあご飯にふりかけを掛けてくれ、ふりかけはあそこに置いてある」
ーービシッ
上海は敬礼をして飛んでいった。本当に人形なのか?
「そういやアリス、今日はどうするんだ?俺は学校で夕方くらいまで帰れないぞ」
アリスに今日のことを聞いてみる。アリスのことは信用しているし、この家なら好きに使って貰ってもかまわないが、外に出るのは勘弁して欲しい。
「そうね、部屋の掃除をして本でも読んで時間を潰すわ」
「そうか、本は俺の部屋に幾つか置いてあるからそれを読むといい」
喋りながらも弁当は作っていたので、完成した弁当の蓋を閉め袋に詰めテーブルの上に置いておく。
そのまま洗面台まで歩いていき、歯磨きを始める。隣にはアリスが並んで歯ブラシを使ってた。
昨日の時点で生活用品の一式はアリスに渡してある、部屋は空き部屋に両親の部屋にある母親のベッドを持っていき、アリスが幻想郷にある自宅から持ってきた小物などを置いている。
昨夜は驚きの連続だった。アリスが持っていた鞄から、大量の人形や荷物、着替えなどが出てきた。全ての荷物を出し終えたアリスは、指の先から糸のようなものを出し、人形を五体ほど操っていた。アリスは不服そうな顔をし、やっぱり少ないわねと呟き自分も整頓に参加していた。ちなみに俺はアリスが欲しい物、例えば机やハンガーラックなどを、倉庫代わりのクローゼットから引っ張り出す作業をしていた。
歯磨きを終えうがいをする。鏡越しにアリスを見てみると、まだ歯を磨いているようだ。その後ろではアリスが持ってきた櫛を持った上海が、一生懸命アリスの髪を梳いていた。和む。
うがいし終わったコップを水で洗い、元の位置に戻す。洗面所を出て、そのまま自分の部屋に行き制服に着替える。鞄に教科書などを詰め込み、学校へ行く用意を終えた頃には時計の針は七と九を指していた。
「七時四十五分か、結構時間が余ったな。今日は歩きの気分だから、歩いていくとして、何時に出ようか」
俺の通っている学校は八時半までに正門をくぐらないと、遅刻書を書かないと教室に入れなくなる。成績には響かないが遅刻書が貯まると、校外の清掃活動に参加するはめになるので、なるべく遅刻はしないようにしている。まあ、家から歩いて十分、自転車で五分の所に高校が在るため、遅刻をしたことはないが。
「ねえ、お昼ご飯はどうすればいい?」
何時に家を出るか悩んでいると、リビングと廊下を隔てるドアを開けながらアリスが話しかけてきた。
「冷蔵庫にある食材、勝手に使ってもいいぞ」
「そう」
椅子に座ったアリスをボーッと見ていると、アリスは人形を動かし始めた。どうやら動作の確認をしているようだ。次第に人形の数が増えていき、五体目で動作が鈍り、六体目は動かなかった。
「ふう、やっぱり五体が限界ね。外界はマナが少なすぎるわ」
滅茶苦茶気になるフレーズが出てきた。ファンタジーものでよく出る名前のような気がする。
「なあ、アリス。魔法ってさ誰にでも使えるの?」
「うーん、幻想郷では簡単に使えるけど、この世界じゃマナがが少なすぎて素質がある人、魔力を持った人にしか使えないわ」
詳しく聞きたいが時間がないので、これだけ聞いておくことにする。
「俺は使える?」
「無理ね」
即答され少し落ち込む。使ってみたかったのになぁ。
「仮にあなたが魔法を使うとするなら、何か代償を払わなければならない」
「代償?」
「簡単な魔法、火を出す魔法を使うなら、魔法陣を血で描くだけで発動するけど、ある程度高度な魔法を使うときは、体の一部を代償に払わなければならないわ。例えば目に見えないものや実体の無いものを見る魔法を使うなら、片目を差し出さないと魔法は発動しない。だから、興味本意で魔法を使おうとしないこと、いいわね」
アリスは真剣な表情で俺を諭す。ここまで言われると魔法を使う気も無くすので素直に頷いておく。
「分かった」
話は終わったようで、アリスはこちらに合わせていた目線を外した。俺も視線を宙に巡らせ時計を確認する。ちょうどいい時間なので鞄に弁当を詰め、椅子から立ち上がる。
「ちょっと待ちなさい」
リビングの扉に手を掛け、開けようとした所でアリスから声が掛かった。
「椅子に座りなさい」
「何で?」
「いいから。上海、櫛を持ってきて頂戴」
強引に椅子につかされ肩に手を置かれる。
「あなたはいつも髪を整えないで行くの?」
「お、おう」
そのまま指で髪を梳かれ、体が硬直する。
「全く、あなたって人は。ああ、上海ご苦労様」
指の感触が無くなり、固い感触に変わる。少し残念に思ったことは秘密だ。
「はい、出来たわよ」
肩に置かれていた手が離れ、後ろに感じていたアリスの体温が離れる。恥ずかしさでいっぱいいっぱいな俺は、逃げるように玄関へと向かった。
「学校、行ってくる」
「ふふっ行ってらっしゃい」
ちくしょう、昨日もあったぞこのやり取り。
俺は飛び出した。
もう次の投稿の話はしません。
ただ次話は一文字も書いていません。
はぁ、明日テストなのに何やってるんだろう。