人形使いと高校生   作:ツナマヨ

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三日目 夕方 魔女とお茶会

「ただいまー」

 

 玄関のドアを開け、いつもより少し大きめの声で帰宅を告げる。以前までは呟くような声で言っていた挨拶を、大きな声で告げるようになったのは、間違いなくこの家にアリスが住み始めた影響だろう。ただいまと言ったらおかえりと返ってくる、それだけで嬉しくなり自然と笑顔が浮かぶ。親と一緒に住んでいた時には当たり前だった事が、一人で生活をする様になって、当たり前じゃなくなり、心の何処かでは寂しいと感じていたんだろう。最近、自覚したことだ。

 

「おかえりなさい。あら?良い匂いがするわね」

 

 自身の心境の変化を感じ取っていると、アリスが顔を出した。

 

「ケーキ、買ってきたから食べないか?」

 

 今日は学校から帰ってくるときに、少し遠回りをして、新しくできたケーキ屋でケーキを買ってきた。種類はショート、チョコ、チーズ、モンブランの四つだ。四つ買ったのはアリスの好みが分からなかったのと、ただ単に美味しそうだったからだ。

 

「ありがとう。お茶は私が入れておくわ」

 

 アリスが手を差し出してきたので、ケーキの入った箱を渡す。

 

「ああ、冷蔵庫の隣にある食器棚の一番右下にいい紅茶があるから、それで入れてくれないか?」

 

「わかったわ」

 

 返事をしてアリスはリビングへ引き返していった。俺も自分の部屋に行き、着替え始める。

 

 そういえば上海を見てないな、いつもなら俺が帰って来たときに、アリスと一緒に出迎えてくれるのに…………まあいいか。普段、上海はこの家の中を自由に飛び回ってるし。比喩表現ではない。アリスには、上海と視覚を同期させるって最終手段があるし。

 

 最近知ったことだが、アリスは人形と視界を共有出来るらしい。そして視界を共有した人形によって、目の色が変わるらしい。人形にはそれぞれの役割があって、その役割によって魔力の色を変えているとのことだ。なので、いざとなったらアリスが、上海の見ているものを見てそこから逆探知すればいい。

 

 考え事をしていたら数分が経った。急いで着替えリビングに向かう。俺は考え事をしだすと、周りが見えなくなるみたいで、今みたいに時間の事を忘れるときが多々ある。どうにかしてこの癖を直したいが、うまくいってない。

 

 ドアを開けリビングに入ると強い紅茶の香りが部屋中を満たしていた。

 

「ちょうど紅茶を淹れ終わったところよ。ケーキもすぐ用意するから待ってて頂戴」

 

 紅茶をカップに注いでいた陶器製のポッドを、テーブルの真ん中に置いたアリスが、台所にケーキを取りに行くのを椅子に座って眺める。ふと、アリスの横を見ると上海がじーっとケーキの箱を物欲しそうな顔で見つめていた。本当に人形なのか?今度アリスに聞いてみよう。

 

「あなたはどれにするの?」

 

 箱と食器を持ちテーブルまで来たアリスが、箱の中のケーキを見れるようにして聞いてきた。隣で二人分のフォークを持った上海が、急かすように両手をシャカシャカと動かしている。

 

「ショートケーキで」

 

「なら、私はモンブランを貰ってもいいかしら?」

 

 アリスが聞いてくるので頷くことで答える。ケーキと紅茶が楽しみで碌な反応を返せなかった。皿にのせたケーキを受け取りアリスが座るのを待つ。

 

 アリスが座ったところで手を合わせた。

 

「「いただきます」」

 

 ケーキを食べる前に紅茶を飲む。カップに顔を近づけると紅茶の香りがより強く感じ、その香りだけでふぅ、と美味しい食べ物を食べた時に出る、満足感を存分に含んだため息が漏れた。香りを心ゆくまで楽しんだ後、紅茶を口に含む。

 

 …………言葉に出来ないほど美味しかった。口に含んで、味と香りを楽しむ。これからはコンビニで売っている紅茶やティーパックで作る紅茶は飲めないだろう。

 

「茶葉の種類からストレートで入れたのだけどお口にあったかしら?」

 

「滅茶苦茶うまい。今まで飲んだ紅茶の中で一番うまい」

 

 アリスの問いかけに一にも二にもなく答える。

 

「そう。それはよかったわ。ケーキも美味しいわよ」

 

 そう言われ、ケーキがあったことを今さらのように思い出す。紅茶の香りの良さと味に心奪われ、すっかり忘れていた。

 

 ケーキを切り分け、一口食べる。これも十分に美味しい。しつこくないクリームの甘味や、酸味があり、それでいてクリームの味を邪魔しない、スポンジのあいだにあるイチゴの味など店で出すには十分すぎる、むしろ払った金額では足りないのじゃないかと思える味だ。

 

 だが、それでもアリスの入れた紅茶の引き立て役でしかない。甘いケーキを食べたあとの紅茶は先ほどより苦く感じたが、その苦味ですら楽しめて飲める。

 

「そういえば、この紅茶の葉は誰が買った物なの?あなたが淹れた所は見たことがないし」

 

「ああ、親父だよ。紅茶好きで普段からよく飲んでいたんだ」

 

 まあ、あっちでも飲んでいることだろう。

 

「ところで、あなたのケーキを一口貰ってもいいかしら?」

 

「んっ?いいぞ、紅茶を入れてくれたしな」

 

 皿をアリスの方へ差し出す。アリスは自分のフォークでケーキを切り分け、お返しにとモンブランを差し出してきた。俺は少し考え栗を避けて切り分ける。……うん、うまい。これからもケーキはあそこで買おう。

 

「ショートケーキも美味しいわね」

 

 アリスが口に含んだフォークを見て思い至った。

 

 あれ?今のって間接キスじゃね?

 

 その考えに至った瞬間、口の中に残っていた甘さが全て吹き飛んだ。その後は恥ずかしさからアリスの顔を見れず、紅茶の味を楽しむふりをしてごまかし続けた。

 

 紅茶の味と香りは最後まで楽しめた。


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