「……陽炎っ、もう良い! もう良いのだ陽炎!!」
『 キィエェェェーーーーーーイッ!! 』
現在左衛門と陽炎は、関宿にて弦之介を襲撃した犯人である蛍火を、必死こいて追跡中である。
「いやぁぁぁーーっ! 夜叉丸どのぉぉぉーーッッ!!」
『 キィィエェェェーーーーーーイッ!! 』
「止めんかぁ陽炎! ……はうす! はうすに御座るぞッ!!」
悲鳴を上げながら民家の屋根を飛び移る蛍火。愛する人の名前を叫び、涙で顔をグシャグシャにしながらも必死で逃げ回る。
――そうせねば、死ぬ。 確実に殺されてしまう。
目を見開き、奇声を上げ、ターミネーターもかくやと言うガチ走りでこちらを追撃してくるあの女に、私の未来は確実に閉ざされてしまう事だろう。もう祝言どころの話ではなくなってしまうのだ。
その女ターミネーターは白目を剥き、その口からエクトプラズムのように大量の毒吐息をまき散らしながら蛍火を追撃。通りすがった虫だのカラスだのが、次々に「ひゅぅぅ~……」っと墜落していく。
その表情はさながら、般若の如く。悪く言えば、南米の民芸品のような顔。
あれだ、トーテムポールとか魔除けの人形とかの、牙の生えている感じのヤツだ。
とにかくそれは、断じて人のするような顔ではなかった。
「陽炎っ、止まれ! この町を滅ぼす気かお主は!!」
『 ――――チィエストォォォーーーーイッ!!!! 』
「きぃぃ~ん!」とアラレちゃんが走る時のポーズで、頭から民家の壁へと突っ込んでいく陽炎。そしてさも当然の如く5,6軒ばかり民家を弾丸のように貫き、そのままヒャッハーと走り抜けていく。
左衛門の背後では今、「ゴゴゴゴゴ……!」っと次々に民家が倒壊していく轟音が響いている。もう色々な意味で、足を止めるワケにはいかない。弁償とか左衛門には無理なのだ。お胡夷の養育費が。
今陽炎の頭の中では、すでにあの蛍火とかいう女の四肢を素手で引き千切る所までの未来予想図が完成している。もうすぐそれは、本当にドリームズ カム トゥルーしてしまう。
彼女にとって蛍火は、“自分と弦之介の情事を邪魔した敵“なのだ。怒り狂うのも当然といえる。
……あの蛍火という女さえ居なければ、今頃自分は弦之介さまと、しっぽりいっていたのだ!!
チュウをしていたのだ! 弦之介さまのなんやかんやを、コリコリ コリコリとしていたのだ!!
『 ■■■■■ーーーーーーーーーーッッッ!!!! 』ゴゴゴゴゴ!!
「陽炎っ! かげろぉぉぉーーッッ!!」
それが事実かどうかはよくわからんが、少なくとも陽炎の内ではそうなっているのだ。
「これもぜんぶ、蛍火ってヤツのしわざなんだ」とばかりに、責任転嫁をしつつ民家を破壊し、元気に駆けていく。
陽炎には現在、すでに蛍火の顔面を●●●している未来が見えている。
狂気的な笑みを浮かべ、うれしい楽しい大好きといったご様子だ。
先ほどから左衛門は、必死こいて味方である陽炎を制止しているのだが……。
それは事実として、本当に『そうゆう事態』になりかねないからなのだ。
今まで使う機会は無かったのだが、実は甲賀伊賀の“ねお忍術“には究極神拳めいた最終奥義、
『ふぇいたりてぃ』という物がある。
――――陽炎のふぇいたりてぃ。 その名を、『よっこらせっ〇すの術』
名前こそふざけた奥義だが、これを喰らった蛍火が一体どうなってしまうのかなど想像もしたくない。とても15R小説では見せられないモータルコンバットになる事うけあいだ。
ちなみに陽炎の“忍法よっこらせっ〇すの術“は、皆が口をそろえて「一番喰らいたくない」と言う、甲賀千年の歴史の中でもブッチギリで一番嫌な死に方をする最終奥義である事を、ここに記しておく。
もうどこぞから『フィニッシュ ハァ!』だの『カゲロウ、ウィンズ! フェイタリティ!』だのという声が聴こえてくる前に、早急にこの事態をなんとかせねばならない。
左衛門は陽炎に先駆け、懐から取り出したクナイを投げて蛍火の足へと命中させた。
甲賀名産の業物“痛くないクナイ“。 その名も『いた苦無』。
これにはたまらずと言った様子で、蛍火がサッと物陰へと身を隠した。
「陽炎、相手は手負い。 ここはわし一人で充分じゃ」
「さ、されど……、左衛門どの……」
「弦之介さまに、お詫びせばならぬ事があろう?」
優しい声で、陽炎を諭す左衛門。その身体から「ふしゅるるる……」と怒気が抜けていき、陽炎が本来の女性らしく美しい顔に戻っていく。
まだ若干戸惑ってはいたものの、そこは彼女も甲賀の忍。やがて意を決した陽炎は小さく頷き、関宿の方へと引き換えしていった。
「……やれやれ」とひとつため息をつき、左衛門も心を切り替え、次の行動に移る。
果たしてあの超人的な戦闘力を駆使した前代未聞の強姦未遂が、「すまんこってす!」の一言で許されるものなのかどうかは、左衛門にはわからない。
しかしそれは今考えても詮無き事。そう己に言い聞かせ、弦之介さまの懐の深さを信じてまる投げする事とした。
今ちょうど東の方角へと、蛍火の操る蝶の群れが飛んで行くのが見える。それを追っていくのが良いだろう。
……恐らくはアレは、蛍火の謀り。
あの蝶の群れとは逆の方向へと逃げる算段なのであろうが、先ほど散々彼女に怖い想いをさせてしまった事だし、ここは素直に騙されておく事としよう。
どちらへ逃げるつもりなのかは、もうわかっているのだし。ここはしばしの休息を取ってもらい、しっかりと心を落ち着かせてもらってから、彼女の所へ赴くとする。
そう心に決め、左衛門はあえて東の方へと飛ぶ蝶を追いかる。
自身の甘さに苦笑をしつつ、左衛門が夜を駆けていく。
美しい蝶達が舞う、幻想的な光景。
それに心までは決して謀られぬよう……。肝に銘じながら――――
…………………………
『 そちらでは御座いませぬ左衛門どの! こちらです! わたくしには分かる!
こちらから、実生活の充実しておる小娘の匂いが致しまする!! 』
左衛門はその場でずっこけ、蛍火が『ドテェー!』っと屋根から転げ落ちた。
そして遠くの方から、『ズドドドド!!』と土煙を上げながら猛スピードでこちらへと駆けてくる陽炎の姿。
満面の笑みを浮かべ、リア充ぜったいブッ殺すウーマンと化した陽炎が、「ウキョー!」とばかりに民家の塀を軽々と飛び越えた。
『“フィニッシュ ハァ!“に御座いまする! ――――忍法ッ、よっこらせっく〇のじゅ……
「わし一人でえぇ! わし一人でえぇからッッ!」
蛍火が「きゃぁーーッ!!」と悲鳴を上げながら、だんだんと遠ざかっていく。
その声を遠くに聴きながら、必死で陽炎を押し止める左衛門であった。
……………
…………………………
(伊賀の七人……。弦之介さまはわたくしの事も敵として数え……、指を折っていなさる)
ここは旅路の途中にあった、空き家であろうボロ家。
ここを一夜の宿と決めた伊賀衆の5人が、それそれ思い思いにくつろいでいた。
その中、皆から少し離れた場所に一人座り、じっと思いにふける朧。
(わたくしが弦之介さまを謀り、伊賀へと誘い込み、殺そうとしたと。
弦之介さまは……、そう思っていなさる)
背を向けた後ろから、伊賀衆たちの話し合う声がする。
それも朧は意に介さず、ただただ弦之介の事を想い、閉じた瞼の裏に思い描く。
(せめて、そうでない事だけは、お伝えしたい……)
『――ディス イズ ア、シュリケーン』
「「でぃす、いず、あ、しゅりけぇーん!」」
(たとえその後……、わたくしは弦之介さまに、斬られようとも…………)
『――ジャパニーズ、ニンジャー』
「「じゃぱにぃず、にんじゃー」」
(………………)
『――アメェリコ』
「「あめぇりこ」」
朧がおセンチな感じで思いにふけっている所、大変申し訳ないのだが……。ほかの伊賀衆達は薬師寺天膳を講師とし、ただいま米利堅(メリケン)言葉のお勉強中であった。
『――サンバディ、トゥナイ』
「「さんばでぃ、とぅなぁーい」」
『――PC、エンジーン』
「「ぴぃしぃ、えんじーん」」
『――イッコ、ニコォ、サンコーン』
「「いっこ、にこぉ、さんこぉーん」」
……何やら色々とツッコミたい部分はあったものの、とにかく初志を貫徹し、鋼の意思を持って弦之介の事を考える朧。アンニュイ系女子の鏡。
(…………た、たとえその後わたくしは、弦之介さまに斬られようとも)
『――ペンギン、クラブ』
「「ぺんぎんっ、くらぶ!!」」
『――ポプリ、クラブ』
「「ぽぷりっ、くらぶ!!」」
(……何故にそこだけ、妙に元気よくリピートを。
……と、とにかくわたくしは! 弦之介さまに!)
『――ペンギン、クラブ。 サンゾクバーン』
「「ぺんぎんっ、くらぶ! さんぞくばーん!!」」
(……いや、“山賊版“は日ノ本言葉では?
……ん゛んっ! この気持ちを、どうにかしてお伝えしたのち!)
『――コミック エルオー』
「「こみっく! えるおぅ!」」
(……そう、その“Comic LO“とやらを弦之介さまへお渡しし、心よりお詫びを申し上げ)
『――カイラクテーン』
「「かいらくてぇーん!」」
(そこから伊賀の娘として、見事“快楽天“な展開へと、移行せしめ……)
「 ――――――って、違いますればぁボケェェェーーーッ!!!! 」
「!?」
「!?」
「!?」
ビックリしすぎて、座ったまま「ピョーン!」と飛び上がる伊賀衆。
「何がComic LOなのですか! 何が!! そんな物をお渡しして、
もし万が一にでも『かたじけのぅ御座る』とか言われたら、一体どうするのですか!
心が折れますれば?!」
「「「 !?!? 」」」
目が塞がった状態ながら、手探りで皆の場所を探り当ててペシペシと叩く朧。
いたいいたいと部屋を逃げまどう一同。ドタバタ、ドタバタ。
「……いや、朧さま。こういった言葉を合間に挟む事により、
授業に対する“もちべぃしょん“という物を、上げておるので御座いまする。
勉学に興味を持ってもらう事、それこそが一番重要な事に御座いますれば。
陣五郎も朱絹も、どこか『エロい言葉が来るのを待っている』節がありますゆえ。
今ではすっかりこの通り、熱心な生徒となりまして御座る、オ・ボーロさま」
「誰がオ・ボーロさまですか! 誰が!!
なんなのですかその快楽天BEASTやら、MEN'S GOLDやら、COMIC HOTMILKやらは!
乙女に言わせる言葉ではないでしょう! いい加減になさい!!」
いや、その雑誌名はまだ出してなかったのだが……。とにもかくにも滅多にない朧さまの激おこに、あいすいませぬ、あいすいませぬと平謝りの伊賀衆達。
しかしここ2日ほどは、落ち込んでばかりいた朧。
奇しくも今「うわーん!」と声を上げて泣いた事により、少しだけスッキリした気がせん事もなかった。そのきっかけはともかく。
そして一連の会話の中、実は朧が米利堅(メリケン)言葉上手だという事が発覚する。
オ・ボーロさま、まじパのぅ御座いまする。伊賀鍔隠れの誇りに御座いまする。
過去に英和辞典のえっちぃ単語を探し、こっそり印を付けていた経験を持つオ・ボーロさまであった。
好きこそ物の、上手なれ。
……………
…………………………
時刻は深夜となり、もう皆が寝静まっている頃。
小四郎は皆がいるボロ家の近くの川辺にて、一人修練に励んでいた。
以前弦之介の瞳術により負ってしまった傷は、すでに完治している。しかしこの戦いの続く内は、小四郎は目元に布を巻き怪我人として振る舞っていく方針だ。
まだ自分は、とても甲賀の室賀豹馬のようには動けない。まだまだ光の無い世界に対応しきれてはいないのだ。
それでも挫ける事無く、訓練に励んでいる小四郎。しかも、まるでこの過酷な状況を楽しんでいるかのように、彼の表情はむしろ生き生きとしていたのだ。
「……小四郎どの? このような夜分に、川辺でいったい何を?
……って、びしょ濡れでは御座いませんぬか小四郎どの!!
もしや、川へと落ちなさったのでございまするか!?」
家の中に居ない小四郎を案じ、外まで様子を見に来た朱絹。
全身がびしょ濡れになってしまっているその姿を見て、慌てて傍へと駆け寄る。
「いや、大丈夫に御座る朱絹どの。このような不甲斐ない姿をさらしてしまい、
まこと申し訳御座らぬ」
「何をおっしゃって……あぁ、このようなずぶ濡れのお姿に……。
申し訳御座いませぬ。わたくしが傍についておれば、このような事には……」
自分の落ち度だとして頭を下げる朱絹。なぜ目の見えない小四郎の事をもっと気にかけておかなかったのだろうと、深く後悔する。
「いえ、そのような事では御座らぬ朱絹どの。拙者、自らこの川にて修練をしており申した。
今はこの川に点在しておる“足場の岩“、それを目の見えぬこの状態にて飛び移り、
見事川を渡り切るという修練をば」
不気味な文様の書かれた黒い布で目元を覆っている小四郎。そんな姿でありながら彼は、少年らしい笑顔で「ニコッ!」っと笑うのだ。
「――――知っておりますか朱絹どの? この岩の下にはサメが沢山おり、
川へと落ちた者はサメに喰われてしまうので御座いまするぞ?
情けのぅ御座るが拙者、もう10度はサメに喰われておるのです」
腰に手を当てながら、清々しい顔で突然変な事を言い出す小四郎。
喰われるどころか、その身に怪我などしていようハズもない。そもそもサメが川にいるものか。
「こ、小四郎どの……? いったい何を申されて……」
なにやら戸惑っている様子の朱絹。それに構わず、小四郎は笑顔で言葉を続ける。
「子供の時分には、よぅこうやって遊んでおり申した。
朧さまが、塀の上などを歩く役。
拙者はその下で、危のぅ無きようそれを見守る、サメの役に御座った」
思い出すのは、子供の頃。
天真爛漫で活発だった女の子に振り回され、いつもビクビクとしながら後ろを着いていった自分。
この大切なお方が怪我でもしたらどうしよう? 危ない事はおやめくださいませ。
いつもそんな事ばかり考えてヒヤヒヤしていた気がする。
「……まぁ、そのような事が」
「しかり。されど今は、拙者がサメに喰われる立場。
サメの餌とならぬよう、一刻も早くこの状態に慣れねばなりませぬ」
あの頃は見守る立場ばかりだったけれど、今は自分がこの舞台の主役。長い下積み時代を終えての、念願の晴れ舞台だ。そう微笑みながら、もう一度川の方へと歩いて行こうとする小四郎。
「よ~し! 今度こそは~♪」と言わんばかりの非常に良い笑顔であったが、そのチャレンジはあえなく朱絹により阻止される。ガシッと手を掴まれて。
「……あ、朱絹どの?」
「――サメの餌となるのは、たいへん結構に御座いまするが。このような寒き中、
いつまでもずぶ濡れのお姿でおるのはいかがな物に御座いましょう……小四郎どの?」
小四郎には見えないのだが、その雰囲気だけはヒシヒシと感じる。あぁ朱絹どのは、今ものっすごく怒っておられる……。
きっと口元がヒクヒクしておられるのではなかろうか……? 俺にもわかるぞ。
『さぁさぁ! もう家の中へ! 一刻も早くお着がえなさいませ!!
夜が明けましたならばこの朱絹が、貴方を見守るサメの役を演じて差し上げますゆえ!!』
小四郎の襟元を掴み、ズルズル家へと引きずっていく朱絹。
さすが伊賀十人衆が一人。力がもう、とんでもないレベルに御座いますれば。
「風邪でもひいたらどうすんだ!」とガミガミお説教されながら、スゴスゴと寝床へ帰っていく小四郎であった。
……しかしながら、小四郎には見えなかったが。
声こそ怒ってはいたものの、その時の朱絹は、とても優しい笑顔を浮かべていたのだ。
小四郎の肩をペシペシと叩きながらも、彼女の目に浮かぶ物。
それは、心から安心して塀の上を歩く、幼い頃の朧の姿。
そしてその下でオロオロと朧を見守る、心優しい、ちいさなサメさんの姿だった。