「いやぁ~、かぁ~わいぃ~ですねぇ~♪ と~ってもかぁ~わいぃ~ですねぇ~♪」
先ほど、女ターミネーターこと陽炎に死ぬほどの目に合わされた蛍火。
彼女は現在その傷ついた心を癒すべく、森の動物達を呼び寄せ、アニマルセラピーの真っ最中であった。
「この子は本っ当~に美人さんですねぇ~♪ かぁ~わいぃ~ですねぇ~♪」ワシャワシャワシャ!
蛍火の“ねお伊賀忍術“は虫や小動物だけでなく、もう森のあらゆる動物たちをも操る事が出来るのだ。
ただいま彼女はヒグマの背中にしがみつき、もうムツゴロウさんの如くワッシャワッシャと撫でまくっていた。
「ヒグマはですね? ほら! ここを撫でてあげると! 喜ぶんですねぇ~っ!
そしてあちらのあの子は! 名前を“エゾシカ“と申しましてですね?
背中に白い斑点があるのが特徴なんですね~! かぁ~わいぃ~ですねぇ~♡」ワシャシャシャ!
蛍火は先ほど受けたトラウマから心を守る為、もう精神が幼児退行してしまっている。
もう怖い現実なんか見たくない。
この森でずっと動物達と楽しく暮らしていきたい。動物王国に御座いますれば!
ちなみに先ほどから鹿さんを撫でまわしている彼女だが、ワシャワシャしているそれはエゾシカではなく、“ホンシュウジカ“という種類の鹿である。おもいっきり名前を間違っていた。
今この場には森のあらゆる動物達、リスや猿、キツネ、たぬき、猪などが勢ぞろい。
みんな蛍火の術により、無理やりこの場に集められてきた子達である。もう夜中だというに。
さっきからワシャワシャと撫でられている鹿とヒグマも、なにやらどこかゲンナリしているようにも見える。
「かぁ~わいぃ~ですねぇ~♡ かぁ~わいぃ~ですねぇぇ~♡」ワシャシャシャシャ!
もう犬だろうが小鳥だろうが、そこら中の動物たちに飛びついていく蛍火。「ん~♡」とばかりに抱きしめ、頬ずりし、キスの雨を降らせていく。
一方アニマルたちは皆一様に硬直し、ただただ黙って嵐が去るのを待っている。
そんなフルテンションな蛍火の様子を、物陰でただ見守る事しか出来ない、左衛門であった。
…………………………
「左衛門どのは……、此度の争いをどうお考えで御座いまするか……?」
三角座りをし、まだ少しだけ俯き加減の蛍火が、同じく少し離れた場所に座る左衛門に問いかける。
リスやたぬきなどをあやしていた手を止めて、ゆっくりこちらへと向き直る左衛門。
「そうですなぁ……。 我ら、忍の家に生まれし者にて。
そう命を受けし以上は、詮無き事もあるかと」
静かな声、しかしとても暖かな表情を浮かべ、左衛門がそれに答える。
先ほどはもう、顔から火の出るような想いをした蛍火。
あんな所を見られていた事に気が付いた時には、もうこのまま崖から飛び降りてやろうかとも考えたのだが……、左衛門の必死の説得により、なんとか事無きを得た。
そして現在は地べたに座り、こうして落ち着いて話しなどをしているワケなのだが……。
しかし先ほどから蛍火にはひとつ、どうしても腑に落ちない事があるのだ。
(……えっと、左衛門どのは、別にわたくしと同じ忍術を使ぅてはおりませぬよね?
ですのに何故そのように、動物達に好かれておいでなのですか……?)
現在左衛門の周りには、リス、小鳥、たぬき、キツネ、子犬など、それはもう沢山の小動物達が集まっている。
『さえもんさん♡ さえもんさん♡』と愛らしく甘える、森の小さき者達。大人気の左衛門おにいさんなのだ。
かたや自分の周りには、「姉御っ、ごくろざぁす!!」(ご苦労様です!)と言わんばかりの顔で、熊や猪などの屈強な動物達ばかりが控えている。
この差は一体なんなのだ。どういう事だこれは。
さっき蛍火の着物の中から白蛇さんが出てきて「お前にはオイラがいるじゃないか☆」とニヒルに笑ってくれはしたものの、なんか腑に落ちない気がする蛍火。
試しにクルミなどを懐から取り出し、そちらにいるリスを一匹呼び寄せ、与えてみる事とする。
『さえもんさん、クルミをもらってきたよ。はいどうぞ♪』
蛍火からクルミを受け取った途端、テテテテと即座に元の場所へ戻っていくリスさん。
『よいしょっ!』とばかりの愛らしい仕草で、元気にクルミを左衛門に差し出した。
「おぉ、これはかたじけのぅ。されどそのクルミは、リスどのが食されよ」
心からの感謝の気持ちを伝え、優しくリスの頭を撫でてやる左衛門。幸せそうに眼を細めているリスさん。
『いいな! いいな!』『ぼくにもかまって♡』と、みんながスリスリと左衛門にじゃれていく。なんと微笑ましい光景なのだろうか。
かたや自分の周りには今も、「姉御っ、おざざっす!!」(お疲れ様です!)と言わんばかりの顔で、コワモテ系な動物達ばかりが首を揃えている。
目からハイライトは消え、また現実逃避しようかしらんと思い悩む蛍火であった。
「我らが果たすべき使命……、それは残りし者達が共に力を尽くし、
陰より日向より、お二人の御身をお護りする事に他ならぬ。
されど……、最後は……」
突如として声を曇らせた左衛門が、静かに星を見上げる。その真剣な様子に気が付いた蛍火がじっと左衛門を見据え、次の言葉を待つ。
「我ら忍達が全て倒れし後の、忍法争い、最後の時……。
それは恐らく、弦之介さま朧さまによる一騎打ちとなろう。
如何な紆余曲折が道中あろうとも、それだけは決して変わらぬ」
「……ッ!?」
その言葉を聴き、思わず息を呑む蛍火。
だが本当は、知っていた。ずっと前から気が付いていた事なのだ。
自分達はいずれ、必ずこの戦いから脱落する。終わらせる為、それは避けようのない事だ。
自分達がお二人の傍から居なくなる時が、必ず来る。
ならばそうなった後、一体お二人が、どうなるのかなど……。
「――――あのお二人が刃を交える事……。それは決して、避けられぬ定めにあり申す」
正直、この道の道中までは如何様にもなろう。
旅を楽しむもよし。忍法比べをするもよし。弦之介と朧のお姿を愛でるもよし。
絶人の域にまで達した我ら甲賀伊賀の忍達。その力をもってすれば、双方死者なく事を進める事も決して無理な事ではなかろう。
……だがこの戦いの最後だけは。如何な力を持つ者であろうと、決して手出しする事叶わぬ。
弦之介と朧。
その避けられない、最後の戦いだけは。
「互いに刃を構え、その眼を開いたお二人が相対する、最後の時。
それが一体どういった物となるのか……、俺にはまったく読めぬ」
今までそれを、誰も口にしなかっただけ。
けれど、この戦いに参加する誰もが、その事に気が付いていたのだ。
お二人の内の、どちらかが散る。それだけで、我らの願いは全て露と消える。
この戦いの結末。
絆を結ぶか、刃が血に染むか。
それは全て、この二人にかかっている。
――ただひたすらに幸せを求めた、物語の結末。
――――二人だけが、それを決める事が出来るのだ。
……………
…………………………
……………………………………………………
さて、これは余談になるのだが。
その日の深夜、挫けずに頑張って復興途中だった駿府城の敷地内に、大量の野生動物たちが雪崩のように押し寄せた。
熊の大群が建設途中の木材を倒し、鹿の群れが敷地内を踏み荒らし、駆けつけて来た侍や忍者たちを猪たちが跳ね飛ばし、駿府の城は三度(みたび)壊滅する。
散々やるだけやった後、「引き上げじゃー!」とばかりに一斉にソソクサと山へ帰っていく野生動物たち。
咬まれ、轢かれ、跳ね飛ばされ、ボロボロになった侍&忍者たちは、ただボーゼンとその後ろ姿を見送っていた。
そしたらば突然、『決して此処にいるハズのない』大御所、徳川家康公がその場に現れたのだ。
「お前たち! 一体ここで何をやっておるんじゃ! 駿府の城を壊しよってからに!」
平地となった駿府城跡にて、『ここにいるハズのない』家康さまにガチ説教を受ける駿府の従者たち。拙者たちでは御座いませぬという言葉も、なぜか全然聞き入れてはもらえない。
「罰として、お主ら全員、夜明けまで走り込みじゃ!!
朝日が登るその時まで、決してここへ帰ってくるでないぞッ!!」
そして駿府お抱えの従者たちは、『家康公に化けた男』の命により、夜明けまでひたすら江戸の町をランニングする事と相成る。
たまにちゃんと走っているかどうかを『柳生宗矩の顔をした男』『服部半蔵に化けた男』が確認に来たので、結局夜明けまでの8時間を死に物狂いで走り通す事になるのだった。
はぁ~スッキリしたっ!
ちょっと暗い気持ちになっちゃってたし、とってもスカッとしましたよね♪
なんかそんな風な事を口にした忍二人が、闇に紛れてソソクサと駿府の城を後にしていった。
“跡地“だけに。
……………
…………………………
そして結局は元いた森へと戻り、改めて忍法勝負を始める事とした左衛門と蛍火。
夜空に沢山の蝶が舞い、それに目を惑わされながらも必死に左衛門が喰らい付いていく。
激しく刃がぶつかる音が闇夜に響き、森の動物たちだけが静かに戦いを見守る。
己の体術の粋を凝らし、文字通り天地を駆ける二人。
やがて一瞬の隙を突き、その懐に飛び込んだ左衛門。その鋭い刃が蛍火の身体を貫き、背後の岩へとそのまま縫い留めた。
「………………如月、左衛門ッ」
口からは吐血し、呪詛を込めた瞳で左衛門を睨みつける。
しかし段々と力は抜けていき、その眼はやがて虚ろな色となっていく。
「や、しゃまる……、ど……、の……」
そう何度か呟いた後、蛍火の身体が、やがて動くのを止めた。
…………………………
(……いや、まっことお見事に御座る蛍火どの。傍から見ておれば拙者とて、
これには謀られておっても仕方が御座らぬ)
(ふふ♪ ありがとぅ御座りますれば♪ 左衛門どの♪)
そのあまりの演技力の高さに、左衛門が驚愕している。
胸元の血糊は自分が用意したからともかくとして、口から血糊を吐くタイミング、そして今際のきよの台詞や仕草など、もう見ていて鳥肌が立つ程の演技であった。
現代において『女は女優』と言う言葉があるが、その言葉の通り、此度の争いで随一の死に様を演じて見せたのではないだろうか。
思念の言葉だけではあるが、どこか満足そうな雰囲気の蛍火だ。
(それでは、わたくしはこれにて。……ご武運をお祈りしております、左衛門どの)
(心得申した。後は任されよ、蛍火どの)
彼女にだけわかる、ほのかに笑みをたたえた口元。それを最後に目に焼き付けてから、蛍火はそっと瞳を閉じる。
左衛門が(脇の間に)刺さった刀を引き抜くと、彼女の身体が崖に向かいゆっくりと倒れていった。
(――――せめて最後は、派手に参りましょう)
彼女の身体が崖へと吸い込まれていき、少しした後。
突然その谷底から、左衛門の視界を覆い尽くさんばかりの沢山の蝶たちが、幻想的な光を放ちながら天へと昇っていった。
左衛門は夜空を見上げ、そのあまりにも美しい光景に言葉を失う。同じようにして森の動物たちも、夜空に咲いた沢山の花達に心を奪われているかようだった。
そのド派手な最後の演出に「敵わぬなぁ…」と苦笑いの左衛門。勝負には勝ったが、これは完敗と言わざるをえない。
この美しい光景は、後に残った忍達へのエール。
そして同時に、弦之介たち二人の幸せを願う、蛍火の祈り。
信じております、朧さま。弦之介さま。
蛍火の祈りを、届けにいくかのように。
紫色の蝶が、天へと昇っていった。