駒場付近の街道。現在弦之介たち甲賀卍谷衆一行は、夜の中を歩いていた。
昼間には道中のさかえ橋にて、晒されていた霞刑部を川へとドンブラコしてきた卍谷衆。
見つけた時こそアヘ顔ダブルピースでいた刑部だったが、甲賀衆たちが来たとわかった途端、それはもう舟板の中でおもいっきりテンションを上げていた。
いわゆる現代における「ドン! ドン! ドン! 大爆笑!」の時の安田大サーカス団長のような仕草をし始めたので、卍谷衆は一発づつ舟板に蹴りを入れ、川へと放り込んできだ。
弦之介だけは刑部の死を沈痛な面持ちで悼んでいたのだが、彼の目が見えないのを良い事に何をしとんねんという事だ。
蹴りだけではなく、火でも着けてやればよかったと卍谷衆たちは思う。
「……ぬ、あれは?」
その時、自分達の頭上を一羽の鷹が飛び去って行くのを、左衛門が発見。
「巻物を掴んでおる! あれは伊賀お幻の鷹か!!」
「――よし。 ゆけ、陽炎ッ!」
「わお~ん!!」
弦之介のゴーサインを受けた陽炎が元気に飛び出していく。それはもはや人間の出せる速度ではない。
縦横無尽に空を駆ける鷹。猛スピードで追走する陽炎。そしてそれをヒーコラ言いながら追いかけていく左衛門。何気に温度差が凄い。
鷹が恐怖でおののく程の凄まじい雄たけびを上げ、土煙を上げながら爆走する陽炎。
しまいには「クイッ! クイッ!」っと空中を掻き、平泳ぎで空を飛んだりし始める。
「……アイツは一体、どういう生物なのだ」
そのあまりに非常識な姿に、左衛門ですらそう思わざるをえない。
やがて平泳ぎにて夜空を飛ぶ陽炎が、月の位置と重なり影になる。まるで現代におけるE.Tのワンシーンのように。
初めて観た、人が空を飛んでいる光景。
それは夢のある物ではなく、びっくりするくらいにカッコ悪かった。
……………
…………………………
「退け、天膳」
豹馬が静かな、しかし強い意志の宿る声で語り掛ける。
「我らが駿府の大御所さまのご意向をうかがい、帰参するまで。
伊賀鍔隠れの生き残りを連れ、伊賀へと戻り、待っていてはくれぬか?」
左衛門たちが鷹を追っていき、甲賀衆が二つに分断された後。そこを狙った薬師寺天膳が弦之介たちの前に現れた。
眼の見えぬ二人の姿を確認し、嬉々として斬りかかろうとする天膳。それに向い豹馬が語る。
主である、甲賀弦之介の本心を。
「事と次第によっては此度の事……、そして今日に至るまでの宿怨を、全て水に流したい。
双方、事の起こりを知らぬまま、すでに甚大な、等しい犠牲を払っておる。
双忍はこれまでにて、痛み分けとし、
……今こそ、長きに渡る憎悪の呪縛を、断ち切るワケにはいくまいか」
「これが、甲賀卍谷頭領、甲賀弦之介さまの偽りなき本意じゃ」
全てを、見抜かれていた。
里の者達の為、ひた隠してきた弦之介の胸の内。全て室賀豹馬により見抜かれていた。
押し黙る弦之介の姿は、それが真実である事を、雄弁に物語っていた。
その姿を見て、振り上げていた刀をゆっくりと下ろしていく天膳。
ここは本来、笑止とばかりに斬りかかっていく所だろう。腑抜けたかと一蹴すべき所だろう。しかし天膳には、どうしてもそうする事が出来ない。
いつの間にやらその眼からポロポロと涙が零れだしている事に気が付き、ちょっとビックリする豹馬。
(げ、弦之介さまは……我らの事をッ、心から想うてくれておるのじゃな……!)
涙で顔をグシャグシャにし、ダラダラと鼻水まで流す天膳。
弦之介は少し離れた位置にいるから気付かないが、もしバレたら一体どうするつもりなのだコイツは。
(……その暖かいお心と、頭領としての責務の板挟み……)
天膳にはわかる。甲賀の者達を見つめる時の、弦之介の暖かな笑顔。
そして心から弦之介を慕う伊賀の者達の心。その両方を自分は知っているのだ。
それを斬り捨てねばならぬ、この葛藤。私心を捨て、心を鬼にせねばならぬという、この苦悩。
今日までそれをひた隠し、このお方は甲賀卍谷衆頭領として、ただ一人じっと耐えてこられたのだ。……真面目かっ!!
……えぇやないか、叫び出したって! まだ若いんだもの!!
えぇやないか! 時には涙を流したって! ……真面目かっ!!
『――――真面目かッ! 甲賀弦之介ッ!! 真面目かッッ!!!! 』
「……!?」
(出ておる! 言葉に出てしまっておるぞ! 天膳!!)
急ぎ忍法てれぱしぃの術にて注意するも、なしのつぶて。この男の涙はとどまる事を知らぬ。
年のせいか天膳は、近頃すんごく涙もろくなってきたのだ! 感受性は豊かな方なのだ!
『 どれだけ想うてくれとるんじゃ!! 甲賀弦之介!!
どれだけワシらを大切にしてくれとるんじゃ!! 真面目かッッ!!!! 』
「 !?!? 」
(天膳ッ! てんぜぇぇーーーんッッ!!)
すぐにでも弦之介の元に駆け寄り、ギュッと抱きしめてやろうとする天膳。それを必死で押し止める豹馬。目の見えぬワシに何をさせてくれとるんじゃと思いつつも、ここで止めなければこやつは何をしてくれるか分からん。物語が崩壊してしまう。
(豹馬どの! お斬りくだされ!
今すぐこのワシをザックリとお斬りくだされぇぇい! 後生じゃーッ!!)
(止まらぬか天膳! 静まれ! 静まりたまえ!!)
(あぁもう辛抱たまらぬ! 拙者、右手の指を全部おり申す!)ボキボキィ!!
(なんでそんな事するんじゃお主は! 落ち着かんか!!)
向こうの方でジタバタとしている様子を感じ、「はてな?」と首を傾げる弦之介。
もう天膳は地面に跪き、おいおいと泣き崩れている。弦之介さまの目がお見えにならず、本当に良かった。
(甲賀弦之介さま万歳! 甲賀伊賀の忍に栄光あれッ!
かくなる上は拙者……! この場にて自ら腹をかっ捌いてご覧に入れm
(やめぃと言うとろぅがッ!! いったん仕切り直せ天膳!
ここは退き、また改めて伊賀の親玉として登場を!!)
豹馬の必死の説得が実を結び、少しずつ正気を取り戻していく天膳。えぐえぐとしていたその顔は元の威厳に満ちた物へと変化していく。
気持ちが器から溢れ出し、『走り出した想いはもう止められないのよ』とばかりにJ pop的な心境となっていた天膳だったが、ようやく自らの本分を思い出した。
そうじゃ……、わしって伊賀の“らすぼす“じゃん。がんばらなきゃダメじゃん。
(……すまぬ、室賀豹馬どの。無様をさらし申した)
ゆっくりとその佇まいを正し、刀を鞘へと納める天膳。
状況がいまいち理解出来ず、未だ少し戸惑っている様子の弦之介。その姿を真っすぐに見つめ、最後に目に焼き付ける。
「あい分かった。ここはいったん退くとしよう」
弦之介どの、わしは必ずまた御身の前に立ち申す。
その時までどうか、健やかにあれ。この天膳、立派に役目を果たして見せますゆえ。
「……じゃが忘れるな、甲賀弦之介! 次に会ぅた時が、貴様の最後となろうぞ!!」
その時こそ、自分は弦之介どのに斬られよう。朧さまに討たれよう。
諸悪の根源なる敵役として、お二人の想いを繋ぐ鎹(かすがい)となりましょうぞ。
決意を新たにし、天膳が二人に背を向ける。
「――――さらばじゃ、甲賀弦之介ッ!! まだ寒ぅ季節に御座いますゆえ、どうかお身体にk
「あ、伊賀の薬師寺天膳じゃ! ――――“忍法、よっこらせっ〇すの術!!“」
こちらに背を向けた天膳に対し、いま帰ってきた陽炎が「キィエェェーーイ!!」と襲い掛かる。
天膳の身体は▲▲となり、●●した■■■のようになった。
……………
…………………………
「…………」
「…………」
「…………」
夜風の冷たさが身に沁みる。心も寒い。
現在、弦之介たち甲賀衆の目の前には、とても描写出来ない姿となった天膳の死体が横たわっている。
(う、うわぁ……)
皆の心境を端的に言うと(……うわぁ~。やっちったぁ~)である。
なんやかんやはあったものの、弦之介の考えに理解を示してくれていた天膳をこちらからブチ殺した形となる。(天膳ごめんねぇ~……)である。
陽炎だけはご褒美をねだる子犬の如く「褒めて! 褒めて!」と弦之介にじゃれついているが。
「……やはり師匠は、容易く超えられぬな。全て見抜かれておった」
目が見えぬ事が災いし、この状況にまったく気付かずに真面目な話をしようとする弦之介。
音声だけでもえらい事になっていたハズなのだが、害意や悪意以外にはとんでもなく鈍感な弦之介さまである。
「左衛門にも陽炎にも、随分と案じさせてしもうた。不甲斐ない頭領じゃ。
しかしもはや後には退けぬ。……そなたらを、失いとぅはない」
そう甲賀衆達に言い残し、街道を進んでいく弦之介。その背中をパタパタと陽炎が追っていく。子犬のように尻尾をふっている姿が幻視された。
破綻しかけた物語の道筋は奇しくも陽炎によって戻されたが、果たしてこれは、一体どうだったのだろうか。
とりあえず目の見えぬ弦之介さまが、陽炎のふぇいたりてぃの凄惨な光景を見ずに済んだ事を喜ぶべきだろうか。どうなんだろうか。
「この天膳の顔に用がある」と言い、粛々と使命を果たすべく一人その場に残る左衛門。
豹馬は思念にて必死こいて天膳に詫びてから、弦之介たちと共に街道を進んでいった。
……………
…………………………
「すいませぬ朱絹。湯を使いたいなどと、無理を言うて……」
「いえ。潮風は粘りますゆえ、さぞ気持ち悪ぅございましたでしょう。
気が付きもせず、申し訳ございませぬ」
今夜の寝床となる、地鯉鮒(ちりゆう)の宿。
現在朧は朱絹にお願いをし、背中を流してもらっていた。
船旅を終えてからも、朧はあの時の事を思い出す。そうして時折、身体に得も知れぬ震えがくるのだ。身体が凍えて、堪らなくなる。
『 い゛っやぁぁ~~~ん゛……! は゛っかぁぁ~~~~ん゛……!! 』(低音)
『 た゛っめぇぇ~~~ん゛……! そ゛っこ゛ぉぉ~~~ん゛……!! 』(だみ声)
……………。
そう、あの出来事は、一刻も早く記憶から消してしまいたい。
あれに関して言えば、目が見えなかった事により情景を余す所なく想像してしまい、むしろダメージが倍加してしまった感がある。
朧の人生の中で類を見ない程のアンビリーバボーとなった事は疑いようのない事実だ。
だが、心に想うはその事だけではなく。
『 お気張りなされぃ、朧さま。 貴方様のお力、信じており申す 』
あの言葉が、忘れられない。
敵であったハズの甲賀の刺客。あの優しい人から貰った言葉が、今も頭から離れない。
心からわたくしを案じてくれていた。 そして強く、信じてくれていた。
あの霞刑部という男が何を思いそう言ってくれたのかは、朧にはわからない。
だけど、あの時もらったぬくもりは、今もまだこの胸にある。
「……朧さま? 如何なさいましたか?」
「いえ……、なんでもありませぬ。 朱絹、もっと強ぅ頼みます」
不安な気持ちを打ち消すように、背中を温めて貰う朧。
そしてこのぬくもりを決して逃がさぬよう、自らの身体を強く抱きしめた。
……………
…………………………
(弦之介さまの足取りが重い……。やはりまだ、思い悩んでおられるのだな)
先を歩く弦之介の背中を見て、豹馬は思う。
隣でじゃれつく陽炎の額を手で押し止めながらも、言葉を発する事も無く、ただ黙々と夜道を歩く弦之介。
(無理もない、それが若さという物に御座います。 しかし時は、無情にも進み申す)
時折こちらにぶん投げられてくる陽炎の身体。それを田んぼに蹴り落としたりしながら、豹馬は想う。
(貴方様の御身を託されし者として、これは間違うておるやもしれませぬが……。
どうぞ甲賀十人衆最後の一人となるまで、迷われるが良い。
……弾正さまには、……わしがあちらで詫びましょうぞ)
泥にまみれ、水木しげる漫画の妖怪のようになった陽炎が田んぼから這い上がってくる。夜道でこれを見た者は間違いなく悲鳴を上げるだろう。ちょうど口から毒吐息も吐いている事だし、妖怪以外の何者にも見えない。
それでも諦めずに弦之介に寄り添っていく陽炎の姿を、心眼で見つめながら。
室賀豹馬は、我が主の行く末にじっと想いを馳せるのだった。