愛する者よ、死に候らえんな。   作:hasegawa

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第十六殺、夢幻泡影

 

 

 夜の藤枝宿に、女の悲鳴が響く――

 

 止む事なく延々と続く、その悲痛な叫び。藤枝宿の家々は次々に家の明かりを落としていき、耳を塞いで自分達の平穏を願う。

 

 その悲鳴の元は、近くの山中にある無人の荒寺より。

 現在その荒寺では、誰もが目を覆わんばかりの悲惨な光景が広がっていた。

 

 

 

……………

…………………………

 

 

 

 

「……う゛ぶっ! ん゛いぃ! ……って、なんでじゃぁぁーーーっっ!!!!」

 

 

 徳川の竹千代さま付き乳母、阿福。

 彼女は現在、大きな柱に縛り付けられ、顔面に落書きをされていた。

 

「動いてはなりませぬ阿福さま! え~と、“た、け、ち、よ、派“っと♪」

 

「お゛ぬっ……お主らぁっ! このような事をして、ただで済むとおもももごごごっ!!」

 

「ついでに御座いますゆえ、ほっぺに渦巻きでも書いておきましょう。

 ふむ……このグルグルほっぺこそ、良き忍者の証に御座いますれば」グリグリ!

 

「どんぐりまなこに……への字ぐちっと」とよく分からない事を言いながら阿福の顔に筆を走らせる陽炎。その姿を天膳が、まるで父親のような優しい笑顔で見守る。

 

「ぶぅえっくし!! ……ぶぅえっっっくしッッ!!

 ちょっ……、鼻は止めぬか陽炎っ! 筆を鼻に突っ込むのは反則にぶぅぅぅえっしッッ!!!!」

 

「……え、えーっと。もう止めてやらぬか天膳?

 わたくし、そろそろ阿福さまがお可哀想になってきたのですが……」

 

「そ、そうじゃ朧! もっと言うてたもっ! ……かような真似、

 たとえお天道様が許そうとも、徳川が許ぶぅぅぅえっくしょい! ほげぇぇーーっっ!!」

 

 一応は年長者を敬って朧が進言するも、天膳は首を横に振るばかり。

 

「それはなりませぬぞ朧さま。 これは事前に、我らの間にて取り決めた“るーる“

 に御座いますれば。 いくら阿福さまとはいえ、罰げぃむはしっかりと執行せねば

 示しが付きませぬ」

 

「“将棋で負けた方が顔に落書きをされる“……でしたか。

 陽炎ちゃん……、阿福さま相手に、微塵の手心もありませんでしたね……」

 

「敗者はその顔を“伊達“にして帰すべし。

 朧さま、しかとご覧なされ……。 あれこそは、戦いに敗れし敗者の姿に御座る」

 

 ちなみにこの場に阿福がいるのは、実は彼女たっての希望だったりする。

 普段は徳川の大奥で修羅と化している阿福ではあったが、その実はやはり母性に溢れた女性。

 あの後なんやかんやと陽炎に構っている内に、すっかり陽炎ちゃんに懐かれてしまったのだ。

 

「陽炎はわらわが見ておくゆえ、そなた達は甲賀者の相手に集中してたも!」とは彼女の言。

 現在はキャッキャとはしゃぐ陽炎により酷い目に合わされてはいるものの、なんだかんだと仲の良い二人だったりする。

 

「“乳、母♡“っと。(カキカキ) ……しかしながら阿福さま?

 その“竹千代“というお名前、なんかダサいのではないかと存じまする」

 

「……なっ!! なんちゅう! なんちゅーことを言うんじゃお主はッッ!!!!」

 

「されど……“竹“に御座いましょう阿福さま? 竹はなんかヘコぅ御座いまする。

 竹千代とか国千代とか、いったいどなたがお考えになったのですか?

 なんかすんごくダソぅ御座いまする。今は1600年代に御座いますれば」

 

「ダソぅないっ! ダソぅないのじゃ陽炎!!

 こう……あれじゃ! 竹のようにしなやかに~とか、真っすぐに~とか、

 きっとそんな風な願いが込められておるんじゃ! 立派なお名前じゃろうて!!」

 

 縛られている身体をグワングワン揺らしながら、必死に説得する阿福。しかし「う~ん……」と首を傾げる陽炎には、まったくのなしのつぶてだ。

 

「されど竹千代というはのぅ御座いまする。ヘコぅ御座いまする。

 陽炎であればもっとこう……“護琉馬千代“(ごるばちよ)とかの

 もっと強そうな名前に致しまする」

 

「 ごるばちよッ!?!? 」

 

「もしくは竹や国ではなく、“山“とかにすれば良ぅ御座いまする。

 山千代は読み方を変えれば“さんちよ“となりますし、

 サンチョと呼べば、なにやら欧米的な響きに御座いまする。

『よぉサンチョ!』『サンチョ元気か!』と、きっと友達も沢山できまする」

 

「なっ……! ななっっ……!!」

 

 口をアングリと開け、絶句する阿福。対して陽炎は無邪気に笑いながら落書きを続けていき、阿福の叫び声がそこら中に響く。

 

 

「……朧さま、よくご覧なされ。 あれが戦いに敗れし、敗者の姿に御座いますれば」

 

「…………ええ、天膳」

 

 

 遊びとはいえ、負けるというのはこういう事なのだな。

 戦いの非情さ、厳しさを……、奇しくも朧は無駄に学習した。

 

 

 

……………

…………………………

 

 

 天膳は今、刀の手入れをしていた。

 

 あのよくある丸いポンポンをリズム良く使い、らしくもない鼻歌なんぞを歌いながら。

 これからの事を思えば、もう思わず頬も緩むというもの。天膳はすごくご機嫌である。

 

「……天膳? 戦いの準備を、しておるのかぇ?」

 

「おぉ、これは朧さま。 しかり。恐らくはもうすぐ、この場に甲賀弦之介がやって

 来ますゆえ。万全の態勢で相手をせねば、失礼にあたり申す」

 

 手入れをしていた手を止め、朧の方に向き直る天膳。妙に陽気な声で話しているものの、その内容は弦之介との立ち合いに関する事。朧は表情を曇らせる。

 

「ささ、朧さまも今しばらく休まれよ。甲賀弦之介がこの場に来た時には、

 しかと起こして差し上げますゆえ。陽炎や阿福さまと共に、あちらでひと眠り

 されるがよろしい」

 

 遊び疲れてグースカと眠る二人を指し、再び刀の手入れに戻る天膳。しかし朧はそちらへは行かず、天膳の傍を離れようとはしない。

 

「……あの子は……陽炎ちゃんはどうするのです?

 このように仲良ぅなり、情も移り……。それでもお前は、あの子を斬るのかぇ……?」

 

「あぁ、陽炎の事は問題ござらぬ。彼女はもうすでに“死“んでおりますゆえ」

 

『 え゛っ゛!?!? 』

 

 サラッと言われた衝撃の一言に、思わずエッジの効いた声が出る朧。

 わたくし、生まれて初めてこのような声を喉から出しました。現代における、いわゆるデスボイスというヤツだ。

 

「朧さま、今なんか陽炎は“白い三角のヤツ“を頭に着けて御座いますでしょう?」

 

「えぇ……。なぜかこの荒寺に来た時から、アレを身に着けておるようですが……」

 

「アレは死んだ者や、幽霊となった者がよく頭に着けているヤツに御座いますれば。

 あの三角のヤツを着けておる以上、陽炎はすでに“死“んでおるので御座る」

 

『 お゛よ゛っ!?!? 』

 

 あまりの衝撃に、ついついデスボイスをマスターしてしまう朧。もう完璧だ、コツを掴みましてございまする。

 

「……そ、そんなワケがありますか! 陽炎はちゃんと生きています!! 動いています!!

 今もスースーと眠っておるし、ちゃんとそこにいますでしょう!!」

 

「……あ~。朧さまはここしばらく、ずっと目が見えておりませぬゆえ。

 暗闇で生活しておる内、ちぃとばかり、霊感が強ぅなったのではないかと」

 

「おっ……、お゛ぉ゛っ!!」

 

 嘘くさい棒読みで平然と返答する天膳に、頭が沸騰しそうになる朧。ここで負けてなるものかと乙女は必死に喰らいついていく。鍔隠れ衆頭領の誇り。

 

「で……ではなぜ天膳には陽炎の事がわかるのです! もし仮に幽霊ならば、そんな!」

 

「拙者、無駄に200年ほど生きておりますゆえ。――多少の心得は」

 

「なんの心得なのですか! なんの!!

 ……ほ、ほら天膳っ! ここに居りますでしょう?!

 ちゃんとここに陽炎ちゃんの身体がありますでしょう!!」ペシペシペシ!

 

「……………………朧さま。 貴方は今、『疲れておいでなのです』」

 

「 な ん で で す か っ !!!! 」

 

 

 

 生まれて初めて、朧は「ふぁっきゅめーん!!」と言ってみた。

 

 

…………………………

 

 

「……おや、そろそろ甲賀弦之介がこちらへとやって来ますな、朧さま」

 

 弦之介が転ぶといけないからと、地面にある大きめの石などを頑張って取り除いていた天膳。その報告を受けて、朧は身を固くする。

 

「きゃつが石段を登って来よるのが分かり申す。

 陽炎ではなく阿福さまの悲鳴を誘いに使うたが……、意外といける物じゃな」

 

 あの罰ゲームにはそんな意味があったのかと少しビックリしたが、今は阿福のリアクション芸に感謝をしてる場合ではない。

 ついに甲賀弦之介がこの荒寺へとやってきたのだ。伊賀者である、自分を討つ為に。

 

「さてさて、ではまず拙者がきゃつの相手を致しますゆえ、朧さまはその場にてご覧あれ。

 伊賀鍔隠れ十人衆の力、とくとその身に思い知らせてやりましょうぞ」

 

「――――て、天膳ッッ!!」

 

 縋りつくように天膳の名を呼ぶ朧。だがその後に、何と言えば良いのかが分からない。

 引き留めたい。行かないでくれと叫びたい。弦之介を殺さないでくれと泣いて喚きたい。

 けれど、それをする事は、決して許されないのだ。

 

「て、天膳……! 天膳ッ……!!」

 

 いつも自分を支えていてくれた、大切な伊賀の家族。その彼がこれから死地へと赴くというのに、自分は何も言う事すら出来ず、ただ泣いているだけだ。

 この争いが始まってから、いったい幾度自分は泣いただろう? 次々と伊賀甲賀の忍達が戦い散っていく中、自分はこうして泣く事以外、いったい何をしたと言うのだろう?

 何もしてなどいない。誰もが戦い死んでいく中……、何一つ自分はする事が出来なかった。

 

 そんな自分が今、どの面を下げて彼に「行くな」と言えるのか。

 死地へと向かう彼に対し、どうして「弦之介を殺さないでくれ」などと、言えるのか――

 

「わたくし……、わたくし……!!」

 

 伊賀鍔隠れの未来、天膳の命、死んでいった者達の想い。もう自分は、どこへも行く事が出来ない。

 ただここで、泣いているだけの存在。

 無力で、無意味で、何の力もない。それが伊賀の朧という、自分の姿だった。

 

「おや朧さま、なにやらお顔が、南蛮の民芸品の如くに。

 そのような不細工なお顔を見られれば、百年の恋も覚めてしまいまするぞ」

 

「……お゛っ、……お゛ま゛ぁっ!!」

 

 鼻水を滝のようにズビズビする朧に、容赦のない天膳の言葉が刺さる。このような時にも天膳は平常運転。いつものニヒルな顔で「フフン!」と一笑してみせる。拙者は空気など決して読まぬのだ。

 

「しかしながら、拙者も人の子。うら若き乙女をそのように泣かせておく趣味は御座らぬ。

 さればここはひとつ、天膳より朧さまに“えーる“をば」

 

 先ほどまでとはガラリと雰囲気を変え、突然天膳の声がとても暖かな物になる。

 それは朧を幼少の頃から支え、時に父のように見守り続けてきた男の言葉。

 

「伊賀鍔隠れ。恐るべき忍法秘術を身に着けし我ら一族に御座いますが、

 そんな物はその実、大した物では御座らぬ。

 たとえ万人を殺す力があろうとも、たったひとりのお方に勝つ事叶わぬ」

 

 天膳は、慈しむようにその肩に触れる。

 

「――――朧さま。貴方さまに御座る。 貴方さまに敵う者など、両の里のどこにもおらぬ」

 

 その言葉に、思わずキョトンとしてしまう朧。理解する事が出来ず、返事を返す事すら出来ずにいる。

 

「破幻の瞳は、確かに恐るべきお力。されどそのような事では御座いませぬ。

 たとえ忍術が使えぬ身であろうとも、その強さには誰も敵わぬ」

 

 心底呆れたように、ひとつため息をつき、天膳がきっぱりと断言をする。

 

 

「もしおるのならば、是非見てみたいものじゃ。

 伊賀鍔隠れ衆頭領、朧。――――そのお心を、屈服せしめる事が出来る者など」

 

 

…………………………

 

 

 寺の外には既に、剣を構えた弦之介の姿がある。

 

 

「この天膳が倒れし時は、ついに貴方さまの出番なれば。

 心を静め、今の内にご準備を」

 

 人知れず口角を上げ、心からの歓喜に打ち震える天膳。しかしこの泣き虫な愛すべき主に、あと一言だけお伝えしなければ。

 

 

『最後に。 散々戦えと煽っておいてこのような事を言うは、如何かと存じまするが……。

 どうぞ朧さまの、思う通りになされませ――――』

 

 

 朧に背を向け、今度こそ振り返る事無く歩いて行く天膳。弦之介と向かい合い、万感の想いを込めて勢いよく抜刀する。

 

「よぅ来たのぅ、甲賀弦之介ぇ!! 長きに渡る宿怨の決着、今日こそ着けてくれよぅぞっ!!」

 

 このワシこそが諸悪の根源! そう宣言し、満面の笑みを浮かべて「ヒャッハー!」と斬りかかっていく。

 夜の闇の中、両者の切り結ぶ火花が散る。

 

 

……………

…………………………

 

 

 

 天膳は思った。(……あかん、弦之介さまメッチャ強い!)と。

 

 さっきからもう、身体中をなます斬りされている天膳だ。

 あかん、思ってたより全然敵わへんっ!

 

「……天膳よ。 お主、どうやったら死ぬんじゃ……?」

 

 一方、幼き頃からの絶え間ない修練により、剣術の腕はもう達人の域にまで達している弦之介。

 それでも不死の忍術を駆使していつまでも「ヒャッハー!」と喰らいついてくる天膳に、いい加減根負けしそうだ。

 一応心眼で相手の様子は見えているのだが、「本当にちゃんと斬ってるのかな?」となにやら自信が持てなくなってきた。

 

「えやー!」ザンッ!!

「ぬわーっ!」バッタリ!

「まだまだぁー!!」ムクリ!

 

「ふぅぅん!!」ザンッ!! 

「ぎぃやぁー!」バッタリ!

「もういっちょーう!!」ムクリ!

 

 そんな事が、もう十五分ばかり続いている。

 

「どうしたどうした! 甲賀弦之介ぇ!!

 貴様の力はそんな物か!! ノーグッドボーイじゃ!!」

 

 意味の分からない米利堅(メリケン)言葉を使い、執拗に相手を煽って行くスタイル。

 本当は「一回斬られたら負けにしよっかな」とか最初は思ってたけど、なんか楽しくなってきてしもうたのじゃ。てへっ♪

 

「“れっつろっく“じゃ! 甲賀弦之介ぇい! 忍法、土遁(どとん)の術ッッ!!」

 

 そう宣言してから即座に地面に6つの穴を掘り、その中の一つにスポッと入る天膳。

 

「さぁ今からワシが、定期的にこの6つの穴から顔を出すでな!!

 斬れるもんなら斬ってみんかい甲賀弦之介ぇ! みゅーじっく、すたーと!!」

 

「…………」

 

 忍法ぼいぱの術を併用し、セルフで音楽を口ずさんでいく天膳。

『ジャンカジャンカ♪ ジャンカジャンカ♪』と子気味良いミュージックが寺に木霊する。

 

「よぅし行くぞ弦之介ぇ! あ、そ~れひょこっ!」ザシュゥッ!!

「ひょこっ!」ザシュウッ!!

「ひょこっ!」ザシュウッ!!

「ひょこっ!」ザシュウッ!!

 

「ちょ……」ザシュゥッ!!

「あれっ……」ザシュゥッ!!

「な……、なんで全部!」ザシュゥッ!!

「まっ……」ザシュゥッ!!

 

 出てくる天膳を、ひとつ残らず心眼でヒットする弦之介。

 たまに回復の追いつかなかった天膳モグラが血まみれのままでヒョコッと穴から出てくるが、もし弦之介たちの目が見えていたら結構なホラーだったハズだ。

 

「ぬっ!」ザシュゥッ!!

「ぬっ!」ザシュゥッ!!

「ぬっ!」ザシュゥッ!!

 

「……って、痛ぅ御座るわもうっ! ワシとて痛いっちゅーんじゃあ不死でもぉーっ!!

 どんだけモグラに強いんじゃ甲賀弦之介ッ!! これもう“げぃむ“として成立しとら」ザシュゥッ!!

 

「え……なぜ今斬っ……。ちょっと一回やめ」ザシュゥッ!!

 

 甲賀弦之介。この男、世界線が違えば「誰も……殺しとうなかった……」と涙ながらに朧に語る事もあるのだが……。

 しかし今の彼はモグラキリングの修羅と化している。甲賀のハイスコアボーイだ。

 

「ぬっ!」ザシュゥッ!!

「ぬっ!」ザシュゥッ!!

「ぬっ!」ザシュゥッ!!

 

 

……………

…………………………

………………………………………………

 

 

 

 この日、モグラとなった天膳は弦之介の手により300匹くらい死んだ。

 やがてなんやかんやと時間をかけている内に“目の開いちゃった朧“が「ぽっけぇ~……」と天膳を見てしまい、そこでゲームの続行は不可となってしまう。

 

「ん、朧どの……?」

 

『……おぅシィット!! どうやら勝負はここまでのようじゃなぁ甲賀弦之介ぇッ!!

 しかしワシは貴様の剣では“死“なぬ! 死なぬぞぉーーっ!!』

 

 そう言い放った矢先、いきなり天膳は崖の方へと走って行き、そこから元気に飛び降りた。

 

『――――さぁらばじゃぁぁーーーーッッ!!!!』バァッサーー!!

 

 

「……えっ!?」

 

「……えっ!?」

 

 そのあまりに突然の出来事に、放心してしまう二人。 しかしながら時計の針はもう戻らない。

 どれだけ唐突だろうと、脈絡がなかろうと、起きてしまった事はもう戻せないのだ。自然の摂理である。

 

 さらばじゃー…… サラバジャ…… サラバ…… サラ…… サ…………

 

――――天膳は“死“んだ。

 たった今「サラダバー!!」とばかりに崖から飛びおりて、彼は確かに“死“んでしまったのだ! 間違いないのだ!

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 その目に浮かぶのは、満面の笑みで「ファッサー!」と宙を舞う彼の雄姿。  

 それが朧と弦之介……、二人の見た薬師寺天膳、最後の姿であった――――

 

「……」

 

「……」

 

 それからしばらくの間、ただ無言で見つめ合う頭領の二人。

 あまりにもショックな出来事に遭遇し、思わずそれを目で見ようとしてしまったのか……。思っていたよりも少し早く、今この瞬間に弦之介の目は“パッチリと開いてしまっていた“。

 

 

「お、朧どのは刀は…………持ってはおらぬようじゃな……」

 

「……は、はいっ! ……持ってはおりませぬ!!」

 

 

 

 ……この雰囲気、いったいどうした物だろうか。積もり積もった話とかも本当は沢山あるハズだったのだが。

 そして物音に気が付いて起きたのか、寺の中にいた阿福がこちらへと駆け寄ってくる音がする。

 

「……朧どの」

 

「弦之介さま……」

 

 

 色々あった気はするけれど、とにかくもう、色々と疲れた。

 とりあえず弦之介と朧は、いったん座って落ち着く事にしたのだった。

 

 

 

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