最後までお付き合い下さいまして、心からの感謝を!
――――命名、“お羅舞“(おラブ)
そんなキラキラした名前を付けられそうになり、二人力を合わせて里の者全員をぶん殴っていくのは、もう少し後の事。
現在甲賀弦之介は、幸せな顔を浮かべて布団に横たわる朧の傍らに、そっと寄り添っていた。
「朧……、ご苦労じゃった。――よぅやった」
「はい。弦之介さま……」
授かったのは、玉のような女の子。
目は朧の瞳の色を受け継ぎ、なにやら眉などの顔立ちは弦之介にそっくりだ。将来この子がぶすっと仏頂面をしている姿が目に浮かぶ。
だがきっと、誰よりも心の優しい女の子に育ってくれるはずだ。
現在女の子の事は、里の者達へとよろしく頼んである。なにやらさっきから女の子の鳴き声と、里の者達の歓喜の声が、うるさい程に隣の部屋から聴こえてきている。
仕方の無い事かもしれんが……、もう少しこちらに気を使ってやれと言うのだ。
「あの子をもう、お抱き下さいましたか?」
「あぁ……。しかとこの胸に抱き、顔を見てきた。 されど今は、お前の事が一番の大事じゃ」
「まぁ……。ありがとうございまする、貴方さま」
出産という物は、本当に命懸けだ。
この頃の出産は子供が無事に産まれるか否かは、まさに半々であり。母体共々無事に済むという保証など、どこにもなかった時代だ。
たとえ長生き出来る者は沢山いても、その出生率の低さこそが影響し、この頃の平均寿命はとても低い物となっているのだ。
しかし朧は立派にその役目を果たし、今こうして弦之介の前で幸せそうな笑顔を浮かべている。弦之介には、それがなによりも嬉しい。
この一年ほどで、朧はほんとうに強くなった。
あの争いを生き抜き、子を身籠り、笑顔を絶やす事無く今日までの日々を過ごしてきた。
そして今日この日より、朧は一児の母となる。
あの気弱で儚げな少女だった朧は、もういない。ここにいるのは、人を愛する喜びを知り大きく成長した、美しい一人の女性。
甲賀弦之介の、自慢の奥さんだ――――
……………
…………………………
……………………………………………………
『 いくぞぉ皆の衆ッ! そぉ~~れ、ワッショイ! ワッショイ!! 』
あの時、突然水底から『ザッパァー!!』っと現れた忍達により、二人の身体はもう神輿のように運ばれていった。
「忍法、えーいーでぃの術ッ! そぉえーーぃッ!!!!」ドォゴォッ!!
「忍法、ぶらっくじゃっくの術ッ! はぁぁいいぃいーーーッッ!!」シュバババッ!!
「「「 あそ~れ、ワッショイ! ワッショイ!! 」」」
朧が「およよ!?」と言葉を発する間もなく、即座に“ねお忍術“により弦之介を治療し終える陣五郎&念鬼。その様はまさに、電光石火である。
「……え、ちょ!? お前たち!? えっ! なっ……!!」
「朧さまっ、積もる話はまたこの後に! とりあえず今はこのまま、里へと向かおうかぃ!!」
「「「 あそ~れ、ワッショイ! ワッショイ!! 」」」
朧たちを乗せた台を担ぎながら、天膳が元気よくそう告げる。朧からは知る由もないが、その顔は悪戯が成功した子供のよう。というかその物だ。
ふと辺りを見回せば、そこにはすでに散っていったハズの、伊賀の忍達の姿。
――天膳。
――朱絹。
――念鬼。
――陣五郎。
――夜叉丸。
――蛍火。
――蠟斎。
――小四郎。
そしてようやく姿を現した陸地からは、同じく散っていったハズの、甲賀の忍達の姿。
――豹馬。
――将監。
――丈助。
――十兵衛。
――左衛門。
――お胡夷。
――刑部。
――陽炎。
皆が喝采を上げながら、こちらに向かって手を振っている。お胡夷や陽炎などはもう飛び跳ねて喜んででいる。
「ほんにようやったのぅ……朧」
「うむ、まこと天晴。流石は甲賀弦之介の嫁となるおなごじゃ!」
そしてその真ん中には、暖かな笑みを浮かべる、お幻と弾正の姿……。
皆が一様に歓声をあげ、自分達を迎えてくれる。
朧と弦之介の頑張りを、心から祝福してくれていた。
……………
…………………………
「あ、言うてはおらんかったのですが、
実は甲賀伊賀には“忍法、ぷち整形の術“という物がございましてな?」
そんなふざけた話を天膳から聞いたのは、伊賀の屋敷へと戻った後。
弦之介もいったん甲賀の屋敷へと戻り、今は無事療養中との事だ。
「そしてこの度拙者ら、名を変えて生きる事と致しまして。
――改めまして拙者、“薬師寺てるぜん“と申す」
口を「アンガー……」と開けて絶句する朧に向かい、めでたく二重まぶたとなった薬師寺てるぜんが、満面の笑みを向ける。
「両の里には奥二重に悩む者もおりましたゆえ、これは大変よい機会に御座った」
「まさかこの年で美を手に入れる事が出来るとはのぅ……。
あ、朧さま。わしは陣五郎改め、“陣ろく郎“となりましたゆえ。よしなに」
「“昼叉丸“どのぉ~。更にきむたくになりましてございまするぅ~♪」
「“ほたるり“こそ、もっといい女になりやがって♪ いったい俺をどうするつもりだよ♪」
向こうの方では伊賀のバカップルが、それはもう嬉しそうに乳繰り合っている。
その後も次々に朧の元へ「あ、わしは念鬼改め“てんき“となり申した!」「わたくし朱絹は普通に“おゆら“と致しましたゆえ。あの者達がおかしいのでございまする……」と報告にくる忍達。
「これにて以前の我らは“死“。 心置きなく新しい人生を歩んでいけ申す!!」
この時代には“戸籍“という制度なんか、ありはしない。
もし仮にこの先なにかあったとしても、そん時はもう、力ずくですよ。徳川滅っしたりますよ。
わしら怒らせたらもう大したもんですよ。そう笑いながら“てるぜん“さんは語る。
「……あ、ところで朧さまのお名前は、何になさいまするか?
拙者的には是非正式に“オ・ボーロさま“とお呼びしたき所存に御座いますが」
「 ?!?! 」
「ちなみに弦之介さまはこの度“源之助“と、名を改めるそうに御座いますれば。
朧さまは破幻の瞳ゆえ、“ぶるー“なまなこですゆえ。
ここはひとつ時代の先端を行き、欧米的なお名前を是非……」
――――奥義、伊賀忍法(金)。
此度の争いで身に着けし技。 朧の“ふぇいたりてぃ“が火を噴いた。
……………
…………………………
……………………………………………………
あれから、毎日が騒がしい。
伊賀衆たちも弦之介さまLOVEを解禁し、毎日まいにち弦之介さまにベッタリだ。
基本的には伊賀の子供達を優先して遊んでもらっているが、中には「わたししょうらい、げんのすけさまとけっこんする!」という子も沢山おり、なんか微笑ましいやら申し訳ないやら、複雑な心境の朧だ。
朧も甲賀の里の皆には、物凄く大切にしてもらっている。
幼き頃に遊んでもらったという十兵衛や刑部とも、無事に再会を果たす。思い出話に花を咲かせたりなんかもした。
甲賀の里で特に仲の良いのは、やはり陽炎だ。
普段ははっちゃけた所がある(というレベルではない)彼女だが、朧が来てくれた時には、本当に花の咲いたような笑顔で笑う。
ずっとこうならば良いのにと、卍谷衆たちは思わないでもない。「やはりこちらに住んではくれませぬか朧さま?」といった塩梅だ。
女の子同士という事で、やはりお胡夷とも仲が良い朧。
たまに彼女の過激な発言に赤くなってしまったりもするが、そこは恋する乙女同士。いまでは彼女は一番の親友だ。
今では甲賀でも伊賀の屋敷でも、天膳や刑部といったオッサン達が集まって飲み交わし、毎日あきる事無くどこかでバカ騒ぎしている。
一度宴会の席でヌメヌメ状態の陣五郎を使って「どじょうすくいじゃ!」とオッサン達がみんなでドタバタしていたが、そのように忍術を使うのは正直どうかとは思う。
そもそも“どじょうすくい“とは、そのような物ではなかったような気もするし。
とりあえず弦之介さまがいらっしゃる時だけは、お願いだからほどほどにしておいてくれると助かる。
どうか彼に変な事は教えないでおくれ。良くも悪くもこのお方は、とても純粋にございますれば。
…………………………
「あの子の名は、どのような物となるのでしょうか?」
「……そうじゃな。我らの子の名は、お爺どの達にお任せしてはおるが。
ただ正直な所……少しばかり心配してはおる。
歓喜に呑まれ、なんぞ妙な名でも付けるのではないかと……」
その懸念は、約1時間ほど後に現実の物となる。しかし今の彼らには知る由もない事だ。
「たしかに名は大切じゃが……。今はただ、健やかに育ってくれればと。
この子が幸せに暮らせる世を、我らが作っていかねば」
一年まえには想像も出来なかった程、両の里の関係は良好だ。
今では互いの里を行き来する者達がたくさんおり、これまでの分もとばかりに友好を重ねておると聞く。結婚話もチラホラだ。
「さぁ。お前ももう、ゆっくり休むと良い。
少しばかり長居をしてしもうたが、わしはもう外すゆえ」
「はい。わかりました、貴方さま……」
最後に暖かな笑顔を残し、弦之介が静かに立ち上がる。
その遠ざかっていく背中を見つめている内、……不意に彼女の心は、どうしようもなくたまらない気持ちになる。
そして思わず、朧は弦之介を、呼び止めてしまった。
「……弦之介さまはっ! ……いま、幸せにございまするか……?」
…………………………
あれから様々な出来事があり、たくさんの嬉しい気持ちを彼から受け取った。
……しかし時折、自分は不安でたまらなくなる。
どれだけ成長し、強くなろうとも……。本当の自分は、あの頃の弱い少女のまま。
自信もなく、無力な、あの頃の自分のままなのだ。
彼の事が好きだ。なによりも大切に思う。
しかし本当に、自分などで良かったのだろうか? そんな疑問が、いつも自分の心にある。
女々しい言葉が口を付いた。
自分の弱さが、外へと洩れ出てしまった。
涙が溢れ出し、止める事が出来ない。こんな自分を見られたくはなかったのに。
この優しいお方に縋りつくような真似を……、自分は決して、したくなかったのに。
やがて弦之介がその歩みを止め、ゆっくりとこちらに向き直る。
そして慈しむようにして朧の手を握り、こう告げる。
「――あぁ。この上なく。 お前がわしに、この幸せをくれた」
…………………………
安心させる為などではなく、心からの感謝を伝える言葉。
その時朧の手に、一滴の暖かな涙の雫が落ちてきた。
ふと顔を上げてみれば、そこには自分の愛する人の、笑顔。
甲賀弦之介の流した、この涙を。 たとえ地獄に落ちようとも、私は忘れない。
「――――お前に会えて良かった、朧」
バジリスク~甲賀忍法帖~ 「愛する者よ、死に候らえんな」
――完――