愛する者よ、死に候らえんな。   作:hasegawa

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第三殺、凶蟲無惨

 

 

「蠟斎、お主達は先を急ぎ、将監を迎え討て」

 

 

 自分以外の伊賀衆を先に行かせ、天膳が未だ壊れた旅篭に座る地虫十兵衛と向かい合う。

 

「さて、十兵衛よ。わしは甲賀の一族をおおよその所は知っておるつもりじゃが……。

 未だよく解らぬ者もおる」

 

 天膳は「カッ!」と目を見開き、強い口調で問いかける。

 

 

『言え! 甲賀弦之介殿は、どのような料理がお好みじゃ!!』

 

『どのような贈り物を喜ぶ? 共に遊びに出かけるとしたら、どこじゃ!!

 言わねばその首、斬り落とすッッ!!』

 

 

 喉元に刃を突き付けられながら、(そこは卍谷衆の忍術を訊く所とちゃうんかい)と思う、地虫十兵衛だった。

 

 

……………

…………………………

 

 

 

「弾正様の星が、“大吉“と出ておる。将監の星もじゃ……」

 

 

 時は少し遡り、ここは甲賀卍谷の屋敷の一室。地虫十兵衛は甲賀衆を部屋に迎え、占いをしていた。

 

(それにしても、いつ占っても大吉なんじゃな、弾正様……。もっとも今この占いが凶と出たとしても、あの方に何かあるなどとは到底思えぬが……)

 

 もし弾正様を殺せる者、もしくは傷ひとつでも良いので付けられる者がいるとしたら是非会ってみたい。顔を見てみたいと十兵衛は思う。

 ちなみに将監はとっくの昔に卍谷へと帰還している。“忍法しんかんせんの術“で。

 帰って来てはゴクゴクと牛乳を飲み、今はまた出かける準備をしている所だ。しっかり人別帖を持っていく事も忘れない。

 

「取り合えず、弦之介様の様子を見に(という体で)、わしが伊賀鍔隠れへと行こう。

 さ~て、久々の忍術比べじゃのう~」

 

「お待ち下さいませ、地虫殿」

 

 首をポキポキと鳴らしながら旅篭の準備でも頼もうかと思った矢先、

 ねお甲賀卍谷十人衆が一人“陽炎“が、十兵衛を呼び止めた。

 

「……えっと、ここはわたくしに行かせてはもらえませぬか、地虫殿」

 

「ん? なんじゃあ陽炎、お主の出番はまだ当分先じゃろうに」

 

「弦之介様のお顔をもう2日も見ておりませぬゆえ、

 わたくし正直、辛抱たまらぬので御座います……」

 

 正座の態勢で、モジモジと腿をこすり合わせている陽炎。彼女の吐息は、もう既に毒へと変じ始めていた。

 それに気が付き、慌てて自分の口元を布で覆う甲賀衆。十兵衛の口はしっかりとお胡夷がフォロー。まさに間一髪であった。

 

「というかぶっちゃけ、わたくし弦之介様と、結婚したいのですけれど……」

 

「何を言うとるんじゃ、お主は」

 

「それが駄目ならば、朧様とでも……」

 

「だから何を言うとるんじゃ、お主は」

 

 陽炎の爆弾発言に激震が走る、甲賀卍谷。

 弦之介の事が好きなのは以前からであったが、最近陽炎は、ものっすごい朧の事も好きだ。

 里の掟さえ許すならば、ぜひ朧と結婚したいと思っている。チュッチュしたく御座います。

 

「弦之介様……お慕いしております。しかしわたくしは、朧様の事も……。

 そんなお二人が強く愛し合い、この度めでたく祝言を挙げなさる……。

 あぁわたくしは! いったいどうしたら!!」

 

「どうもせんでええわアホゥ!! 左衛門、豹馬、後は頼んだぞぃ」

 

 いやんいやんと身をくねらせる陽炎。頬を桜色に染め、モジモジと色っぽい。

 今日も絶賛乙女の妄想が暴発中であるが、いい加減にしてくれないと毒吐息で卍谷が滅びかねん。

 

 引き続き脳内で弦之介と朧に囲まれ、いちゃいちゃチュッチュの妄想中の陽炎。

 その首にお胡夷が「トスッ!」と手刀を入れ、一撃で意識を刈り取る。

「あふん♡」という艶っぽい声を上げ、陽炎は沈黙した。とても幸せそうな顔のままで。

 

(占ってはおらぬが、今日のわしの運勢は、凶かもしれんのぅ)

 

 出掛ける準備をしながら、地虫十兵衛は思った。

 

 

……………

…………………………

 

 

 時は戻って、ここは街道。

 

 

「まったく貴様らときたら毎日毎日、自分達だけ弦之介殿と仲良くしよってからに!

 前から気にくわなんだのじゃ!!」

 

「お主らこそ毎日朧様と会えようが!! 馬鹿を言うでないわ!!」

 

 嫉妬のあまり、理不尽な事を言う天膳。思わずそれに乗っかってしまう十兵衛。

 ちなみに朧さま大好き甲賀卍谷衆の例に洩れず、地虫も朧様の大ファンだ。それこそ朧が幼少の頃から、皆で暖かく成長を見守ってきたのだ。

 

 地虫はその昔、ちいさな朧を背中に乗せて走ってやったりもした。

 

(あぁ、もちろん大喜びしてくれたとも! 大好評だったとも!!

 わしはこの忍術の使い手で良かったと、心底思ったものよ)

 

 地虫十兵衛の、大切な思い出だ。

 ちなみに霞刑部(かすみぎょうぶ)はかくれんぼで本気を出しすぎて、朧に嫌われていた。

 大の男がむせび泣いたあの姿を、十兵衛は忘れられない。

 

「ええい! お主と話しておっても埒があかんわ!

 斬るならさっさとせんか天膳! 斬れるものならなぁこの伊賀虫めが!!」

 

「おお斬らいでか地虫十兵衛! 何べん斬ろうがお主が死ぬとは到底思えぬが、

 斬ってやろうではないかこの甲賀者が!!」

 

 弦之介殿をこっちに住まわせろ! ふざけるな朧様を甲賀によこせ!

 そんな事を小一時間ばかりギャーギャーと言い合った後、ムキーとばかりに天膳が刀を抜いた。

 

「お命頂戴致す! ぬぅえぇぇーーーーいッッ!!」

 

 天膳が大声で気合を発しながら、十兵衛へと斬りかかる。

 まるで「今から斬りますよ! 見ててくださいネ!」と、今もこの場を監視しているであろう服部の者達に合図をするかのように。

 

「痴れ者がっ! きぃえぇぇーーーーいッッ!!」

 

 しかし次の瞬間には、もうそこに十兵衛の姿は無い。

 いや、“そこには無い“どころか、見える範囲のどこにも地虫十兵衛の姿は無かった。

 

『ドシュゥゥーーーッッ!!』という凄まじい爆音と、突風が走った。

 服部の者達に解ったのは、ただそれだけ。

 しかし、かろうじてその姿を目でとらえていた天膳は思う。

 地虫十兵衛はまるで“閃光のような速度“を持って、一瞬の内にこの場からカッ飛んでいったのだと。

 

 その速度は、まさに現代兵器で言う所の砲弾並。

 いや、もうすでにその速度は“レールガン“にも匹敵せんばかりの速さだ。人間がその速度で地をカッ飛んで行ったのだ。

 地虫十兵衛の腹に生えた鱗、それを活用した独自の移動術。

 それは音を置き去りにし、眩い程の光すら放ち、人間には認識さえ出来ない程の速度をもって一瞬の内に十兵衛をこの場から消した。

 

 後に残ったのは気を失った監視の者達と、凄まじい土煙。地平線の彼方まで続く地面の爪痕。

 その爪痕は見る者が見れば「王蟲でも通ったのかい?」と思われる程、巨大な凹みであった。

 

 

……………

…………………………

 

 

 

(……イカン、死ぬ。 これは本当に死んでしまうッッ!!)

 

 

 地虫十兵衛の事を天膳に任せ、先を急いだ蠟斎達。

 その伊賀の四人は現在、風待将監の“痰“による絨毯爆撃の脅威にさらされていた。

 

「カァァーーーーッ!! 覚悟せぃ伊賀虫共がぁぁーーッッ!!」

 

 蜘蛛のように木の上を飛びまわり、頭上からガトリングガンもかくやという勢いで痰を発射する将監。

 その攻撃は広範囲、かつ無差別。四方八方。

 辺りの木は根こそぎへし折れ、岩は砕け散り、大地はその地形をみるみる内に変えていく。

 更に流れ弾に被弾した監視の忍び達が次々と行動不能に陥っていき、ついには全滅した。

 

(お、将監も一応は手加減しておるのじゃな! 当たりはしたが、誰も死んでおらぬわ)

 

 器用な事に、人に当たるような弾(?)だけは死なぬ程度には威力を抑えていたようだ。

 しかし将監が痰を発射するその音が、ペッとかではなくもう「ドゴゴゴゴ!!」である時点で、それを自分が喰らってしまった時の事など、想像したくもない。

 そもそも強い弱いとかじゃなく、あれは将監の“痰“だ。

 蠟斎達は、必死こいて逃げ回った。近年稀に見る程の必死さで。

 

 その後、なんとか蛍火が「えぇーい!」と一撃を入れ、見事将監をノックアウト。

 倒れ際に将監が遠くへとブン投げた人別帖を追い、伊賀衆はその場から駆け出していった。

 

 

「………………」

 

 

 しかし蛍火だけはその場に留まり、地面に大の字となった将監の元へと歩み寄る。

 そして懐から小刀を取り出し、将監の胸へと突き立てる。

 

「ザシュ!」という刺突音が、夜の森に響いた。

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

(……はい。これにて将監どのは、“死“に御座います♪)

(……そうじゃな蛍火殿。ここでわしは、脱落じゃ)

 

 

 

 万が一の用心にと、“忍法てれぱしぃの術“で将監に語り掛ける蛍火。

 蛍火はザッシュザッシュと将監の胸に小刀を突き立てているが、その実、将監には傷一つ付いていなかったりする。

 

 蛍火が今握っているのは、刺そうとすれば刃が柄へと引っ込むように出来た、玩具の小刀。

 血糊だってちゃんと出る、伊賀自慢の一品だ。

 そしてそのザシュという刺突音はもちろん、蛍火の“忍法ぼいぱの術“による物である。

 楽しそうに口で「ザッシュザッシュ♪」とやる蛍火の姿に、さすがの将監も少し苦笑いだ。

 

(お強ぅございました将監どの。 後の事は、お任せ下さいませ……)

 

(……あぁ、それじゃあわしは忍法争いのほとぼりが冷めるまで、

 どこかに身を潜めておるとするわ。 弦之介様達の事、よろしゅう頼んだぞ)

 

 将監の希望に従い、彼の“死体“を谷底の川へと放り投げる蛍火。「適当な所まで流されてから、適当に這い上がるわぃ」となどと、最後までふざけた事をのたまっていた。

 

 

「まったく……。将監どのも、無茶をする……」

 

 

 蛍火はそう呟き、柔らかい笑顔で微笑んだ。

 

 

 

……………

…………………………

 

 

 

「はーなーさーんーかぁぁーー!! わりゃぁぁぁーーーッッ!!」

 

「おとなしくせいッ! おとなしくせぇぇい!!」

 

 

 天膳に抱きかかえられた十兵衛が、「ビチビチィ!!」と跳ねる跳ねる。

 それはもう、釣り上げられた魚の如くビチビチと。

 将監の投げた人別帖を咥えて逃走をはかった地虫十兵衛だったが、抵抗虚しく、あえなく御用となった。

 

 光速もかくやという速度で森中を駆けまわり、縦横無尽に飛び回り、挙句の果てに地中に潜ったりしながら地虫は逃げた。

 途中でいきなり「ズボォ!!」と足を生やし出し、「おりゃぁぁ!!」と元気良く走って逃げていたような気がするが、天膳は追いかけるのに必死だったのでよく見ていない。よく見ていなかった事とする。

 

 超速で突っ込んでくる地虫十兵衛の体当たりを受け止め、天膳は何度も木の葉のように空を舞った。

 

「あぁ! 天膳ッ!!」

「天膳がまた死におったぞ!! 新記録じゃ!!」

 

 この短い時間で、天膳は20回くらい死んだ。

 

 ねお伊賀忍法を習得しているので天膳は死んだそばから即座に復活が出来るのだが、それにしたって痛いもんは痛い。人間だもの。

 額に汗し、暴れる心臓の鼓動を無視して走り、やっとの想いで十兵衛をとっ捕まえはしたが、もう天膳にとって悪夢のような時間であった。

 というか、ちょっとぐらいは手伝えというのだお主ら。不死でも怒る時は怒るぞ。

 

「お命頂戴ッ! とぉえぇぇーーい!!」

「ぬぅぅぅあぁぁーーーッッ! やーらーれーたぁぁぁ~~!!」

 

 十兵衛の身体をファッと放り投げ、即座に剣を抜き放ち、斬り捨てる。

 しばらくの間(わざとらしく)地面をウネウネしていた十兵衛だったが、やがて「ガクッ!」という仕草をした後、動かなくなった。

 

 

…………………………

 

 

 

(……地虫十兵衛よ。 これにてお主は“死“じゃ)

 

(……あ~、そのようじゃの。 まったく久々の忍法比べじゃったというに、

 してやられたわぃ)

 

(なんぞ、甲賀の者達に言い残す事などはあるか?

 この後我らは卍谷へ向かう。必ず届けよう)

 

(いらんいらん、そんな物。 まぁアレじゃな、あえて言うなら『頑張れ』かの)

 

 

 忍法、てれぱしぃの術。ちなみに有効範囲は30メートル程だ。

 地面に倒れた地虫へと歩み寄り、彼にだけ見えるように、親指を「グッ!」っとサムズアップする天膳。

 

(地虫十兵衛、見事也。 お主ほどの忍びがいるならば、甲賀者も侮れぬな)

 

(ぬかせ、伊賀虫め。)

 

 自分達にしか解らない音量で、二人はクスクスと笑い合う。

 

(弦之介様と朧様の祝言、必ず挙げようぞ。

 朧様の白無垢姿は、それはもう美しかろうて……)

 

(しかり、必ず成し遂げて見せよう。

 伊賀と甲賀の名に賭けて)

 

 

「取り合えず、適当にそこらへんに埋めてくれ。 ズモモッと地面を掘り進んで帰るわい」と無茶苦茶な事を言う地虫十兵衛。一応言われた通りにはした物の、本当にとんでもない男だったと今になって思う。

 

 

(安心せぃ、我ら甲賀伊賀の星は“大吉“じゃ。

 あー、言い忘れておったが、弦之介様の好物はの…………)

 

 

 地虫十兵衛の最後の言葉を回想する。

 そして伊賀衆を引き連れた天膳が、甲賀卍谷へと向かい、駆け出していった。

 

 

 

 

「…………“漬け物“。 意外と渋いんじゃな、弦之介殿は」

 

 

 

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