愛する者よ、死に候らえんな。   作:hasegawa

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第四殺、妖郭夜行 上

 

 

「丁度良い機会じゃ。伊賀の衆に、稽古の成果を観て頂こう」

 

「されど……、あの舞は、祝言の折に披露するつもりで……」

 

「その日は更に趣向を凝らせば良い。……拙いが、伊賀と甲賀の和睦を祝い、

 永久(とこしえ)の栄えを願う、“笛と舞い“に御座る」

 

 

…………………………

 

 

 伊賀鍔隠れ、お幻の屋敷。

 その夜の宴の席に、弦之介の笛の音が響く。

 

 清涼な笛の音は、弦之介の真っすぐな心根を表すかのように清く。その真心にそっと寄り添うようにして、朧が優雅に舞う。

 

 逢瀬の度に修練を重ねてきたという、二人の笛と舞い。その想いの美しさと儚さに、丈助は思わず息を呑む。

 ……いや、呑みそうには、なっていたのだが。

 

 

(……おい、伊賀衆よ? お主らがすべからく手に持っておる、その“弦之介様の似顔絵が書かれた扇子“は何じゃ?)

 

(何故お主らは一人一本ろうそくを持ち、頭の上でユラユラと左右に振っておる?)

 

(何故まるで人で波を作るように、順番に立ったり座ったりしておるのじゃ……?)

 

 

 弦之介は笛の演奏中ゆえに瞼を閉じているから良いが、朧は伊賀衆らの様子にギョッとしている。ものっすごい冷や汗かいている。

 満面の笑みの伊賀衆。こんな良い笑顔をした大の大人の姿を、丈助は今まで見た事が無い。

 我が世の春と言わんばかりに、伊賀衆はアゲアゲだった。「命を燃やすは今ぞ」とばかりに。

 

 それにしても弦之介が目を開けた時にだけ「ピタッ!」と動きを止め、即座に何事もなかったかのように装う技術が凄い。無駄に高度な連帯感を発揮していた。

 

 丈助の脳裏に何故か、『よく訓練された伊賀衆』という謎の言葉が思い浮かぶ。

 

 これもひとえに、愛ゆえに。 

 

 

……………

…………………………

 

 

「……弦之介さまっ、お許し下さいませっ! どうか……どうかっ!」

 

「案ずるでない、朧どの。時間をかけてゆっくりと解り合うていけば良いのじゃ」

 

「……いえっ、そちらの事ではなくっ!」

 

 

 屋敷に用意された弦之介の部屋。そこで二人は語らっていた。

 

 伊賀の恥を晒してしまったと、先ほどの宴の席での“失礼“を詫びる朧だが、何の事やら解らずに首をかしげる弦之介。

「変な朧どのじゃ。それにしても千年の永きに渡る宿怨は……」と真面目な話に入る彼の純粋さと鈍さに、一瞬「マジに御座いまするか」と思う朧。

 

 愛した人は、天然に御座候。

 忍者ゆえ悪意や敵意には敏感なのだろうが、その他の事に関しては岩のように鈍感なのだ。

 

 それに弦之介はまったく気にしてはいないようだが、この彼に当てがわれた部屋の豪華さは一体どういう事だと朧は思う。

 それはもう、少しばかり常軌を逸する程の豪華さなのだ。

 

 見た事も無い金色の屏風。まっさらで雅な布団。とても豪華な装飾品や置物の数々。

 伊賀の屋敷にこのような物があっただろうか。どれも朧にはまったく見憶えが無い。

 いつの間に用意していたのですかこのような物。大御所様でもお越しになられるのですか。

 そして弦之介の背後の壁にある掛け軸の、恐ろしいまでの達筆さで書かれた『初孫』の文字がゴリゴリと朧の心を削る。

 

 殴ろう。もしこの祝言が上手くいかなかったら、皆を殴ろう。

 生まれて初めて、わたくしは人を殴ろう……。そう静かに誓う朧だった。

 

 

 顔から火が出そうになる想いはしたものの、その後は穏やかな時間を過ごす弦之介と朧。

 お調子者の丈助の話、伊賀の者達の滑稽話。聴けば聴く程に両の里への親しみが沸いてくる。

 

「人間、近しゅうなってみんと、解らんものじゃ」

 

 暖かな弦之介の笑顔を見て、朧は内心キュンキュン。

 あぁ弦之介さま、お慕いしております。チュッチュしたく存じます。なんとなしに手を擦り合わせ、膝元でモジモジ。

 やたらとさっきから弦之介の背後の『初孫』の文字が視界にチラつくが、(これはお婆さまがわたくしの背中を押してくださっているのでしょうか? 命を燃やすのは今に御座いましょうか?)と思い至る朧。

 

 人間五十年。夢幻の如く也。

 これはにっくき織田の言葉ではあるが、意訳すれば「この機を逃すな、やってしまえ」的な意味なのではあるまいか。

 深夜のテンションで、朧もだいぶおかしな事になっていた。

 

 忍びの家に生まれ、忍術どころかクナイひとつ満足に投げる事かなわなかった我が身。

 しかし乙女としてだけは、今ここでひと花咲かせてみせようではないか。

 見ていて下さいませお婆さま。朧は今夜、女となりまする。えっちぃ事を致しまする。

 

「……弦之介さまは、意地が悪ぅ御座います。……でも朧は、そんな弦之介さまが」

 

「……朧どの?」

 

 弦之介に背を向け、モジモジとする朧。

 しかしその破幻の瞳だけは、ランランと輝いている。眼を「カッ!」っと見開かんばかりに。

 

 いかがで御座いましょう弦之介さま!

 このモジモジといじらしい仕草っ! 愛らしい呟き!

 さぞ庇護欲をそそられましょう! ガバッといきとう御座いましょう!

 

「……なんでも、御座いませぬ。……なんでも」

 

「朧どの……」 

 

 背中越しに、弦之介がこちらに近づいてくる気配を感じる。気付かれないように「っし!」とガッツポの朧。

 お婆さま! 勝ちまして御座いまする! 伊賀の勝利に御座いまする!!

 あぁ弦之介さま……、はしたないわたくしをお叱り下さいませ。お仕置きを下さいませ。

 わたくし、“かまんぷれい“に御座います! これぞ米利堅(メリケン)言葉に御座いますれば!

 

「もうお休みになられた方が良いかと思うたが……、致し方ない。

 朧どの、こちらに来られよ」

 

「弦之介さまっ……!」

 

 子犬のように元気よく寄って行く朧。なにやら尻尾をブンブンと振っている姿さえ幻視される。

 

「まだ眠ぅないとおっしゃるのなら、致し方ない。

 実は拙者、甲賀よりこのような物を持ってきており申す」

 

 ……ど、道具!?

 器具に御座いまするか、弦之介さま!!

 

 

「……げ、弦之介さま♡」

 

 

 

 ………………かまんぷれいに、御座いますれば!!

 命を燃やすは、今ぞ!!

 

 朧は、子犬のように尻尾を振った。

 

 

 

……………

…………………………

 

 

 

 

 

「……げ、弦之介さまぁ~~~~っっ!!

 わたくし、わたくしもう……、駄目に御座いますっ!!」

 

 

「あぁ~~!!」という朧の悲鳴が、弦之介の部屋に響く。

 

「まだまだこれからに御座る朧どの。さぁ、次は手をこちらに」

 

 笑顔で労わりながら、弦之介が朧を導いていく。

 

「げ、げげげ弦之介さまっ! このままでは! このままではわたくし!!」

 

 あられもない恰好、そしてあられもない態勢になりながら朧は泣きつくが、弦之介は笑顔ながらも、どこか素知らぬ顔で次々と指示を出していく。

 

 

「踏ん張られよ、朧どの。さぁ、次は“青色“に御座る」

 

「なぜわたくしはっ、こんな深夜に一人、“ついすたぁげぃむ“をっっ!!」

 

 

 エクソシストみたいなブリッジをしながら、朧が叫んだ。

「ふんぎぎぎ……」と、乙女が決して出してはいけない系の声を出しながらも、律儀に青色に手を置いて。

 

「これは、忍者に必要な体感や平衡感覚を養う訓練として、

 甲賀の里にて長く親しまれておる遊戯で御座いますれば。

 この機会にぜび朧どのにも堪能して頂こうと、お持ちした次第に御座る。」

 

「……そういう事では、……そういう事では御座いませぬ~~っ!!」

 

「次は赤色に御座る」「ふんぬっ!!」と、なんだかんだと会話をしながらも“ついすたぁ“を続けていく朧。

 亭主を立てる、嫁子の鏡。将監もかくやという蜘蛛みたいなポーズにはなっているが。

 

「……こ、こういったげぃむの場合、……普通は男女が共に行うべきなのでは?」

 

 なんとかこの状況から逃れる為、むしろえっちぃ事への執念を持ってそう進言してはみるものの、

 

「それは出来申さぬ。このげぃむには審判が必要で御座いますれば。

 確かについすたぁでは審判を抜きにして、二人が同時に行う場合もあり申すが……」

 

「!?」

 

「朧どのは、嫁入り前の女子(おなご)に御座る。

 ……拙者、腹を切らねばならなくなり申す」

 

「ふぁっく! ふぁっくに御座いまする!!」

 

 おもわず米利堅(メリケン)言葉で悔しさを叫ぶ朧。「くちおしやぁ~!」的な意味で使っているんじゃないかと思われる。

 弦之介は言葉の意味が解らず「はて?」と首を傾げてる。

 

「しかし朧は、そんな弦之介さまも……。ふんぎぎぎ……」と、次は左手を黄色に移動させる朧。今の態勢は横からみたら、完全に“視力検査で下の時のマーク“みたいになっている。身体はすごく柔らかいのだった。

 

(こ、こうなれば、ここから扇情的な態勢をとり、見事弦之介さまを誘惑せしめ……)

 

 乙女の矜持に火を着けて、「ピンチはチャンス!」とばかりにこの状況に光明を見出す朧(ブリッジ中)。

 弦之介さまっ、夜はまだ始まったばかりに御座いますれば!!

 

 しかしふと上を見上げた瞬間、朧は何故か部屋の天井板が一枚、外れている事に気が付く。

 そしてそこには、天井の隙間からこちらを「じぃ~っ」と見つめている、陣五郎の姿があった。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

(……あ、どうも朧さま)とでも言うように、ペコリと軽く会釈をする陣五郎。硬直するブリッジの朧。

 やがて陣五郎はスッと天井の隙間を閉じ、ヌメヌメと這いずり、その場を去っていった。

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 陣五郎っ! 降りてきぃや!! 』

 

 

 

 その後、朧は目につく限りの天井板を、長槍で突き刺し続けた。

 

 

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