愛する者よ、死に候らえんな。   作:hasegawa

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第四殺、妖郭夜行 下

 

 

 第一印象は、「可愛げのないガキ」だった。

 

 甲賀卍谷衆頭首、甲賀弾正に手を引かれ屋敷へとやってきたその子供は、愛想もなく、寡黙で、初めてみる屋敷の者達全てをまるで威嚇するように睨みつけていた。

 

「ほれ弦之介、皆に挨拶をせぃ」

 

 弾正にそう促されても、その子は中々言葉を発しようとはしない。

 まるで自分を必死で守っているかのように、この者達と話などしている暇は無いのだとでも言うように、ただただ歯を食いしばり、その子は自身の足元を睨む。

 ため息をつきながら弦之介と呼ばれたその子の頭に拳骨を落とそうとする弾正。

 それを制するかのように、思わず鵜殿丈助はその間に割って入った。

 

「おー! お初にお目にかかります弦之介どの! 拙者、甲賀卍谷衆、鵜殿丈助と申す!」

 

 拳を振り上げたままポカンとする弾正、そして同じくポカンとする卍谷衆を差し置き、丈助は弦之介の前へと進み出て、腰を屈め視線の高さを合わせる。

 無理やり間に入ったのには大した理由などない。ただなんとなくだった。普段からお調子者だのなんだのと言われている自分なのだから、この場面ならばこうするのが良いのだろう。

 そんな軽い想いから、丈助はこのタイミングで弦之介へと話しかけた。

 いの一番に、弦之介へと歩み寄ったのだ。

 

「これは見れば見る程に利発そうなお子じゃ! 将来はさぞ立派な甲賀のご頭首様に……」

「――――!!」

 

 なんとなしに弦之介の頭を撫でようとした丈助の手を、弦之介が「パシッ!」と払いのける。

 突然の事にしばし放心する丈助の瞳を、弦之介がまっすぐに睨みつけた。

 やがて弾正の咎める声も無視し、弦之介は叩きつけるようにして扉を開け、外へと駆け出して行った。

 

 その場に残された丈助は中腰の態勢のまま、やり場の無くなった手を下げもせず、ただぼんやりと弦之介の走って行った方を見つめる。

 

「大丈夫ですか丈助どの。……まったく、なんと気難しき子じゃ。

 こりゃあこの先、苦労しそうですなぁ」

「いやいやまったく。お気に召されまするな、丈助どの」

 

 甲賀の男衆が気を使い「災難でしたなぁ」と丈助を労わる。しかし丈助はそれに言葉を返すでもなく、ただただ先ほどの弦之介の事を考えるばかり。

 

 

「なんと綺麗な、強き目をした子じゃ……」

 

 

 その眼力に、思わず息が詰まった。

 そして同時に、その美しさに吸い込まれそうになった。

 周囲の者達の「やれやれ」という声を遠くに聞きながら、丈助はしばらくその場から動く事が出来ずにいた。

 

 

…………………………

 

 

「おぉ! これはこれは弦之介どの! 今日も精が出ますなぁ!」

「やや! これは弦之介どのではござらぬか! 剣術の稽古とはまっこと感心感心!!」

 

「………………」

 

 

 その後、丈助は事ある毎に弦之介へと話しかけた。

 無理やりにでも構い倒し、無理やりにでも周りをうろついた。嫌な顔をされようがお構いなしに。

 

「これほど熱心に勉学に励まれておるとは! この丈助、感服いたし申した!」

「今日も豹馬どのとご一緒に瞳術の修行をされるとか!

 いやぁ~このような天気の良い日だというに! まことご立派に御座る!」

 

「………………」

 

 来る日も来る日も、弦之介は修練に明け暮れた。

 遊ぶ事もせず、休む事も無しに。自分を追い込むようにして自らに修練を課す毎日。

 

 そんな弦之介の傍を、丈助はひたすらにうろついた。

 弦之介が勉強をしている机の傍で寝そべり、素振りをしている傍で居眠りをした。

 うっとおしがられようが、無視されようが、それはもうお構いなしに。

 

「……いったい何なんじゃお前は! あっちにいかんかっ!」

 

「おや弦之介さま! まさか弦之介さまからこの丈助めに話しかけて下さるとは!

 何ぞ大事でもありましたかな?」

 

 我慢比べは、弦之介の負け。とうとうこらえる事が出来なくなり、ついに弦之介から初めて丈助へと話しかけた。

 とぼけた顔で「ニッコー!」と笑う丈助にブチ切れる弦之介。

 

「あっちにいけと言うとるんじゃ! なぜお前はいつもいつもいつも、

 わしの修行の邪魔ばかりする!」

 

「ムキー!」とばかりに木刀を振り回す弦之介。それをおちょくるようにしてボヨンボヨンと左右に跳ねて逃げ回る丈助。

 

「わはは! これは弦之介どののご乱心じゃ!

 殿中で御座るぞ弦之介どの! 殿中でござるルルルルルル~~!」

 

「待たんかこの肉団子めが! 待たんかぁーーっ!!」

 

 

 その後も何度怒鳴られようが、時に真剣を持って追い回されようが、丈助は弦之介の傍にまとわりついた。

 ただただ、この子の傍にいたくて仕方がない。弦之介を見ていたくて仕方がないのだ。

 このいつも仏頂面をしておる可愛げのない子の笑顔が見てみたい。それを甲賀で一番最初に見るのは、このわしじゃ。

 そんな密かな願いを胸に秘めて、毎日毎日飽きる事なく弦之介とドタバタする丈助。

 

 そしてある日ゴロゴロと庭を追いかけっこをし、錦鯉の泳ぐ池に二人で突っ込んでずぶ濡れになった事を弾正に拳骨で叱られた後、二人は顔を見合わせて、大声で笑った。

 

「丈助だけ痛くないのはズルいぞ!」

 

「これぞ修行の賜物にござる! 弦之介さまも太ってみては如何か?」

 

 ちょっとだけ涙を滲ませた顔のまま、腹を抱えて丈助と笑い合う弦之介。

 この小さな主が見せた初めての笑顔は、丈助の大切な宝物となったのだった。

 

 

 

……………

…………………………

 

 

 

 

(……と、先ほどまであんなにも良いお話をされていたというのに)

 

 

 朱絹は半ば呆れながら、丈助を見つめる。

 

「朱絹どの! 例え忍術の為とはいえ、

 そのように乳を放り出すのは如何な物で御座ろうか!?」

 

 只今、朱絹と丈助は『さぁいざ忍法比べを始めん!』と向かい合っている真っ最中。しかし丈助が、いきなり激おこし始めたのだ。

 朱絹が得意の“血煙忍術“を使う準備にと上半身をはだけた瞬間、丈助はブチ切れた。

 

「拙者も男子に御座いますれば、正直眼福にござる! かたじけのうござるっ!

 恐悦至極に御座る! しかしながら“おっぱい“といふ物は、

 そのようにさも当然の如く『ボロン!』と人前に放り出す物では御座いませぬ!

 御座いませぬぞぉぉッ! 朱絹どのぉぉッ!!」

 

「…………………………」

 

 いつも飄々とのんきなこの男が今、烈火の如く荒れ狂っていた。

 

「男子にとって“おっぱい“といふ物……、

 それは、決して届かぬ未踏の大地! “ふろんてぃあ“に御座いますれば!

 触りたくとも、触る事叶わず……。どれだけ見たくとも、見る事叶わぬ……。

 まさしく男子にとって、神仏をも凌駕せんばかりの神聖な物に御座候!!」

 

 米利堅(メリケン)言葉を駆使しながら、丈助が熱く語る。まさかのマジ説教である。

 どういう仕組みなのかはわからんが、怒りに呼応してか丈助の身体が段々プクプクと膨らみ始めている。

 

「……それを、……それをそのように『ボロン!』と放り出されてしもうてはっ!

 まるで何でもない事かの如く、『ボロン!』とされてしもうては……っ!

 恥じらいもなく、風情もなく……、ただ『ボロン!』と乳を見せられてしもうてはッ!」

 

「…………………………」

 

「拙者……立つ瀬が御座らん!

 何をどう思って良い物やら、解らなくなり申す!!!!」

 

 例え死ぬ間際の隠れキリシタンでも、ここまで真筆に神に語り掛けはすまい。丈助の流す涙はやがて血涙となり、天を仰いで心の叫びをあげている。夜中だというのに。

 

「例えばもし朱絹どのに『おっぱい見せてやる代わりに』と申されましたならば、

 たとえ冬場の富士の山であろうが拙者、全裸で踏破する事もやぶさかでは御座らぬ!

 一刻も早くおっぱいを拝まんが為、命を燃やして富士の山を駆け上りまする!

 神仏をも斬る覚悟が御座いますれば!!」

 

「…………………………」

 

「そのような一国の価値にも匹敵せんばかりの尊き物を、

 何故朱絹どのは今『ボロン!』としておるので御座ろうか!!

 あぁ! なぜ拙者は今、乳を拝ませてもろうておるので御座ろうか?!

 拙者、なんぞ良い事でもしたので御座るか? いつの間にで御座るか?

 拙者、命を賭して巨大隕石を破壊した憶えなど御座いませぬ!

 御座いませぬぞぉぉ! 朱絹どのぉぉーーッ!!」

 

 朱絹は初めて見る。血の涙を流して地面を殴る男を。

 そのくせ「おーいおいおい!」と非常に情けない声を出して泣く物だから、もうどうしてよいのやら解らなくなっている朱絹だ。

 

 くのいちとして、お色気忍法を使う自分は決して間違ってはいないハズだ。むしろ拍手喝采で迎えられるべき存在のハズだ。奨励されるべき忍術だろうがこれは。

 なんだったら、頭を撫でて欲しいくらいの気持ちでいるのだ。「いつもがんばってるね」と、朧さまにヨシヨシしてもらっても良いんじゃないかとすら思っているのだ、わたくしは。

 それが何故、このような事態になっているのだろうか。

 なんだ、この『おっぱい見せたら泣かれまして御座います』みたいな状況は。わたくしが悪いのか。

 

 今この『殺せ! もう殺せ!』とばかりにジタバタと地面に大の字になっている男に刃を突き立てる事は非常に容易いのだが、それはそれでどうかと思う朱絹。

 かといって『おっぱいを見せてしまい、申し訳ありませぬ……』などと謝ってしまえば、乙女の矜持的な物がポッキリといってしまいそうな気がする。

 

(それだけは絶対にしてはならぬ事! そう、乙女として!

 わたくし、乙女に御座いますれば!)

 

 むしろ色っぽくてナンボのお色気忍法なのだから、

「おっぱい見せたんだから喜んで下さいまし!!」とこちらが怒鳴りつけたいくらいの気持ちでいるのだが、でも丈助の“男子の矜持“的な物を自分がポッキリとやってしまったのはなんとなしに解るので、怒るに怒れない朱絹。

 

 丈助は「うわーん!」と泣き続ける。朱絹はもう服を着た方が良いのだろうかとウンウン悩む。それは、朧がこちらの様子を見に来るまで続いた。

 とりあえず、形はどうあれ“血煙忍法やぶれたり“である。

 

 

(わたくし、もうこの忍法使うの怖くなりそう……)

 

 

 今日の事がトラウマになりそうな気がする、朱絹だった。

 

 

 

……………

…………………………

 

 

 

 

 

 夜も深まり、そして朧さまにも騒動がバレてしまった事だし、忍法比べは外でやりましょうとばかりに伊賀鍔隠れの里の外に出る丈助と陣五郎。

 

 ちなみに陣五郎とは、さっき滝の所で出会った。

 心の傷を癒すべく、静かな所でもうちょっと泣こうと庭をウロチョロしていた丈助は、滝で身体を洗っている陣五郎を見つけたのだ。

 しかしなにやら身体を槍でぶっ刺されたような生傷があるのは何故だったのだろう? 陣五郎は平気そうにしていたから問題はないのだろうが。

 

「陣五郎どのは塩をかければ身体が小さく溶けるそうじゃが、

 もし砂糖をかけたらば一体どうなりますかな?」

 

「う~ん……、とりあえず、アリはたくさん寄ってくるのぅ」

 

 そんなしょうもない事を話しながら外を走る二人。せっかくだからと“忍法しんかんせんの術“で駿府へと赴き、そこで忍法比べをする事とする。

 闇夜に乗じて駿府城跡までたどり着くと、復興の途中だったであろうそこには大量の木材だったり、切り出した石だったり、建設中の建物らしき物がある。

 せっかくだからと、そこでクジラのように大きく膨らんでからゴロゴロと転がってみる丈助。復興途中だった駿府の城は、一夜の内に再び壊滅した。

 

「やっぱり忍術的に、陣五郎どのは水場の近くで戦った方が良いかもしれませぬなぁ」

 

「そうじゃな。では伊賀鍔隠れへと戻るとしようかぃ」

 

「やっぱやーめた」とばかりに、再び里に向けて走り出す二人。

 後には不幸にも『大御所様の命による』忍法勝負の煽りを受けて再び壊滅した、駿府城の名残だけが残った。

 余談ではあるが、傷心だったハズの丈助は、非常にスッキリした顔で帰っていった。

 

 

…………………………

 

 

 

 その後、伊賀の里へと戻った二人は、結局元の滝の所で忍法勝負を行う。

 至極当然の事ながら“建物を壊しては駄目“なので、一般的な甲賀忍法、伊賀忍法で雌雄を決する二人。

 陣五郎が例の気持ち悪い忍法でゴキゴキッと丈助をやっつけた。

 

「甲賀十人衆が一人、鵜殿丈助! 打ち取ったりッ!!」

 

 全裸のまま、腹の立つくらいのキメ顔でそう宣言する陣五郎だった。

 

 

 

…………………………

 

 

 

(これにてお主は“死“じゃ、鵜殿丈助。

 またひと段落着いたら、一緒に酒でも飲もうや。

 わし、お主とはなんか仲良ぅやれそうじゃわ)

 

 

 

“忍法てれぱしぃの術“にて語り掛けながら、気持ち悪いウィンクをする陣五郎。

 全裸、ヌメヌメ、おっさんのウィンクと、その気持ち悪さは天下無双を獲れる程である。

 

(……本当にのぅ。弦之介さまが言うておった通り、

 人間近しぃなってみん事には、解らんもんですわ)

 

 地面に大の字になり、白目を剥いて舌をベェ~っと出している(演技をする)丈助。

 一緒に駿府へ向かったり、滝で身体を流し合ったりと、この一晩ですっかりマブダチになった丈助と陣五郎だった。

 

(なんぞ最後に言うておく事はあるかえ?

 甲賀の者達へと伝えたい事でもええし、なんぞ訊きたいを訊いてもええし)

 

 ワシャワシャと水で身体を洗いながら陣五郎が問いかける。

 間を開け、少しだけ悩んでから、丈助がそれに答えた。

 

 

 

 

 

(…………じ、陣五郎どのは、朱絹どののおっぱいを見た事はあるので御座るか?)

 

 

 

 

 

 

 ……その問いかけに対し、同じく少しだけ悩んでから、陣五郎が答える。

 

(……あぁ、あるのう。なんせああいう忍法の使い手じゃからのう。

 共に行動しておれば、やはりの)

 

(……ど、どう思われまするか! 陣五郎どのは!)

 

 死んだふりをせねばいかんというのに、なにやら食い入るようにして問いかける丈助。それに対し、陣五郎は優しい笑みを浮かべ、心からの言葉で答える。

 

 

(……言うては悪いが、……あれは無しじゃ!

 おっぱいとは、神聖で不可侵な物であるべし!!)

 

 

 もうすぐ孫が生まれる身だというのに、いくつになっても少年のような心を忘れない陣五郎だった。

 

(……朱絹どのが。あの綺麗な人があのような忍術を使わずとも良くなる、平穏な世を。

 どうか……。陣五郎どの……どうか!!)

 

(……任せよ、鵜殿丈助よ)

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 物凄くピュアでキラッキラした涙を一筋流した後、丈助はガクッと首を落とし、そのまま動かなくなる。

 しばらくの間、その姿をじっと見つめる陣五郎。

 

 

――――朧さまと弦之介さまの祝言の他に、もうひとつ戦う理由が出来た。

 

 

 そんな無駄に熱い想いを託された陣五郎は、ここはひとつとばかりに、キリリとした顔で頭上の月を睨み、最後ビシッと決めてみる。

 

 そこには、全裸でチョンマゲの気持ち悪いおっさんの姿があるだけだった。

 

 

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