愛する者よ、死に候らえんな。   作:hasegawa

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第六殺、降涙恋慕

 

 

「……なぁ蛍火、“兄ちゃん“って居たら、なんか良いと思わねぇか?」

 

 

 伊賀鍔隠れの里にある大きな木の下で、夜叉丸は蛍火と共に、希望に胸を膨らませていた。

 

「弦之介さまが兄ちゃんになってくれたらよ……? 俺に剣術を教えてくれたり、

 勉強教えてくれたり、俺がお婆さまに叱られてる時なんかには、

 きっと『拙者に免じて』とか言って、庇ってくれたりするんだぜ……」

 

「えぇ、ほんに良ぅございまする……♪ その光景が目に浮かぶようです……♪」

 

 木に背中を預け、ウットリした表情を浮かべる二人。

 伊賀の男衆はナメクジとか剛毛とかの、なんかムサいやつしかいない。比較的顔の整っている天膳だって百歳オーバーの爺さまだったりするし、話題も合わない。眉毛も変な形だ。

 そんな中で夜叉丸と蛍火は、“頼りがいのあるお兄ちゃん“という物に、猛烈な憧れを抱いていたのだ。

 

「そんでよ? 俺と蛍火を江戸の街なんかに連れてってくれたりよ?

 きっと俺達と、沢山遊んでもらえるんだぜ……」

 

「あら夜叉丸どの? そこに小四郎どのは、いらっしゃらないのでございまするか?」

 

 少し意地悪な笑顔を浮かべ、蛍火はクスクスと笑う。

 

「あっ、アイツはいいんだよ蛍火! アイツは留守番だよ!

 だってアイツ、さっき俺が遊んでもらおうと思って弦之介さまのお部屋へ行ったら、

 アイツ弦之介さまと一緒にフクロウの彫り物作ってやがったんだよ!

 なんで俺達も誘わねぇんだよ! 抜け駆けだろあんなの!!」

 

 その時の小四郎の顔といったら「しまっ……、見つかった!」と言わんばかりの大変に面白い物だった。焦った顔の小四郎というのも、実にレアリティが高い。

 

「ん゛んっ! とりあえず今からちょっくら東海道まで行って、

 甲賀の連中と戦ってくるからよ。蛍火は良い子にして待ってな」

 

 そう言って蛍火を抱きしめ、優しく頭を撫でてやる夜叉丸。

 

 

「お前とこうしていられるなら……、平和な世の中っていうのも、悪くねぇって思うよ」

 

 

 愛おしそうに頬ずりをし、そっと抱きしめ返す蛍火。

 その髪には、夜叉丸が蛍火にと駿府で買ってきた、綺麗な髪飾りがあった。

 

 

 

……………

…………………………

 

 

 

「コント! “天膳どのが、絶対に言わない事“」

 

 左衛門が「あー、あー」と喉を作り、言い放つ。

 

『――――弦之介どの。こちらが拙者の作った、ドレッシングに御座る 』

 

「言わねーよ天膳さまは! 作らねーよっ!!」 

 

 ヒーヒーと腹を抱えて笑う夜叉丸。刑部は壁を殴って爆笑している。

 

「ひき続き、“天膳どのが、絶対に言わない事“」

 

 左衛門が「ん゛っ! ん゛っ!」と喉を作ってから、言い放つ。

 

『――――わしのマヨネーズをつこうたんは……、誰じゃッッ!! 』

 

「心せめーよ天膳さま! 使わせてやれよっ!!」

 

 もう夜叉丸は地面にひっくり返り、足をバタバタさせて笑っている。

 左衛門は「討ち取ったり」とニヤリ顔。さすがは甲賀の宴会部長の名を欲しいままにする男だ。

 

 現在夜叉丸は、東海道へと赴いてきた左衛門、刑部との忍法比べの真っ最中である。

 変装の達人であり、どのような声色も操れる左衛門の忍術に「すげぇ! すげぇ!」と目を輝かせる夜叉丸。

 

「左衛門さんっ、“ごましお“って言ってくれ!

 天膳さまの良いお声で、ごましおって言ってみてくれよっ!」

 

「かまわぬぞ夜叉丸どの。……ん゛っ! ん゛っ!」

 

 目をキラッキラさせた夜叉丸少年に向かい、左衛門が言い放つ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――『 ごましお 』(低音)

 

「やめんかその食卓押しは! わしを殺す気ぃか!!」

 

 あまりに所帯じみた天膳シリーズに、思わず刑部がつっこむ。これ以上笑かされたら腹筋が死ぬ。伊賀へ着く前に戦闘不能となってしまう。

 しかしもう刑部は頭の中で“三角巾とエプロン姿の天膳“を想像してしまった。時すでに遅しだった。

 

「次は刑部さんの後ろに隠れて、そこから喋ってみてくれよ左衛門さん!

 刑部さんはしゃべってる感じで、口をパクパクってしとくんだよ!

 そうすれば、“朧さまの声でしゃべる刑部さん“とかが出来るよ!

『ハゲでムキムキのおっさんだけど、声は水樹奈〇です』って出来るよ!!」

 

「何を恐ろしい事をひらめいとるんじゃ! 発明王かお主は!!」

 

 もう夢が膨らみ過ぎて、ワケのわからない事を言う夜叉丸。少年のフレッシュな発想力により、世界観が壊れてしまいそうだった。

 でも「もうっ! 一回だけじゃぞ!」と結局はやってくれる刑部も、なんだかんだで優しいおっさんだと思う。

 それにしてもこの三人、誰も見ていないからといって、やりたい放題である。道端で何をしとるのか。

 

「……た、例えばなんだけどさ左衛門さん? 左衛門さんはやっぱり、

 好きな女の子の声色で……、エロい言葉を言ってみたりとかしてるのか?」

 

「 !!?? 」

 

「甲賀にも綺麗な女の人って多いしさ……。左衛門さんもやっぱ、

 陽炎さんとかの声で『うっふーん♪』って言ってみたり……、

 ……え!? もしかして、やった事無いのか!?」

 

「ブンブン!!」と首を縦に振る左衛門。忍術忍道に身を捧げて十数年。左衛門には、その発想が無かった。

 

「なんでやんないんだよ左衛門さん! おかしいぜそういうの!!」

 

「その通りじゃ左衛門ッ! 何の為の忍術じゃこの馬鹿者が!

 もっと積極的に忍んでいかんかい!!」

 

 真面目で、穏やかで、優しい男である左衛門。「こいつに任せておけば間違いない」という信頼と実績の忍者であるのだが、そういった所はどこか枯れている部分があった。

 このままではいかん。いかんぞ。

 

 今やれ! さぁやれ! 男を燃やせ!

 刑部と夜叉丸は無駄な情熱を燃やし、ワーワーと左衛門をはやし立てる。

 

「……と、とりあえずはやってみようと思うが、誰の声色をやったら良いかの?」

 

「お、俺いいかな左衛門さん!! えっと、じゃあウチの蛍火の声でさ……?

 モジモジと恥ずかしがってる感じで、こう…………」

 

「……あい解った。ではしばし目をつぶれ、夜叉丸」

 

 

 

 

……………

…………………………

 

 

 

 伊賀、鍔隠れの里。

 その頃蛍火は、今朝夜叉丸を見送った大きな木の下で、雨に濡れていた。

 

「……夜叉丸、どの」

 

 彼の無事を祈り、願いを込めて。一人冷たい雨に身を晒す。

 その愛する人を想う、いじらしい姿。それは屋敷にいる小四郎の所からも見え、彼の胸を打つ。

 

「弦之介さまが倒れれば……、朧さまも、雨に濡れるのか……」

 

 そんな事はあってはならない。自分は何に変えても朧さまを、弦之介さまを守るのだ。

 小四郎は拳を握りしめ、一人決意を新たにする。

 どうか自分の敬愛する人たちが、この雨に濡れてしまう事がないように。

 

 

「夜叉丸……どの……」

 

 

 その小さな呟きは、闇夜に吸い込まれて消えていった。

 

 雨は、降り続く。

 そこには、愛する人をいつまでも待ち続ける、一人の少女の姿があった。

 

 

……………

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 ――――もうっ! 夜叉丸どのの、えっちぃ♡ 』

 

「「ほぉぉたるびぃぃぃぃーーーーッッ!!!!」」

 

 

 天を仰ぎ、ガッツポーズの夜叉丸。「よっしゃぁーー!!」と意味もなく叫ぶ刑部。

 

 男子の本懐、ここに成就したり。

 もう死んでもいいかもしれないなと思う、夜叉丸少年であった。

 

 

 

……………

…………………………

 

 

 

「弦之介さまのご様子はどうじゃ、朱絹?」

 

「はい天膳さま。朧さまのおかげをもちまして、つつがなく……」

 

 

 再び伊賀鍔隠れ、お幻屋敷の一室。

 そこに甲賀卍谷よりお胡夷を連れて帰還した、伊賀衆の姿があった。

 

「お胡夷先生どのは、言われた通りに塩蔵へと繋いでおいたぞ……。

 蠟斎、後で様子を見に行ってやってくれの……」

 

「……い、いやわし、ちょっと今日、持病のしゃくが」

 

 げんなりした顔の念鬼と蠟斎。この後の事を考えると仮病ではなく本当に頭が痛くなってくる。

 

「とりあえずは天膳よ? これまでの事、

 そろそろ朧さまに申し上げる頃合いではないかの?」

 

 甲賀伊賀の忍法争いもすでに序盤戦を過ぎ、そろそろ朧にも役者として舞台へと上がってもらう頃合いだ。影から自分達が“ねお伊賀忍法“を駆使して舞台を支えるにしても、どうしても主役の二人の登場は必要となる。

 

「わかった。正直これっぽっちも自信は無かったりするのじゃが……、

 まぁわしに任せておけ」

 

 用意された道筋を厳守し、そして自分達が絶人の域に達した“ねお忍者“である事を若き二人に隠したまま、舞台を進めていかなければならない。

 平穏を勝ち取り、両の一族が共に表の世に出るには、これがマスト。

 

「とにかく、ここが第一の山場じゃな。

 朧さま弦之介さまが忍法争いの事を知った時に、どうなるか……。

 必ずひと悶着起きよう」

 

 考えるだけで、気が重い。でも頑張らねばならぬ、このさだめよ……。

 そして遠く塩蔵の方向から、壁を蹴っているであろうゴンゴンという音と、

「おーい! まだかー?!」という、お胡夷現場監督どのが呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「とりあえず、行ってくるわい……」

 

 もう今からヨロヨロとしながら塩蔵へと向かっていく蠟斎。

 

 

「……嫌じゃなぁ。……あぁ、嫌じゃなぁ」

 

 

 その背中は、とてもとても哀愁に満ちていた。

 

 

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