愛する者よ、死に候らえんな。   作:hasegawa

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第八殺、哀絶霖雨

 

 

「げんのすけさま! どうかおっ父とおっ母を、キライにならないでくださいませ!」

 

「うちの父うえも母うえも、ほんとはげんのすけさまが、だいすきなんですっ!」

 

 

 弦之介の背丈の半分ほどもない、とても幼い男の子と、女の子。

 お幻屋敷の庭にいた弦之介を見つけて駆け寄ってきた二人は、泣きそうな顔をしながらも、一生懸命に訴える。

 

「まいにちまいちに、おっ父たちは家でげんのすけさまのお話ばかりしてます!

 しゅうげんの日が待ちどおしいって。おぼろさまと幸せになってほしいって」

 

「うちの母うえも、はやくげんのすけさま達のあかちゃんが見たいって!

 今からあかちゃんの着物をぬったりもしてるんです!

 ……でも伊賀のおとなたちはみんな、『今はまだ、なかよくできないんだ』って言って。

 しかたのない事なんだって言って!」

 

 その“仲良く出来ない理由“を、この子達はまだ知らない。

 伊賀と甲賀の千年に渡る宿怨も、織田の奇襲の折の出来事も。この子達にはまだ想像すらつかない程の事。

 それでも一つだけ、解る事がある。

 幼いこの子達にも、ハッキリと解る事がある。

 それは伊賀の大人達も子供達も、みんな“弦之介が大好きだ“という事だ。

 

「おっ父が無視してごめんなさい!

 げんのすけさまといっしょに、ごはんを食べなくてごめんなさい!」

 

「話しかけなくてごめんなさい! すぐよそへ行ってしまってごめんなさい!

 でも、キライにならないでください!

 みんなみんな、ほんとはげんのすけさまの事がだいすきなんですっ!!」

 

 

 涙をこらえる男の子と女の子。悲しみと悔しさ、その両方を必死で嚙み殺しながら。

 弦之介は腰を屈め、二人と目線を合わせて暖かく微笑みかける。そして二人の頭をヨシヨシと優しく撫でてやる。

 

――安心させてやりたくて、大丈夫だと伝えてやりたかったそれをきっかけにして。

――――ついに二人の眼から、堪えきれない涙が零れ落ちていった。

 

 

……………

…………………………

 

 

 

 弦之介は、人別帖を読んでいた。

 言葉を発する事も無く、ただ黙して、弾正達4人の名が消えた人別帖に目を通す。

 

 その傍に控えるは左衛門と刑部。目を伏せ、跪き、我が主への忠誠を示す。

 

「……お胡夷も、死んだのか」

 

 その問いかけに、左衛門が無言の肯定を返す。

 静かに目を伏せ、弦之介が読み終わったその巻物を、懐へとしまった。

 

 そして今彼らの目の前には、弦之介を討ち取らんと駆けつけてきた薬師寺天膳を始めとする伊賀鍔隠れ衆の姿。

 それぞれが刀や鎌、かぎ爪などの獲物を構え、生かしては帰さぬとばかりに弦之介達の前に立ちはだかる。

 ジリジリと間合いを詰め、逃げ道を無くすように円となって囲む。

 その瞳は殺気に満ち、今か今かと猟犬のように合図を待っていた。

 

「…………」

 

 弦之介は、静かに空を仰ぐ。未だ雨が降り続く、この真っ黒な空を。

 

「かかれぃ皆の衆! 今こそ甲賀弦之介を討ち取るのじゃぁーっ!!」

 

「……待て念鬼! 早まるでないっ!」

 

「■■■……! ■■■■……!!」

 

 眼前では今、なにやら意見が割れているらしい念鬼と天膳の言い争いが行われている。

 それを無様だと刑部と左衛門が煽れば、次第に甲賀伊賀入り乱れての口汚い罵り合いへと発展していく。

 

「女ひとり殺して気が済んだのか、薄汚い伊賀猿ども」

 

「お前達こそ、よくも夜叉丸どのを!」

 

「お主も将監にトドメを入れたと、嬉しそうに話しておったろぅに。見苦しいぞ蛍火」

 

「……ぐぅぬぬ! あっ、あのお胡夷とかいう女子の方が、哀れじゃぁー!!」

 

「止めぬか陣五郎っ! 熱ぅなるな!!」

 

「■■■……! ■■■■……!!」

 

 刃を交える事もせず、ただ延々と罵声を浴びせ合う者達。

 その声を、弦之介はどこか心ここにあらずというように、遠くに聞いていた。

 

 心に思うのは、人別帖より名を消された、散っていった者達の顔。

 弾正、将監、地虫、丈助、そしてお胡夷。ぼた餅を作ってくれた優しいお幻婆の笑顔。

 

 ふと弦之介の視界の隅に、伊賀者達の後ろに隠されるようにして立つ朧の姿が目に入る。

 瞳は涙に濡れ、崩れ落ちそうな身体を支えて貰いながらもまっすぐに弦之介だけを見つめ続けている。

 その縋りつくような無垢な表情が、どこかあの二人の子供と重なって見えた。

 

 

『げんのすけさま! どうか伊賀のみんなの事を、キライにならないでください!』

 

 

 弦之介は、静かにその瞳を閉じる。

 今は、朧と目を合わせる事など、到底出来はしなかった。

 

 

……………

…………………………

 

 

 お幻屋敷の庭に、血の花が咲いた。

 そしてその沢山の花が、雨に流されて、次第に消えていく。

 まるで、今夜この場で起きた出来事を、すべて無かった事にしたいのだと言うように。

 

 

「……行って、おしまいなされた……。

 弦之介さまが……、行っておしまいなされた……」

 

 

 その場に崩れ落ち、顔を覆って泣く朧の声だけが、あたりに響く。

 雨が降りしきる中、その場に残された誰一人として、未だに動く事が出来ずにいる。

 

 あの時、弦之介へと斬りかかった伊賀衆の数名が、彼の瞳術により凄惨な返り討ちにあった。

 自らの腹を切り、お互いを袈裟斬りにし、自身の喉を突く。瞬く間に5人の伊賀衆が血の花を咲かせて地面へと倒れ伏した。

 

 果敢に挑みかかっていった小四郎も、同じく返り討ちとなる。

 放とうとした吸息かまいたちの術を跳ね返された事により、その術が自身の身体を内からズタズタに切り裂いたのだ。目から大量の血を流し、小四郎は沈黙した。

 

 そのあまりの凄惨な光景を前に、ただただ立ち尽くす伊賀衆。それを一瞥する事も無く、左衛門と刑部を引き連れた弦之介がゆっくりと伊賀の門をくぐっていった。。

 すれ違い様にも、朧と瞳を合わせる事もなく。ひとつの言葉すらも交わさぬままに去っていった。

 それが朧との、無言の決別を表すかように。

 

 ただただその場に蹲り、声を殺すようにして泣き続ける朧。

 その姿を見つめていた天膳が、ようやく口を開き、その場にいる者達へと指示を出していく。

 

「……とにかく、朧さまを屋敷の中へ。雨がお身体にさわってはいかん。」

 

 蛍火によって肩を支えられた朧が、頼りない足取りで屋敷の中へと遠ざかっていく。

 家族同然の伊賀の者達が討たれ、そして同時に愛する人との決別。

 その悲壮な後ろ姿を、その場の者達が、ただただじっと見送っていた。

 

 

 

……………

…………………………

 

 

 

 

 

 

「…………もう良いかの、天膳」

 

「……天膳さま」

 

「――――よしっ! 朧さまの姿はもうなくなったぞ! 者共ぉ、かかれぇい!!!!」

 

 

 気付かれないように陰からそ~っと朧の方をうかがっていた天膳が、背後の伊賀衆に向けて笑顔でGOサインを出す。

 するとさっきまでの陰鬱な雰囲気はどこへやら。その場にいた伊賀衆が、一斉に動き出した。

 

 

『――忍法、えーいーでぃの術!! トォアァァーーッ!!』

 

 

「ドゴォ!」という音を立て、陣五郎が拳を一閃。今まで地面に倒れ伏していた伊賀衆の一人が、胸に一撃を喰らった途端に「ごふぅ!」と息を吹き返す。

 

『――――忍法、ぶらっくじゃっくの術!! そぉぉぉえッ!!』シュババババ!!

 

 その手が見えない程の速度で、念鬼が次々に怪我人達の傷口を縫合していく。縫い終わったその傷跡はもう傍目には地肌との違いが解らず、漫画やアニメのように「ペッカーン!」と輝いている。

 

「えー。血が足りない方はおっしゃって下さいませ~。

 こちらにぃ~、輸血の準備がして御座いますれば~」

 

 なにやら赤十字っぽいマークの白い帽子をかぶった朱絹が、皆へと声を掛ける。

「あ、拙者よろしゅう!」「拙者も拙者も!」と、その場の怪我人達が手を挙げた。

 

「ねお伊賀忍法“えーいーでぃの術“。……心肺停止より5分以内であれば、

 確実に蘇えらせてくれようぞ」

 

「忍法“ぶらっくじゃっくの術“。……鼻毛を自在に操る事に比べれば、

 怪我の縫合など容易い事じゃとは思わんか?」

 

 陣五郎と念鬼が「いえーい!」とハイタッチを交わす。おっさん達の輝かんばかりの眩しい笑顔は、非常に鬱陶しかった。

 そして天膳が、未だに地面へと座り込んだまま沈黙する小四郎の傍へと歩み寄る。

 

「……よぅやった小四郎。さぁその目の傷、見事自力で治してみせぃ!!」

 

「かしこまりました天膳さま。――――ふぅぅぅんぬぅあぁぁーーッッ!!」ゴゴゴゴ!!

 

 小四郎が雄々しく気合を一閃する。……するとどうだ! 小四郎の目の傷が、みるみる内に完治していくではないか!!

 たったの数秒後には、もうおめめはパッチリ。左右のウインクなどをしてみながら小四郎が術の成功を確かめる。

 

「うむ、見事なり! さすがワシの弟子じゃ小四郎!

 薬師寺流、治癒忍術! 免許皆伝まで精進せぃよ!!」

 

「ありがたきお言葉です、天膳さま!!

 朧さまと弦之介さまのお力となるべく、さらに精進いたします!!」

 

 天膳が太陽のような笑顔で「ニッカー!」と笑い、額に汗した小四郎が「テッカー!」と笑顔を返す。そして二人そろって仰け反り「ガハハハ!」と笑う。この師弟、もしかしたら伊賀一の仲良し師弟なのやもしれない。

 

「……それにしても陣五郎よ? 演技とはいえ、

 さっきのお主は少し言い過ぎではなかったか?」

 

「……あー、やっぱ言い過ぎておったかのぅ。

 刑部どのに対して『ハゲておるくせに!』は、やっぱ言い過ぎじゃったか……」

 

「まぁあちらもワシらに対し『鼻毛!』だの『なめくじ!』だのとは言うておったが……。

 売り言葉に買い言葉……、げに恐ろしきものよ」

 

 うむむと唸り、先ほどの事を深く反省する二人。

 あの時の弦之介は上の空でよく聞いていなかったが、先の甲賀伊賀の罵り合いの中には、そのような一幕もあったのだった。

 

 そういう演技であったとはいえ途中で段々とヒートアップしていった両の一族は、もう思いつく限りの言葉でお互いを罵り合った。

 左衛門は蛍火に「細目! 細目ぇ!!」と連呼されて頬がひくついていたし、こうゆうのが苦手そうな朱絹も頑張って悪口大会に参加していたのだ。「たこ入道! たこ入道!」と必死に刑部へと叫ぶその姿は、なにやら見ていて微笑ましかった。

 

 というかあの時、実は誰一人として弦之介と朧の悪口を言っている者が居なかったのは、言わずもがなである。

 一体お二人のどこをどう悪く言えばいいのかと、逆に問い詰めたい気持ちの忍達である。

 

「さって、陣五郎よ……。ワシらもそろそろあれをやろうかの」

 

「そうじゃな念鬼よ……。朧さまばかりにあれを言わせておくのは、

 少しばかり“ずっこい“という物じゃて……」

 

 そういって陣五郎と念鬼は、伊賀の門の方を向き、二人で並ぶ。

 

「おい陣五郎、念鬼。お主らがやると言うのなら、この薬師寺も混ぜんかぃ」

 

「念鬼どの達、ずるぅございます! この朱絹と小四郎どのもお加え下さいませ!」

 

「そうに御座います! ぜひ俺も!」

 

 なんやかんやと言い争いをしながら、結局はその場の伊賀5人衆が揃って門の方へ向き、横一列に並ぶ。そして先ほどの朧もかくやという涙声で、一斉に皆が同じセリフを言う。

 

 

『……行って、おしまいなされたッ。

 弦之介さまが……! 行っておしまいなされたッッ!!』

 

『行っておしまいなされたッッ!!

 弦之介さまが……、弦之介さまぁぁぁーーーーッッ!!』

 

 

 全員が全員「おーいおいおい!」と泣きながら、同じセリフを連呼する。

 その声を聞いてドンドン駆けつけてくる里の伊賀衆達。次第にどんどんとその人数は膨れあがっていく。

 鼻水をたらし、顔をグシャグシャにし、雨の中で弦之介を想う。

 

 また必ずこの里に、弦之介さまをお迎え致す。

 薬師寺天膳を筆頭に、伊賀衆達は固く心に誓った。

 

 

 

 この後、目を怪我しているという体の小四郎を覗く伊賀の5人は、朧を交えて今後の話し合いに移った。

 わざとらしい程に先ほどの朧の無力をネチネチと攻め、「この修羅なる争いの真っ先に、朧さまには立っていただかねばならぬ!」と内心ガッツポーズ級の名演技をかました天膳であったが、そのせいで凹んでしまった朧が瞼に七夜盲(ななよめくら)の秘薬を塗ってしまい、アワアワと非常に焦る。

 

(しかしお可哀想とはいえ、朧さまの目がしばらく見えぬというのは、

 今後の戦いにおいてむしろ好都合か? 色々とごまかしやすいか?)

 

 他の伊賀衆からすんごく冷たい目で「ジトォ~……」っと睨まれはしたものの、とりあえず結果オーライかとポジティブに考える天膳だった。

 

 

 

……………

…………………………

 

 

 

「……ねぇ、げんのすけさま、もう帰っちゃったの?」

 

「また来てくれる? げんのすけさま、また来てくれる?」

 

 

 話し合いが終わり、廊下を歩いていた蛍火の着物を幼い子供達がクイクイとひっぱった。

 

「あら、弥七にお静ではありませぬか♪

 大丈夫よふたりとも。きっとすぐにまた、伊賀へと遊びにいらしてくださるわ」

 

「ほんと! ほんとにまた、げんのすけさまに遊んでもらえる?」

 

「わたし、お手玉であそんでもらうの! げんのすけさま、お手玉もお上手だって!」

 

 目をキラキラさせながら興奮気味に話す子供達。蛍火は腰を屈め、そっと二人の頭を撫でてやる。

 

 

「えぇ、またすぐに弦之介さまと遊べる日がくるわ。わたくしが約束してあげる。

 それまで蛍火のおねぇさまと一緒に、お手玉の練習をしておきましょうね。

 上手になって、弦之介さまをビックリさせて差し上げましょう♪」

 

 

 両手をバンザイとさせて喜ぶ、幼い兄妹。

 その愛らしい姿を見て、蛍火が暖かな笑顔で優しく微笑んだ。

 

 

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