ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

1 / 199
1章
1章0話『リュウ・タチバナ』


 黒の画面に映る点ほどの小ささの輝きは一面に広がって、溢れるよう一筋の流星が大きく斜に流れる。それを合図に(ひらめ)く光彩の尾を引いた星々が伝って、また伝って、流星群の様相で暗黒の世界を(はかな)くも(いろど)った。

 暗影(あんえい)の闇と、(うつ)ろに(きら)めく星屑の残り火。現実と隔絶(かくぜつ)された宇宙の凄絶(せいぜつ)に、突如として画面に白が(よぎ)る。

 

『ガンプラバトルリーグワールドコースもいよいよ大詰めぇ~! 残り時間が少ない中、果たして! 勝利の栄光は誰の手に渡るのかぁ~!?』

 

 戦場(フィールド)を映す観戦カメラから機体が離れ、────実況の声に(はや)ったのか、スラスターを(たけ)らせた機体が先の流星もかくやという速度で遠ざかっていく。

 切り替わった画面の向こう、別の宙域を中継するカメラの目の前では太陽を背景に2機の機体が激しい近接戦闘を繰り広げており、両機の一挙手一投足で万の歓声が沸き上がっていた。

 どれもがアニメには登場していないガンプラ、いわゆるミキシングと呼ばれる手法で制作された“俺ガンプラ”達を画面の外から羨望(せんぼう)を含んだ眼差しで見詰める。

 青年は机と向かって作業をしていた。

 ジャンクパーツをマットに散らしたその中心、虫食いのように部位が完成していないガンプラへと視線が戻って()めた視線が突き刺さる。

 

「なんで、作れないんだ」

 

 春立ちの夜風は深夜ということも相俟(あいま)って一層冷たく、停滞(ていたい)しきった思考に拍車をかけて小窓から吹き抜ける。

 体型(プロポーション)はバラバラ、パーツの位置は安直、武装は何処かで見掛ける手頃な物ばかり。まさしく(いびつ)と言うに相応しいガンプラを見詰める瞳は(わず)かに苛立ちを覗かせては揺れて、ゆっくりと頭を抱え込んで机に伏す。くしゃりと髪を掴み、浅い(くま)が刻まれた目元が再び立て掛けられたスマートフォンへと移って眺めた。

 画面では雄々(おお)しく立ち回るミキシングガンプラ達が砲火と剣閃(けんせん)で戦場を咲かせ、気が付けば自らが髪を巻き込んだ手が掴む力が増している。

 

 なんで、作れないんだよ。

 

 一息に。

 作業マットの中心に(たたず)んでいたガンプラが腕に弾かれジャンクパーツと混ざる。机に備わった照明が照らす箇所は空虚(くうきょ)さえ感じる空間が空いて、ぼんやりと視線が宙を捉えた。

 

「…………センスがある奴は良いよな。俺だって、発想さえあれば」

 

 乾いた笑いが1つ吹き出た。

 先ほどの倦怠(けんたい)さとは裏腹、机を片付ける手早さは身軽で見る見るうちに机の上から道具が消えていく。ニッパーに接着剤と、既に零時を迎えいよいよ朝は早いからとケースへ次々に仕舞って、最後に残ったものがスマートフォン。

 画面では今まさに雌雄(しゆう)を決する2機のガンプラが激闘を演じており、激突の火花が閃光として映像を覆ったタイミングで電源が切られた。

 今度こそ黒の画面になった端末を見詰める視線は酷薄(こくはく)で、煌めく蒼の光沢の、英雄の出で立ちとも思える2機のガンプラを思い返して乾いた笑いがもう1つ溢れる。

 

「世界の為に戦ってるとか、思ってるんだろうな。ファンや自分の為に…………ハッ」

 

 彼らの中ではアニメや漫画の機体とも渡り合えるように作られたガンプラであり、その追加された装備で誰もがフィクションの世界を救う等の妄想をしているのだろうと想像する。

 比べて、俺は。

 そこまで思考してベッドに着く。

 今しがたの思考も先程の戦闘も徹夜のせいか直ぐに意識へと溶け込んで消えて、やがて緩やかな眠気が身体に訪れた。

 

 ────俺には世界は救えないよ。

 

 妄想の中ですらその姿を演じる事が出来ず、世界を救う為の機体も形作ることが出来ない。

 押し寄せる劣等感が胸でざわつき、──────リュウ・タチバナは振り切るように部屋の照明を消した。

 

※※※※※※※

 

 目の前で激しく明滅(めいめつ)する装置の照明に、女性は淡い色をした唇をひっそりと噛む。

 異常なまでの潔癖(けっぺき)を思わせる白壁に囲まれた部屋は広く、白亜の研究服に身を包んだ壮年(そうねん)の職員達がみな愁眉(しゅうび)を寄せた表情でそれぞれ目の前の機械と対峙(たいじ)する。

 円形に並んだ機材のその、中心。

 女性が見上げる筒状の装置は透明で、薄水色の液体の中で力無く浮いた()()に女性はきつく視線を見据(みす)える。

 やがてごぽり、と装置の内部に泡が浮いて職員達の表情が険しさを増した。

 

「博士、もう持ちません! このままではもう……!」

 

「2番から5番の電源を入れて頂戴。どうせ学園に生徒は居ないんだから使える手は全て使うわ」

 

 告げられた職員が一瞬躊躇(ためら)いに揺れた瞳のまま装置へ手を掛け、やがて一気に押し倒す。

 重く(うな)るような動作音が増して重奏低音のような響きが部屋を震わせたと思えば、中央装置に満たされた液体が青を増して()()が隠れ、明滅(めいめつ)を繰り返していた装置の照明が安定を示した。

 ──いよいよ、後が無いわね。

 地獄の只中(ただなか)に垂れてきた蜘蛛の糸を掴んだまでは良い、そこから登り上がるか下に落ちるかの分水嶺(ルビコン)が今この瞬間だ。

 

接続者(コネクター)の発見はどうなってるの?」

 

「それがっ、該当者の確認を行っている最中ですがどれも適合係数が低く……」

 

「今日が限界時間(タイムリミット)よ。Nitoro:Nanoparticleは明日まで持たない、発見を急いで」

 

 青がかって全容が知れない装置をじっと見詰め、女性はきつく歯を食い縛る。

 ここで終わりになんてさせてたまるものか。今回が最後だと、そう決められた制約の中ようやく完成が見える場所まで辿り着いた。

 装置に反射した、感情の一切を切り捨てた冷徹(れいてつ)な瞳。今更ここで退くわけにはいかない。

 

「…………誰でも良い。世界を、救って頂戴(ちょうだい)

 

 (こぼ)れた声音は表情に反して弱く、機材の駆動音に紛れて消えた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 接着剤を慎重(しんちょう)にパーツへと塗り、呼吸を殺して接着部へと接合する。周囲の喧騒も耳に入らない程に深く集中し、指で押さえたパーツを1ミクロたりとも動かさないよう静止、心の中で数十秒程数え添えていた指をそっと離した。

 すると見事に別々のパーツが接着し、あたかも元から1つのパーツかのような配色・形となり想像通りの出来に思わず吐息が漏れる。

 俗に言う“ミキシング”と言われるガンプラ制作の手法だ。

 

『おぉー』

 

 感嘆(かんたん)の声をあげたのは年端もいかない少年少女達。模型店の制作スペース、ガンプラバトルの筐体の脇に出来た子供達の半円はガンプラを組む少年を取り囲んでおり、固唾(かたず)を飲みながら見守っていた静寂(せいじゃく)がわっと破られる。

 

「リューこれ何のガンプラ!?」

 

「ぼく知ってるー! ガンダムエクシアだよこれー!」

 

「違うわよ! どこから見てもクアンタじゃない!」

 

「アイズガンダム~?」

 

「リボーンズガンダムだー!」

 

「今リボーンズガンダムって言った奴が正解だ! アイズガンダムは惜しいな、こいつはリボーンズガンダムをアイズガンダムカラーで塗ってるから見分けがつきにくいんだ」

 

 平日の朝7時という世界共通で忙しい時間帯に開いている模型店は珍しい。作業用マットが敷かれた机から覗ける道路には職場に向かう人々が行き交って、車が急くよう(うな)りをあげながら通り過ぎる。

 寝起きの寝惚(ねぼ)け眼で家を飛び出してきたリュウは、ぴんと一ヵ所だけ跳ねた寝癖を時々気にしながらパーツ同士を色々な角度で合わせて顔をしかめていた。

 脳内でミキシングを行う両脇で少年少女達の喧騒(けんそう)が耳を突くほど繰り広げられ、それを聞き流しながら模型に(いそ)しむ作業に内心慣れたものだなと口角を(ゆる)く上げる。

 (わず)かに感慨(かんがい)深く目を閉じて模型道具をキャリーケースへと仕舞い、リュウの行動にきょとんとした顔で一団の中の少女が声を掛けた。

 

「きょうも、みきしんぐの、しっぱい? むのう?」

 

「ちっっげぇわ! 誰が無能だっ! ……ほら、そろそろ時間なんだよ」

 

 少女は(あご)で示された方向を見るも、時計の見方は小学校で習っている最中だ。隣で後ろ頭に手を組む男の子が「7時だよ」と唇を(とが)らせて言うものだから少女は根拠の無い不安に駆られてしまう。

 幼い子供特有の丸く、()んだ大きな瞳がリュウを見詰めた。

 

「りゅー、もうかえってこないの?」

 

「帰ってくるぞ! で、次帰ってきたときは俺がプロになった時だ、お前ら祝う準備しとけよ!?」

 

『やだー!』

 

「お前ら本当は俺のこと嫌いだろうっ!?」

 

 笑い声が再び咲く。彼らのこの調子なら少しの間居なくとも大丈夫だろうと、数個積み上げたガンプラを片付けようと抱えて気付いた。

 (そで)を控えげに掴む小さな手。おさげを左右に揺らしながら(うつむ)く少女を見、申し訳無さが込み上げてくる。

 別れに、年齢の差なんて無いのだなと。未だぴんと跳ねた寝癖を手持ち無沙汰(ぶさた)に直してしばし思考する。

 

「……」

 

 やがて何か言うわけでもなくリュウを見上げる。

 気の効いた言葉の1つでも浮かべば良いが早朝は思考が回らない。相手は小学1年生ということもあり感情の許容限界も年相応で、見つめ返すと次第に肩を(ふる)わしながら目の端から大粒の涙が(こぼ)れた。

 

「げんきでねっ! りゅうっ!」

 

 声と同時に膝へ抱き付く少女。

 遂に言葉が浮かばなく仕方無しにその頭へ手を置き、思いきりわしゃわしゃと撫でてやる。

 

「ありがと、行ってくるぜ。元気でな」

 

「うんっ! うんっ……!」

 

「あぁっと、そうだ。じゃあこれ。これとこれも……、こいつもやるか」抱えていた中から手の付けていないガンプラを数個、加えてキャリーケースから取り出した新品の模型道具達を少女と周りの子供に手渡す。「俺が居ない間、良ければこいつらを使ってくれ。んで使ってるとき俺のこと思い出してくれ」

 

「んっ! 分かった! みーんなー! ガンプラつくろー!」

 

『わぁーっ!』

 

「いや今使うなよッ!?」

 

 リュウの制止も聞かず子供達は道具を持って自分達のガンプラが置いてある机へと戻っていく。その小さな後ろ姿達を見守り少女を撫でた手をふと、眺めた。

 次に帰ってくるのはプロになってから。どの口が言うのかと冷たい虚無(きょむ)が心に吹き抜ける。

 今春から最高学年である3年生の、それも日本国内で最強を誇る“萌煌(ほうこう)学園”。在籍することすらガンプラファイター・ガンプラビルダーにとって(ほま)れであるはずの肩書きに、青年の心中は反してどこまでも()めていた。

 今からリュウが向かう場所は、いま最も世界中の注目が集まっている地、学園都市。自らが通う“萌煌(ほうこう)学園”の周囲に立てられた学園都市は最先端技術の結晶で作られ、生産コストを度外視したあらゆるガンプラのシステムが多く備わっているらしい。

 興味が無い訳ではなく、むしろ学園都市に寄せる期待は大きい。

 リュウが嫌悪しているのはむしろ(みずか)らの心持ちで、暗く過った記憶を振り切るように思考を現実へと戻す。

 見れば店内の時計が示す針はいよいよバスが迫る時間を指す間際で、急ぎ足でキャリーケースを引いて広い店内を横切る最中、妙な視線を店の奥から感じて横目を飛ばす。

 狭い通路の端、小柄な少年が複数人の高校生に絡まれており、少年はその小さな身体を更に縮ませていた。

 

「俺らの方がお前の機体を上手く使えっから貸せって、な? 1回だけだからさぁ」

 

 少年を店員からの死角の壁へと追いやる彼らは、最近この地区で有名な街の不良だった。リュウ自身初めて見掛けたが、聞くところでは店員や人目の少ない朝方や深夜を狙い、1人のファイターへと恫喝(どうかつ)(まが)いにガンプラを奪うといった連中で噂になっている。

 見る見るうちに壁へ追いやられ、下卑(げひ)た笑みを浮かべた不良が息が吹き掛けられる程の距離まで少年に顔を寄せる。逃げ場が無くなった少年に出来るのは目線を飛ばすだけで、涙が滲む助けを求めた視線が周囲を(うかが)う。すると立ち止まったリュウと目が合い、視線で訴えてきた。

 

 ───助けてください。

 

 リュウには少年を助けられる程の腕前とガンプラがあった。

 先程の噂には続きがあり、不良達は臆病で1度負かすとその店には訪れないといった話も付いてきている。

 少年と視線が重なり、恐怖でひきつった顔が安堵の色に染まる。

 

「───あっ」

 

 その視線を。一方的にリュウの方から断ち切った。脇目も触れず歩いて、店を出た。

 立ち去るリュウの背中には少年の視線が突き刺さったままで、じんわりと背中に嫌な汗を掻く。少年を見捨てたと自覚したのは模型店前に到着したバスに乗った少し後だった。

 萌煌学園へ向かうバスの客はリュウ一人で、ざわつく心には心地好いその静寂(せいじゃく)

 (しばら)く思考が停滞(ていたい)し、言い知れない感情の(もや)が立ち込める。罪悪感を覚え、だが反対に目を付けられた少年にも非があると座席に座り頬杖を付いた。

 

 見捨てた、と言うよりも。リュウ自身誰かを救えるような器ではないと嫌な程に自覚している。

 無意識に眺める道路の光景。先程の模型店へ向かう子供達の集団が目に入り、思い出すのは自分を送り出した幼い少年少女達。

 俺なんかに期待して。

 何もないのに。

 鼻から抜けた笑いが乗客の居ないバスに小さく(ひび)いて、やがて背もたれへと身体を預ける。

 徹夜明けの身体にバスの振動は心地よく、ざわついた心も思考も溶けて微睡(まどろ)みの中へと消えていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。