1章0話『リュウ・タチバナ』
黒の画面に映る点ほどの小ささの輝きは一面に広がって、溢れるよう一筋の流星が大きく斜に流れる。それを合図に
『ガンプラバトルリーグワールドコースもいよいよ大詰めぇ~! 残り時間が少ない中、果たして! 勝利の栄光は誰の手に渡るのかぁ~!?』
切り替わった画面の向こう、別の宙域を中継するカメラの目の前では太陽を背景に2機の機体が激しい近接戦闘を繰り広げており、両機の一挙手一投足で万の歓声が沸き上がっていた。
どれもがアニメには登場していないガンプラ、いわゆるミキシングと呼ばれる手法で制作された“俺ガンプラ”達を画面の外から
青年は机と向かって作業をしていた。
ジャンクパーツをマットに散らしたその中心、虫食いのように部位が完成していないガンプラへと視線が戻って
「なんで、作れないんだ」
春立ちの夜風は深夜ということも
画面では
なんで、作れないんだよ。
一息に。
作業マットの中心に
「…………センスがある奴は良いよな。俺だって、発想さえあれば」
乾いた笑いが1つ吹き出た。
先ほどの
画面では今まさに
今度こそ黒の画面になった端末を見詰める視線は
「世界の為に戦ってるとか、思ってるんだろうな。ファンや自分の為に…………ハッ」
彼らの中ではアニメや漫画の機体とも渡り合えるように作られたガンプラであり、その追加された装備で誰もがフィクションの世界を救う等の妄想をしているのだろうと想像する。
比べて、俺は。
そこまで思考してベッドに着く。
今しがたの思考も先程の戦闘も徹夜のせいか直ぐに意識へと溶け込んで消えて、やがて緩やかな眠気が身体に訪れた。
────俺には世界は救えないよ。
妄想の中ですらその姿を演じる事が出来ず、世界を救う為の機体も形作ることが出来ない。
押し寄せる劣等感が胸でざわつき、──────リュウ・タチバナは振り切るように部屋の照明を消した。
※※※※※※※
目の前で激しく
異常なまでの
円形に並んだ機材のその、中心。
女性が見上げる筒状の装置は透明で、薄水色の液体の中で力無く浮いた
やがてごぽり、と装置の内部に泡が浮いて職員達の表情が険しさを増した。
「博士、もう持ちません! このままではもう……!」
「2番から5番の電源を入れて頂戴。どうせ学園に生徒は居ないんだから使える手は全て使うわ」
告げられた職員が一瞬
重く
──いよいよ、後が無いわね。
地獄の
「
「それがっ、該当者の確認を行っている最中ですがどれも適合係数が低く……」
「今日が
青がかって全容が知れない装置をじっと見詰め、女性はきつく歯を食い縛る。
ここで終わりになんてさせてたまるものか。今回が最後だと、そう決められた制約の中ようやく完成が見える場所まで辿り着いた。
装置に反射した、感情の一切を切り捨てた
「…………誰でも良い。世界を、救って
※ ※ ※ ※ ※ ※
接着剤を
すると見事に別々のパーツが接着し、あたかも元から1つのパーツかのような配色・形となり想像通りの出来に思わず吐息が漏れる。
俗に言う“ミキシング”と言われるガンプラ制作の手法だ。
『おぉー』
「リューこれ何のガンプラ!?」
「ぼく知ってるー! ガンダムエクシアだよこれー!」
「違うわよ! どこから見てもクアンタじゃない!」
「アイズガンダム~?」
「リボーンズガンダムだー!」
「今リボーンズガンダムって言った奴が正解だ! アイズガンダムは惜しいな、こいつはリボーンズガンダムをアイズガンダムカラーで塗ってるから見分けがつきにくいんだ」
平日の朝7時という世界共通で忙しい時間帯に開いている模型店は珍しい。作業用マットが敷かれた机から覗ける道路には職場に向かう人々が行き交って、車が急くよう
寝起きの
脳内でミキシングを行う両脇で少年少女達の
「きょうも、みきしんぐの、しっぱい? むのう?」
「ちっっげぇわ! 誰が無能だっ! ……ほら、そろそろ時間なんだよ」
少女は
幼い子供特有の丸く、
「りゅー、もうかえってこないの?」
「帰ってくるぞ! で、次帰ってきたときは俺がプロになった時だ、お前ら祝う準備しとけよ!?」
『やだー!』
「お前ら本当は俺のこと嫌いだろうっ!?」
笑い声が再び咲く。彼らのこの調子なら少しの間居なくとも大丈夫だろうと、数個積み上げたガンプラを片付けようと抱えて気付いた。
別れに、年齢の差なんて無いのだなと。未だぴんと跳ねた寝癖を手持ち
「……」
やがて何か言うわけでもなくリュウを見上げる。
気の効いた言葉の1つでも浮かべば良いが早朝は思考が回らない。相手は小学1年生ということもあり感情の許容限界も年相応で、見つめ返すと次第に肩を
「げんきでねっ! りゅうっ!」
声と同時に膝へ抱き付く少女。
遂に言葉が浮かばなく仕方無しにその頭へ手を置き、思いきりわしゃわしゃと撫でてやる。
「ありがと、行ってくるぜ。元気でな」
「うんっ! うんっ……!」
「あぁっと、そうだ。じゃあこれ。これとこれも……、こいつもやるか」抱えていた中から手の付けていないガンプラを数個、加えてキャリーケースから取り出した新品の模型道具達を少女と周りの子供に手渡す。「俺が居ない間、良ければこいつらを使ってくれ。んで使ってるとき俺のこと思い出してくれ」
「んっ! 分かった! みーんなー! ガンプラつくろー!」
『わぁーっ!』
「いや今使うなよッ!?」
リュウの制止も聞かず子供達は道具を持って自分達のガンプラが置いてある机へと戻っていく。その小さな後ろ姿達を見守り少女を撫でた手をふと、眺めた。
次に帰ってくるのはプロになってから。どの口が言うのかと冷たい
今春から最高学年である3年生の、それも日本国内で最強を誇る“
今からリュウが向かう場所は、いま最も世界中の注目が集まっている地、学園都市。自らが通う“
興味が無い訳ではなく、むしろ学園都市に寄せる期待は大きい。
リュウが嫌悪しているのはむしろ
見れば店内の時計が示す針はいよいよバスが迫る時間を指す間際で、急ぎ足でキャリーケースを引いて広い店内を横切る最中、妙な視線を店の奥から感じて横目を飛ばす。
狭い通路の端、小柄な少年が複数人の高校生に絡まれており、少年はその小さな身体を更に縮ませていた。
「俺らの方がお前の機体を上手く使えっから貸せって、な? 1回だけだからさぁ」
少年を店員からの死角の壁へと追いやる彼らは、最近この地区で有名な街の不良だった。リュウ自身初めて見掛けたが、聞くところでは店員や人目の少ない朝方や深夜を狙い、1人のファイターへと
見る見るうちに壁へ追いやられ、
───助けてください。
リュウには少年を助けられる程の腕前とガンプラがあった。
先程の噂には続きがあり、不良達は臆病で1度負かすとその店には訪れないといった話も付いてきている。
少年と視線が重なり、恐怖でひきつった顔が安堵の色に染まる。
「───あっ」
その視線を。一方的にリュウの方から断ち切った。脇目も触れず歩いて、店を出た。
立ち去るリュウの背中には少年の視線が突き刺さったままで、じんわりと背中に嫌な汗を掻く。少年を見捨てたと自覚したのは模型店前に到着したバスに乗った少し後だった。
萌煌学園へ向かうバスの客はリュウ一人で、ざわつく心には心地好いその
見捨てた、と言うよりも。リュウ自身誰かを救えるような器ではないと嫌な程に自覚している。
無意識に眺める道路の光景。先程の模型店へ向かう子供達の集団が目に入り、思い出すのは自分を送り出した幼い少年少女達。
俺なんかに期待して。
何もないのに。
鼻から抜けた笑いが乗客の居ないバスに小さく
徹夜明けの身体にバスの振動は心地よく、ざわついた心も思考も溶けて