意識に反芻する声は僕をどこまでも苛立たせた。
手先に至るまでの神経へ灼熱の溶岩が注がれる錯覚を、沸騰する意識に今度はどこまでも凍てつく液体が流し込まれる錯覚を。爪を剥がされ露出した神経に針で抉られるような感覚に、それでも沸いてくる感情は底無しの狂楽だった。
どうにかなりそうな激痛さえ笑みに代えて操縦桿を握る僕に、声はどこまでも囁き続ける。
『辛いよね』『痛いよね』『怖いよね』
「────黙れ」
不愉快な声に痛みが意識を襲う。
槍を投げたタイミングと重なった為か、手元が僅かにずれて直撃を避けられた。
「…………?」
それでも今、────避けようとしたか?
繰り返される囁きを意思で押さえ込み、スラスターを全開。瞬間、形を失った景色が機体後方へ吹き飛んで追撃をそのまま見舞った。
やはり、──また、避けられた。
初撃を回避したのは同調前のファイターによる物だと納得がいく。しかし2度目の攻撃は奴の接続者では回避が及ばない速度の筈だ。
小隕石に突き刺さった槍を抜き、対象を再び定める。──狙いは胴体。
跳躍した反動で足場が砕け散るほどの膂力を以てデブリを踏み込み、携えた長槍を今度こそコクピットへと定めた。
「────へぇ」
刺突は直撃ではなく片腕と武装を削るだけに留まる。
その行為に到来した感情は、紛れもなく──。歪む口元のままに握る片腕を潰し、ゆっくりと振り返った。
「今更になって命が惜しくなったかな? ──それとも、ククっ……!」
思わず溢れた笑みを隠すこと無く再び操縦桿を握る。
奴にまさか、避けるなんて選択肢があったとは思えない…………が。
「もしかして、接続者に絆されたのかぁ……? Nitoro:Nanoparticle……ッ!!」
衝動のまま振るった槍が周囲のデブリをバターのように切断、細切れにする。
──そうか、それはそれで。
あの無表情な顔が感情を知り得たのなら、愛情を知り得たのなら。
「それをグチャグチャに轢き潰すのも────楽しいかなってッッ!!」
※※※※※※
小隕石を縫うように対の妖星が閃光を伴い交わっては離れる。
真紅の尾を引いて、片や蒼白い尾を引いて。衝撃に周囲の残骸が弾け、時折放たれる紅蓮の光線が宇宙の彼方までを無塵に切り裂く。
螺旋を描いて闇を往く鮮烈は永劫の輪舞を思わせるも、不意に片翼が弾かれたように遠ざかった。
朱の光明を機体に纏い、不規則に配置されたデブリを自分の庭とでも言うかの如く突き進む。
「────、あと1分ッッ!! アルヴァアロンキャノンじゃないと決められないぞッッ!」
『アレは予備動作が大きすぎますっ。兵装変更、エクストラスロット装備破棄。アルヴァアロンキャノンからライザーソードへ。──これでッ!』
「ライザーソード!? 接近戦は分が悪い! トランザムより奴は速いんだぞッッ!?」
提案した意見をしかし少女は無言で否定をする。
リュウ自身、エリゴスに接近戦を挑むのは無謀だと今の攻防を見てハッキリと確信した。純粋な移動速度であればトランザムの方が勿論速い、しかし武装を繰り出す1手どれもが敵機はHi-ガンダムよりも速く、加えてバスターライフルさえ弾く高密度のナノラミネートアーマー。GNタチが存在しない今、近接武装は両脚に搭載されたGNシュートダガーしか無いがそれも既に耐久が心許ない。
加えて、リュウの目には敵機の動きが速すぎて把握が及んでいなかった。
トランザムによる恩恵はあくまで機体に供給する粒子を増加させ機体出力を3倍以上に跳ね上げる効果だ。Hiーガンダムの各部は高密度の粒子に耐えれる設計はしてあっても、間接自体は他のガンプラと変わり無い物を使用している。
詰まるところ、予め近接戦闘特化の為機体各部が改造されている敵機に比べて、至近距離ではトランザムの恩恵を加味してもHiーガンダムでは運動性能で勝てる点が無い。
そんな相手に再び接近戦、それも外せばトランザムが強制終了されるライザーソードを使用するとは。
「っ、もしかして……ライザーソードじゃないと勝てないって事か?」
『…………先程の攻防、Hiーガンダムに備わるあらゆる近接択を使用しました。しかし通用するどころか反撃さえ貰う状況です。防御に用いたGNシュートダガーも限界、加えて両脚部も中破状態……。射撃戦を展開しようにもこちらの兵装では確実に回避されます。──決めるならトランザムの今、ライザーソードしかありません』
「……くそッ!」
『任せて下さい。……確実に当てますっ!』
苦悶を吐くリュウを他所にHiーガンダムが再びデブリ帯へと突貫。
密集した小隕石の中心、幽鬼のよう佇んでいたエリゴスの背後へ強襲を試みる。左腕に構えたGNバスターライフルを高出力状態へと切り替え、銃口に粒子を固定。たちまち粒子の刃が輝いて無防備な背中にビームサーベルを発振するバスターライフルを突き立てた。
──直後、モニタの映像に一瞬。黒の斜線が映ったような気がした。
「────ぐぁッッ!!?」
警告音とエラー表示が画面を埋め尽くし、気が付けば機体左肩から先が無い。
正体はエリゴスに備わるテールブレードだと、空間に突如現れた大剣を見て確信した。視認出来ない斬撃速度は元より、テールブレードのワイヤー部分が宇宙の色と同化している為か、戦闘が始まって以来リュウにはその攻撃が把握出来ていない。
両腕の無くなったHiーガンダムはしかし、身を捩って攻撃直後のテールブレード基部へと蹴撃。ワイヤーを右脚に絡めとる。
そのまま少女が動かすリュウの右手が恐るべき速度で操縦桿に入力を叩き込み、器用にもワイヤーを引いてエリゴスの体勢を僅かに崩す。
その隙に乾坤一擲、少女の声が意識で叫んだ。
『────ライザーソードッッ!! これでッッ!!』
残されたバインダー1基が唸りをあげて、焔の揺らめきを思わせる粒子が瞬く間に機体2機分ほどの刃へと変換される。
トランザムによって供給された粒子を全て使用した光剣が、横凪ぎにエリゴスへと襲い掛かった。