ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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4章17話『真実』

 例えば、ついと見掛けた道路で猫と車が丁度接触する瞬間。

 例えば、店先の物を盗んで逃げる少年を偶然見掛けた瞬間。

 例えば、好意を寄せていた異性が別の異性と店に入る瞬間。

 

 ──そう。

 ────例えば、死んだ筈だった人間が目を覚ました瞬間。

 

「──────えっ……?」

 

 予想の範疇(はんちゅう)外から来る出来事を目の当たりにした際、人は驚くほど呆気(あっけ)ない声を出す。

 小さく鳴り響く機械の駆動音に揉み消されそうな程の小さな疑問符。驚きという感情が脳を駆け巡り辛うじて口から溢れた異常(エラー)

 

「どうっ…………し、て……っ」

 

 開かれた景色には無数の蛍光灯による病的なまで白く輝く天井とリュウを見下ろすリホの顔。

 青褪(あおざ)めた表情と大きく震える唇、そして見開かれた驚嘆(きょうたん)の瞳がやけに印象的だ。

 

「ぅぷ…………っっ!? ────がぁはッッ!! げほっ! げはぁッッ!」

 

 身体の芯から沸き上がる吐き気に任せてベッドから身を(よじ)り、(ほとん)ど透明な胃液が音を立てて無音の研究室に響き、やがて脈打つ心臓の音と共に増していく頭痛がリュウの意識を微睡(まどろ)みから覚醒させる。

 ──電脳世界(アウター)で、撃墜された。

 それを自覚すると同時、頭を木の棒で殴られたような衝撃が突き刺さり、数度(もだ)えてベッドから転げ落ちる。

 つん、と。自らが吐いた胃液に倒れ、鼻腔を刺激する酸の臭いが寸前の記憶を思い出させた。

 

「エリゴスって奴に刺されて……、でも実験が終われば記憶が戻るって……それで」

 

「なん、で。アンタ…………()()()()()()()

 

 頭を掻き鳴らす痛みの轟音にリホの声は消える。それでも、幽霊でも見てるかのような驚く様と聞き取れた言葉にリュウは不思議と全て得心がいった。

 そうか。

 ────初めから、俺は殺される予定だったのか。

 

「…………っか……らだ」

 

「……え?」

 

「──────何時(いつ)から俺を騙していたァッッ!!?」

 

 先日から飲み物しか受け付けていない身体は口から胃液を撒き散らし、リュウの怒号にリホが身を(すく)める。

 そこには記憶にある慄然(りつぜん)とすら思える雰囲気のリホはおらず、叱られた子供のよう目尻に涙さえ浮かべる女性が口を開けて震えているだけ。リュウの問いに持ち合わせる答えは無いとでも言うように周囲を見渡し、人が出払った研究室の中央。リュウと横並びのベッドの隣に立つ淡い髪の少女へ視線が行き着く。

 リュウと相対する少女──ナナは1度視線を(うつむ)かせ、やがて正面から意を決したように答えた。

 

「初めから。出会った時から私は……、リュウさんを騙していました」

 

「……っ!」

 

「度々メンテナンスと称して貴方を置いてここに来ていたのは今後どういう形で貴方を騙していくかの確認。貴方から得た記憶で有効な対処法を決定し最終的にここで、殺害する為でした」

 

「っざ、けんな…………」

 

「私が行った行動の中で貴方からの反応が良かったものを厳選(げんせん)し、貴方にとって()()()()()人格を形成しました。お陰で自己の確立、学園都市における人間社会について貴重なデータを採取する事が出来ました」

 

「ふざけんな…………」

 

「中でも“ガンプラ”についての話題に触れた際、周囲の反応は顕著(けんちょ)でした。よほど、皆さんにとって大切な物なんですね。……ガンプラに関連する記憶を失ってからの貴方には何度謝罪しても足りないとは思っています」

 

「────ふざッけんなッッ!! だったら何かっ!? おれの、……寮で過ごした時間もっ、エイジにコトハにユナに、皆で過ごした時間も、全部…………っ、全部俺を騙す為だったって言うのかッッ!!?」

 

「……っ、はい」

 

 淡々と告げる少女の言葉、その酷薄(こくはく)を受けてリュウは自身の腹の底にあるどす黒い()()を自覚した。

 少女と過ごしている過程で育っていった()()は口に出すことを(はばか)られるある種の禁忌(きんき)で、ずっと封じ込めていた1つの感情だった。

 だけどもう。

 少女の方が()に言ったのなら、それは仕方無いことじゃないか……? 

 

「────だったら、…………こっちだって言いたい事があるんだよ」

 

 恐ろしく冷えた声音だと、少女を(にら)むリュウは自覚する。

 瞳に晒された少女の(わず)かに身じろぐ気配。

 

「ナナ……。お前俺の記憶を吸ったとか言ったよな? ……それで吸った記憶にも種類がある筈だ、俺の記憶には()()()()()()()()しか無い。……もしかして、お前が吸った記憶は俺にとって()()()()()だったか?」

 

「そう、です」

 

 当たりだ。

 胸に覚えた確信がそのまま笑みへと変わり、歪に変換された笑みが嗚咽と共に少女へ吐き出される。

 愉悦(ゆえつ)と憎悪が身体を満ちる感覚に委ね、少女を今1度ありったけ睨み付けた。

 

「だったらこの際ハッキリ言ってやるよ。俺はなナナ…………、──────お前の事が出会った時からずっと邪魔だったんだよッッ!!」

 

「──っ!!」

 

 少女がリュウにとって()()の記憶を吸うのなら、リュウに残っているのは()()の記憶だけ。そしてリュウには、少女と出会ってから過ごした今この瞬間までの記憶を確かに覚えている。

 それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「最初は溺れた子犬を助けた程度の感覚だった……ッ! それが思いの他手の掛かる子犬でよ、1度助けて終わりかと思ったら次はこっちの生活や時間まで侵食してきやがって……! 仲間と遊ぼうにもお前の存在を口に出すのが億劫(おっくう)で何度も誘いを断った……! それで過ごすうちに記憶も奪われて、恐くてっ……。エイジ達と会うことがいつの日からか辛くなって…………。──────お前が居なけりゃあな! 俺は楽しかった筈の毎日を過ごせたんだよッッ!!」

 

 畳み掛けられる怒りに少女の瞳が見開かれる。

 出会った初期に感じられた無表情な顔に、明らかな動揺が走った。

 

「それでも嬉しかったんだよ俺はっ!! おかしくなっていく俺を不器用でも隣で支えてくれてっ……! ナナが笑ってくれるだけで胸のどこかが救われた気もして……。それ、がっっ……! 全部電脳世界(アウター)で殺すための芝居だと……ッッ!?」

 

 胃液に光る床を這いずる。

 痛みと目眩(めまい)で平衡感覚すら曖昧な身体を引きずり、明らかな憎悪を(もっ)て少女へ近付く。

 リュウが寄るにつれて1歩、また1歩と少女が後ずさり、いやいやと信じられない事を突き付けられたよう僅かに悲痛を帯びた表情で首を横に振った。

 

「許さねぇ……! 絶ッッ対に許さねぇ……!! ────俺の記憶を、…………返せぇええ────────ッッ!!」

 

 研究室に木霊(こだま)する程の絶叫(ぜっきょう)

 噛み締めた歯のどこかが砕けたのか、胃液と共に赤い液体も少女に向かって吐き散らかされた。

 少女は落雷をその身に受けたかのように大きく震え、口を愕然(がくぜん)と開いたまま、しかし言葉を(つむ)ごうと開閉を繰り返す。

 身体も、足も震え。潤いを見せる大きな瞳を見て、……それでも到来した感情は諦観(ていかん)だった。

 

「覚えているかしらタチバナ。……最後の実験が終わったら全ての事情を話すって」

 

 隣を見上げれば、普段の冷利(れいり)さを(うかが)わせるリホが腕を組んで虚空を見つめている。

 

「あぁ、覚えていますよ。ここに関するクソッタレな記憶は全部。…………何ですか? 約束通り記憶を返してくれるんですか?」

 

「…………ごめんなさい」

 

「──ハッ!」

 

 読めていた。

 最後の実験で俺が死ぬ事が決定していたのなら、存在しない実験の後に根も葉もない希望をぶら下げる事は(いく)らでも出来る。

 リュウは自身への嘲笑(ちょうしょう)を浮かべて、続く言葉を聞き入れた。

 

「だから、……貴方はもう信じられないかもしれないけれど、来る筈の無い実験後を実現した貴方をこちらは脅かす必要性が無いの。今後の安全は保証するわ。……それと、貴方が望むなら……ナナについての事も、関連する事も全て話すわ」

 

「────今っ更信じられる訳ねぇだろ。どの口が言ってんだ」

 

 暴威(ぼうい)めいた頭痛に(さいな)まれながら膝を支えに立ち上がり、理知的な瞳を見下した。

 吐き出す物が消えたにも関わらず、続く芯からの吐き気をえずきながら(わら)って飲み込み、揺れる視界の中そのまま部屋の出入り口をよろけながら目指す。

 その、進路上。

 未だ震えている少女と目が合い、リュウは目線を外して横を通り過ぎる。

 ……刹那(せつな)

 

「────2度と、俺の前に現れるな」

 

「っっ…………!!」

 

 告げられた少女の表情を確認しなかった。

 リュウは足を進め、出入り口に差し掛かる。

 記憶が戻らないその事実、信じていた人間に裏切られた真実にいまいち実感が湧かないまま部屋を後にした。

 目の前に広がる、どこまでも続く長い廊下がリュウにとっての今後の人生のよう感じて……笑いがぽつりと溢れる。

 

「これから、ははっ……くははっ。なぁおい、……これから、どうすんだよ」

 

 歩き出す身体は倦怠感(けんたいかん)(まと)わって重く、行き宛のない行き先を目指してただ歩き出す。

 そんな暗い意識の中、研究棟にずっと低く響いていた機械の駆動音とは別に1つの音が聞こえた。

 

 ────休日のデパート。親とはぐれたの子供が発するような、絶叫にも似た泣き声。

 

 その声を聞くリュウの心はどこまでも(くら)く冷たく。

 引き()る足の歩みを止めることは無かった。

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