ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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4章19話『既視感に揺れて』

 ぼんやりと虚空を見詰めてどれ程の時間が経ったのだろう。

 彼が出ていってから記憶が曖昧(あいまい)で、気が付いたら個室へと案内されて。唯一(ゆいいつ)の出入口であるドアは私のアウターギアでは解除する事が出来ず、外部への連絡もアウターギアが圏外《オフライン》になっているあたり望みが薄い。

 そも、連絡したとして誰にするというのか。

 幾度(いくど)と繰り返す思考のまま備え付けられた堅いベッドに腰を掛け、その座り心地の悪さをどうしても彼の部屋にあったソファと比べてしまう。

 

「リュウさん…………」

 

 言葉が無意識に口から出る。

 悔しかった。

 本当は彼に全てを伝えたかった、逃げてと叫びたかった。

 それでもこの口がそれを(つむ)げなかったのは禁則事項(プロテクト)が掛かっていたから、────何故かそれも最後の実験が終わってから解除されていたけれど。

 

「ちゃんと、謝りたいです」

 

 許されたいなんて決して思わない。

 去る時に見せた憎悪(ぞうお)の瞳、相手を切り裂くような声、思い出すだけで(すく)むあの表情で。

 彼が胸にこさえた物を全てを出すまで、何をされる事になろうとも相対したい。

 ────私を、断罪して欲しい。

 しかしそれももう叶わないと瞑目(めいもく)し息をついた。

 その時だった。

 

「────っ?」

 

 視界が一瞬で真っ黒に染まり、すぐさま照明が(またた)いて点灯した。

 耳を済ませば甲高(かんだか)い警告音が複数聴こえ、“停電”の単語を放つ研究員の会話が閉ざされた扉の向こうから聞こえる。無意識に会話を聞き取ろうと視線を扉へ流すと、ロックを知らせる扉の赤い点灯が緑の光へ変わっている事に気が付いた。

 

「これなら、……外に出られます」

 

 今更彼に合わす顔なんて無い。別れ際、彼から告げられた言葉は今だって痛いほどに頭の中を回っている。

 ────それでも。

 立ち上がる足に先程までの迷いはない。服のなかに忍ばせたアイズガンダムを握って、私は扉へ掌を翳した。

 

※※※※※※

 

 呆然(ぼうぜん)漠然(ばくぜん)と。

 足取りはおぼつかず、自身が何処を目指して歩いているのかさえ分からない。

 深夜ということもあってか学園周辺は人が少なく、(まれ)にすれ違う誰もがリュウの姿を見ては驚いて関わらないように離れていく。

 鈍痛(どんつう)は轟々と頭に響き続け、自らの浅慮(せんりょ)さに嘲笑(ちょうしょう)のまま口角を浮かべながらリュウは気が付いたら公園に足を運んでいた。

 エイジと喧嘩をした、あの公園。賑わう人々が去った後の、自然豊富な山岳特有の心地よい緑の香り。

 明日になればここもまた萌煌学園の生徒や周辺に暮らす子供達で溢れ、他愛のない日常を過ごす為の場となるのだろう。

 

 不愉快だった。

 

 詳細の知れない実験に振り回されて、2度と自分には手に入らないその日常を謳歌(おうか)する人々、世間はガンプラで賑わい自分はその話題に混じることはもう出来ないだろうと、鋭く刺さる頭痛に口角を歪めながらふとそんなことを思う。

 

 視界が(にじ)んだ。

 浅はかだった。短絡的だった。

 

 そも、思い返せば気にかかる点は(いく)つもあった。

 素性の知れぬ少女、口外を義務付けられた生死を掛けたガンプラバトル、意識を他の人間に明け渡して操作技術を何倍にも高めるLink。それらを気にすることすら──否、少女を助けるというお題目で見て見ぬ振りを続け、少女を助けるという行為で過去に自分の犯した行為を紛らわせる自己満足。

 

 当然の仕打ちと考えればそれも仕方無いか。

 薄く(もや)掛かる冷気を外灯が照らし、その直下。項垂(うなだ)れながらブランコに座るリュウは端から見れば、客の居ない舞台で演じる道化だろうと頬に張り付いた嗤いが増す。

 

 帰ろうにもリュウの持つガンプラに関しての記憶は全て最悪の物であり、誰かに頼ろうにも学園都市内で親しくなった人間は全てガンプラでしか繋がっていない。その記憶が消えた今、リュウは心からの友人達を除いて誰からも必要とされず、エイジとも昨日喧嘩したばかりで関係の修復は見込めていない。コトハやユナにも、今の自分じゃ迷惑を掛けるだけだということをリュウは知っている。

 

 ────ならば、行く場所は1つだけ。

 

『こんばんわお兄さん』

 

 意識の外側からの声にリュウが漫然(まんぜん)と顔を上げて映った視界。暗影(あんえい)の闇の中、ポカリと灯りに照らされた公園の中央。

 腰まで伸びた長髪は整えられ、彩る金色は白を帯び。

 小悪魔めいた微笑(びしょう)と仄かに光る橙色(だいだいいろ)の瞳に造形された少女はキッズモデルの雑誌から飛び出してきたかのような出で立ちでリュウを真っ直ぐに見詰めていた。

 

『ガンプラバトル、しない?』

 

 演技めいた動きに合わせて短いスカートがふわりと揺れ、少女の年齢とはちぐはぐの妖艶(ようえん)さにしかし、リュウは目の前の少女に良く知った少女の影を空見した。

 

「今は、気分じゃない」

 

「学園都市に在住する全ての人間はガンプラファイター。誰もがガンプラバトルを楽しんでいる人。そう聞いたんだけど、お兄さんは違うのかな?」

 

 1歩2歩と近づいてくる少女から、微かに甘い香りが鼻孔(びくう)を突き、その香水の匂いにリュウが覚えた感情は怒りだった。お洒落をしたこの少女はガンプラバトルに楽しみを見出だしているんだろう、明日もガンプラで遊ぶのだろう。

 的外れの嫉妬(しっと)が胸の中で渦巻くのを感じながら、視線を細めて少女を威圧する。

 

「────近くに女の子が見えないのは、お兄さんもしかして喧嘩でもしたの?」

 

「っっ!!?」

 

 心臓を握られた錯覚にリュウの視界がぶれる。

 ……ナナを、知っている? 

 いつの間にか手の届く距離まで近付いた少女は挑発にも見える笑みのままリュウを見下ろし、底知れぬ感情が渦巻く瞳と相対した。

 薄い橙色の瞳は、やはり記憶の少女を連想させて。

 

「……ま、だよ」

 

「えっ何? 良く聞こえなかったなぁ~?」

 

「邪魔だよお前。何処の誰か知らねぇけど、いいさ。ガンプラバトルしてやる。その代わりバトルが終わったら2度と顔を見せるな」

 

 相手がこちらの事情を知っていようがもう関係ないし、あの実験の事は考えたくも無かった。

 リュウが発した怒りをどこ吹く風と言わんばかりに屈託(くったく)の無い笑みを浮かべ、少女は両手を後ろに組む。

 そのままくるりと反転し、夜風が1つ少女とリュウの間を横切る。

 木の葉の擦れのざわめきの中、少女の唄うような声が夜闇に小さく口ずさまれた。

 

『────だってさ、アデル』

 

 少女が横へ1歩ずれて、開けた公園の闇に人影をリュウは認めた。

 男だ。

 歩いてくるその影はやがて冷たい外灯によって徐々に晒され、刺すような青瞳(せきとう)がこちらを静かに睨み付けるのをリュウは気付く。

 深紫の髪は夜風に合わせてたなびいて、どこまでも冷えた声音で男は告げた。

 

「お前は、────ガンプラバトルは好きか?」

 

 その言葉はリュウにとってどうしようもなく運命的だった。

 (あざ)けの笑みが暗くリュウの顔へ浮き、ギンと、(たたず)む男を睨み返す。

 どこまでも目の前の2人は自分を(いら)つかせるなと、リュウはポケットからアウターギアを取り出し、慣れた手つきで耳へと掛け両手を空中へ携えた。

 

生憎(あいにく)だけどよ、……ガンプラバトルは大ッ嫌いだ」

 

 アウターギアから発せられた信号を公園地中の装置が受け取り、淡く光る粒子がリュウを含む3人の足元を緑に輝かせる。

 合わせて両手を構えた男は顔色1つ変えずにリュウを鋭利に見詰め、2人が言葉を紡いだのはほぼ同時だった。

 

『バウトシステム……、スタンバイッ!』

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