ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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4章21話『1人と1人』

 結果だけを見れば油断していたのだろう。

 業火を思わせる(くれない)(かいな)はHiーガンダムの胴体を(つらぬ)き、弾ける火花と紫電(しでん)が機体の断末魔だ。

 次なんて無いにも関わらずリュウの手は空を()いて、そこには既にプラフスキー粒子で構成された操縦桿は見当たらない。

 

 負けた。

 

 そう自覚した途端(とたん)胸に覚えたのは意外な、それでいて形容し(がた)い感覚だった。

 電脳世界(アウター)で少女とLinkし、戦闘した相手はどれもがリュウより腕が上の強敵達。こう振り返ってみればLink中は案外初めからリュウ自身の腕で勝つことを諦めていた方が強かったのかも知れないなと、リュウは光の消え行く操縦席(コンソール)内で視線を落とす。

 

 下らないな。

 

 Linkという不正(チート)が無ければリュウは下から数えた方が早いファイターだということを自覚していた。その事実を隠したままLink勝率を得、プロへの昇格試験に受けるための基準を満たして時が来るまで鍛練を積む予定だったが。

 結局この程度の腕しか自分は無いのだと、リュウは余りにも浅はかだった思考を痛感する。

 プロを目指すガンプラファイターのうち、プロになれる人間は全体の2割。そう学園でトウドウ・サキが講義を行っていた風景が思考を(よぎ)り、浮かんだのはやはり嘲笑だ。

 

 第一。

 

「ガンプラが好きって気持ちなんてもう無いのに……プロになったって楽しくないだろ……!」

 

 込み上げた独り言が熱を帯びる。

 玉のような滴が目尻に流れ、粒子が消えた公園に落ちた意味も、リュウには何も分からなかった。

 

※※※※※※

 

「あり? あれれれ? っかしいなぁ~、あたしが知ってる知識じゃ、こう頭にぶわ~っと来る筈なんだけど……。ちょっとお兄さん! 何か細工したでしょ! どういうことよ!!」

 

 (せわ)しなく揺れる橙色(だいだいいろ)の瞳がリュウを睨み、年端のいかない少女特有の甲高い声が公園に響く。

 喋っている内容も、何故怒っているのかも分からないが理解しようとも思えずにリュウは視線を金髪の少女の()へ向けた。

 

「満足かよ」

 

 ()えて短く切った言葉は挑発と自嘲(じちょう)()り混ざった声音だ。

 

「ガンプラも、バトルの腕も半端な奴を倒して満足かよ」

 

 少女の向こう、影に立つ長身の男はじっと動かずに(たたず)んでいる。

 刺すような青瞳(せきとう)はバトル前と変わらずに冷たくリュウを見据(みす)え、顔色1つ変わらない表情からは感情が読み取れない。

 ただ、確実に分かることは。

 

『────ガンプラバトルは好きか?』

 

「糞喰らえ……、大っ嫌いだ。今のが人生最後のバトルだよ、2度と……2度とやらねぇ」

 

 吐き捨てるような語尾に、男は足を1歩進める。

 外灯が照らすポカリと空いた灯り。深紫(しんし)の髪を揺らして、口元だけが照らされる。

 

「お前を見ていると、ガンプラが哀れだ」

 

「…………っ」

 

「──失望した」

 

 淡々と抑揚(よくよう)の薄い声音が、しかしリュウの心を深く(えぐ)る。

 知らない癖に。

 俺がどんな苦労をしていたか分からない癖に。

 気が付けば駆け出して男の胸ぐらを掴み上げていた。

 

「テメェに……! 俺の何が分かるんだよッッ!!?」

 

 その、あまりにも突き放した物言いに。対岸の火事の意見に。

 

「俺がっどれだけ苦労したか知らないだろ……!!? どれだけ恐かったかしらないだろッ……!! ふざけんなよ! どうして俺だったんだよ!!? 俺だって皆とガンプラしてたかったんだよ……!! なんで大して強くない俺が選ばれたんだよ!! ヒーローみたいな奴じゃなくて俺だったんだよ…………!?」

 

 男にとってその言葉は支離滅裂(めつれつ)以外の何物でもない。

 背が(わず)かに低い歳の近い少年が、意味の分からないことで激怒している、そういう風に見えている筈だ。

 しかしどうしてか。

 男がリュウを見詰める瞳の、最奥(さいおう)で小さく感情が揺れ動く様に胸ぐらを掴む腕から力が抜ける。

 

「邪魔だ」

 

「が──はぁっ!」

 

 その意識の隙間に男は足払いでリュウは地面に背中を打ち付ける。

 ぞわりと込み上げる怒りの感情で男を睨み上げるも、その上をゆく静かな憤怒(ふんぬ)の眼差しにリュウはただ歯を噛み締めるだけだ。

 睨み合う両者の視線、数秒と続いたその最中にふと男が視線を外す。見詰める先はリュウの後ろ。釣られて振り返った景色に驚きと怒りがない交ぜになった感情が瞬く間に芽生えた。

 

「リュウ……────さん」

 

 灯りがまばらに散る夜の公園で、少女の──ナナの姿が切り取られた異質のよう浮いて見えた。

 月の光に当てられ(ほの)かに光る(あわ)い白の長髪。陶磁器を思わせる触れれば壊れてしまいそうな肌に、不思議と引き込まれる蒼の瞳。

 ナナはリュウから買い与えられた黒のワンピースに身を包んで、今にも消えてしまいそうな(はかな)さを(かも)しこちらを(うかが)う様子で立っていた。

 

「今更、何の用だよナナ」

 

「……あ。わ、わたし」

 

 この期に及んで何を言いに来たのかと視線を強めれば(ひる)んで小さくなる少女にリュウはため息を大きく吐く。

 付き合いきれない。

 上体を起こし、そのまま立ち上がって男に視線を戻せば────、そこにはもう男の姿も金髪の少女も気配一つ見えなかった。

 仕方無しにもう一度溜め息をついて、リュウは振り返る。丁度良い、こちらから引導を渡すのも悪くない。

 

「リュウさんっ、私、貴方に本当に酷いことを」

 

「ナナ。俺ガンプラバトル辞めてさ、実家に帰ろうと思うんだ」

 

「えっ──」

 

 それは、最後の実験とやらが終わったときに思い至った結論だった。

 欠損(けっそん)した記憶のせいで人生の大半を捧げたガンプラバトルはもう出来ず、記憶を埋めようと新しく知識を覚えようとすると猛烈な頭痛が押し寄せてそれを拒む。

 どうやら消えた記憶に関わる事をもう一度蓄えようとすると、それが引き金に痛みを呼び起こすらしく、リュウにはもうガンプラに関連する物事を記憶するのは不可能だと理解した。

 だったら。

 

「実家に戻って、まずはそっからだな。やりたいことなんて思い付かないけど適当に探そうと思う。学園も、辞める」

 

「それはっ……、そんなことしたらエイジさんやコトハさんが悲しんで、ユナさんや、他の皆さんも────」

 

「誰のせいだと思ってんだよッッ!!?」

 

「っっ!」

 

「俺が好きでこんな考え出した訳ねぇだろ……! これしか無いんだよ! 俺がうだうだここに残ってちゃ周りの皆に迷惑かけちまう。気に掛けてくれた仲間の足を引っ張るなんて、そんな真似だけは御免(ごめん)なんだよ!!」

 

 自分で言っていて虚しさが沸いてくる。

 これが歩んできた自分のガンプラバトルの末路(まつろ)かと、余り救われない軌跡だったなと笑いすら込み上げるままに少女と相対した。

 

「ハッ、だけど良かったのかも知れねぇ。……大人になっても見合わないを目標目指すより、こうやって早くに切り上げた方がもしかしたら楽かもだろ」

 

「リュウさんッッ!!」

 

 少女の身体がリュウの正面に飛び込む。

 急な衝撃に驚くも、退けさせようと小さな肩を掴み、そこでナナの身体が感情で熱を帯びている事に気付いた。

 顔を腹元に埋め、そのまま泣きじゃくる少女の声。

 

「リュウさんはっ! ガンプラが、ガンプラバトルが大好きだったんです! それは私が一番良く知っています!! なのに、なのにぃっ……!」

 

 嫌々と、首を左右に振って少女の両手が腰に回される。

 しがみついた小さくも強い力に、リュウは言葉が出ずにその場で固まった。

 

「そんなリュウさんに酷いことを私は言わせてしまったんですっ!! 自分を責めないで下さい! その分だけわたしを責めて下さい!! リュウさんは何も、何も悪くないんですッッ────!!」

 

 嗚咽(おえつ)さえ撒き散らす少女の言葉の迫真に、リュウはそれでも嘲笑(ちょうしょう)を浮かべた。

 もう、何も信じられない。何も、手元に残って無い。

 もしかしたら少女は本当にリュウを気に掛けて──否、気に掛けているのだろう。

 それでもこんな言葉が思い付く自分は、本当にどうしようもない奴なんだなと俯瞰(ふかん)したリュウが自分自身を評価した。

 

「────そんなこと言ってよ、また騙すんだろ。殺すんだろ、俺を。この会話もリホ先生に聞こえてんだろ?」

 

 今度こそ少女の肩を掴み、引き離す。

 少し強く押した少女の身体は思いの外軽く、2歩3歩と大きく後ずさって(つい)に転ぶ。

 その姿を見て咄嗟(とっさ)にリュウは目を逸らした。やってしまったと背中を向けて拳を握る。

 リュウがそのまま歩き出すタイミングと少女の立ち上がる気配は同時。

 

「リュウさん」

 

 衣擦(きぬす)れの音が静まり返る夜の公園に聞こえた。

 その独特の響きと、寸前の少女の声がリュウの耳に残って足を()い付けて。

 

「リュウさんのガンプラ以外、わたしは何も持っていません」

 

 恥じらう素振りすら無く。

 両手に抱えるアイズガンダム。それを除いた一切を身に付けず月光の元、ぼうと光る少女の裸体が公園の闇に浮いていた。

 

「リュウさん」

 

 ヒタヒタ、と。

 靴すら脱ぎ去った少女は目尻に涙の跡を残しながら、再びリュウの身体へ力無く飛び込む。

 

「────わたしも、連れていってください。わたしが、リュウさんのこれからを支えます。もう絶対に、裏切りません。……だから」

 

 少女のか細い腕が腰を抱き、きゅっと握られる。

 見上げた夜空の、雲間の三日月。

 緩く吹き抜けた風と共にその光明が雲に隠れた。

 

「…………分かったよ」

 

 憔悴(しょうすい)しきった心が少女の言葉を(さえぎ)る。

 もう、疲れた。

 怒ろうとも拒もうとも、今の少女を見てそんな気持ちも消え失せて、少年の表情に嘲笑は既に無く、浮かんでいたのは茫然(ぼうぜん)(たたず)む1人の少年。

 他意は無く、普段やっている癖のままに、リュウの掌が泣きじゃくる少女の頭に置かれた。

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