建ち並ぶ家々の中でもとりわけ特徴があるわけでもない一角。
僅かに
カーテンは締まってるな、と泥棒のような思考に1度苦笑しポケットから鍵を取り出す。
SDにデフォルメされたキャラクターのストラップは色褪せて、不意に思い出される記憶はどれも懐かしく悪いものでもない。
「リュウさん……」
無機質とも思える声は哀れみの感情にも聞き取れて、リュウは少女に振り向くこと無く鍵を扉に刺し込んだ。
開鍵の感覚に安堵し、扉を開けた景色の、廊下へと続く玄関には靴の1つも見当たらない。
「父さんと母さんはやっぱり仕事か……。会ったら、…………ハッ。どんな、反応するんだろうな」
呟く視線の先、額縁に収められた1枚の写真が目に映る。
満面の笑みでガンプラを両手に掲げた少年の写真。両隣でしゃがみカメラへピースを送る両親の姿は若く、写真の端に記された2035の文字は10年前の物である事を示していた。
浴衣姿と背景から考えるに夏祭りだろうか。その記憶を、立ち尽くすリュウは持ち合わせていない。
「………………っ」
その一瞬
淡い下唇を噛み締め、足取り重く廊下へ歩む少年の後を、少女はただ付いていく。
※※※※※※※
暮れなずむ夕焼けが窓から射し込んで、仄かに暖かな夕陽を瞼の上から自覚する。
倦怠感のまま緩く目を開けば向かいの姿鏡が視界に入り、やつれた顔と隈の見える目元にようやく自身の健康状態をふと自覚した。ここ最近まともに睡眠を摂れておらず、ある意味肩の荷が降りたこの状況に心が緩んだのか、自室に入るや否やベッドに倒れていたようだ。
「──────」
目を閉じれば再び意識の底に引きずりこまれるような感覚を頭を緩く振ってやり過ごし、不意に感じた自分以外の、無機質だがそれでいて微かに香る
淡い銀色の艶が窺える白亜の髪の、触れれば壊れてしまうような華奢の体躯の少女。
物悲しげな憂いに染まる
視線の先はバラバラのガンプラだ。
萌煌学園に向かう前夜まで弄り結局構想も練られずに放置された、リュウの工作センスの無さがそのまま形取られたガンプラ────アイズガンダム。
「酷いもんだろ、それ」
リュウの声に少女は振り返る事無く頭を横に振る。
「そんな事無いです。ガンプラの事は……私は何も分かりませんが、沢山の工夫とアイデアが見て取れます……」
そう言って身体を向ける少女の、意を決した顔。
1歩リュウとの距離が縮まる。
「ごめんなさい。リュウさん」
「…………何がだよ」
「私がリュウさんに行った事は、到底許される行為ではありません。けれど最後の実験の後、私がリュウさんに放った言葉を訂正させて下さい」
覚えている。
出会ってからあの瞬間まで、リュウを騙す為のものだったと言い放った言葉の数々。
「リュウさんと……、皆さんと過ごした日々は暖かく、今でも私の胸の中に在り続けています。…………そんな皆さんを否定した事を、訂正します」
「次は、なんのつもりだよ」
ぴしゃりと言い放った言葉に、頭を下げようとした少女の動きが止まる。
差し込む朱の陽射しが雲間に隠れて部屋の暗がりが深まった。
「また信じろって、俺に言うのか。この数ヵ月、俺から全部奪ったナナお前が言うのか」
「はい。言わせて下さい。今の言葉と、…………リュウさんの記憶を奪った事、許される行為ではありません」
「………………2年だよ」
「えっ?」
視線を少女から机へと変えて、釣られて少女も視線を送る。
ちぐはぐなガンプラ。左右の形状もまるで違う歪なガンプラ。
「2年間ずっとそいつを弄ってたけど、俺は結局完成させられないんだ。結局ビルダーとしても才能が無かったんだよ。────だけどもうそいつにしがみつく必要も無くなった。その機会をナナがくれたんだと、思うようにした」
在学中に培った経験と知識で改修を続けるも、必ず壁に衝突しその都度自身に限界を感じていた2年の日々。好きなのにアイデアが湧いてこないという焦りは同期が新作を作る度に強くなり、完成の目を見ること無く今日という日を迎えてしまった。
リュウにはガンプラビルダー、そしてガンプラファイターとしての才能が無く、そして
実験から短い期間で、我ながら良い思考の帰結を辿ったなとリュウは不器用に笑った。
「だから、俺のガンプラはここで終わり……なんだろうな」
「────どうしてっ、なんですか」
いつの日かリュウと購入した黒のワンピースの、手が隠れる程の袖を少女は握りしめる。
「どうして、リュウさんは自分の中で終わらせるんですか。私が全部っ悪いんですよ。私が、リュウさんの全部を奪ったんですよっ……!」
唇は
ゆっくりと動く少女の手がリュウの手に触れて、持ち上げる。
力無いリュウの腕は少女にとっては重いだろう。そんな少年の右手を少女は自身の首まで導き、握らせる。
「私を、赦さないで下さいっ」
「赦したつもりはない」
それが意味する事にリュウは気付き手を払う。
弾かれた手に視線は落ちて、少女は肩を震わせて俯いた。
「そういうところが……っ、私にとって、一番辛いんです……!」
リュウは少女を憎んでいる。
だがそれ以上にリュウは、ナナという少女が哀れにも思えた。
実験に関わった人間としてナナとリホの関係は切っても切り離せない、恐らくはナナがこの場にいるという状況が少女にとってリスクある行動だとリュウは察していた。
そこまでして、一緒に居たいのかと。リュウは少女を赦すつもりは無く、そんな相手に付き添う少女が哀れに思えて仕方がなかった。
「俺は、これから好きなように生きる。そして、俺からナナに関与しない。学園都市に帰るなりそっちも好きにしろ」
「…………は、い」
歯切れの悪い返事は
それ以上の思考を閉ざしてリュウは身体をベッドに預ける。ナナについて深く考えれば考えるほど
そんな中、ふと。
階段を思い切り掛け上がってくる足音に意識が無理矢理覚醒される。
一直線に音はリュウの部屋の前へ止まり、数拍を置いてコンコン、と。直前の動作とは裏腹に何故か慎ましやかなノックが部屋に響く。
返事をしようと、緩やかなに上体を起こして1度咳払いを────。
「リュウ君お帰りぃ~~!! 何だよ帰るならパパに一言連絡してくれよぉ~~~~っっ!! ご飯にする? お風呂にする? それとも……………………パパとガンプラバトルするッッ!!?」
こちらの返しを待たないまま勢い良く開かれた扉の向こうに、スーツ姿の男性が謎のポーズを決めながら立っていた。
気だるそうなリュウと、部屋の中央で無機質に扉の男性を見詰める少女の視線に、男性の動きが硬直する。
「──マッ……」
「…………は?」
「──────ママぁ~ッッ! リュウ君が女の子連れてきたよぉ~~~~!! 学園都市から女の子お持ち帰ってきたぁ~~~~!!」