「何だよリュウ君、家に帰ってくるなら連絡くれよぉ~。帰ってくる日が分かってたらもっとご馳走を振る舞えたのに。あ、キミはコーヒーじゃなくてココアの方が良いね」
手際良く注がれたココアの優しく甘い香りが室内を満たすも、ナナは置かれたカップに手を付けようとはしない。
1度、2度とリュウと男性を見比べて、結果少女の思考が疑問で埋まる。
スーツ姿の男性。リュウに比べると多少明るい
「リュウさんの、……その、…………お父様、なんですか……?」
「なんで疑問系なのかは分からないんだけど、はいそうだとも。僕がリュウの頼れる父親、タツヤ・タチバナだ。初めましてお嬢さん」
何故か白く輝く歯を強調し微笑み掛けてくるタツヤにナナは理由知れぬ困惑を覚えるが、ナナが抱く疑念はそこではない。
他者との関わりをあまり行わないリュウに比べると、目の前の男性が放つ人柄、というものは少女の目からしても掛け離れているように思えた。
恐る恐るカップに口付け、程よい温度のココアを飲みながら少女はそんな事を思う。
「似てないだろ。俺と、親父」
「そんな事言わないでよリュウ君~~~!! 心なしか少し刺々しくない!? もうほら、大好きな父親に甘えろ! このっ! このっ!」
「ウザいウザいウザい」
「あはぁ~~んっっ!!? ウザいのジェットストリームアタック、リュウ君のそれを久し振りに聞けただけでパパ満足っ!」
擦り付けられた頬を本当に嫌そうな顔でリュウが手で退ける。
対するタツヤは、テーブルの席に着いてから1回も目を合わせないリュウの手前にコーヒーを差し出し、それを満面の笑みで見守る。
そんな、離れた人柄同士の掛け合い見て。
「で? リュウ君。この可愛らしい女の子は誰なんだよ~。まさか萌煌学園初等部か!? いけない、それは犯罪だよリュウ君! パパはリュウ君をロリコンに育てた覚えは無いよッッ!!」
「…………」
「息子のキツい無言もまた良しッッ!!」
そういえばと。
タツヤに対して自らの名前を伝えていない事に少女は気付き、それがマナー違反に該当する物だと自覚し男性を見詰める。
「わ、私はナナと言われ…………、ナナと言います。その、リュウさんとはっ……」
ここで言葉に詰まってしまった。
リュウとの詳細な間柄を言うのは違うと、必死に記憶から最適な返答を探す。
そして1つだけ。
過去にリュウがナナとの間柄を説明したときの記憶を思い出して、少女はハッキリとタツヤに伝えた。
「────私は、…………リュウさんの父方の遠い親戚で最近まで海外に住んでいたのですが、祖父の他界によって学園都市への移住がうやむやになりそうなところをリュウさんに引き取ってもらった…………ナナと言いますっ」
一息で話した身体が仄かに熱を帯び、その火照る顔の熱とは対照的に。
暗く無表情のリュウの眉がピクリと動き、タツヤが何かを察した顔でリュウに横目を向ける。
視線に晒されたリュウが自らの顔を片手で覆うのを、少女は理由知らぬまま眺めていた。
※※※※※※※
『どうやらママの仕事が立て込んでるみたいで帰りが明日の朝になるみたいだ。リュウ君が帰ってるって言ったら、ママ喜んでたよ』
そう言ってタツヤは仕事帰りの少しやつれた顔のまま着替えた後、今晩の夕飯の買い物へ。
リビングにはリュウとナナが残り、再び
春に学園へ行く頃には置いてなかった上質なソファは寮の物とは格別の座り心地で、慌ただしかった心が幾らか安らいだ。
「リュウさん、その……」
対角線上にあるもう1つのソファの端に座るナナが、ここ最近変わらない申し訳なさそうな顔で呟く。
「ガンプラを辞める事は、今日の夜に伝えるんですか?」
少女の手元に置いてあるカップの中身はとうに熱を無くし、淀んだ液体をリュウはぼんやりと見詰める。
「いや、親父と母さんが一緒に居る時に話す。伝えるのは同時の方が色々楽だと思うから」
そう言って同じように冷えたカップへ口を付けた。
なんて、言われるのだろうか。
人並みに生まれ、人並みに生きて、そんな人間が日本トップレベルのガンプラ専門教育機関である萌煌学園に進学すると言って、そんなリュウを両親はひたすらに応援してくれた。
誉められるような成績で無くても一緒になって悩んでくれたりして、その上学費も両親が負担をしてくれている。
胸を張って自慢できる両親と比べて、親不孝者の何者でも無い自分。
申し訳無さに膝へ置いた拳が強められた。
「まずは、……今後俺が何をするか考えよう。……就職するか、全く違う職種を勉強するか」
闇に放られた気分だった。
幼い頃から続けていたであろうガンプラ、プロがダメだった際はそれに関連する仕事へ就くのだと妄想を膨らませていた時期があったが、現状は想像と全く違う。
「私は、リュウさんに付いていきます。これからずっと、サポートさせてください」
思考していた言葉が意図せず漏れていたようで、その言葉にナナが
「私はもう、リュウさんを裏切りません。この命、今度はリュウさんに使います」
どの口が言うのかと、一瞬白けた感情をリュウは覚える。
「いちいち大袈裟なんだよ……ったく。いつでも帰って良いからな」
リュウの返答を受けて僅かに瞳が感慨に揺れる。
最小限の表現だがバレバレな少女の仕草が、思えば小動物のようだなと思考の隅で1人納得した。
……とは、言ったものの。
「さて、何て言うかな……」
学園を辞める事とそれ以降どうするかを伝えなければならず、そして辞める理由も考えなければならない。
学園の人体実験に巻き込まれてガンプラに関する楽しかった記憶が消えました、なんて話はまず信じて貰える訳が無く、それの代用の理由をリュウは考えていなかった。
「けど自分のガンプラに限界を感じていたのは事実だ」
伸びしろが見えない日々、周囲と開いていく実力差。
模型としての腕前とバトルの腕前どちらも赤点に近かった事は両親に伝えておらず、それを言えば良いかと両手を頭の後ろに組んで身体を後ろへ倒す。
そこへ。
『ピンポーン』
と来客を告げるインターホンの鐘が鳴り、上体を起こす。
「親父か? 出ていってまだそんなに経ってねぇよな……?」
『ピンポーン』
急かすよう押されるチャイムにややあってインターホンの前へ立つ。
もしかしたら父親が前もって何かを注文した可能性もある、そう思って玄関先のカメラの映像をモニタに投影させた。
「はい、タチバナですけど」
『あら?』
その表示された画面をきちんと把握せずに答えた事をリュウは呪った。
画面越しからでも伝わる鋭い目付きに、自身と同じ暗い
跳ね上がったこちらの心臓を知る由もない母が、含んだ笑みを浮かべてカメラをじっと見詰めた。
『おかえりなさい。……帰ってきたのね? リュウ』