ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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5章5話『こえのおしごと』

 口を必要以上に開かず、しきりに小さな唸りをあげる少年。

 数か月振りに会うのだというが、再会の言葉すら無しに台所へ着く少年の母親。

 

 少女にはそんな彼らの距離感が不思議だった。

 

「急いでたから鍵を家に忘れてしまってね、助かったわリュウ。……ほら会社前にこんなの買ったのよ」と高級感のある黒の包みに入ったチョコレートを差し出し「夕飯前に渡すなよ」と言いながらそれを口に入れる少年。

 顔を合わせて初めての会話は唐突に始まって終わり、少女は得体の知れない感慨のような物を覚える。

 

 言葉を交わしていないのに、どこか暖かいやりとり。

 

 胸に手を当てリュウから奪った記憶を振り返ると、似たようなケースに親友であるエイジやコトハとの触れ合いが見受けられた。言葉を交わさずとも心がどこか通じあっているやり取りの、聞こえた言葉だけ切り取れば支離滅裂に感じるも端から見れば信頼しあっているのだと一目で理解ができる挙動の数々。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うべきか。

 

 ナナはそれを暖かいと思うと同時に、胸へ伝う冷たい感情を覚える。

 形容出来ないそれは、何故か痛くて。

 しかし直ぐに納得がいった。

 ……あぁ、これは。

 ゾンネゲルデと戦闘する前に見えた、リュウの記憶の中のコトハへ抱いた()()()

 

 何故自分が、リュウとその母親を見てそんな事を思ってしまうのかが不思議で、でも答えは無くて。

 きゅっ、と。胸に添えられた手を握る事しか出来なかった。

 

※※※※※※※

 

「貴女、アニメは見るの?」

 

 台所からこちらへ背を向けたまま母が少女に首だけ向ける。

 先程貰ったチョコレートの甘い残り香をコーヒーで流し込み、少女の名前を聞くよりも前にそんな事を聞くのかと、リュウは半ば呆れながら半目で会話を聞き流す。

 

「あ、その。以前は、リュウさんと一緒に見ていましたが、……最近はその」

 

「リュウの事だからガンダムしか見せないでしょ、あの人に似たのね。……なら丁度良いわ」

 

 そう言って台所からテレビのリモコンを操作し予約表へ。

 ところで2045年になってテレビも進化したらしいが、メーカー側があらゆる機能の利便性の向上を図った結果リモコン操作の採用を決定したという本末転倒な話を、以前父から聞かされたなとコーヒーを飲みながらリュウは思い出す。

 テレビの画面が切り替わり、急に深夜放送される美少女アニメが流された。

 

「『24時間耐久模型テレビ、表面処理は地球を救う』……、あの、これは?」

 

「良いからテレビ見てなさい」

 

 30分のアニメなのに何故24時間耐久模型テレビなのか、リュウは下らないなと思いながらもカップに再び口を添えた。

 

『あわわっっ! 昨夜徹夜でガンプラバトルしてしまったせいで寝惚けてたのか、私っ! ずっと400番と600番での表面処理を繰り返していたみたいっ! 私のばかっ!』

『フッ、困っているようだな』

『この声はっ……! 不眠不休で模型をしていたら過労死してしまった部長!?』

『時間が無いようだが、忘れたのか? 俺とお前が修行した、感謝の表面処理1万回。それを思い出すんだ』

『あんなことっ、今やったって何の意味もっ』

『意味ならある。修行の成果今こそ見せてみろ。今のお前の表面処理は音をも置き去りにする』

 

「…………なんだこれ」

 

「あら知らないのリュウ? この後光速を越えた表面処理によって時間が乱れて過去の自分と主人公が対決するのよ」

 

 自分がアニメを見ていなかった間にこんなヤバイ代物が世に蔓延っていたのかとリュウは目眩を覚えつつ、乗り出していた上体をソファへ戻す。

 

「リュウさんの、お母さん。その、何故これを私に?」

 

「この主人公の声ね、私なの」

 

「声が、私………………」

 

「私が声なの」

 

「リュウさんのお母さんが…………声? あの、なら私の目の前に居られるのは……どなたなのでしょう…………?」

 

「ちょっとリュウ。貴方こんな可愛い子どこで拾ってきたの」

 

 冷然な印象のままの表情で、家族にしか分からないような声の微かな上ずりのまま母が上機嫌な声を上げる。

 昔から変わらない、何を考えているのかよく分からない冷とした表情。どうして父のような対極の性格同士が結婚したのか分からない事情に改めてリュウは腕を組む。

 

「紹介が遅れたわね、私の名前はキョウカ・タチバナ。からかってごめんなさい。私、声の仕事をやっているの」

 

「声の、お仕事? ……あの、リュウさん、声のお仕事とは……?」

 

「声優って聞いたことあるか? 要はアニメのキャラに母さんが声を当ててそれを仕事にしているんだよ」

 

「………………???」

 

 完全に硬直した少女が大きな瞳だけをリュウへと向ける。

 恐らく脳の許容を越えたのか、初めて見たそんな少女の挙動にリュウも困惑した。

 何か、説明が間違っていたのだろうか。

 

「リュウさん。アニメは、この世界のどこかで起きている事を色んな場所に伝えている映像では無いの、ですか?」

 

「……ナナ、そこだけは謝らせてくれ。黙っていたけど、アニメは現実じゃないんだ」

 

「アニメは、現実じゃない……」

 

「アニメは、現実じゃない。……アニメじゃない」

 

「アニメじゃない……」

 

「この流れ、母さん歌った方が良いのかしら?」

 

「少し黙ってて」

 

 溜め息を1つリュウが盛大に吐く。

 母、キョウカ・タチバナは一見気難しそうな変わり映えしない表情と、その穿(うが)つような眼差しから勘違いされるが、実のところ性格は他人を弄る事に喜びを感じるタイプの人間だ。

 困惑する少女を見てクク、と喉奥で笑う母が僅かに口角を上げて少女の視線を捉える。

 

「……んっ、ごほん。『あわわっっ! 昨夜徹夜でガンプラバトルしてしまったせいで寝惚けてたのか、私っ! ずっと400番と600番での表面処理を繰り返していたみたいっ! 私のばかっ!』」

 

「リュウさんのお母さんから、アニメの声が出ました……!」

 

「今時声優を知らない子もいるのね……。どう? 凄いでしょ。これでも私、売れっ子声優なんだから」

 

 感慨に瞳を揺らす少女に、リュウは胸の奥に痛みを覚える。

 ナナと出会って数ヵ月、自分は想像以上に少女へ物事を教えず、感動を与える事をさせなかったなと憔悴(しょうすい)しきった心に後悔が募った。

 しかしそれも束の間。

 ……ナナは、俺を裏切った。

 

「………………リュウ」

 

 母の横目がリュウを捉える。

 それは他人を弄る時のような物ではなく、子供の核心を的確に突く母親としての視線。

 

「夕御飯の時、教えてね」

 

 具体的な内容を除いた言葉に、リュウはただ浅く頷くだけだ。

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