ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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1章11話『偽の善意』

「今からアンタに選択の余地を与えるわ」

 

 時間が止まる、とはこういうことなのだろう。

 研究員達の視線は全て女性へ向けられ、その女性が向ける視線の先は俺だ。女性の言葉の意味を脳内で反復し、ようやく自分がマズイ現場に遭遇してしまった事だけは何とか理解できた。

 美しい女性だった。流れるように肩まで届く濃い藍色の髪、身長は自分より若干低く、事務的な声の印象も合わさり目付きを含めた顔の印象は冷酷ささえ感じる。

 しかし唇の艶と白衣の上からでも静かに強調される恵まれたスタイルから先の冷酷さが滲むほどの妖しさを周囲に放つ女性の美貌はなるほど、俗にいう『女博士』という表現が最も当てはまった。

 

 女性が更に歩み寄りこちらを見下ろす形で口を開く。

 

「アンタ状況を理解できてる?」

 

 声を出そうとするが口の中が緊張で乾燥し、代わりに出てきたのは短い咳だ。

 1度呼吸を正し、威圧的な眼差しで見据える女性に内心怖じ気づきながらも声を張り上げる。

 

「あの子!……なにをやってるんですかここは!?」

 

「それを教えるには条件があるわ、受け入れるなら教えてあげる」

 

 間髪無く言い放つ。

 俺の言うことを予測していたと言わんばかりに言葉を並べる女性に状況の立場を理解し声を抑え返答した。

 

「……なんですか、条件って」

 

「実験に付き合ってもらうの、内容は簡単よ。ナナと接続してアウターへログインしてもらう。──あぁ、ナナってのはあそこで寝てるアレね」

 

 日常会話のように飄々と喋りながら少女を指差す。

 

「あの子と接続?」

 

「アンタはアウターギアでログインするだけでいいわ、あとはこっちで全部やるから」

 

「……条件を飲まなかったら?」

 

「この場で見た、聞いた記憶を装置で消去する。痛みが無いこと、後遺症が無いことは保証するわ、もちろんその後こちらからアンタに接触することはないわよ、この件の慰謝料も送るわ」

 

「そんなの……」

 

 矢継ぎ早に情報が送られ言いどもる。その様子を見、またもや微笑を浮かべながら予想通りと言った顔で見据える。

 

『条件を飲みます』

 

 喉から出かかった言葉だ。だが出なかった。

 この場の異様さとベッドの少女を建前に、薄汚れた馴染み深い本心を心の自分が耳元で囁いた。

 

『見なかった事にしちゃえ』

 

 意識が揺らいだ。最悪の選択だ。───だが、誰でもそうだろう。面倒事は見るのは好きだが巻き込まれるのは御免被りたい。

 もう1人の自分の言葉に反論すること無く沈黙を選んだ。

 女性は身を翻し部下に何やら指示を出し、蜘蛛の子が散るように研究者達が再び作業に取り掛かる。

 

「悪いけど実験が終わるまでここに居てちょうだい、終わったら直ぐにでもアンタを返してあげるから」

 

「……」

 

 何も言わず、言葉に従った。

 機械による記憶の操作に不信感はない。

 近年では精神病の治療法やリラクゼーションとして確立されつつある記憶の末梢及び操作は一般的だ。人格が改変されるほどの深い操作は脳の構造上行えず、あくまで記憶の表面に浮いた新しいシミのようなものを取り除くだけ。

 こんな現場、首を突っ込めば厄介事に巻き込まれるに決まっている、俺はそれ以上言うことなく入り口近くの壁に寄り掛かって実験とやらの様子を眺める。記憶が無くなるなら実験とやらを見てしまおう。

 

「で、ナナの状態は?」

 

「いつでも行けますがリンクが行えないとなると……」

 

「電力を全て回しなさいっての、今日を逃したら次は無いってこと分かってるわよね?投薬も倍よ、後の事なんて考えないで」

 

「はっはい!」

 

 女性が次々と研究者達に指示を出し、それに従いせわしなく動く男達はどこか滑稽に思えた。

 少女にアウターギアがかけられ、白い壁をスクリーン代わりに映像が投影される。その様子に女性を含めた全員が注目する。

 

「起動いくわよ!……今ッ!」

 

 女性の合図に少女の隣、一人の研究者が手に持ったボタンのような物を押す。

 同時にスクリーンには輝く星々、宇宙の様子が表示される。しかし映像にノイズが入りやがて消えてしまう。

 

「……ぅぁぁああああッッ!!」

 

 何事かと声がした方向、少女が横たわるベッドを見る。

 拘束服で抑えられながらも身を捩り目を見開き、シーツを白くか細い手で握りしめる。小さく呻きながらも何を喋っているかは聞き取れない様子は痛々しさを通り越し、見ていたこちらまで戦慄した。

 

「ちょ、ちょっと!!」

 

 意図せず声が出てしまった、これには女性も予想してなかったらしく嘆息をひとつ、見下した視線で短く告げる。

 

「今アンタに構ってる暇ないの!」

 

「いや、あの!その子苦しがってるじゃないですか!」

 

「当然よ!薬物も倍、プラフスキーウェーブも数値の想定以上で危険な状態なんだから!」

 

「だったらやめましょうよ!苦しんでるのにそれを無理矢理って、可哀想じゃないですかッ!?」

 

「ピーピー五月蝿いわね……!ガキは黙って終わるの待ってなさい、アンタにはもう関係ないんだから」

 

「ッ!」

 

 ……そうだ、俺には関係無いことだ。

 あの子が苦しがっている光景も、ここに来たことでさえこの後忘れてしまう。

 ならどうして声を出してしまったのだろうか。疑問を心に問うといつの間にか握った拳に爪が食い込み唇がわななく。

 

 答えなんてとっくに出ていた。あの少女が可哀想だからという一時の同情。

 だが条件を飲まなかった俺が抗議する立場にはない。立場には立っていないのに声だけ大きい、正にガキそのものだった。

 

「クソ……」

 

 逃げたのだ、自分に累が及ぶ事を怖れて、臆病になって。少女を見て見ぬ振りして明日を過ごそうと。

 だとしたらこの胸に刺さるトゲはなんだ。

 思考するまでもなく気付いた、──あの少女を救いたい、だが自分は安全で居たい卑怯な人間だということを。

 

「クソ……!」

 

 偽善者だと心の中の自分がこちらを指差したり嘲笑う、俺は返す言葉を持たずただただ俯いて受け入れた。

 

「安定剤急いで!……再起動はまだなの!?」

 

 こうして自問自答している間にも現場の状況は変化している。

 紫電が一瞬少女を覆うように走るがもはや少女は痛みに身を悶えることさえやめ、虚ろな目で天井を眺めるだけだ。弱々しい心電図の波形が少女の状態を偽りなく示す。

 

 ───ふと、アウターギアを持っている右手とは反対の手、左手に持ったアイズガンダムの感触が鮮明になる。

 

 寮を出るとき何故か一緒に持ち出した物だ、気が動転していたか焦っていたのだろう。

 そのアイズガンダムがこちらを見る、睨んでいるのか、物言わない眼差しが俺に何かを訴えているような気がする。

 

 ───いや、訴えているのだろう。

 

「あのッ!」

 

「五月蝿いってのガキ!」

 

 見向きもせず怒鳴る女性、その背中に再度叫ぶ、先程より大きな声で。

 

「俺が出ればその子の負担は減るんですか!?」

 

 ピタリと女性が動きを止める、それにつられ研究者達も止まり、部屋には弱々しい心電図の音だけが鳴り響く。

 

「……確認するわ、アンタ本気?」

 

「もし負担が減るなら行かせてください、そのあと記憶を消去してもらって構いません!お願いします!」

 

 叫んだ、真正面から女性に向かって。偽善者だと俺を罵った自分の幻影に向かって。

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