ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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5章11話『エスプレッソ』

 中山模型店の歴史は古く店の歴史は優に70年を越えている。

 初代店主が店を創立し2代目はその息子、3代目はそのまた息子と意図せず世襲制となった古店は地方から『個人経営店を長きに渡って切り盛りし尚繁盛を続ける伝説の模型店』という触れ込みさえ囁かれている評判だ。

 昭和、平成、令和。3つの時代を変わらぬ営業スタイルで生き抜いてきた中山模型店も、時代の多様性における個人経営店の減少という波に飲まれ経営が危うくなった時期も存在した。それでも生存競争を生き抜けた要因は一重に地域との信頼関係であり、商売をする上で決して欠かしてはいけない点を最重要視していた『初代中山模型店店長』の教えによるものだろう。

 

「いや~悪いねタチバナ君、ガンプラバトルの筐体のメンテナンスを手伝って貰って」

 

「……そりゃ、店に入るや否や青い顔した店長が涙目で立ってたら誰でも声掛けますよ」

 

 つくづく自分はガンプラバトルの事が嫌いだったんだなと、記憶を頼りに卓球台程の大きさの筐体へネジを回しながらリュウは心中悪態をつく。

 自分以上に自分を知っているであろう人間は思い付く限りリュウの中では多くない。エイジにコトハ、両親にそして店長。釈然としないがトウドウ・サキももしかしたらリュウの知り得ないリュウの一面を知っているかもしれないが、性格の捻曲がったあの教員に聞くのはどうにも気が引けた。

 

 そして思い立って中山模型店へ来てみれば白い煙を吹いている筐体の前で店長が頭を抱えており、ばったり目が合ってしまった。

 そのまま筐体ごと店裏の倉庫(バックヤード)に連れていかれ修理を頼まれたのだが、幸いにもリュウの記憶には筐体のメンテナンスの知識は残っておりこうして今手を動かしている。

 

「タチバナ君、帰ってきたんだね。おかえりなさい」

 

 一段落し汗を拭う少年の後ろから穏やかな声が掛けられる。

 ふくよかな体型、皺の跡の無い柔和な表情。頭髪が後退気味な中山模型店の店長その人だ。

 

「……帰ってきちゃいました」

 

「暫くは残るのかい? バイトを探しているのならウチはいつでも歓迎だよ。タチバナ君なら僕以上に子供達から好かれているしね」

 

 はい、と。缶コーヒーを差し出してくれた店長は笑みの中にも心配の表情が見て取れ、その変わらない親切がリュウにとってありがたかった。冷えている缶を受け取り少年は手の内で遊ばせる。

 

「店長、筐体を直した見返りなんですけど。…………今から少しだけ変な話ししていいですか」

 

「改まってなんだい。……とはいってもタチバナ君がする話しは大抵が変な事だからなぁ、僕で良ければ何でも聞くよ」

 

「ありがとうございます」

 

 そういって少年は缶コーヒーのプルタブを開ける。

 母が好きな無糖(ブラック)では無く、微糖とミルクの入ったエスプレッソ。

 

「俺、模型に関する記憶無くしちゃったんです。……店長が覚えている限りの俺の事、話してくれませんか?」

 

 笑みを形取った壮年の瞳が僅かに見開かれる。一度瞬きをし、壁に背を預けて長い溜め息がバックヤードに満ちた。

 

「君はあれか。ドッキリを仕掛けるために戻ってきたのかい」

 

「信じられない、ですよね」

 

「……いいや、信じるさ」

 

 言葉を遮られた少年がぎょっとして店長を見る。

 リュウが必死に考え選んだ言い出しの文句を即答で承諾した店長は正気なのかと訝しんだ。

 

「……勝手にこんなことを思って申し訳ないんだが、僕は君を息子のように思っている。そんな子の言うことが信じられなくてどうするのさ。……さて、どこから話そうか」

 

 年不相応な人懐っこい笑顔に今度はリュウが面を食らう。

 自分は、自覚をしていなかっただけで多くの人から支えて貰っていたんだなと店長と同じ様に壁へと背を預け、2人は暗い天井を見上げた。

 ガウンガウン、と。換気ファンの音が静かに満ちて、やがて昔話をするように店長は「それじゃ」と皮を切る。

 片手の缶を口に付けて、甘い慣れ親しんだ香りが口一杯に広がった。

 

「────この町に居た小さなヒーローの話しでもさせて貰おうかな」

 

※※※※※※※※

 

『あらカンナちゃんこんにちは、転ばないようにね』

「ソウヤ君のお母さんこんにちは! お気遣いありがとうございます!」

 

『おっほっほ、カンナちゃんや今日も元気だねぇ……。後ろの子は新しいお友達かい』

「さっちゃんのおばあちゃんもお元気そうで! 後ろの子とは今日仲良くなりました!」

 

『トリーッ! カンナ! オハヨウ! コンニチワ! コンバンワ! トリーッ!』

「アオトん家のトリーもこんにちわ。いい加減アンタ挨拶くらい安定させなさいっての」

 

 入り組んだ住宅街を右へ左へ、栗色のおさげを慌ただしく揺らしながらカンナとナナは足早に歩く。

 途中の家々から挨拶を貰うあたり目の前の少女は地域との交遊も深いようで、ナナが初めて見るインコという鳥ですら挨拶をしてくる人気さだ。

 それでいて不安だった。カンナがどのような方法で彼のガンプラについてのやる気を取り戻すのか、その内容を少女はまだ聞いていない。

 T字路に差し掛かったところで自信満々な横顔に疑問を投げ掛けた。

 

「カンナさん。あの、リュウさんと会って何をしようと考えているんですか」

 

「そんなの決まってるわ! ガンプラバトルして身体に染み付いた記憶からやる気を呼び起こすのよっ! どう? 王道でしょ」

 

「そっ……。それはいけないです! リュウさんはガンプラに関わることを思い出すと酷い痛みが……!」

 

「リュウももうすぐ大人なんだからそれくらい我慢出来るでしょ」

 

「本当に危険なんです! ……以前ガンプラバトルをした際も足取りさえふらついて、……リュウさんのあの姿を見ると、ここが痛いんです…………!」

 

 胸を押さえて立ち止まる少女にカンナも勇んでいた足を止める。

 それでも居ても立ってもいられないとばかりに道の先とナナを見比べて結った髪を揺らした。

 

「じゃあ、どうしろっていうのよ。ガンプラやってないリュウなんて、私見たくない」

 

「カンナさん……」

 

 決意を秘めた表情はしかし悲しみに愁眉を寄せて、ナナは胸のうちを晒すことを決める。

 彼と過ごす時間の中で育まれていった感情や常識。故に少女はリュウが記憶を失っている状態の説明を躊躇(ためら)っていた。安易に口外することは決して彼も望んではいない。

 それでも目の前の少女ならば、とナナは1歩カンナへ歩み寄る。

 

「今、リュウさんが抱えている問題を話します。────リュウさんは今、ガンプラに関するプラスの記憶を失っている状態なんです」

 

「は、……………………い?」

 

「カンナさんは私が知らない知識や経験を沢山持っています。……どうか私と一緒にリュウさんを救う方法を考えてくれませんか」

 

「ちょ、ちょっと待って! 何、記憶が無いって……? …………てっきり私は、リュウ兄ぃがガンプラへのやる気を無くしただけだと」

 

 言葉尻が小さくなると共にカンナの視線が下を向いていく。

 記憶喪失はフィクションの世界の造物であり、世間で暮らす人には関わりの無い単語なのだろう。

 日常生活において記憶が突然消えるなんて事はまず有り得ず、今の説明で彼女が納得してくれたのかナナには(いささ)か疑問だった。

 ────その眼を見るまでは。

 

「アンタが、それをやったっての……」

 

 ぐらりと向けられる震えた両の目。

 良かった。理解してくれたようだ。

 刺さるような憎しみの視線を真っ向から少女は受け止める。これでいい。()()()()()()()()()()()()

 彼女と出会った初めから友好な関係が結べる事なんて思い描いていない。

 幾らでも謝罪しよう、幾らでも殴られよう。罵倒の限りを甘んじて受けよう。

 

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「…………1度は命を落とした身。それを救ってくれたリュウさんに償えるのなら、私は何でもします」

 

「アンタ……なに言って」

 

「カンナさん。リュウさんを救うには貴女の力が確実に必要です。……リュウさんが模型店で残した最後の記憶、貴女の姿が鮮烈に想い描かれていました」

 

 萌煌学園へ旅立つ日の朝、リュウに抱き付いて名残を惜しんだ少女────カンナ・イブキ。

 彼女の想いならば、閉ざされたリュウの心にも光明を見出だしてくれる。そう信じて無窮(むきゅう)の白に髪を染める少女は1歩距離を近付けた。

 

「どうか私を憎んでください。あなたが過去にされた屈辱の限りを以て私を嬲って下さい。でもそれは────、全ての手を打ってからにしてくれませんか」

 

 限り無く澄んだ空色の瞳。

 想いを一心に込めて少女は向かい合う彼女と相対した。

 

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