「戦場はサイド7、レギュレーションフリー、バトル形式は乱入無しの完全な1on1……うん。今度こそ変な項目はないね」
店長がガンプラバトル筐体から投影された設定を何度も見直して、手に持った物を少年へ手渡す。
店内ショーケースに展示されていたHGリボーンズガンダム。店長自らが製作した完成品のガンプラ──らしいがリュウにはこのガンプラにまつわる記憶すら無い。それでも綺麗に塗り分けられたホワイトとライトグレー、機体各所に施された五月蝿くない程度のグリーンチップ、合わせ目が見当たらないその出来映えは記憶を無くしたリュウにしても珠玉の逸品であることが一目で理解できた。
「店長、本当に良いんですか? 俺が負けたらこのガンプラをアイツらに渡すって……」
「彼らに挑発されたんだろう? 男なら売られた喧嘩は買わないとね…………ってバトルがてんで駄目な僕が言うのは変なんだけど」
人懐っこい笑みを浮かべた店長がリュウの背中を押す。
店長はガンプラファイターではない。製作したガンプラがコンテストで賞を取ることはあっても、ガンプラバトルでは賞を取った事は1度もなく、本人もバトルには早々に見切りを付けてガンプラ製作に励んでいる。
それはそうだろう、とリュウも内心に納得していた。
ガンプラバトルが普及したのは25年前、当時既に身体が衰え始めていた人間が全く新しいガンプラでのバトルへ順応するのは厳しいと素直に思う。リアルタイムで送られてくる膨大な情報を処理しながら目の前の敵と対峙するというのはそれだけ脳に負荷が掛かり、当時モデラーとしてガンプラを弄っていた人間の中でガンプラファイターも兼ねている割合は5割にも満たないと聞いたことがある。
だからこそ、手の内にあるリボーンズガンダムが重かった。
モデラーとして名を馳せながらもガンプラバトルの適正が無く、それでも一心に作り続けた店長のガンプラ。当時肩を並べていたモデラーの中にはガンプラバトルの適正があり今尚現役のプロさえ存在する中、ガンダムへの愛情を曇らせず製作したガンプラの1機。
そして、リュウがリボーンズガンダム系統しか使えないという事を知った上で差し出してくれたその配慮が何よりも暖かく、重かった。
「バトルが出来ない僕の代わりに、ね」
投げ掛けられた言葉が胸を射つ。
店長は信じているのだ。ガンプラバトルの記憶の大半が消えた自分が勝つという奇跡を。そして、何らかの要因で
リボーンズガンダムを筐体へセットすると、筐体を挟んでの対面から口笛が響く。
「めちゃくちゃ良いガンプラじゃねぇか。なんだぁ、あのガンプラ。……知ってるかあれ?」
「00に出てきそうな見た目だけど、俺ガンダム見たことねぇからなぁ~」
「知らなくても別に良くね? ……そうだ、アレ売ろうぜ! あの出来ならすげぇ稼げると思うんだ」
口々に呟かれる無自覚な侮辱にリュウは下唇を噛む。──自分もアイツらと同じだ。
作品に対する理解を除けばガンプラに対する無知は同じで、実験が終わったあの夜リュウはガンプラバトルに絶望し今日は模型に関する道具全てを捨てた。
あと1歩で自分はたちまち目の前の連中と同じに成り果てるだろう、そう思えて仕方がなかった。
「準備は出来た。……いつでもいいぜ」
「やる気満々じゃん。いいね、燃えるなぁ。……そういえば疑問なんだけど、さ。君強いの?」
あからさまな挑発をリュウは嘲りの視線で返す。
『今に分かる』と、言外に言葉を仄めかした。
「おっ、お前らなんかにリュウが負ける訳ないだろっ! リュウは萌煌学園3年生で、プロを目指してるんだっ!」
ありったけの声で男達に反抗したのはソウヤだ。
少年の叫びを受けて男達は一瞬身体を硬直させ、リュウの顔を舐め回すように観察をした後、やがて破顔した。
……理解が出来なかった、と同時に理解出来た事があった。
男達がソウヤに要求した内容はガンプラの理不尽な譲渡の要求。
学園へ旅立つ当日、助けを求める少年の瞳。
「君アレか、────あの時尻尾巻いて逃げ出した負け犬か」
横っ面を叩かれた錯覚を覚えた。
頭に覚える激痛は稲妻の如く走り、助けられなかった少年の瞳が、悲痛に満ちたあの目がリュウの心を覆い尽くす。
理解出来た。
目の前のコイツは、
「──────っつぅ!!? 痛ッッ!!」
途端、頭蓋の中が掻き回される幻痛にリュウはその場で崩れ落ちる。頭を抱える手は頭髪をぶちぶちと引き抜き、痛みの中に見える物は何も出来なかった自分の姿だ。
頭が割れていく感覚に少年は床に倒れ込む。
「タチバナ君!!? おいっ大丈夫かいっ!? おいっ!!」
「なんかヤベーぞ、どうすんだこのバトル」
「俺達の勝ちで良くね? 不戦勝っしょ」
「おぉい店長さん。ヒヒッ、どうすんだよこの試合、まだバトル待った方が良いのかぁ?」
「持っていけ! それでさっさと帰ってくれ! ……おいっ! タチバナ君!!?」
耳に入る言葉が全て暴音にしか聞こえず、意識がやがて薄らいでいく。
頭痛に耐え続けた結果なのかな、と。リュウは痛みの波のなかふとそんな事を思った。
今朝から続いた痛みを押して店長から話を聞いて、その上でトラウマにも近い出来事の元凶の出現に、脳が許容を越えたのだと視界が暗闇に染まりながら察する。
男達の嘲笑も店長の声も、ソウヤの泣き声も、全てが暗闇に落ちていった。