ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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5章14話『1人で抱え込むあなたは』

 嗜虐の笑みだった。

 倫理観のタガが外れ、自分よりも弱い者に暴力を振るい愉悦を見出だす狂喜の瞳だった。

 

 腹に背中に顔に。数人掛かりで抵抗してこない相手をなぶり、唾の1つでも引っ掛けて帰ろうとした集団のリーダーの顔に影が落ちる。

 今まで1度も反抗をしてこなかった相手からの攻撃。子供が持つには少し重い、拳と比べて多少大きな岩と呼べる塊。その鋭い先端が額に突き刺さる瞬間、しかし相手の手が止まった。

 

 対して少年も理解が出来なかった。

 何故自分の動きが止まっているのか、目の前の憎い相手が先程までの自分のように倒れていないのか。

 疑問に感じて見上げると、少年の腕を誰かが掴んでいる。優しく、けれど強く。握る掌から伝わる暖かさに少年の力も次第に抜けていく。

 

 目の前の少年達は突然曝された命の危機に後退り、口々に去り文句を言って逃げていくその背中を、少年は呆然とした面持ちで見送っていた。

 握る拳から岩がこぼれ落ち、次の瞬間に少年は泣いた。ありったけの声を上げて、何故泣いているのかさえ自覚しないまま泣きわめいた。

 自分が何をしようとしていたのか理解するのが怖くて、自らの浅ましさを少年は嘆く。

 

 少年の頭に手が添えられた。傷ついた動物を宥めるように、そっと触れられた大きな手にようやく少年は振り返る。

 逆光で見えない大きな背丈。彼の顔が少年と同じ高さまで下がる。

 

『────君は強い』

 

『────手段を知らないだけだ』

 

 笑ったのだろう。未だ全貌の見えない顔に少年はようやく自覚した。

 これは夢だと。悪夢の続きなのだと。

 気付いた瞬間、意識が急激に遠ざかる。声を発しようとももがくことしか出来ず、目の前の相手が言っている事が何も聞き取れない。

 

 ────必ず、会いに行きます。

 

 そう、万感の想いを込めて夢の終わりを待つしかなかった。

 世界に帳が下り、リュウ・タチバナは夢から目覚める。

 

※※※※※※※

 

「あ、起きた」

 

 頭上からの声に少年はしばし瞬いてから目を開ける。

 視界へ入ってきたのは『中山模型店』事務室の天井と、余り会いたくはなかった少女の顔だった。

 

「カン……ナ」

 

「大丈夫? まだ頭とか痛くない? 私としてはまだリュウが寝ていても良いんだけど」

 

 言っている意味が分からず少年が頭をあげようとし、そこで気付いた。──どうして自分より上にカンナが居るのか、こうまでして距離が近いのか。

 後頭部に感じる温もりを、しかしリュウは上半身をゆるりと起こし周囲の状況を確認する。

 事務室には机を前に椅子へ座っている店長とカンナと、手を握っている少女がリュウへ視線を送っていた。

 

「ナナはどうしてここに……」

 

「カンナさんと、その。話すことがありまして『中山模型店』へ向かったところ倒れているリュウさんを見付けて……」

 

「丁度あの柄の悪い奴等が帰った後よ。リュウがソウヤを守ってくれたんだよね、ありがとう」

 

「守ってなんかない……。ごめんなさい店長。その、ガンプラを」

 

「気にしないでくれよ。無くなった物は作れば良いし、リボーンズガンダムもかれこれ10年くらい前に作った奴だ、そろそろ交換しようと思っていたし僕はなんともないさ」

 

 目を伏せるリュウに店長は両手を上げて気丈に振る舞う。

 ──申し訳無さで胸が詰まりそうだった。

 自分を信じてガンプラを掛けた店長の期待を全て放り、その上あんな連中から暴言を好きに吐かせてしまった自分の弱さが何よりも悔しい。

 拳を握り締める背後、小さく聞こえた嗚咽にリュウは振り返る。

 栗色のおさげを震わし、キツく睨む両目いっぱいに溜めた涙が今にも溢れる寸前だった。

 

「カン…………────」

 

「どうしていつも自分だけが悪いみたいな顔するのよっ!? あの場には私も居なかった、なら私だって悪いじゃないっ!! それを、リュウ兄ぃはいっつも自分のせいだって言って!! なんで私達にも責任をくれないのよっ!? どうしてそんな背負い込むのよッッ!! …………リュウ兄ぃ、ガンプラバトルもう出来ないんでしょッッ!! だったら前もって誰かを頼ってよッッ!!」

 

「……っ、聞いたのか」

 

「全部聞いたわよっ! ナナさんがリュウを裏切って、そのせいで大好きなガンプラが出来なくなっちゃったんでしょ!! ……好きだったガンプラの記憶を……っ、忘れちゃったんでしょ!!?」

 

 叫ぶままリュウを上半身で抱き締め、少女の涙が少年の髪を濡らす。

 ナナが事情を話したのかと思うと同時、拳に両手が添えられて、僅かに震えている小さな手のひらにリュウは察した。

 ────ナナは本気で自分を気に掛けてくれている。

 カンナに事情を話したのなら、彼女はまずナナに対して酷い怒りを覚えることは容易に想像が出来る。その上でナナは恐らく「事情を受け入れてくれ」と頼んだのだろう。リュウが記憶を失ったことへの責任を感じながら。

 

「ごめん。俺が馬鹿だった」

 

 しかしそれは、きちんと自分が町に帰ってきて説明すれば良い話だった。今日店長が理解してくれたようにカンナだって信じてくれた筈だ。しかしリュウは後ろめたさを盾に逃げることだけを考えてナナに余計な心の傷を負わせてしまった。

 自分の保身しか考えていなかった結果が今日のこの現状だとリュウは胸に刻む。

 

 カンナは言った。────どうしていつも自分だけが悪いみたいな顔をするのか、と。

 それは違う。リュウは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これがリュウの行動理念の1つであり今まで立ち回ってきた生き方だ。

 他人を頼ればその分自分が失敗した時の反感が大きくなる。その事を恐れリュウは他人を頼る事はせず、他人からは頼っていると見えている時でも、それは()()()()()()()()()()()()

 

 リュウはガンプラバトルが弱い。萌煌学園ではガンプラバトルが全てにおいて重く、弱い者に意見は無かった。リュウが負ければ地元や子供達が批判中傷の対象となり、だからのらりくらりとガンプラバトルを行う環境から逃げてそしりが来ない環境だけでバトルを続けてきた。

 負け続ければカンナや店長、両親にも自分の戦績は耳に入り、それで失望させてしまうことが何よりも怖かった。

 

 ──けれど、それは大きな勘違いだったのだろう。

 

 彼らは、()()()()()()()()()()()()()()()。浅ましい損得の感情ではなく、全身全霊の信頼を以て励まして応援してくれる。公園で殴りあったエイジ、大会明けというのに真っ先に来てくれたコトハ。

 見ないようにしてきた。その上で失望されることが嫌だったから。

 けれど町に帰ってきて、どれだけの人間から支えられているかを知り恵まれているかを悟った。

 自分だけを守るのは、…………終わりで良いんじゃないか? 

 

「カンナ。そろそろ離してくれないか」

 

「やだ、離さない。心配掛けたんだからもう少しこのままにさせなさいよ」

 

「……カンナ、今小学何年生だ」

 

「6年よ。リュウ兄ぃが集めた子供の中で一番お姉さんなんだから」

 

「そうかそうか6年生か……いやどうりで、結構成長してるんだな。しっかり柔らかいこの────オッゴッッ!!?」

 

「ばっばっばっ…………馬鹿じゃないのッッ!!? ガノタの上にロリコンとか最悪なんだけどっ!!? 死ねっ!!」

 

 ズバン! とこめかみへ突き刺さったハイキックにリュウが床に叩き付けられる。

 赤面して上半身を両腕で隠すカンナ、きょとんとしたナナと店長を見渡して少年は立ち上がった。

 

「────俺はこの先、ガンプラもガンダムも嫌いになるかもしれない。学園も正直辞めようかと思っている」

 

 思い出すだけで痛みが湧いてくるこの症状を持っている以上、安静に暮らすにはガンダムから切り離した生活を送るしかない。辺境に引っ越してそういった物とは関わりのない仕事に就く事が恐らく最も安定した道だと、リュウが家に帰ってから思考した答えがこれだった。

 

「それでも確かめたいことが1つだけあるんだ、現実から逃げるのはその後でも構わない」

 

 望みも薄い上に知ってどうなる、といった内容だった。

 けれど()()は、続きの見えない悪夢の先に繋がっている事が明確で。

 

「もしまた俺がガンプラに帰ってきたら、その時はこれまで以上に頼らせてくれ。────俺はもう、逃げないから」

 

 リュウの言葉に事務所の空気が沈黙する。

 学園を辞める発言は流石に事が大きすぎたかと内心焦る少年の横顔に、壮年の穏やかな言葉が掛けられた。

 

「ガンプラ関係無くいつでも頼りにしてくれよ。君が一息つける場所くらいは提供出来ると思うからさ」

 

 次は両手を腰に添えて胸を張る少女から。

 

「まぁ? リュウだけじゃ手に負えない問題があったらいつでも言いなさい。私たち全員で対処してあげる」

 

 最後は傍らで子細を見守っていた、あの夜に手を取った少女から。

 

「私は、リュウさんに付いていきます」

 

 そう言った各々の面持ちは笑顔で、リュウの自信もより強固な物となる。

 だから、まずはカンナに()()()()()()()()()()()()

 

「カンナ、じゃあ早速今の言葉にあやかって頼りにさせて貰いたいんだけど」

 

「勿論良いわよ。私が出来ることなら解決してみせるわ。────あっ、でも……その」

 

 濁された言葉尻にリュウは小首を傾げる。

 少女は赤面した表情を虚空にさ迷わせ、リュウから視線を逸らしておさげを弄った。

 

「さっきみたいなのは、ダメだから……」

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