住宅街へと暮れなずむ夕焼けに影を落として、少年と少女は同じ方向へと歩く。
傍らの、胸元までの身長の少女の顔はかつての無表情ではなく、彫刻めいた空色の瞳はしっかりと意思を宿して少年の隣を歩き、一方の少年の表情にも陰りは覗いていない。それとなく歩幅を少女に合わせて進む少年と、それに潜めて気付いている少女の顔はどこか嬉しげで、つぶさに彼の横顔を窺っては夕陽の逆光と重なり目をしかめる。
「ナナ、俺は……。心のどこかで、ガンプラバトルをもう一度やりたいって思ってるんだ」
彼方に浮かぶ一番星を仰ぎながら少年は独白をする。
「この町に帰ってきて思い出したんだ。俺は色んな人から支えられていて、色んな人から信頼されている事に気が付いて。だけど俺は、それが怖かったんだ。…………いつかそんな人達が俺の狡さに気付いて失望してしまうことが。……エイジやコトハとか、俺なんかよりも強くてすげぇ奴等が俺を対等に扱ってさ、嬉しいって思う反面たまらなく恐かったんだ」
そんな事はない、と少女は声を大にして口に出したかった。
少年の魅力はガンプラバトルの腕なんて微塵に霞むようなものだと、ナナはカンナに出会ってその気持ちを確信へと変えた。
それでも彼にはもう、意見はしない。
少年自身が自分の強みを自覚しなければ始まらない気がして、故にナナは彼の横顔を見守った。
「今まではそう思ってたけど、今は違う。────俺は強くなって
「カンナさん達のこと、ですね」
「あぁ。アイツらの事を勝手に面倒見た俺がいじけてガンプラバトルを辞めたりなんてしたら無責任にも程がある。店長もガキ達も陰で俺のことおちょくって『ヒーロー』って呼んでたんだよ。……もし俺に記憶が戻ったら、もう一度ガンプラをやり直したいんだ。アイツらにカッコいいところ、見してやりてぇんだ」
だから、と続けて少年の顔が少女へと向く。
視線は地面へと落とされ、神妙な面持ちでリュウは続けた。
「酷いこと、沢山言っちまった。アイツらと同じ年の女の子に最低な真似を何回もやっちまった。…………ごめん」
「リュウさん……」
「その上で頼みたい事がある。────ナナ、俺の記憶を戻す助けをして貰えないか」
立ち止まり、深々とリュウは頭を下げた。
実験が終わったあの夜から続いた少女への態度。事情が事情だが、言い過ぎたと少年は振り返って確かに思う。──こんなことを他でもないナナへ言うのはそれこそ卑怯だし虫が良すぎるが、少女の助けが無ければ記憶を取り戻す事は恐らく出来ない。
しばらく時間が過ぎて、リュウは苦笑を浮かべながら顔を上げた。断られればそれまで。その決心は既に済ませてある。
「──────っっ」
目を見開いて硬直したまま、美しく透明な滴が両の目から伝って落ちる。胸に手を添えた少女は数度瞬いて、声を圧し殺しながら俯いた。
「ナナ……?」
「私なんかがっ……リュウさんの助けになれるんですか…………?」
夕陽に艶めく淡い白の髪で表情を隠し、手の甲で涙を拭いながら少女は確認する。
「あぁ。絶対なる」
「……初めてなんですっ。私がちゃんとリュウさんから力になってくれと頼まれたのが」
「初めて……? いや、“Link”の時なんかは俺がしょっちゅうナナに要求したけど」
「“Link”は……あの力を使うときは私がリュウさんを騙している事と同義です。それ以外で、リュウさんに求められた事が嬉しくって。────私で良ければ幾らでも力をお貸しします」
顔を上げた少女は屈託のない笑みを浮かべて、リュウはふと思う。
──少女はリュウの知りうる中で、自分の卑怯さを知っている少ない存在だ。そんな彼女だからこそ、指摘してくれるかもしれないと、厚かましいと思いながらもリュウは気が付くと言葉を口にしていた。
「良かったら……、これから俺がまた間違っている事をしたら、言ってくれないか。……ケツを蹴り飛ばしてくれないか」
「……何を言っているんですかリュウさん」
目を丸くする少年の手を少女は自分の胸元へと手繰り寄せる。
握った温もりにリュウとナナは1つの情景を想った。かつての日、手を繋いで歩いた情景が2人の脳裏に過り、互いが笑顔で向かい合う。
「──────私はこれからずっと、貴方に付いていきますよ」
少女の視線と少年の視線が交錯する。
永い数ヵ月だった、目まぐるしくも苦しい数ヵ月だった。
そのしがらみを越え晴れて対等となった2人は笑みを深めて、リュウが胸に秘めた案を口に出す。
「試したい事があるんだ、それを今から話す」
※※※※※※※
「ん?」
自宅の門を開けようとした少年が途中まで伸ばした手を止める。
家の人間が敷地に入ったのなら門は閉まっている筈だが、僅かに金属の軋みを上げながら門は全開に開かれていた。
怪訝に思うと同時、自宅奥の倉庫から聞こえた物音にリュウは傍らの少女を後ろに下がらせる。
頭に浮かんだのは昼間のチンピラ共だ、ああいった手合いが町に居るのなら盗みに入る人間が居てもおかしくはない。幸い向こうは不用心に音をあげるような人間だ、静かに接近すれば気付かれる可能性は薄いだろう。
石畳ではなく足音が立たない芝生へ忍び足を運び、壁の角から様子を窺う。すると倉庫を物色している人影が1つ見てとれた。
夕焼けからなる影で人物の子細は把握出来ないが、相手は1人。全身にアドレナリンが走る感覚に意識が熱くなり拳に力を込める。──まずは声を掛けて向こうの出方を見よう。
「おいアンタ。そこには俺の親父が集めた美少女フィギュアしか置いてないぜ。金目の物が目当てなら残念だったな」
「金目の物が無いだと!!? 君、この2018年発売のfigure-riseRABOホシノ・フミナを見ても同じことが言えるのかッ! 下手な車が1つ買える値段だぞッッ!!」
「…………父さん?」
「…………リュっっ、リュウ君!!? 家に居るんじゃなかったのか!!? どうしてここに……!」
愕然と声をあげる父親のタツヤは、次の瞬間慌ただしく倉庫へ物を隠して鍵を閉める。
近付いてきた彼の服はスーツ姿で仕事帰りということが見てとれた。
「また母さんに内緒で何か買ってきたの?」
「そうなんだよ。ハハハ、家に置くには中々に過激な物を買ってきてしまってね……。ママにバレたら絶対白い目で見られる事間違いない。────いや、それも“アリ”か?」
真顔で思案しているあたり悲しいかな。父親の精神性を察してしまう。
普段はこうなってしまうと戻ってくるのに時間が掛かるが、今は優先したい物事がある為リュウはタツヤの目を正面から見据えた。
「父さん。夕飯の時、聞きたいことがあるんだ」
「それは、リュウの今後に関わることかな?」
あっけからんと即答するタツヤにリュウは内心驚く。
やはり父親なのだと、物優しげな表情の内に覗くリュウの心を見通すような眼光にそれでも毅然として答えた。
「あぁ、すっげぇ関わる事だ」