「今更こんな確認自分でもするとは思ってなかったけど……」
そう前置きを置いたリュウは自身が腰を掛けている回転椅子をくるりと回す。
ベッドに座る少女は少年の服を着ており、背丈の合わないパーカーを先程から興味深そうに弄んでいた。
「俺はナナの
「はい。その認識で間違いないです。私とのLinkを想定した人間を
今までは関係無いと思い聞き流していた単語の意味を考える事になるとは、そう少年は腕を組んで感慨に耽る。
字の如く、接続する者。ナナとLinkする人間を指す事は容易に読み取れた。
「接続ねぇ……。ナナが俺の記憶を吸収出来たってことは、……やろうとは思わないけど逆は出来ないのか? そこんところ何か知ってるか」
少年の言葉に少女が僅かに瞠目してじっと床を見詰める。
「…………恐らく不可能です。そもそも
「そうか…………う~ん、接続者って読むけどやってることは一方的搾取だな、考えた奴のネーミングセンスどうかしてるぜ。なら、ナナが俺と繋がっている時は
自分で話して恐ろしくなった。
少女が日常生活何気なく過ごしていた所作のどこかで記憶を吸っていたのなら、過ぎた事とはいえ多少はゾッとする。
とはいえリュウには思い当たる処があるわけでもなく……。
「あります」
「あるのかよッッ!!?」
「は、はい。Linkは
「いつ!? 俺日常生活してていきなり意識飛ばす事なんて無いし、ガンプラバトルを脳内で繰り広げたりなんて…………これはやったな多分。記憶に無い俺は多分やってた」
「就寝時。つまり睡眠を摂られている状態の際は
「身体的接触って────あっ」
まざまざと思い出されたのはコトハがシンガポールの大会から帰国した朝、下着すら身に付けず抱きついていた少女の姿だ。
それから暫く続いた奇怪極まりない行動に頭を悩ませていたが、よもやそんな事情があったとはとリュウは内心胸を撫で下ろす。目の前の少女に無自覚な露出癖があったりしたら、それはそれで非常に大変だ。
「ナナ、……俺の記憶を返すことも出来ないよな?」
「申し訳ありません。1度
これも大方想像できた。
コンピュータ上でデータのやり取りを行うにあたって、入手したデータを変換した場合そのデータを持ち主に送信したとしてもコンピュータが読み取れない場合がある。例を挙げるならば情報量が増加した、バージョンが違う、そもそものデータ形式が異なっている等。
「つまり、結構詰んでるって事か」
言って、少年は苦笑した。結構ではなく相当。
飛車も角も取られた上の王手にも近い絶体絶命の状況に、リュウは顎の前に手を組んで椅子を回す。
「それでリュウさん。先程食卓でお母様とお父様が仰っていた記憶、私の中に恐らくあります」
「夏祭りの記憶か……。恐らくっていうのはどういう事だ?」
「リュウさんから頂いた記憶というものは私の中に入ると連続性が失われます。リュウさんがガンプラと共に過ごされた10年間の記憶は、私の中ではその、バラバラに記憶されているんです。時間も関係性も場所も全て……。なので夏祭りの記憶を
「悲しい顔すんなって、……その膨大な記憶とやら、俺が整理出来れば一発なんだけどな」
リュウが知りたい記憶は、ガンプラを始めた起源。そしてガンプラを好きになった起源だ。
始めた起源が夏祭りでの一目惚れなら、アイズガンダムに執着をするなにかしらの切っ掛けが存在した筈だ。それをリュウは公園での悪夢の続きと考えている。
「ナナ、俺がガンプラ思い出すとすげぇ痛いの知ってるだろ」
「それは、もちろん知っています。私とLinkして記憶を失った、代償ですよね……」
「けど頭痛もしないし明らかにガンプラと関係あって、その上大事そうな記憶が1つだけあるんだよ。この例外を見ることが出来たら……何か掴めそうなんだけどなぁ」
時系列で考えて夏祭りの後、店長が言うには秋の話だ。その数ヵ月の間にリュウは公園でアイズガンダムを壊されて、記憶に出てきた何者かに会っている。
その人物を思い出せれば
「どうしよう、ナナ」
「……1つ訪ねたいのですがリュウさん、先程言っていた作戦とは」
「逆接続作戦の事なら失敗だ……。そもそもナナが俺に記憶渡したら何かしら弊害があるんだろ?」
「考えた事はありませんが、私の記憶と感情は全てリュウさんと過ごしリュウさんの記憶を参考に構成された物です。それが消えるとなると、…………憶測ですが記憶を無くし出会って間もない頃に戻ります」
出会って間もない頃。
必要最低限のやりとりしか行わず表情と呼べる物は存在していなかったあの状態、以前の少女を思い返せば改めて違和感を感じた。あれは感情を学習していないまっさらな状態だったのか。
となるといよいよ打つ手が無い。ナナの記憶をリュウは欲しいが手段が存在せず、仮に見付けたとしてもナナは逆に記憶を無くしてしまう。これでは均衡の取れないシーソーゲームだ。
何か手は、とおもむろにポケットを探る。
着の身着のままで学園都市を抜け出したリュウが手にしていたのはスマートフォンと学園のデバイス、財布にアウターギア。それらを机へ並べると視界に入るだけで薄氷が割れていくように頭痛が芽生えてくる。
──エイジかコトハに連絡も考えたが、記憶について彼らに補助して貰えるような事は思い付かない。学園のデバイスを開いてもSNSか学園の情報だけ。
そこで思い至った。1人居る、リュウとナナの事情に詳しく状況の打開策を知っている人物が。
「リホ先生だ……! そうだ、あの人なら」
「リュウさん?」
「あの博士なら俺達よりもLinkを知っている……! 確か番号は……!」
忙しい手つきで着信履歴を遡り通話ボタンを押す。
何故初めに気が付かなかったのか、実験の場では彼女が研究員を指揮していた立場だ、実権を握っているのもリホだとすれば打開策を知っているのも彼女しか有り得ない。
『──お掛けになった電話番号は現在使われておりません』
無機質な音声が部屋に響く。
掛け間違えたのかと画面を確認しもう一度通話ボタンを押すも、再び音声が繰り返された。
「リホ先生もダメか……! 俺はもう用済みって事か」
我ながら悪くない発想に至ったと思ったがそれも不発。
残された手が思い付かず、なんとなしにアウターギアを手に持った。
非展開状態は家の鍵程の大きさの装置、学園都市の科学の結晶。
────そう、思っていた。
「は………………?」
コンパクトな動作音と共に手の内のアウターギアが展開される。耳と後頭部に装着するための特殊カーボンが装置の内側から伸びて、目元にあたる細かな基部から
手で転がしてる最中に起動ボタンでも押したかと、小さなインカムのようなそれを見回すもアウターギアの起動ボタンは一定以上の力が加わらない限り起動しない。
まさか不良品を掴まされていたのかと今更遅い文句が口の中で溢れ、電源を押しこむと先程までと同じ鍵程の大きさへと収納される。
しかしそれも束の間、再び起動されたアウターギアが今度は手の内で形を変えていった。
「な、なんだこれ? 壊れちまったのか……?」
「付けないのですか、リュウさん」
「付けてなにすんだよ、ここには
違和感を感じて振り返った。
ベッドに座る少女、まるで今の言い方だとナナが起動したような気がして少年は目を見開く。
リュウは手のひらを少女へと恐る恐る差し出すと、
「…………?」
小首を傾げる少女と連動するように再びアウターギアの電源が落ちる。
目の前で形を変えたそれと少女の動きは明らかにリンクしており、目の前で起こった現象にリュウは努めて冷静な声で聞き出した。
「ナナ、……もしかしてお前。……アウターギアを起動できるのか……?」
「恐らく……。私も、初めてです。距離に限度が設けられているようですが、プラフスキー粒子を介して起動する機器なら干渉が出来そうです……」
────リュウは最も大事なことを聞いていなかった。
実験が終了するまでの数ヵ月間の関係と括り、聞こうとも思わなかった数々の疑問。
事情があるのだと思った、苦しい過去があるのだと思った。地下の研究室で過ごしていたのも何かしらリュウの及ばない話が進んでいるのだと思っていた。
そう思考を停止していた
記憶を吸収して成長し他人のガンプラバトルの腕を達人へと昇華させるLinkというシステム、そもそも
「なぁ、ナナ」
口の渇きを異様に感じた。物音の無い室内が言い様の無い焦燥を掻き立てる。
少女に恐怖なんて物は感じない。それでも少女という存在の底知れなさをリュウは初めて認識をした。
「ナナは、何者なんだ?」