「痛みは実験が終わったら反動として恐らくアンタにくるわ、その分ナナの負担は悪くて半分、良くてそれ以上は減る。これは確実よ」
「それさえ聞ければ大丈夫です、始めて下さい」
アウターギアを装着し、少女の隣に用意してもらったベッドに横たわる。
ベッドの左に隣接する形で簡易的なバトルシステムの筐体が置かれ、デバイスに装着されたアイズガンダムが研究員の手によってアウターギアとの接続が完了する、その様子を達観的に眺めながら視線を少女へ戻す。
どうして自分でも志願したのか未だぼんやりとしか分からない、分からないがそのきっかけを隣のアイズガンダムがくれた気がする。
「起動したら意識を強く持つこと、これは絶対よ。」
「強く持たないとどうなるんですか?」
「アンタの意識がロストして最悪死ぬわね」
「死ぬ……」
『死』という単語に自分でも驚くほどに動揺しなかった。怖さを感じないわけでもない、しかしこのような特異な状況の連続で感覚が麻痺をしているのか、フィクションで見掛ける感情の大きな変化は少なくとも感じない。───だが、やがて右手に違和感を感じ手を視界へと運ぶ。小さく指先が震えていた。何故震えているのか分からない事に恐怖を感じた。手先が冷たさを帯び、唇が震えるのを抑えられず、徐々に恐怖が身体を侵食する。
何かがきっかけで爆発しそうな感情を偽善心で、今尚儚くも抗っている少女を見て必死に蓋をした。
「アドバイスとしてはね、そうね」
初めて女性が顎に手を添え、思考する様子を見せる。
やがて少しだけ笑みの表情を浮かべ小さく告げる。
「もしそのガンプラに対して思い出や絆のようなものがあるならそれを強くイメージしなさい、私から言えるのはこれだけ」
「……分かりました」
コイツとの思い出なんて腐るほどある、と端に見えるアイズガンダムを眺める。不思議と心が安らぐもので、今この状況に置いては自分にとって唯一の味方とも言える存在だ。
やがて女性が研究者達へ指示を出し、いよいよかと意識を集中する。
「アンタ、名前は?」
「へ?」
「名前は?」
突然の質問に疑問で返してしまった。
声を小さく張り、自分を鼓舞するため腹に力を入れる。
「リュウ・タチバナです!」
「タチバナ、頼んだわよ……意識を集中して!」
目を力いっぱい瞑り、アイズガンダムとの思い出。バトルの記憶、組んだときの記憶、うっかりパーツを折ってしまった記憶、次々と脳裏をよぎる。
やがてアウターギア周辺が暖かみを帯び、いよいよかと拳を握る。
「プラフスキーウェーブ数値良好……、行けるわ!電源いれて!」
「はい!1番から3番!電源入れます!」
頭に電気が走ったような刺激が走り、全身の力が抜けていく。
急激な眠気に襲われるなか、アイズガンダムとの思い出だけは意識し続けようと必死に記憶を手繰り寄せた。アイズガンダムを初めて見た記憶、忘れることが出来ない大事な情景を指でなぞるように回想し、それでも暗闇が思い出を妨げようと意識を侵略してくる。
必死に抵抗を試みるがやがて意識は黒に呑まれ、浮遊感を身体が覚えたところで記憶は完全に途絶えた。