ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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5章19話『悪夢の果てに』

 木の葉が擦れる音に蝉の声が紛れて聞こえ、一面に広がるグラウンドでは子供達が喧騒を立てながらはしゃいでいる。

 うだりを覚えるように照りつけた太陽の輝きは景色に陽炎を揺らめかせ、公園の蛇口に繋がれた大型犬が暑さに舌を垂らしながら鬼ごっこに勤しむ主人を律儀に待っていた。

 見渡す景色はセピア色に色褪せ、耳に入る物音もどこか現実感を欠いて遠い。

 立ち尽くす少年はようやく自分が置かれている環境に気付き、慌てて自身の身体を確かめるように手であちこちを触る。

 

「部屋の服のまんまだ……。しかもここ公園じゃねぇか? 電脳世界(アウター)にこんなエリアある筈無いよな……?」

 

 リュウの格好は部屋で過ごしていた物と変わっておらず、電脳世界(アウター)におけるメニューバーを展開する動作──右手を水平に振りかざすも投影画面(ホロウィンドウ)は現れない。

 だとするなら、紛れもなく()()()()()()()()()()。経緯こそ不明だが部屋でのログインによってここへ繋がっている状態らしい。メニューバーからログアウトが出来ない以上、いつまでログインしているのか、いつログアウトされるのかが予想も出来ないが、ここが自身の夢である以上()()()()()()()()()()()()()()

 

「────リュウ、さん?」

 

「ナナ……!? なんでここに……!」

 

 鈴の音の声に振り返ると見知った少女が忽然(こつぜん)と立っていた。白銀の淡い髪を腰まで伸ばし、透き通る空色の瞳を見間違える事は無い。

 少女も置かれた事態を把握していないようで、周囲を確認した後にリュウの傍らへ添うよう距離が近付く。

 

「ここは一体……」

 

「俺の夢だ。……見届けられなかった悪夢の続きだ」

 

 証拠もないが少年は確信していた。

 これが何かの巡り合わせなのなら、確実にこの世界は悪夢の延長線上の世界だ。

 

「……“生きるアウターギア”、か」

 

「リュウさん?」

 

「ナナが俺をここに連れてきてくれたんだろうな。ありがとう」

 

 頭を撫でられる少女は嬉しそうに目を瞑って受け入れて、ひとしきり絹のような手触りを堪能した後に少年は口を開く。

 

「気付いたかナナ。こんだけ暑そうな景色なのに何も気温を感じない。木が揺れても風を感じない」

 

「不思議ですね。太陽を見上げても眩しいと思わないです。……それでも」

 

 そう言って少年を見上げた少女は1歩近付いて、小さな手がそっとリュウの胸へとあてられる。

 存在を確かめるように少女は少年に優しく触れ、その行為に忘れかけていた部屋での行為が鮮明に思い出され転ぶような勢いでリュウは後ずさった。

 

「……? どうしましたリュウさん」

 

「な、なんか行動が大胆になってねぇかナナ。どうしちまったんだよ」

 

「……。リュウさんのお陰ですね」

 

 頬を仄かに赤らめた少女は後ろで手を組み、造形めいて整った顔で微笑み少年を見詰める。

 乱れる意識に自身の太股を思い切りつねって、()()()()()()()に少女が何を言おうとしたのか思い至った。

 

 この世界はリュウ達には不干渉なのだろう。そよ風によって木々が揺れても、暑さに参って伏せた犬が感じているであろう熱を感じ取ることは無い。

 それでも少年自身と、同じくして現実空間からやって来た少女は例外のようで、先ほどリュウがナナの頭を撫でた際には指を通り抜けるような触り心地の髪を感じ取る事が出来、逆にナナも少年へ触れて感触を実感出来るようだ。

 

「良くある展開じゃねぇか。仕組んだ人間が居るんなら(こじ)らせすぎだぜ」

 

 ──何かしらの要因で主人公が過去に飛び、その世界では主人公は世界に干渉することが出来ない。そのまま流れる記憶の観測者となり、結果的に何かを掴んで主人公は現実へと帰還する。ファンタジーでもSFでもオカルト物でも大筋の似かよった展開は古くからあり、最後に何を手にするのかは作品によって異なる。中には記憶の回廊に取り残され次にやってくる自分を待ち続けるタイムパラドックス物や、世界が消失する際に取り残される√、意識が醒めると遥か未来に飛ばされている√もリュウが見てきたフィクションには見受けられ、同じ未来を辿るまいと少年は直ぐ様行動を起こす。こういった展開には時間制限《タイムリミット》がお約束だ。

 

 場所はグラウンド、太陽は真昼を示す頭上に位置し、ならば事態はすぐに起こる筈だ。

 見渡す景色に目を細めると、広場の一角の隅に探していた集団を見付ける。

 見たところ小学生高学年だろうか。体格の大きな男子を筆頭に取り巻きの男子達が集団で1人の少年を取り囲んでいた。

 

「リュウさん、あれは……」

 

「行くぞナナ」

 

 思い出すだに嫌な記憶。先の展開を知っている脚が震え、傍らの少女が何も言わず少年の手を取る。言葉は無く、代わりに手へと込められた力にリュウは息を長く吐いて覚悟を決めた。

 悪夢のその先に何があるのか、結末を見届ける為に。

 

※※※※※※※

 

『わるもののガンプラを使うやつなんてこうだぁ!!』

 

 うずくまる少年に対して容赦の見えない蹴りが腹部へと突き刺さる。

 衝撃に倒れた少年は身体のあちこちを切っており、目元の窺えない口元も擦り傷で血が滲んでいた。

 

「……リュウさん、もしかしてあの子は」

 

「あぁ。子供の頃の俺だよ」

 

「────そんなっ……!」

 

 弾かれたように少女は駆け出して、倒れる少年と集団の間に割って入る。

 少女と比べても集団の身長は高く、嗜虐に満ちる瞳が少女の瞳と交錯するも少女は決して怯まない。

 

『バトルも弱いくせによぉっ!!』

 

 続いて笑みに歯を覗かせた子供の1人が倒れ込む少年へ近付き、このままではぶつかるという勢いに少女は目を瞑る。しかしそのまま少女の身体を通過して、道端に転がる中身の無いゴミ箱でも蹴り飛ばすかのように少年の身体が衝撃で浮き上がった。

 

「えっ……?」

 

『いつもこっちを睨んできやがって! 下級生の癖に生意気なんだよっ!!』

 

「やめっ……! やめてくださいっ! どうしてこんな事……!!」

 

 少年を守るように覆い被さるも暴力の数々は少女を通過して少年を襲う。

 ……この世界のルールだ。観測者でしかないリュウとナナは繰り広げられる事象に干渉することは出来ない。少女も理解している筈だがその上で少年を庇っている姿にリュウは申し訳ない気持ちで目を伏せた。

 

『何も言い返さねえでやんのギャハハ! いつもいつもだっせぇなコイツ!!』

 

 リュウには当時の記憶は無いが、それでも何故目の前の少年が頑なに虐めの事を周囲に言わなかったのか察しがつく。

 あのガンプラ──アイズガンダムが初めてリュウが手に入れたガンプラならば、それが原因で虐めにあっていることを両親に言えなかったのではと。子供ながらに迷惑が掛かってしまうと考えて、恐らくこの少年はずっと耐えてきたのだ。

 

「大丈夫ですかっ……! 傷もこんなにっ」

 

 服が裂けて血が滲み、擦り切れた箇所が生々しく炎症を起こしている。

 遂に睨むことすら止めた少年に寄り添う少女は、この後に何が起こるかも理解をしていない。

 朧気に彷徨(さまよ)う視線の先、子供にとって手のひら程の大きさの石を見付けた幼いリュウと、その様子を見ていたリュウの視線が重なる。

 ────やめろ。やれ。

 今でも尚どちらの選択を選んでも間違いではないと思ってしまう。あの集団は弱者をいたぶる事で快楽を見出だすゴミのような存在だ、幼少という免罪符を明らかに越えた行為だ。

 

 少年が石を握る。

 自覚無しに握った瞬間に、この武器で相手を倒すという実感が湧いて少年の顔が憎しみへと変貌していく。

 石を握って立ち上がった少年を少女は一瞬呆然と見て、次の瞬間意味を察して少年の前へと立ちはだかった。

 

「やめてくださいリュウさん……!」

 

 虚ろげに1歩進む少年、だが少女は退かない。

 

「ダメです! そんなことしたら、リュウさんがそんな事したらダメなんです……!」

 

 少女が少年の何を知っているのかと、知らず幼少の自分へと賛同しリュウは行く末を見守る。

 ここであの集団に噛みつかなければ、必ず他のところで被害が出る。それならここで痛い目に合わせて()()()()()も居る事を知らしめておけば被害が減るかもしれない。

 

 それでも、駆け出す瞬間の少年にあわや体当たりをされる距離でも少女は退かない。

 両手を広げて、全身全霊を懸けて少女は少年を真正面から見据えた。

 

「そんなことしたらっ、────リュウさんの心が泣いてしまいます!!」

 

 その言葉に、はっとリュウが目を見開いて気付く。

 ……このまま幼少の自分が相手を傷付かせた後、果たして少年の心は健全に戻るのだろうか。

 答えは否。今日の事を生涯忘れずに自分を忌ましめて、更に親を含めた周囲にも心配を掛けられて過ごすことになるだろう。

 その心持ちを、少女は心が泣いてしまうと比喩したのだとリュウは気付く。

 

「やめてくれ……!」

 

 自覚せずに言葉が漏れるも少年は進む。

 少女を通過して、主犯格の子供が迫り来る気配に気付く。

 

「やめてくれ……!!」

 

 振り返る頃にはもう遅い。

 呆けた表情に影が落ちて、鋭利な石の先端が額へと吸い込まれていく。

 

「やめてくれぇぇえええッッ──────!!」

 

 叫び声と同時、ピタリと幼少のリュウの動きが止まる。

 世界ごと硬直したように石が眼前へ迫っている子供も止まり、しかし見開かれた瞳の揺らぎが流れている時間を証明していた。

 その場の誰もが。

 少年達とリュウとナナの全員の視線が1つの方向に集い、その先に佇む──幼いリュウの腕を掴む長身の男性。

 事態を察した集団が、虐げてきた人間に噛みつかれたことによる恐怖か、それとも大人に見付かった事への恐怖か。口々に捨て台詞を吐きながらあっという間に散っていく。

 爪が食い込むほどに石を握っていた手が解かれ、やがて少年の目から涙が溢れた。自分が何をしようとしていたのかを理解してその場で膝から崩れ落ちた。

 その様子をリュウとナナは半ば呆然と見守る。

 

『────君は強い、手段を知らないだけだ』

 

 男が幼いリュウの頭を撫でると、心のダムが決壊したかのように泣き声が公園に響く。

 少女は少し笑顔を浮かべて、対してリュウの内心は(おびただ)しい数の疑問に溢れていた。

 白のTシャツとグレーのズボン。ラフな格好に身を包んだ(ほが)らかな男を。

 ……俺は、()()()()()()()()()

 

「良く耐えたね。遠くで一部始終を見ていたが……、いやはや酷い奴等が居たもんだ。ああいうことをされるのは初めてじゃないね?」

 

 その声に泣きじゃくる少年はこくりと頷く。

 

「とすれば、君は今日初めて彼らに反抗したわけか。……なんで君を虐めてたんだあいつらは」

 

 最早姿が点となった子供達を公園の入り口に認めた男が呟く。

 すると手の甲で大きく涙を拭ったあと少年が辺りに散らばったガンプラを集め始めた。

 

「……わるもののガンダムなんだって、コイツ」

 

「………………え?」

 

「俺は、コイツが何に出てくるガンダムか分からないけど、アイツらが言ってた」

 

 ひとしきり集め終えて少年が両手に抱える。

 その言葉に絶句する男がやがて震え、表情は背を向けているため窺えない。

 震えはやがて肩を揺らして、────男は盛大に吹き出した。

 

「アッハッハッハッハ!! わ、わるもの!!? そうか、彼らにはアイズガンダムが“わるもの”に見えたのか! 子供が原作を読むとそういう風に捉えるんだなぁ、いやはや面白い!!」

 

「……お、おじさん?」

 

「ガンダムを善と悪で区別するのは子供の特権だよなぁ。……君、名前は?」

 

 突如顔を近付けられた幼少のリュウがその場で勢いに仰け反りながらも答える。

 

「りゅ、リュウです」

 

「リュウ君はどうしてこのアイズガンダムを選んだんだい?」

 

「祭りで見付けて、その、…………かっこよかったから……」

 

 恥ずかしげに俯くリュウの頭をガシガシと撫でる。

 

「それで良い。ガンプラを選ぶ理由で『かっこ良い』は何にも負けない理由の1つだ。仮に原作で悪役だったとしても、だから選んじゃいけないなんて理由には決してなり得ない。──ただリュウ君、君が行おうとした行為は。あれではアイツらと同じ場所に堕ちるだけだ。殴る蹴るならおじさんも応援するが、君が持っていたそれは相手だけじゃなくて君も傷付ける事になる」

 

 視線の先。先程まで手にしていた石を男が顎で指し示す。

 鋭い先端があのまま子供に刺さっていたら消えない傷となっていたかもしれない。仮にこの場で気持ちが晴れたとしても、それはお互いの人生にとって消えない傷痕となって苛む事になっていただろう。

 

「だから、違う方法で奴等に勝て。君もやっているんだろう? ガンプラバトル」

 

「や、やってない。友達もいないし……台はアイツらが占拠してる……」

 

「おぉ珍しい、ルーキーですらないのか! それは丁度良い。だったらリュウ君がその台に殴り込みを掛けるんだ。その時はおじさんも付いていくから、奴等を見返してやれ!」

 

「出来っこないよ! アイツら、地元の中学生にも勝つんだよ。俺なんかじゃとても……」

 

 言葉尻の小さくなる少年の元に、男がしゃがみこんで人懐っこい笑みを浮かべる。

 周囲を確認したあと男は隠しものを見せるようにひっそりとポケットから手帳を取り出した。

 虹色に偏光するプレートに輝く1stの刻印。リュウとナナはその文字に瞠目する。

 

「おじさんが君にガンプラバトルを教える。強いんだぞぅ? 俺」

 

「なにこれ、1位? おじさん、何かの1位なの?」

 

「ハッハッハ。そうそう、“なにか”の1位だ。────リュウ君、アイツらは君以外にも同じような事をしてるのかい?」

 

「して、る。色んな子供に目を付けて、ガンプラ取ったり、お金も奪ってる」

 

「手に負えないなぁ最近の子供は。……いいかいリュウ君。奴等を倒したら、きっと奴等に続く悪い奴達が現れる。残念な事に世界はそういう風に出来ているんだ」

 

 幼いリュウの両肩に手を添えて男が諭す。

 じっと聞き入れる少年の顔を見て、男は満足げに鼻を鳴らして笑顔で続けた。

 

「だから、君はそいつらが現れる前に()()()()()()()()()()()()()()。旗を掲げて、君が皆のヒーローになるんだ」

 

「ひーろー? な、なれるの? ……だって俺のガンプラ、わるもののガンダムじゃないの……?」

 

 逸らされた視線に、男はポーチから何かを取り出す。

 手の内にあったのは数々のガンプラ。傍目で分かるほど丁寧に仕上げられたそれらはガンダムシリーズ歴代のラスボスとなる機体達だ。

 それを知らない幼いリュウは、刺々しいフォルムや睨み付けるような機体の眼光に目を輝かせる。

 男がその反応に頬を掻いて再び少年の目を見据えた。

 

「────例え原作で悪さをした機体でも、ガンプラバトルなら誰かを救うヒーローになれる。……良い言葉だろう?」

 

「…………例え原作で悪さをした機体でも、ガンプラバトルなら誰かを救うヒーローになれる……」

 

「ガンプラには善悪も無い。使うファイターによってガンプラの価値は変わるんだ。────さて」

 

 告げた言葉と共に幼いリュウの動きが止まる。

 少年だけでなく、風に揺らぐ木の葉も空を揺蕩う雲も、世界を構築する一切が停止した。

 

「久し振り、という訳じゃないのかな?」

 

 止まった世界の中で悠然と男が立ち上がる。

 世界へ干渉できないリュウに向かって、男は無遠慮に人懐っこい笑みを浮かべて片手を挙げた。

 

「────よっ。また会ったな」

 

 その声に。いや出会ったときからリュウは確信していた。

 男の声と仕草。どうして今の今まで忘れていたのか。

 目の前の男と以前リュウは会ったことがある。

 

「アンタは、一体……」

 

「まったく……でかくなったなぁ。元気だったかリュウ」

 

 最後の実験の際、脳がLinkによって限界を迎えるところで救ってもらった人物。

 白の外套に身を包んだ男は電脳世界(アウター)で出会った謎の男に違いなかった。

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