「2人ともごめん。ガンプラバトル続ける事にした!!」
ヤケしか無かった。
帰ってきてガンプラと学園を引退すると言い放った息子が翌日には意見を180度返すという何とも親不孝な事実を鑑みた結果、もう開き直るしか少年には無かった。
リビングでくつろいでいた父親は目を丸くして、アニメを見ていた母親に関しては振り向くことすらしない。
「心配掛けてごめんなさい。俺はまた、学園に戻る」
下っ腹に力を込めて声を低く張る。
その声に父親はへなへなとソファから崩れ落ちて、這うようにしてリュウの足元へ近付いた。
「…………よ"がっだぁ"~! め"ち"ゃ"く"ち"ゃ"し"ん"ぱ"い"し"た"ん"だよ"パ"パ"ぁ"~! リ"ュ"ウ"く"ん"か"え"っ"て"き"て"か"ら"む"ずか"し"い"か"お"し"か"し"て"な"か"っ"た"か"ら"ぁ"~! う"え"え"ぇ"ぇ"え"え"ん"!!」
「ご、ごめん」
年甲斐もなく、本当に年甲斐もなく涙と鼻水で顔をグチャグチャにしたタツヤがリュウのズボンに顔を押し当てる。
色んな水分の音とズボンの繊維越しから伝わる髭で大変すごいことになっているが、それも今だけは嬉しかった。
「リュウ。答えは見付かったの?」
画面を一時停止して、背を向けたまま母親が問う。
母親の身の上話が無かったら少年は行動を起こすことは無かった。物事を行う為の原動力を探せと助言してくれた母親の、その大きな背に向かってリュウは毅然と言い放つ。
「見付かった。俺は、もう迷わない。やりたい事に向かって走るだけだ」
かつて母親がそうしたように。
少年の声にキョウカは緩く顔だけ向けて、珈琲を口に運ぶ。
動作に合わせてカップから湯気が揺らぎ、リビングに
「次は無いわよ」
「ありがとう、母さん」
冷利な表情が僅かに微笑を形取って再びテレビへと視線が映る。
やがて聞こえたキャラクターの声は母親で、激励のようリュウには聞こえた。
「……昨日から大変だったのよ。リュウがあんな事言うんだからこの人幼児退行しちゃって」
「マ"マ"ぁ"~! よ"がっ"た"よ"ぉ"~! リ"ュ"ウ"く"ん"ち"ゃ"ん"と"じ"ぶ"ん"で"こ"た"え"み"つ"け"た"よ"ぉ"~!」
「はいはいリュウもそろそろ大人なんだから当然でしょ~。ほらガラガラ~」
「バブァぁぁああッッ!! キャッキャ!!」
「私なんでこの人と結婚したのかしら」
赤ん坊をあやすための玩具を無関心に母親が振ると、床で仰向けになった父親が笑顔でのたうち回る。
この地獄のような光景も今となっては懐かしく、後ろに控える少女の視界を遮るように少年は横へずれた。
「リュウ君。模型道具を全て棄てたんだって? また1から集め直すのかい」
「……、そうなる」
突如立ち上がった父親にリュウは上体だけ仰け反る。
タツヤの言うとおり、視界に入るだけで激痛の要因となっていた模型に関する物は全て今日捨ててしまっていた。
アレに関しては本当に仕方がなかった。辺境に引っ越して働くという選択肢を真剣に考えてすらいたのだ。
萌え絵のキャラクターが描かれた寝巻きに身を包んだ父親が背を向けて、厳かに低い口調で少年へと語る。
「────着いてきなさい」
※※※※※※※
連れてこられたのは家の裏だった。
空はとっくに暗く、雲が散りばめられており月の姿は窺えない。
「そういえば父さん、仕事から帰ってきたときもここに居たよな」
「…………」
あくまで無言を貫く父の様子に得体の知れない警戒が僅かに湧く。
倉庫の鍵を開けたところで悠然と父は振り返って、その表情は陰って見ることは出来ない。
寝巻きの帽子を僅かに揺らしたタツヤが重い口をやがて開く。
「……、リュウ君が学園都市へ行って3ヶ月。この町内でも色んな事が変わってね、学園都市解禁によって移住する人間が増えたんだ」
掛けていない眼鏡を直す動作のまま父親は続ける。
「それに伴って様々な規約が変わってね。……だからかな、昼過ぎに母さんから電話が来たんだ」
「電話?」
雰囲気ありげにゆっくりと倉庫へと向き直り、その大きな扉をスライドさせる。
雲が動き、隠された満月が徐々に地上へと月光を注いで、開かれた倉庫の中身が晒されていく。
その中身に少年と傍らの少女は大きく息を飲んだ。
「────この町内において今日はゴミ収集無しの日さ。リュウ君が居た時とは制度が変わっているんだ。僕1人で全部運ばせて貰ったよ」
「ッッ! これはっ────」
照らされた倉庫の中に並べられていたのはリュウが今朝棄てた模型道具だった。
ポスターも完成品のガンプラも全て、どれも一切欠けること無く鎮座している。
「正直、ゴミ捨て場にこれが置かれていたと聞いたときは会社の中で幼児退行するところだったけど、……早い内に渡せて良かったよ」
ここでようやく普段の柔らかい笑みを浮かべた父親が、袋に入った模型道具を次々と取り出していく。
胸が、震えた。
自分で思考するよりも前に少年は腰を折って叫んだ。
「────心配掛けて、本当にっ、ごめんなさい!!」
父親の動きが止まり、振り向く気配が夜闇から感じ取れる。
サクサクと芝生の踏む音が近付いて、頭に大きな手のひらが添えられた。
「いつも頼りない姿ばっか見せてたからね、たまには父親らしい事させてくれよ。……1人でまた運び出すのはキツいんだ、リュウ君も手伝ってくれ」
駆け出して袋を倉庫から取り出した。
視界が万全ではない夜だからか、少年は忍びながら涙で服を濡らし、沸き上がる胸の熱と共に重い袋を次々と運び出す。
……返さなければならない。
両親や、店長。支えてくれた全ての人達に。貰ってばかりいた物をこれからは倍以上に返そうと、少年は泣きながら笑って涙を拭いもせずに作業を続けた。