ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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5章23話『軽いポーチ』

 今日も酷く沈鬱(ちんうつ)とした気分だった。

 放課後を告げるホームルームが終わり、同級生がワッと声を上げながら廊下へと走っていく。

 

「新しい加工を試したからガンプラバトルやろうぜ!」「メーカー毎の塗料でビーム耐性にどれだけ違いが現れるか確かめたい!」「間接を補強したから昨日のリベンジだ!」

 

 どれも楽しそうな会話で、走っていく各々(それぞれ)の顔は太陽に照らされて輝きが更に増していた。

 その中のどの会話にも交わらずに少年は1人でランドセルを閉め、防犯ブザーと同じところに掛けられたポーチもいつもの癖で中身を確認してしまう。

 

「あっ…………」

 

 中身には何も無い。

 創意工夫を凝らした最高傑作のガンプラはもう少年の手元には無く、ガンプラを収納する為の専用のポーチもいつもより軽い気がした。

 儚げに笑みを浮かべて少年は立ち上がり、1人残された教室で外をなんとなしに眺める。

 すると当たり前のように校庭へと視線が釣られ、我先にと駆けていく学校の皆が少年には少しだけ羨ましかった。

 

「ボクも帰ろう……」

 

 視線を断ち切るように逸らし静かに椅子を引いて、日直が消し忘れた日付も変えてあげて、少年はランドセルを担ぎながら開いたままの教室の入り口を跨いだ。

 階段を下りながら消した日付が何故か脳裏にこびりついて、やがて思い至る。

 ────今日は、ガンプラが取られて丁度3ヶ月目だった。

 あの朝の事は良く覚えていて、だからこそ新たなガンプラを作ることが億劫だった。

 また作ったとしても誰かに奪われてしまうかもしれない、と。少年が今まで培った技術の集大成のガンプラを取られてからそんな疑念が付きまとい、いつしか模型作業がトラウマへと変わっていた。

 下駄箱から靴を取り出して、無気力めいた動きで玄関を出る。

 先程まであれだけ居た校庭の生徒はもう(まば)らで、訳も無く込み上げた悲しさのまま少年は校門を抜け出した。

 

「シュウタ・マサキってあなたの事ね?」

 

「えっ?」

 

 突然横から投げられた問いに少年は目を丸くする。

 名前を確認された事に驚いたのは勿論だが、何より声を掛けてきたのが隣町の小学校の名札を付けた少女だったことが何よりの要因だ。

 

「────あの時はごめん。俺はあの場所で君を見捨てたんだ」

 

 おさげを下げた少女の隣。

 背丈はシュウタの2回りも大きな人物が悲痛な面持ちで頭を下げる。

 その顔を、今まで忘れた事は無かった。

 

「……ボクに、何か用ですか」

 

 彼は眼光を強めて少年と相対した。

 あの時助けてくれなかった年上が一体何を言うのか。謝罪なんてものは必要は無く、そのまま歩きだそうと足を踏み出す。

 男はしゃがんで道を塞ぎ、少年と同じ視線の高さのまま真摯な眼差しで口を開けた。

 

「……君のガンプラを、俺が取り返す。今まで遅れて本当に申し訳ない」

 

「ボクの、ガンプラを……?」

 

 告げた男の顔は迫真を帯びておおよそ嘘だとは思えない。

 握った拳のまま震える声で少年はもう一度確認した。

 

「ボクのガンプラ、返ってくるの? ……アイツらから取り返してくれるの?」

 

 涙せずにはいられなかった。

 思いもよらない自分のガンプラが返ってくるチャンスに、言葉だけで少年の心は瓦解してしまった。

 泣きじゃくる少年の頭に、大きく、そして暖かな手が添えられる。

 

「俺が、ぜってぇ取り返す。だから信じて待ってて欲しい」

 

「…………分かった」

 

 自分を戒めるよう言い放った言葉に少年は信じることにした。

 撫でられる手は優しくて、男の瞳は何より決意に満ちていたからだ。

 

「お兄さんの名前は……?」

 

 だから、知らず聞いていた。

 普通であればこんなお節介を焼くような人はそうそう居ないと思うし、だからこそそれが不思議だった。

 こちらの名前を知っているということは相当に調べたんだろう。でなければ隣町の少女を連れてこんな所までやってこない。

 

「俺の名前か」

 

 突然思案するように腕を組んで、その男の膝をおさげの少女が蹴り付ける。

 

(さっき打ち合わせしたじゃない……! カッコ良く決めんのよ!)

 

(恥ずかしいもんは恥ずかしいんだよっ! なんで自分で名乗らなきゃいけないんだよ……!)

 

(大丈夫です。あの名乗りで問題はありません)

 

 白銀の髪を長く伸ばした少女とおさげの少女に挟まれながら何やら言い合っている様子に少年は小首を傾げる。

 ややあって立ち上がった男は、後ろ頭を掻きながら少年へ笑みを投げ掛けた。

 

「俺の名前はリュウ・タチバナ。────今日から君の、ヒーローになる男さっ!!」

 

※※※※※※※

 

「もうぜってぇやらねぇ────!!」

 

 夕焼けが水面に映る田んぼ道に少年の叫びが虚しく響いた。

 蛙の鳴き声に混じった叫び声と、羞恥に顔を赤く染めた顔を見て傍らのおさげの少女は満足げに胸を張る。

 

「いやースッキリしたわ。次は何に使おうかしら、“リュウを好きなように使える権利”。もっと恥ずかしい事はないかしら」

 

「カンナお前っ、あれ以上恥ずかしいこと要求すんのかっ!? なにが「今日から君の、ヒーローになる男さっ!! キリッ

 !」だよっ!! 顔から火が出るわ!」

 

「あらいいじゃない、それだけ私含めて皆を心配させたんだから。……なによりシュウタさんを見付けたのは私達よ? あれくらいやって貰わないと気が済まないわ」

 

 少年を置いて歩く少女は嬉しそうで、その様子に内心リュウは安堵する。

 ──カンナの言うとおり、シュウタ・マサキという少年を見付けることが出来たのはカンナ達の情報網によるところが大きかった。

 今やリュウ無しでも機能する少年少女の集団は、その情報収集能力をリュウの町だけに留まらず隣町まで張り巡らせて、1日もしない内に(くだん)の少年を割り出すことが出来た。

 シュウタを自分の損得勘定で見捨てた事を切り出した際は懺悔の念が尽きなかったが、彼のガンプラを取り戻す為と切り出すと店長含めたカンナ達は嬉しいことに喜んで協力の姿勢を取ってくれた。

 その見返りと記憶に関して心配を掛けた件を合わせて、『リュウを好きなように使える権利』をカンナが有してしまった訳だが。

 

「リュウさん」

 

「なんだよナナ、お前まで俺を笑うのか……?」

 

 変わらずリュウのパーカーを着込んだ少女は夕焼けに顔を照らしながら少年の隣へと着く。

 とぼとぼと歩くリュウに歩調を合わせて、その距離をぐっと縮めてきた。

 

「……カッコよかったです」

 

「お、おう」

 

「そこ~! イチャイチャしない! 何かアンタら雰囲気が怪しいわよ! 良い? 私はナナさんの事許してないんだからっ!」

 

 そう言ってナナとは反対側の隣についたカンナが何も言わずに少年の手を握ってくる。

 未だ夏の訪れない涼しい気温に子供特有の高い体温が心地良く、握られた手をしばし見詰めていると手の甲を叩かれた。

 

「たっ、田んぼ道は足場が不安定だから手を繋ぎなさい。馬鹿っ」

 

「…………え、シュウタ君に会いに行くとき誰よりも元気に走ってませんでしたか」

 

「う──うるさいうるさい! 『リュウを好きなように使える権利』発動! 黙りなさい!」

 

「はぁー!!? 横暴じゃね!!? 1日の使用制限付けろよッッ! そもそもなんでこんな危ない権利がカンナに渡ったんだよ!」

 

「……リュウさん。し~、ですよ」

 

「俺の味方が居ないっ!!」

 

 少年と少女達の喧騒が田んぼ道に木霊する。

 蛙の鳴き声に紛れたそれを覗く者はおらず、長く続いた道を変わらない様子で彼らは帰路を歩んでいった。

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