休日の為酷く混雑した店内は狭く、カウンターからその様子を眺めている少年は接客をしつつ店の玄関をつぶさに確認していた。
時間にして恐らくジャスト。待ちわびていた面々が自動ドアの先に見えて、そのままカウンターまで直進する彼らをリュウは店員の笑顔を浮かべながら応対をした。
「────あ?」
「いらっしゃいませ。何かご用でしょうか」
少年の顔を見た途端、男達の顔に笑みが走る。
嘲笑と侮蔑をない交ぜにした笑みを他の客を考慮すること無く吐き散らした。
「オメェあの時の倒れたガキじゃねえか! 俺らと話して大丈夫か? ポンポンでも痛くなるんじゃねぇのか?」
「ギャハハハ! 朝から笑わせんなよ! この前はありがとよ、あのリボーンズガンダム、オメェのお陰で楽に手に入れることが出来たわ」
男達の声が店内に響く。
訝しげに様子を窺う店内の客へ会釈をして、少年は視線を奥に佇むリーダー格の男へ努めて笑みを形取った。
「今日は俺が店長代理です。ようこそ中山模型店へ」
「なんのつもりかな? 君じゃなくて店長に用事があって来たんだけど」
「要件は
少年の言葉に男は口角を吊り上げる。
「人聞きが悪いなぁ君。俺たちはそんな酷い事しないよ。だって、そんな事したら犯罪じゃないか? なぁ~?」
男の声に取り巻きの2人がにやついた笑みを浮かべる。
下卑めいた声が漏れ、それがそのまま答えだった。
「だったらまぁ都合が良いか。────俺らさぁ、実は動画配信者なんだけど。ここで企画を頼みたいなぁ~と思ってこんな朝早くからお邪魔したんだよ」
ハンドカメラを回し始めた取り巻きを合図に、向かい合っていた男が張り付けたような笑顔を少年に向けて馴れ馴れしく距離を縮めてきた。
動画配信ということは、これはもう生中継なのかと。なし崩しに話を進めて自分達の都合の良い要求を飲み込んで貰う算段だろう。
「はいっ! という訳で今回の企画は、『完成品を多く飾っているお店の中で一番強い人と戦って、勝ったら完成品を譲ってもらおう』という内容なんですけどもっ!」
「「イェイっ!!」」
芝居めいた口調とそれを更に増す拍手が加わって茶番が始まった。
急に開始された生中継に周囲の客が寄り始め、いつしかカウンターを囲んでの半円となる。
「実は前回ですねぇ、こちらの中山模型店さんでガンプラバトルをさせて頂いて、その際に私達が勝利したところ太っ腹な店長さんが完成品のガンプラをプレゼントしてくれたんですよ!」
「すげぇ!」「うわ! めっちゃかっこいい!」
「その時丁度カメラを回していなかったのが大変悔しく……、アポを取ってはいないんですけど、どうですか
カメラを前に腰を折る男に少年もまた笑顔を形取った。
動画配信しているというのなら、こちらの
カメラを回している取り巻きの笑みがリュウと交錯する。
「頭を上げてください。全然良いですよ」
「本当ですか!? ありがとうございますぅ~!」
「なんなら1つまでとは言わずに何個でも持っていって下さい」
「ほっ本っ当ですか!? 嘘じゃありませんよね!?」
意図せずぶら下げられた餌に男達が食い付いたのを確認してから、少年はそのまま朗らかな口調で続けた。
「しかしそれでは企画としてどうでしょう?
「え?」
良いんですか? と無言でカメラに向かってジェスチャーをする男は次の瞬間に少年へと振り向いた。
「是非やりましょう! そうしないと面白く無いですもんね! いやぁ、店長代理人には頭が下がるなぁ。どうですか? 本当に店長になられては?」
「ハハ、それは考えて無いですね……。じゃあどうぞこちらへ」
客を割って店内を案内し、一際大きい筐体を挟んで少年と男達は向かい合った。
先程リュウの告げた内容にギャラリーも熱を持ち始めたのか1人、また1人と携帯を向けて撮影を始める。
招かれた男達は笑顔のままだが、その中に困惑を見てとってリュウは笑みを深めた。やがて取り巻きの1人が手を挙げる。
「店長さん、ここ
「手っ取り早い方が皆さんにも良いと思いまして、3体1に設定させて頂いたんですけども……何か不都合がありましたでしょうか?」
「いやいやいや良いですよ! これで行きましょう!!」
取り巻きの1人が声を荒立てて口走り、裏を探っていた様子のリーダー格の男が乗せられて頷く。
生放送という手前、自分達が発した言葉を取り下げることはそのまま視聴者の興味を損なう。その点を理解しているからこそ話はそのまま進んだ。
「……失礼ですが、“ガンダム・ロストベース”という機体をご存じでしょうか?」
中心の男に向かって告げると、男が配信者の笑みから略奪者の笑みに切り替わる。
真意を察した男はカメラの死角から挑発的な視線をリュウへと注ぎ、ポーチを探ってそのまま勢い良く筐体へと設置した。
その機体にギャラリーがにわかに湧き始める。
──レギュレーション600。ガンダム・ロストベース。あの日、この連中に奪われたシュウタ・マサキのガンプラだ。
フルスクラッチされたこのガンプラは全身をプラ板から切り出した素材で構築されており、TRシリーズを彷彿とさせる白と黒の機体色、そしてブレードアンテナの黄色はどのガンダムとも似つかないデザインのガンダムだ。
湧いたギャラリーがその証拠だろう。その完成度の為に連中から目を付けられて奪われる事になった因果に、リュウは過去自らが犯した行為を胸中で自傷した。
────助けてください。
あの日目で告げた少年を振り切ったリュウの浅ましさ、その因縁を断つ為にこの場を設けたのだ。
取り巻き達も続くようにガンプラを取り出して、店長のリボーンズガンダムと、こちらもまた綿密なディテールの施されたウェザリング仕様のガンダムバルバトス・ルプス。恐らくこのガンプラも誰かから奪ったものなのだろう。
対して、リュウは学園都市の寮を出た際にガンプラを持ち帰っていない。
自室に置いてあったガンプラは経年劣化の為間接が緩く、また全て補強し終える時間も無かったため使うことも出来なかった。
「ナナ」
「はい、リュウさん」
少年の声に後方で控えていた少女が歩み寄る。
そのままナナの手の内にあった
────レギュレーション600。アイズガンダム。
最後の実験へ向かう夜に少年がナナへと贈った機体だ。
機体各部は実戦用にチューンが施され、間接の強化と可動軸の追加による運動性能の大幅上昇、そして各部レッドチップによるセンサー系統能力の上昇。セミスクラッチすることで強度を増し、高純度の粒子に耐えられるように設計された武装の各種。
使い慣れた、リュウだけのアイズガンダムだ。
「じゃあ、準備はいいですか? ……店長代理人さん」
「えぇ。いつでも……!」
声を皮切りに4人の周囲へプラフスキー粒子が立ち込めて、瞬く間に
外界が粒子で隔てられる直前、ギャラリーの中に見えたカンナと店長、子供達に────シュウト。
彼らに目配せして微笑んだ。これだけで彼らに意図は伝わっただろう。
ここは学園都市ではなく通常のガンプラバトル。
被弾したのなら塗装は剥げて、ビームサーベルで斬り付けたのならそのままパーツは両断される。
この町に帰ってきて多くの事を学んだ。
自分は1人じゃないと、孤独のままで居なくて良いのだと教えてくれた人達が大勢いる。
────だから少年は戦える。
自分なんかを応援してくれる彼らの為に、今ならば喜んでガンプラバトルが行える。
開戦の直前、ボルテージが最高潮となった店内の喧騒の中、傍らの少女が少年へと微笑みかけた。
それだけで充分だ。
リュウ・タチバナという人間がもう一度行うガンプラバトルを、隣で見届けてくれる少女の存在が居るだけで心に熱が帯び始める。
「……隣で、見ていてくれよ」
「はいっ! リュウさん!」
正面モニタ中央、機体のセンサから映し出された画面が発進タイミングを少年に譲渡したことを伝える。
「お前にも、ごめんな……アイズガンダム。もう2度と手放さないから……!!」
リュウが一目惚れをした10年前、変わらずに惚れ続けていた相棒へと告げた。
やがて操縦桿を握り締め、自身がガンプラファイターである証明を言い放つ。
もう2度と言わない事を覚悟していた宣誓を、高らかに宣言する────!
「リュウ・タチバナ、アイズガンダム────出ますッッ!!」